第二六〇話 見て学ぶ魔術部門
今日も今日とて朝から観客席の一角を陣取り、観戦準備を整える私たち。
時刻は午前九時を過ぎた頃。やがて本日最初の試合が始まる時間である。
会場は既にほぼ満員で、早くも熱気に包まれていた。
私たちの関係者の内、本日直接ここへ赴いたのは鏡花水月のメンバーのみとなっている。
イクシスさんとシトラスさんは、お仕事があるとのことで来られず。ステラお姉さんことサラステラさんは、武術部門の優勝者ゆえ特別観覧席を運営側からあてがわれており、そちらでの試合観戦を行うことに。
なので彼女とは、ワープでバトリオに着くなりすぐに別れた。何せあの人は得物からして目立つからね。一緒に行動するだけで、私たちにとってはリスクがあるのだ。
そういうわけで、今日はPTメンバー水入らずでのんびりと試合を観ることになる。
本日執り行われるのは、魔法部門の試合本戦だ。
魔法は私の得意分野でもある。もしかすると今後のPT活動に役立つ魔法の運用方法や、テクニックなんかが飛び出すかも知れないと思うと、個人的な試合への興味は昨日のそれよりも強いと言える。
私はスキル大好きソフィアさん同様、前のめりになってステージを見下ろすのだった。
尚、今日もバッチリオルカはカメラを回している。そしてその映像は録画されるとともに、イクシス邸へと送られてもいる。
なので向こうでは今日も上映観戦会が催され、味をしめた使用人さんたちは朝っぱらから、少しでも長く観戦を楽しむべく自分の仕事を早く終わらせようと必死な様子であった。現金というかなんというか。
そしてレッカもまた、今日も使用人さんたちに交ざって観戦を楽しむそうで、こっちには来ていない。
「ソフィアさん、今日の注目選手とかって分かる? もしかしてサラステラさんみたいな怪物クラスが居たり……」
「ええ、前回大会優勝者もエントリーしているようです。しかし、私が注目しているのは何と言っても『炎帝ガグ』ですね」
「え、炎帝! また強そうな二つ名だね……」
「む、やっぱり知らないのかミコト。炎帝と言えば相当有名な炎魔法使いだぞ?」
「宮廷筆頭魔術師っていう役職についてる、すごい人」
「宮仕えなのに炎帝だなんて二つ名で呼ばれて、物議は醸しているみたいですけどね」
「それはまた難儀なことで」
ともあれ、ソフィアさんが言うのだからきっと余程なのだろう。
私もしっかり注目しておこう。
「でも、よくそんな人が出場できたね。仕事柄止められたりしないのかな?」
「何でも、運営側が招いたらしいぞ。所謂ゲスト参戦というやつだな」
「え。わざわざゲストを呼ぶとか、もしかして魔術部門ってそんなにレベルが高くなかったりするの?」
「いえ、予選を見た限りそんな事はありませんでしたよ。恐らく宮廷魔術師の実力を知らしめたいという、宮廷側の思惑もあったのでしょう。ひょっとすると、特別感を演出するためだけにゴリ押しして、ゲスト参戦という構図を作った可能性までありますね」
「大会の規模が大きいと、そんな裏のお話が絡んできたりするんですね……」
なんて話をしていると、いよいよ本日最初の選手呼び込みが始まり、程なくして入場してきた二人の魔法使いがステージの上で対峙したのだった。
闘技大会魔術部門、本戦。その幕開けである。
★
実力や相性の拮抗した魔法使い同士の試合というのは、武術部門のときよりも長引く傾向にある。
というのも、魔法は距離を取っての試合となりやすく、そして障壁で相手の魔法を防ぐというような用いられ方もする。
したがってお互いに決定打がない場合、タイムアップの判定による決着となることもしばしばあるのだ。
武術部門の時は、たとえ実力が拮抗していようと、ほんの一太刀が致命的なダメージになることもあるため、そうそう試合が長引くようなこともなかったのだけれど。
実力に長けた人は、突然相手の背後に魔法を出現させるなどして、一瞬で勝利をもぎ取ったりしたし、例の炎帝さんなんて相手の障壁ごとぶっ飛ばすという、とんでもない力量差を見せつけての勝利となった。
また、判定となった場合は審判の出番である。なかなか出番のない審判さんだが、魔術部門ではステージ上でマイクを持ち、判定結果とその内容を説明する場面がチラホラあった。
