第二八一話 連行
リリのPTメンバーの協力もあり、彼女を眠らせてギルドを出た(追い出された)私たち。
人には聞かれたくない話をしたいのだと言えば、些か訝しみながらも、であればと自分たちが泊まっている宿の自室を使っていいよと許可をくれた聖女さん。
そんなわけで、闘技大会のチャンピオンを小脇に抱えた彼女たちの先導により、私たちは一軒の高級宿屋を訪れたのだった。
そして現在。
想像以上に広く快適な宿の一部屋に、私たち鏡花水月の五人とリリたちPTの四人が集い、適当に談笑しながらリリの目覚めを待っていた。
彼女らのPTで斥候役を務めているクオという娘はどうやら薬学に明るいらしく、リリに嗅がせたのは即効性の睡眠薬だったそうだ。
聖女さんによる状態異常治癒の魔法もあり、待っていればもうすぐ目を覚ますはず。
と、その言葉の通り程なくして、呻くような小さな声とともにリリが目を開けた。
そして、自らの状態を自覚し早速騒ぎ始める。
「ちょ、ちょっと何よこれ!? 何で私縛られてんのよ!? っていうか誰よあんたたち!? 何処よここは!?」
「落ち着いてくださいリリエラ。目覚めたなら間違いなく暴れると分かっていればこそ、予め縛っておいたのです。当然の対策です」
という、歯に衣着せぬ聖女さんの状況説明を聞いて、結局憤慨するリリ。最終的には聖女の聖なる鉄拳制裁で強引に黙らされる始末。せ、聖職者ってみんな力が強いものなのかな……?
ちらりとココロちゃんに視線をやると、彼女は可愛らしく小首をかしげてみせた。
それはともかく、リリは聖女さん主導のもと、縄でぐるぐる巻きにしてベッドに寝かせてある。
そりゃ、目が覚めてそんな状況ならパニックにもなろうというものだろうけれど、その結果聖女パンチでおとなしくさせられるというのだから、流石にちょっと可哀想になってきた。
なんて同情したのも束の間。
不意にリリの視線がこっちを向き、私を捉え、そしてまた騒ぎ出す。
「ちょっと! バカ仮面がいるじゃない!! あんた、分かってんでしょうね!? よくもこの私を相手にナメた真似を」
「リリエラ」
「あぅ……お、覚えてなさいよぉ……!!」
なんか今、余計な恨み買わなかった? しかも理不尽なやつ。
まぁ、ようやく話が出来る状態になったのだから、細かいことは気にしないようにしよう。
「……それで、こんなことして一体どういうつもりなわけ? っていうかなんでクリスたちまでコイツに協力してるのよ!」
「オフレコのお話があるとのことなので、ここにお連れしたんですよ。私たちとしましても、リリエラがいつまでもプリプリして仮面さんさんを探し回っている状況が脱せるのなら、歓迎すべきことですからね」
「まったくだよ! 仮面さん様に失礼だからやめてって、止めても止めても聞かないんだから! そもそもあの試合だって、仮面さん様が本気ならリリエラちゃんなんて今頃ボロ雑巾も同然だったんだからね!」
「そんなわけ無いでしょう! 実力を隠してるのは分かってるけど、私には遠く及ばないに決まってるわ!」
「ムキー! リリエラちゃんはなんにも分かってない!! 仮面さん様は本当に神がかった魔法使いなんだから!!」
「あー、また始まったよ……」
話が出来る状態……なかなか整わないな。っていうかココロちゃんがプルプルし始めたから、そろそろやめて欲しいんだけどな。
結局場が落ち着くまではそれからもう少しだけ掛かり、状況を傍観していた私たちは、早くも彼女らの喧しいノリに圧倒されつつあった。
で、今度こそようやっと話をする用意も整い。
「お待たせして申し訳ありません、仮面さんさん。それではお話とやら、お聞かせ願えますか?」
「あ、はい……とは言っても、何分機密性の高い内容なので、出来ればリリにだけ伝えたいんですけど……」
「? 何よそれ、私の仲間には聞かせられない話ってこと?」
「うーん。本当なら、リリにも話すつもりはなかったんだ。でも、話さないと納得してくれないと思って。それにちょっと協力してほしいこともあるし」
「??? ……もしかして、あんたの偽名についてとか、隠してる力についてとか、そういう話?」
「む、鋭いね……そうだよ。私の身の安全にも関わる話だから、誰にでも話せる内容じゃないんだ」
