第二六話 ココロちゃんとデート
天候は晴れ。太陽の位置は頭上を通り越し、そろそろ傾こうかという辺りにある。
私達はいつぞやのロックリザードに会いに、岩岩した地系を訪れ、元気にトカゲ狩りに勤しんでいた。
そうしてまた一枚、ロックリザードの鱗がドロップした。
「ふぅ、これで一六枚目だね。やっぱり手荷物になると嵩張るし重いしで厄介だなぁ」
「仕方ない。【アイテムストレージ】にも制限があるから」
「ミコト様、たくさんスキルを使ってレベルを上げれば、きっと拡張できますよ!」
「そうだね。それに期待して積極的に使っていこう」
私はアイテムストレージのウィンドウを呼び出し、収納されたアイテム欄を見る。
見事に『ロックリザードの鱗』というアイテム名が、計一六個も並んでいる。スタックできないの!? とツッコみたくもなるが、出来ないものは出来ないらしい。
そしてどうやら、ストレージの容量に関してはリットル換算ではなく、個数で上限値が定められているようだ。
どんなに巨大なものでも、逆にどんな小さなものでも、一個のアイテムと判定されたならそれは一枠を占領する。勿論、取り出せば枠は空きに戻るのだが。
因みに、お約束の『水は何リットル収納できるのか!?』なんて実験も行ってみたのだけれど、水そのものはアイテムとしてカウントしてもらえなかった。
水を入れた水筒なんかだと、ちゃんとアイテムとして認識してもらえるみたいだけど。
っていうか、アイテムの定義がわからん。検証してみてもいいんだけど、そんなことより次のスキルの習得だとか、お金稼ぎのための仕事だとか、転生の謎を追うだとか、やりたいことは溜まっているのでとりあえず、収納できるものがアイテム、という認識にしておくことにした。
現在のストレージ上限はアイテム一六個分。
大きさや重さの制限がないため、大荷物を一六個手ぶらで運べるって考えるととても便利ではあるのだけれど、物足りない感は正直否めない。
ココロちゃんの言う通り、スキルレベルによる容量や機能の拡張に期待したいところだ。
それでも、結局その後しばらく狩りをした結果、以前よりずっと多くのドロップアイテムを持ち帰ることが出来た。
結果として、欲を出したため帰り道が以前より楽になった、などということはなかったけれど、実入りはかなり増えた。
問題なのはギルドで素材を取り出す際、他人に【アイテムストレージ】を見られてしまう恐れがあることだった。が、そこはソフィアさんが事前に手を回してくれていたらしく、買取カウンターのおじさんに話しかけると奥へ通された。
買い取ったものを管理している倉庫のような場所で、ストレージ内の素材をすべて取り出してみせると、おじさんはさながら手品を目の当たりにした様な顔で困惑した笑いを漏らしていた。
そんなこんなで問題なく売却手続きは済み、私達はいつものごとくソフィアさんに今日の報告を行うために、受付カウンターへと立ち寄った。
「って、何してるんですかソフィアさん?」
「見て分かりませんか? 本に物を入れようとしているんです」
「忙しそうなので、出直しますね。ごきげんよう」
「待ってください。例のスキルの使用感を聞かせてもらえるまで帰しませんよ!」
「ひ、必死かよ……」
踵を返した私の、外套の裾をがっちり掴んで離さないソフィアさん。そんなカウンターから身を乗り出さずとも……それ、後ろからパンツ見えてますよ多分。
どうやら前回、本に物を収納するという私の例え話に感銘を受けたらしく、それ以来色々彼女なりに試しているらしい。そんなスキルが実在するかも分からないのに、行動力オバケだよソフィアさん。
ともあれ、いつまでもパンツ丸見えソフィアさんにしておくわけにはいかないので、おとなしく今日の出来事やアイテムストレージを実際活用しての感想なんかをあれこれ語って聞かせた。
彼女はウンウンと頷き、一刻も早くスキルレベルが上がるよう、なるべく頻繁に物を出し入れするようにと指示を投げてきた。
私としてもやぶさかではないため、了承しておく。
その後ギルドを後にし、私は何食わぬ顔でウエストバッグ内の品を適当にストレージに入れてはバッグ内に戻しを繰り返しながら、オルカやココロちゃんとともに今日も宿への帰路を辿った。すっかりこの生活にも慣れてきたなと思う。
未だに生前のことは、過去のことだなんて思えない。今だって何処か、夢の中にいるような不思議な気持ちを感じてはいる。
だけど何れはそれも薄れていくんだろう。
日本で生きた記憶は、過去になっていく。神代 命は、ミコト カミシロに上書きされていくのだろう。
それを思うと、何だか寂しいような、悲しいような、恐いような。不安めいた感情に胸を締め付けられる様だ。
夕暮れの紅は、一層そんな気持ちを揺り起こしてしまう。
私は軽く頭を振って、意識を強引に引き戻すのだった。
「ところで二人とも、私のスキル習得に付き合わせちゃったわけだけど、二人が習得したいスキルって何か無いの?」
「あ、それ。そのことで私、ミコトに聞きたいことがあった」
「私もです。是非ミコト様にお聞きせねばと」
「ん? いいけど、なんだろう?」
帰り道を三人で歩きながら、気になっていたことを問うてみると、思いがけず別の問が返ってきた。
果たしてその内容とは。
「私にはどんなスキルが、合うと思う?」
「よろしければ、ココロのこともお導きいただければと……」