判定の内容としては、技術点や芸術点など様々な角度から採点が行われ、得点の高いほうが勝利という仕組みらしい。芸術点って、何だそりゃって感じだけどね。運営は余程、観客に派手な魔法を見て楽しんでもらいたいようだ。
とまぁそんなこんなで、あれよあれよと一日が過ぎ。気づけば最後の試合までガッツリ見終わっていた。
時刻は長引く試合もあった割に、夜九時前とそう掛からなかった。短い試合は本当にあっという間だったから、そのせいかも知れない。
魔法は実力もそうだが、相性が物を言う場合も多いのだ。火魔法使いと水魔法使いの試合とか、なかなか可哀想だったっけ。
サラステラさんにはどうやら、優勝者用の豪華な宿が用意されているとかで。そこを利用しないのも怪しまれるという理由から、イクシス邸に戻ることはない。
というわけで彼女と合流すること無く、私たちはさっさと会場を後にするとワープで転移部屋まで戻ったのだった。
が、私はそれから屋敷裏の訓練場へ直行。早速今日見て学んだあれこれを実践して見るべく、一心不乱に練習を行った。
ちゃっかり付いてきたソフィアさんの、嬉しそうな顔ったらないが、そんなことも気にならないほど夢中になって今日得た知識を技術に昇華する作業に没頭したのである。
やはり一番大きかったのは、彼の炎帝さんから学んだことだろうか。
彼の放った魔法はたったの一発。ステージを真っ赤に染め上げるほどの巨大な爆炎を出現させる、というものだけだったのだけれど、私はそこに大きなヒントを得た。
それは、一言で言えば何ということもない、ものすごくスキルレベルの高いマジックアーツという、ただそれだけのこと。
だけれど私の叡視は確かに捉えたのだ。彼が消費したMPと、魔法の威力が全く釣り合っていないという事実を。
そして、そこに用いられた魔力が普通ではないことを。
私が彼と同じ魔法を使用した場合に用いられる魔力と、彼が実際に用いた魔力は、何だか違うものに感じられたのだ。
以前、【付与】に用いる特殊な魔力を身につけるべく色々試していた際、気づいたことがあった。
それは、一口に魔力と言っても、種類や質といった様々な違いがあるということ。
MPから変換される魔力というのは、スキルや魔法の発動に伴い、半ば自動的に生成されるものだ。
一般的な感覚としては、ただMPが減り、魔法が構築されるというだけの感覚しか無いそうなのだけれど、少なくとも私は魔力の変化を確かに感じ取ることが出来た。
そしてその種類や質なんて言うのも、スキルや魔法の種類に応じた、多種多様なものとなっている。
また、純粋にただMPを生成した場合などは個人によって大きく違いが出るし、もしかするとそうした個人差によって得意な魔法属性なんてものが決まっているのかも知れない。
とどのつまり、『スキルや魔法にはそれぞれ、適した魔力のカタチ』というものが存在しているのではないか、という話だ。
しかし、どんな魔力がどんな魔法に適しているか、なんて調べるのはなかなかに膨大な作業であり、ちまちま続けてはいるものの、未だ劇的な成果は出せないでいた。
そこで、今日見た炎帝さんの超高レベルな魔法である。
正直、私でも使える魔法をあれ程高いレベルにまで磨き上げている人、というのは初めて見た。
魔法行使における私のネックは、広く浅いことだった。
大抵のことは出来るけれど、軒並みスキルレベルが低いのだ。それでも出力を出そうとするなら、大量にMPを注ぐことでしか行えない。
そんな私の悩みどころを、一気に解決してくれるかも知れない大発見。
私はひょっとすると、それを得たのかも。
「やってやる……絶対ものにしてみせる!」
「キャーキャー! ミコトさん素敵ですー! 私、お夜食作ってきますね!」
なんて自称良妻の支援を受けながら、私は時間の許す限り研究と修練に励むのだった。
多分、寝てる間もオートプレイが頑張ってくれることだろう。
★
闘技大会魔術部門、本戦二日目。
今日は武術部門同様に、二回戦から決勝まで一気に行われるということで、朝も早くから会場は大賑わいである。
一方で私はと言えば、観客席につくなり修練の続きをひっそりと行っていた。
昨日大分良いところまでは行ったし、オートプレイの効果もあって、随分と手応えを感じてもいる。
