第二七八話 考察と妄想
長かった闘技の祭典も、闘技大会総合部門の決着を以て終了し、盛大な閉会式を経て幕引きとなった。
結局総合部門優勝の栄冠は、リリの頭上に輝いた。
圧倒的な強さで決勝まで勝ち上がり、最後の試合では凄まじい激闘を演じてのけた彼女。
やっぱり世の中にはすごい人がいっぱいいるんだなぁと、改めて思い知らされた気分である。
お祭りも終わり、バトリオからは一気に人が去って行った。
とは言えその大半は、この都市の姉妹都市に当たる何とかってところからやってきた人たちのようで。
バトリオよりその都市へ帰る人の大行列は、なかなかの見ものであった。
しかし当然街に残る者もそれなりに居り、街中が閑散とするわけでもない。
斯くして過剰に賑やかだった都は、ようやっと本来の姿を取り戻していったのである。
★
バトリオの闘技祭閉会式から明けて翌日。
時刻にして午前一〇時過ぎ。イクシス邸の小会議室にて。
私たち鏡花水月のメンバー全員とイクシスさん、そしてレッカが大きなテーブルを囲んでとある話をしていた。
「……驚いた……ミコトの力って、そんなすごいものだったんだね! もはやすごいっていうかヤバいヤツじゃん!」
「まぁ、うん。よく言われる」
「それにミコトの正体、か。私もすごく興味があるよ!」
ということで、この場で行われている話し合いは先ず、レッカに私たちの事情を説明するところから始まった。
説明を聞いたレッカはそれを特に疑うでもなく、ともすれば荒唐無稽にすら聞こえるであろうそれらの内容を、拍子抜けするほどすんなりと信じてくれた。心眼で見ても、これと言った疑心は見て取れない。
彼女は実際にワープを経験し、訓練場では私がいろんなスキルを使用する場面も目にしている。それらが結果として、荒唐無稽な話を信じるだけの土台に足り得たのかも知れない。
「っていうか、そんな大事なこと私に話しちゃってよかったの!? そのつもりはなくても、ついうっかり誰かの前で漏らしちゃうかもよ!?」
「もしそうなれば、この場の全員を敵に回すことになると思ってくれ」
「ひぇっ……だ、大丈夫! 口を滑らせないように滅茶苦茶注意するから!」
レッカの口からポロっと出た懸念は、しかしクラウの一言で即座に取り下げられた。何せこの場の全員といえば勇者イクシスさんすら含まれるのである。これには、よく滑る口も結びたくなろうというものだ。
とはいえ、人の口に戸は立てられないとも言うし、完全に安全ということはないだろう。
だが、それでも。
「レッカなら、信用できるって思ったんだ。だから話したんだけど……余計な重荷だったかな?」
「! ううん。むしろ私に話したことで余計なリスクを被ったのはミコトの方なんだもんね……ありがとう、信用してくれて。私、絶対ミコトやみんなを裏切るような真似はしないって、ちゃんと約束するから!」
そう力強く述べる彼女の想いは、心眼など無くともこの場の全員に伝わったようだ。
何せ大会中はもとより、大会が終わってもここに滞在し続けている彼女は、今や使用人さんたちだけでなく、私たち鏡花水月やイクシスさんともすっかり打ち解けている。よってその為人もよく知れ渡っているわけで。
彼女が一度口にした『約束』ならば、決して違えるようなことはないだろうと。この場の誰もが、そのように確信を覚えたのである。
それだけ彼女は、真っ直ぐな娘だから。
そうしてレッカへの説明も終わったところで、いよいよ話は本題へと至る。
即ち、私の正体や様々な謎に関する手がかりについて、だ。
そも今回の大会出場も、レッカを捜してのことだった。更に遡って言うなら、私のアルバムというスキルに、ある日唐突に身に覚えのない写真が現れたことが切っ掛けだった。
その写真に映っていたのが、レッカだったのである。
