第二六九話 難関の二回戦
聖女さんが去った後、見計らったかのようなタイミングで姿を見せたオルカたち。
と言うか実際、遠巻きに様子を窺っていたらしい。今日は何だか気を使わせている気がして申し訳ない。
そんな彼女らに一頻り労いの言葉を貰ってから、直ぐに拠点の方へワープで戻った。無論人目を避けて。
すると、イクシス邸でも使用人さんたちに大層ちやほやされて、思わず表情筋がだらしないことになってしまったけれど、今日は浮かれている場合ではないのだ。
挨拶もほどほどに、私は屋敷裏の訓練場へ移動。『チューニング』という秘策をしっかりモノにするべく鍛錬に勤しんだ。
その傍ら、通話にも耳を傾けて緊急会議に参加する。
議題は、大会レベルの高さに応じた、縛りの緩和についてである。
私の鍛錬には、どうしてもと言って聞かないソフィアさんだけが付き添い、他のみんなは屋敷の会議室にて話し合いに集中して貰っている。
逆に私は、鍛錬で手が離せない時は通話を切ることを事前に告げているため、その際はソフィアさんが間に入ってくれるようだ。
『さて、それでは率直に問うが。ミコトの能力について、何か解禁してもいいのではないかという具体案のある者はいるか?』
『魔法属性の追加……くらいしかないと思う』
『ですね。それ以外ですと、ちょっと癖の強いスキルや、味方がいなければ使用できないものばかりですからね』
「使用する属性をここまで限定したことに対する理由も、隠し玉ということで違和感を感じる人は少ないでしょう」
「お? なになに、火と風以外も使っていいの?」
早速私にとって有り難い提案がなされ、しかと聞き耳を立てる。
『しかし、多属性持ちは珍しいからな。何でもかんでもというわけには行かないだろう。解禁できるのは精々一つか、二つか』
「しかも複数属性を操る魔法使いには、傾向があるんです。親和性の高い属性でなければ隣り合わない、と」
ソフィアさん曰く、例えば火と水は対極の属性にあるため、その二つを同時に所持している魔法使いはいないらしい。
ただし、火にも水にも親和性のある属性を持つ者は、火と水の魔法を両立させることもあるとか。
どうしてそのような仕組みになっているのか、という部分は未だ研究されていることで、明確な理屈が確立されているわけではないそうだ。
精霊がどうだとか、神様がこうだとか、或いは魔力がどうのこうのーって説が色々あるとのこと。
『じゃぁミコトはどうして、何でもかんでも魔法を使えるの?』
『あ、ココロ知ってます! ちーとというやつです!』
「誰だココロちゃんにそんな言葉教えたのー!」
『ミコトが以前語っていたじゃないか』
「ですがまぁ、そう言って差し支えないんじゃないですか? 何せハイエルフの魔法まで使われてしまってはね……」
そう言って遠い目をするソフィアさん。でも、遠い目は遠い目でも何でそんなにウットリしてるんだ……。
まぁそれはともかく。
「チューニングの練習をしててさ、私なりの考え方っていうか、魔力ってものの捉え方が段々見えてきたんだけど」
「ミコトさん、詳しく!」
「あ、はい。ええとね……」
そも不思議に思ったのは、どうして人によって使える魔法や使えない魔法があるのか、という点だった。
私はちゃんとイメージすれば、いろんな属性の魔法が使えたし、判明してないだけで適正を持った人はちょっとした切っ掛けで新しい属性の魔法や、何ならスキルまで獲得できることがある。
現にオルカは以前、影魔法を覚えたことがあったし、ソフィアさんは修復スキルをポロッと得たことがあった。
それは一体全体どうしてなのか?