ただまぁ、明日の本戦に用いて良い技術かと言えば、それは怪しいところだ。もしかすると縛り対象に含まれるかも知れない。
それでも、直に大会を観戦した甲斐というものを、技術という形で結実させることが出来るのだとしたら、こんなに素晴らしいことはないだろう。
試合が始まるまでの時間、結局私は何時になく口数も少ないまま、黙々と魔力をいじくり回していたのだった。
今日会場に足を運んだ顔ぶれも、昨日同様鏡花水月のメンバーのみである。
既に勝手知ったると言った調子で各々が観戦準備を整えると、いよいよ本日最初の試合が始まる。
見ることも立派な訓練だ、なんて言うけれど。私にとっては正にそうだ。
昨日にも増して集中し、私は食い入るように試合を眺め続けたのだった。
★
「一度に、なんとかして二種類以上の魔力を生成できたら……」
「……大変です皆さん! いよいよミコトさんが人間を辞めようとしていますよ!」
「ミコトは実質超越者だから、別に騒ぎ立てるほどのことじゃない」
「流石ミコト様です! ココロも精進しないと!」
「ぐぬぬ、私も負けていられないな。ちょっと走ってくる!」
というわけで、あっという間の一日が過ぎた。
優勝したのは前評判通り炎帝さんで、彼が用いたのはそれはそれはすごい炎魔法だった。当然、会場は沸きに沸いたのだが。
しかし私にとっては正直、大会の結果がどうとかはどうでも良くて、ただただ目の前のステージで繰り広げられるハイレベルな魔法の数々に、終始可能性を見続けていた。
それもこれも、叡視というスキルがあればこそなのだけれど、ともあれ昨日今日の二日で私が掴んだものはきっと多く、そして大きい。
中でも魔法同士がぶつかった際に一度だけ見えた、あの共鳴現象。
あれを自在に再現できるようになれば……そのためには二種類以上の、異なる種類の魔力を適切な比率で重ねる必要がある、はず。
でも、その方法自体困難で、しかも魔力の調整……調律って言うべきかな。それもかなり繊細な作業が求められ……。
なんて、魔法の可能性に思いを馳せ、あれこれ試行錯誤している現在。
場所はイクシス邸の訓練場であり、時刻は夜九時前後。さながら昨日の焼き直しが如し、である。
しかし、やっていることは昨日とまるで異なる。今日もまた多くの発見を得、それを己が技術に取り入れようとあくせくすれば、当然単なる昨日の続きとはならなかった。
そんな、半ば暴走がちに魔法の修練に打ち込む私を、少し離れた位置から眺めているのはオルカたち四人である。
すっかり辺りは真っ暗だっていうのに、付き合わせるのはやはり申し訳なく気掛かりであり、私は思わず訓練の手を一旦緩めて皆の方へ向いた。
「あのさ、見てたって何も面白いことなんかないと思うよ? 私のことは気にせず、中に入っててくれていいのに」
「それはダメ。ミコトは見張ってないと、昨日みたいにいつまでも頑張っちゃう」
「そうですよ。それに明日は本戦じゃないですかミコト様! 万一今日のご無理が祟って明日大怪我でもなさったなら、ココロは悔やむに悔やみきれません!」
「私の場合は、試合に負けた悔しさもあるからな。ミコトが鍛錬をしているというのなら、くつろいでなど居られないさ! 寧ろ手伝えることがあれば何でも言ってくれ!」
「私もお手伝いしますよ。お望みとあらば夜通しでも……ああいえ、何でもありません」
オルカとココロちゃんに睨まれ、さっと前言を取り下げるソフィアさん。
それはともかく、どうやら私がせっせと鍛錬に勤しんでいるせいで、皆は気が気ではないらしい。
と考えると非常にネガティブではあるけれど、ここはもっとポジティブに捉えるとしよう。
手伝ってくれるというのなら、有り難くその手を借りようと思う。
私は早速みんなに、今やろうとしていることの概要を伝え、その上で研究や修練の手伝いを頼んだ。
皆最初は『コイツは何を言ってるんだ?』というような顔をしていたけれど、それで役に立つのならばということで何も言わず協力してくれることに。
斯くして私は今日も夜遅くまで、皆の協力に助けられながら魔法の深みへ足を踏み込んでいった。
そしてついに、総合部門本戦の日がやってくるのだった。