「なるほど、それで私を捜してたんだ……よく見つけられたね。名前も最初は分からなかったんでしょ?」
「そうだね。外見の特徴を論って色々調べる過程で、レッカの名前が挙がったんだ。だからダメ元でバトリオを訪れたんだけど、いきなり当たりを引けたのはラッキーだったよ」
「行動力あるなぁ」
「レッカがそれを言うのか」
思わずクラウからのツッコミが入るも、天然で行動力の塊のような彼女は何のことやらときょとん顔。これが、無自覚の個性というやつなのかも知れない。
ともかくそんなこんなでレッカに出会うことには成功した。
けれど話を聞いてみても、特にこれと言った進展は得られなかった。そうなると有力な手がかりが途切れてしまったことになる。
現在取れる手があるとすれば、続いて写真に映っていたもうひとりの娘、青い髪の吟遊詩人さんを捜すくらいのものだろうか。
私たちの行き詰まりを、空気の重さから感じ取ったのか、レッカは珍しく黙ってふんふんと何度か頷くと、徐に質問を投げてきたのである。
「ところで、その身に覚えのない写真っていうのがどうして現れたのか、原因はもう分かっているの?」
「ん? まぁ、多分これだろうっていう推測はあるよ。その写真が出現する前、私は初めてソフィアさんに【キャラクター操作】のスキルを使ったんだ」
「その節はすみませんでした……」
「んで、その後で見慣れない写真を見つけたから、一番怪しいのはその出来事かなと」
「なるほどー……」
あの時は、キャラクター操作に大興奮したソフィアさんがスキルの解除を頑なに拒んだせいで、制限時間による強制解除が働くまで融合し続けた挙げ句、極度の反動を受けて気を失ったのだったっけ。
その次の日になっても満足に体力が回復しなかったため、已む無く宿のベッドでおとなしく寝ていたんだ。その時に暇だからってアルバムを見直していたところ、件の写真を見つけるに至ったわけで。
ソフィアさんにとってはとんだ失敗エピソードであるため、未だにそこを突っつくとしおらしい一面を見せてくれる。
「ってことはつまり、ソフィアさんと融合したことが切っ掛けで、その『別のミコト』の持つアルバムと、こっちのミコトのアルバムが何かしらの干渉を起こして、偶然写真が流れ込んできた……みたいな感じかな?」
「! 写真が、流れ込んできた……?」
レッカの解釈に、思わずハッとさせられた。
別の私もまたアルバムのスキルを持っていて、それが私のアルバムと干渉を起こし、写真が流れてきたのだと。
干渉を起こした理由についてはいまいちハッキリしないものの、アルバムに突如写真が現れた理由としては、ある程度納得の行く仮説と言えるのではないだろうか。
そして尚もレッカは言葉を続ける。
「もしそうなら、今後同じようなことがまた起こるかも知れないね。そうしたらそれはいよいよ『別のミコト』や『別の仲間たち』がどこかに存在している可能性の裏付けになるかも」
「!!」
今度こそ、レッカによる思わぬ指摘に皆が大きく目を見開いた。
しかしそれも束の間、早速各々彼女の言をもとに思考を巡らせ考えを整理し始める。
と、早速ちらほら逡巡がまとまり始めたのか、先ずオルカが口を開いた。
「『別のミコト』に『別の仲間たち』が存在する『どこか』……そんな場所が本当にあるの? っていうかそれだと、別のミコトが何人も居るってことになる」
「ミ、ミコト様が複数人存在するだなんて、あり得ません!」
「だが少なくとも一つは、アルバムに証拠が現れている。ミコトばかりかソフィアやレッカがもう一人ずつ映った記録が……だとするとこれはもしや、『この世界によく似た別の世界』……とかか?」
オルカに続き、ココロちゃんとクラウが意見を言う。それを聞いて私はふと、とある可能性を思い浮かべていた。
それがつい、口からこぼれ出る。
「平行世界……!」