そう説明すると、リリは逡巡し、仲間の彼女たちと軽く相談を交わした後、決断したらしい。
「まぁいいわ。そういう事なら構わないけど、その代わり私からも条件をつけさせてもらうわよ」
「条件?」
「決闘よ! 私と本気の決闘をしなさい! それが約束できるのなら、あんたの話とやらを聞いてやろうじゃない!」
「おぉぅ、まぁ、そうなるか」
とどのつまり、今度こそ縛りを取っ払ってガチで戦えと、そういうことだろう。
しかしそうなると、色々私の秘密が明らかになってしまうわけで、なればこそ事前の説明や、口外しないっていう約束を取り付けておく必要があるわけだが。
「決闘を受けるには、これから話す内容を決して口外しないって約束してもらわなくちゃならないけど、どうする?」
「ぬ……まぁいいわ。それであんたの本気が見れるっていうのならね」
「か、仮面さん様の本気……! 私もすごく見てみたいです! その、観戦させてもらうわけには行きませんか……? 勿論そこで見聞きした内容は一切誰にも口外しないと約束します!」
「アグネムちゃん……ふむ」
事は私の身の安全、延いては周囲への迷惑にすら繋がりかねない、とてもデリケートなものだ。
私のワープや心眼、ストレージやその他のスキルに関する情報がもし明るみに出てしまうと、誰がどんな手で利用してやろうと近づいてくるかも分からない。最悪、戦う力の低い知り合いが人質に取られたりするかも。それだけは避けなくちゃならない。だから、軽はずみなことは出来ないのだ。
私は申し訳なく思いながらも、心眼にてリリとアグネムちゃんの心を覗かせてもらった。
すると。
『け、け、決闘とか、ちょっと強引な提案だったかしら……? でもでも、コイツの本当の全力を見られるチャンスだし。うぅ、でもなんか思ってたよりガチな内容っぽいし、踏み込みすぎた……? だけど、全力をぶつけ合ってこそ、真の友情は芽生えるって本に書いてあったし……でも、こんな態度じゃ嫌われちゃう……うぅぅ』
うわ。リリさん、ギャップの人でしたか。
普段の態度からは及びもつかない、おどおどした本音がその心の内には潜んでいた。
っていうか、もしかして私の化けの皮を剥いでやる! とか言ってたのも、私が縛りを解かないことにキレていたのも、『全力をぶつけ合ってこそ、真の友情は芽生える』っていう本の教えを実践したかったがため?
つまり、私と親交を深めたかったっていう気持ちが、こんがらがって暴走していた……。
ダメだ、そうと気づいてしまうと、ちょっとまともにリリの顔が見れない。ニヤけてしまう。仮面で顔を隠してはいるけど、それ以前に彼女が眩しすぎて直視できない!
他方で、観戦を希望したアグネムちゃんの内心はと言うと。
『仮面さん様のスキルレベルは明らかに異常! 加減がどうとかいう次元の話ではありません。明らかに上限が変動しているように見えました。通常ではありえないことです! それに一つの詠唱で複数の魔法をあれ程巧みに操るばかりか、アーツスキルまで構成に取り入れて一つの連携魔法を構築するなんて、私にだって難しいことです。それを、さも安安と! リリエラちゃんはなまじ単発の魔法や魔法剣の威力が高いから、仮面さん様の振るう技術が如何に神がかっているか気づかないんです! ましてその動きからして、本当なら出来ることを敢えてやらない、という節が幾つも見て取れました。ならば仮面さん様の真のお力とは一体……気になります! 気になります気になります気になって夢にまで出てきちゃいましたよ! 仮面さん様の本気が見られるというのであれば、どんな秘密でも余さずお墓の中にまで抱えていきますとも! だからどうか、どうか観戦させてくださいぃぃぃ!! 何でもしますからぁぁあああ!!』
お、おぉぅ……思ったよりガチの娘だった。っていうか、本当によく見てくれていたんだなぁ。
スキルレベルの違いとか、そう言えばこれまであんまり意識せずにいたっけ。魔力制御を傘に着てさえいれば、多少魔法やスキルの威力が上下しても誤魔化せると踏んでいたのだけれど、しかしよく考えたら、スキルレベルは魔力を魔法へ変換する際の効率に影響を及ぼすものなんだ。
スキルレベルが高ければ、より少ない魔力量でより大きな魔法を作ることが出来るわけだけれど。