思うに、例えば指紋みたいに、魔力って人によって特徴があるんじゃないかって思うんだ。
そしてスキルや魔法は、特定の特徴を持った魔力に引き寄せられるように出来てるんじゃないかと。
それこそが、所謂『適正』なんじゃないかなって。
火と水が両立できない、みたいな理屈に関しては、また別の要因が働いている気もするけれど、それはさておき。
私の場合、自分の魔力の質を変化させられるっていう変な特技があった。
思えば妖精師匠たちに習った付与も、ハイエルフの術も、いろんな属性の魔法も、これのおかげで習得できたんじゃないかって思うんだ。
この特技をチートと言われたなら、まぁ否定は出来ないのだけれど。
と、言うような説明を皆に語って聞かせた。
「非常に興味深いお話ですね……確か、随分マイナーな論文にそれに近い内容のものがあったような……」
『でも、魔力の質を変化させるとか、ちょっと意味がわからない』
『だな。それは例えるなら、幼女が渋い中年男性の声を出すくらい無理な話じゃないのか?』
「シュールな例えをするね……」
『つまり、ミコト様は偉大であらせられる。そういうことなのです。皆さん、ミコト様を崇めましょう……』
「ごめん、なんか脱線させちゃったね。ええと、それで私が使ってもいい属性の話だっけ?」
ココロちゃんの布教モードが始まりそうだったので、慌てて話を修正したところ、皆も素早くそれに便乗。
すぐさま今解禁されている、火と風の魔法と併せて持っていても不自然ではない属性とは何か、という話になった。
『火なら地や植物、光なんかも当てはまる。あとは熱とかも』
「熱魔法は火魔法や氷魔法を極めた者の扱える、上級属性魔法ですからね。そうなると毛色が違ってきますよ」
『風だったら、雷や地属性と併せて持ってる方を見たことがありますよ』
『ということは、無難なところで地属性か』
「地……落とし穴……グツグツ滾る溶岩……ふふふ」
『ミコト、殺人は拙い』
「そこまではしないから!」
火と地はなかなか文字通り火力のある組み合わせ魔法が使えそうだ。
他方で風と地魔法はどうだろう。地魔法で出来ること……砂……土……土煙? 土煙を風で操ったり……あ、火も合わせれば……ふ、粉塵爆発! 行けるか!? っていうか行っていいのか!? テストしておかないと、ちょっとまずいかも。威力の調整とか難しそうだし。
なんて思索に耽っている間にも会議は進む。
『もう一属性はどうします?』
「地を噛ませたので、水もいけますね。植物や影も。何なら闇もいけます」
『何だか贅沢な悩みだな。ちょっと羨ましいんだが』
『それは、気にしたら負けのやつ』
『お、何だ私をのけものにして、楽しそうな話をしているじゃないか』
『母上!』
と、ここでイクシスさんの登場である。
彼女も会議に加わってくれるようで、取り急ぎここまでの経緯説明が行われた。
すると案の定、楽しそうにあれこれ意見を出し始めた彼女。
斯くしてイクシスさんも交えた会議はその後も続き、私の鍛錬はそれ以上に長く、夜更けまで続いたのだった。
★
翌日。時刻はそろそろ夕の気配も漂おうかという頃。
私は闘技場のステージにて、刀使いの渋いおっさん、『虚絶ち』だなんて二つ名を有するシジマさんと対峙していた。
そう、あれよあれよと試合直前である。
闘技大会総合部門本戦、その二日目は早朝より怒涛の勢いでプログラムが消化され、現在は夕の部一試合目。
朝も早くから、観戦兼カメラを回すために会場へ向かったオルカたち。
それとは別行動で、ついさっきまで鍛錬やコンディションの調整に努めていた私は、今できる限りの準備をバッチリ整えてこの場に立っている。
流石に一回戦目を経験したことで、ある程度この場独特の緊張感には幾らかの耐性がついたとは言え、しかしシジマさんを前にすると異様なプレッシャーを感じてしまう。
予選の時とは違い、明確に一対一での対峙となる今回。強者特有の圧とでも言うべきものが、ひしひしと彼から感じられるのだ。
彼我の距離をおおよそ三〇メートルほど空け、体が強張らぬよう軽くほぐしながら試合開始の合図を待つ。
走馬灯のように、今日ここに至るまでの出来事が脳裏を過ぎっていった。
お昼に食べたご飯や、鍛錬の隙間に仰いだ空の色、みんなの励ます声。あと、会場入りする前にリリやアグネムちゃんと交わした言葉。
それに何より、仲間たちの顔。激励の言葉。一緒になって考えてくれた戦術。
私は深く息をつき、落ち着いてシジマさんを睨む。
必要以上の気負いはない。ただ、全力を尽くすだけだ。
すると、応えるようにシジマさんが、笑った。好奇心の笑みだ。
私の力を試そうという気概が、心眼を通してしかと見て取れる。強者の余裕、だろうか。
リリもそうだった。強さを見せつけるような振る舞い、立ち回り。私にはちょっと真似できそうにない。しようとも思わない。
我武者羅に勝つ。私には、それだけでいい。それが冒険者としての、私の在り方だから。
スラリと腰に携えた剣を引き抜き、構えを取る。
シジマさんも応えるように、刀の柄へ手を掛けた。彼が得意とする戦法の一つが、抜刀術だ。しかもフィクション風味の超速抜刀術。
予選の時も垣間見たけれど、あの時はなるべく使用を控えようとしていた心眼に頼った、先読み回避を強いられたものだ。
今回も、心眼にはお世話になるかも知れない。
いつしか会場はしんと静まり返り、会場中からは目を覆いたくなるほどの緊張と期待が見て取れる。広く浅い心眼の弊害だ。
けれど、『深く狭い』はそれこそ心の声まではっきり聞こえてしまう。それは流石に縛り対象だ。
弊害はあれど、きっとシジマさんとやり合うに当たって心眼は必須。頼らずに済むならそれが一番だけどね。
ふと、あの仮面の化け物なら……近接戦を得意とした『別の私』だったなら、心眼に頼らずとも普通にやり合えたのだろうか、なんて考えが浮かんでは消えていった。
詮無いことだ。仮にそうだったとしても、私は私のやり方でぶつかるだけのこと。
そうしてすっかり静まり返った会場に、いよいよ実況の声が響く。
試合開始を告げる口上だ。
短くも長ったらしく感じられるそれを、聞くともなしに聞き流し。
ついに、始まりの鐘は高らかと打ち鳴らされたのである。
第二回戦、開始だ。