私のつぶやきに、皆が揃って注意を寄せてきた。
早速イクシスさんが興味深げに前のめりで解い正してくる。
「ミコトちゃん、それって何なんだ?」
「えっと、私も実はふわっとした事しか知らないんだけど」
この世界ではどうやら、分岐した世界だの並行する宇宙だのって言う話は広まっていないらしい。この中の誰もが首を傾げていた。
なので、私の浅い知識から簡単な概要を語って聞かせる。
「誰でも大なり小なり後悔ってものを経験したことはあると思うんだ。あの時アレを買わなければ、今コレが買えたのに! みたいな」
「分かる」
「ありますねー」
「ふむ」
「それで?」
「じゃぁもし、あの時アレを買わなかったらどうなっていたんだろう? って感じで、今とは異なる選択をした自分っていうものに思いを馳せたことって無い? 例えば、そうだなぁ……もしも私に出会わなかったら、今の自分は何処でどう過ごしていただろう、とかさ」
その言葉を聞き、皆が一瞬押し黙る。
特にクラウやイクシスさんの表情は硬い。
「私は、ミコトに出会えなければ間違いなく死んでいたな……」
「ならば私は、その事実に耐えられなかったことだろう。それこそ、無限に後悔し続けたはずだ」
そう言ってどんよりする母娘。
例え話でそこまで落ち込んでもらっては困る。私は慌てて空気を取り繕い、話を続けた。
「それでね、もしかしたらそんな風に『今とは違っていた世界』が存在しているかも知れないっていうのが、所謂『平行世界』なんだ。誰かが何かを選択する度に、新しい並行世界が生まれ続けているっていう、途方も無い考え方だね」
「なんだか、分かるような分からないような……」
「ココロは、ミコト様に出会えなかった世界なんて、絶対にイヤです!」
「……つまりミコトは、その平行世界で別の自分が私やソフィアさんとPTを組んでいたんじゃないかって、そう言いたいの?」
「なるほど。アルバムに紛れ込んだのは、その世界のミコトさんが持っているアルバム内の写真だったと」
「うん、まぁそんな感じ」
レッカの言う『どこか』とは実際どこなのだろうと考えると、それが一番しっくり来る気がしたんだ。と言うか、それ以外に思いつかないと言うべきか。
だってこの世界にドッペルゲンガーみたいに、私や他の人がもう一人ずついるっていうのは流石に考えにくい話だろう。
勿論可能性がゼロだとは思わないまでも、やはり現実味は薄い。
「しかしミコトちゃん、それなら仮面の化け物についてはどう説明するんだ?」
「う。それなんだよね……写真が紛れ込んだだけならまぁ、可能性としては一応考えられるけど、あの化け物についてはさっぱり分からないっていうのが正直なところだよ」
仮に平行世界ってものが実在したとして、スキルなんて言う謎の多い力がそんな平行世界に何らかの理由で干渉し、写真画像の一枚を持ってきてしまったとしても、絶対ないことだとは言い切れない。
が、それが一体どうしたらあんな化け物の出現に繋がるというのか。
どれだけそれらしい理屈をでっち上げてみても、結局は推測の積み重ねにしかならず、ソースから遠ざかればそれだけその精度も、吹けば飛ぶ埃の如しである。
「まぁさ、一旦その仮説が正しいかどうかは置いておくとして。『だとしたら』って考えてみるのはどうかな?」
と、不意にレッカがそのように切り込んだ。
そして皆の注目を集めた彼女は、言うのである。
「もしミコトの言うように、『へーこーせかい?』っていうのが実在するのなら、そこではミコトが更に別の誰かとPTを組んでることも十分考えられるんじゃないかな。だとしたら、今回みたいにミコトが特定の誰かにキャラクター操作ってスキルを使うことで、結果的に仮面の化け物に近い存在がまた出現する可能性もあると思うんだけど……?」
そのように、彼女は新たな示唆を齎したのだった。