それに対しスキルレベルが低いのに魔力を過剰に注いで威力を強引に引き上げると、大きな魔力のロスが生じるわけだ。
ある程度魔法に長けた人なら、他人がどの程度の魔力を注いで魔法を使っているか、くらいは分析できるだろう。アグネムちゃんがそうであるように。
すると、魔法への変換効率がちょいちょい変動しているという違和感にも気付ける、というわけだ。
もしかすると私が変な力を隠している、と感づかれる要因になったのは、ここだったのかも知れない。
まぁ何にせよリリにもアグネムちゃんにも、情報を無闇に口外するつもりは無いのだということは分かったので、そこは一安心である。
私は逡巡したふりで彼女らの本音を心眼にて認めた後、徐に口を開いた。
「分かったよ。アグネムちゃんの観戦を許可します」
「ホ、ホントですか!? ありがとうございます!!」
と、ようやっと話はまとまり、斯くして事情説明はリリとアグネムちゃんにのみ行うことに。
そういう事ならばと、気を利かせてしばらく外を歩いてくると言って、席を外してくれた聖女さんとクオさん。
彼女らが部屋を出ていくのを見送ったのも束の間、マップを見るとクオさんが気配を消し、窓の外に張り付いているのが分かった。窓枠の上の方にて壁にへばり付き、聞き耳を立てているらしい。
まぁ、大事な仲間と他のPTを一緒の空間に置いておくのが心配だ、という気持ちは理解できるため、責めるつもりもないのだけれど。
かと言って、盗み聞かれては困るわけで。
皆に目配せすると、同じく彼女らもマップを見てか、はたまた気配でかクオさんの行動に気づいたらしく、何とも言えない表情を浮かべていた。
小さく息をついた私は、彼女の張り付いている窓の近くまで移動すると、ズバリ指摘を述べた。
「クオさん、そういうのはちょっと困ります」
「! バカ仮面、それどういう意味よ?」
「どうって、そこの壁向こうにクオさんが引っ付いてるんだけど」
「な……」
どうやらリリもアグネムちゃんも事前に聞かされていなかったのか、私の指摘に一瞬表情を唖然とさせ、パタパタと私を追い越し窓を開けると、私の指した壁向こう、窓上の壁を身を乗り出して確認した。
すると。
「ちょっと、ホントにいるじゃない!」
「クオちゃん何してるんですか! 仮面さん様方に失礼です! っていうか私の信用までガタ落ちです! やめてください!!」
「むぅ……だって心配だったし」
なんて一悶着を終え、どうにかクオさんにも出ていってもらった後。ようやっと私たちは本題を切り出したのだった。
一先ず部屋の中に遮音結界を張った上で、先ずは了承を取る。
「さて、それじゃぁ先ずは説明するよりも実践してみせたほうが早いだろうってことで、移動しようと思うんだけど。二人とも、構わないかな?」
「? よく分からないけど、この部屋だと危なくて見せられない何かがある、ってことかしら? まぁ、別に構わないわ」
「私は全てお任せします! もとより観客のようなものですから」
「ありがと。それじゃ、早速……」
そんな具合に、いつもの如くワープにてイクシス邸へ移動した私たち。
視界内の景色は、まるで冗談みたいに一瞬で様変わりし、状況の呑み込めない二人は暫し呆けて周囲をキョロキョロと見回した。
ここはイクシス邸の転移部屋。私たちがワープのスキルで戻ってくる際に使わせてもらっている、用途を知らない人にとっては謎の空き部屋である。
すると、ここでようやっと私の仲間たちがいそいそと変装を解き始め、改めて二人へ自己紹介を行った。無論私も、換装にて『仮面さん』からいつもの姿へ。
「それじゃ、改めて名乗るね。私たちは冒険者PT『鏡花水月』。んで私は、リーダーを務めてるミコトだよ」
「鏡花水月、オルカ。ミコトの右腕」
「んなっ、オルカ様ズルいです! ならココロは左腕です! あ、失礼しました。同じく鏡花水月メンバーの、ココロです」
「同じく、クラウだ。PTでは主に盾役を担当している」
「スキル大好きソフィアです」
と、不意にガチャリと部屋の扉が開き。
「そして私がイクシス。勇者イクシスだ!」
ババーン! と勢いよく登場した彼女により、場の空気が一気に茶番っ気を纏ったのだった。