という、習得するべきスキルの相談だった。
オルカは生きるために力を磨き、結果ジョブ特性も相まって索敵や隠密、狙撃や体術等を得意とするようになった。
当人曰く、逃げることに重きを置いた結果、身につけた技術だそうで。
しかし、切り札であるところの【キャラクター操作】を受けての私との融合を行った際、強力な一撃があったほうが良いと考えている様だ。
それで直接、私の意見を参考にしたいと質問をしてきたらしい。
一方でココロちゃんは、件の怪力というコンプレックスを何とかしたいらしく。
自身でもいろいろ考え、手を尽くしてきたけれどどうにもならなかったそうな。だからなんとか知恵を借りたい、という話らしい。
「うーん、そうだなぁ。まずオルカは、一点突破の貫通力……とか良いかもね。アーツスキルでもいいし、普通に貫通力を強化できるスキルでもいい。何にでも穴を空けられる手段があれば、オルカの隠密と併せて一撃必殺を狙えそうじゃない?」
「なるほど……うん。とてもいいと思う」
「ココロちゃんは、散々自分で悩んで考えた後だから、今更私の意見なんかが役に立つとも思えないんだけど……そうだなぁ。強いて言えば、【体術マスタリー】とかどうかな? 体捌きに補正がかかるから、もしかすると力の強弱にも敏感になれるかも?」
「な、なるほど! 実はココロも欲しいと思っていたスキルでした! ですが一向に習得できず、私のジョブでは無理なのかと半ば諦めていたのです……けれどミコト様が仰るのであれば、きっとココロは習得してみせます‼」
「お、おぅ……参考になったなら良かったけど、二人ともあんまり無茶はしないようにね?」
なんて話をしつつ、一日が終わっていった。
私達のスキルブームは、まだ続きそうだ。
★
それから数日が経過した。
ココロちゃんはすっかり私達の間に馴染んでおり、今は仮のPTメンバーみたいなポジションに居着いている。が、流石に【キャラクター操作】の対象にしたことはない。
今更ココロちゃんに対して秘匿するとか、そういうようなことではないのだけれど、特に差し迫ったピンチがあるでもなしに、正式なメンバーではない相手に使うようなスキルではないからね。
でも、折を見てちゃんと話そうとは思っている。このまま私達と行動をともにするつもりなのか、それとも何処かへ行ってしまうのか、と。
そんな事を考えながら、今日は何とココロちゃんと二人で街を歩いている。実質デートだ。
というのも、珍しくオルカは別行動中であり、不意に時間の出来た私は、オレ姉のところで舞姫のメンテをしてもらうべく出かけたのだ。
するといつものように、お供しますとついてきたココロちゃん。
やってきたオレ姉の店で、二人して武器を物色した。
そう言えばココロちゃんは普段、無骨で頑丈そうなメイスを振り回しているが、この間から素手での戦闘訓練を始めたようで。
それならばと、ナックル系の武器や足具なんかを、オレ姉に言って見せてもらった。
「うーん、とりあえず頑丈で壊れにくいものがいいですね」
「ココロちゃんはこう見えて、すごく力が強いからねー」
「ああ、野良シスターの噂は私も聞いたことがあるからね。それだったら、この辺なんかどうだい?」
という感じで、オレ姉お勧めの頑丈な篭手を購入したココロちゃん。早速装備して、こころなしか嬉しそうにしている。
分かるよ! 初めての装備はワクワクするもんな!
未だ【体術マスタリー】の芽生えぬココロちゃんではあるけれど、装備に対する高揚感はマスタリーとは別のところにあるものさ。
そしてその後は、工房の裏手で恒例の創作武器試用会だ。
ココロちゃんを相手に模擬戦を行う。不慣れな徒手空拳ではいつも以上に加減が利かないからと、今回はメイスで相手をしてくれたココロちゃん。
相手が私だからか、動きがぎこちなくはあったが、それでも流石はAランク冒険者。オルカに比べるとゴリ押しな点も見受けられるが、それを加味して尚危なげなく私の攻撃を捌いてみせた。
言わずもがな、オレ姉の作る武器はどれも独創的で格好良く、私の琴線をビンビンと震わせてくれた。
そんなこんなでたっぷりオレ姉の店で楽しんだ後、メンテしてもらった舞姫を受け取って店を出る。
日はまだ高いため、適当に街をぶらついて行こうということになった。考えてみたら、こういう目的のない散策というのはあまりしたことがなかったから、いい機会でもあった。
「ミコト様、あまりココロから離れないでくださいね。迷子になってしまいます」
「はいはい、頼りにしているよー」
「お任せください! オルカ様に代わり、このココロが見事ミコト様の付き人を果たしてみせますから!」
ふんすと鼻息も荒く息巻くココロちゃん。小学生めいた見た目も相まって、やっぱり可愛いなこの娘。
せっかくなので、これを機にもう少しココロちゃんと打ち解けられないかと思う。あ、いや、他意はないが。確かに小さくて可愛い女の子は好きだけど、変な意味ではないから。本当だから。
……やめよう。これ以上は自身の墓穴を掘り下げているだけのように思える。
真面目な話、ココロちゃんはどうにも私達に遠慮しているような気がする。
いや、私を神様のごとく敬っているから、それは遠慮どころじゃないのだけれど。それとはまた別に、あまり自分のことを語りたがらないフシが見受けられるのだ。心の壁、めいたものを感じている。
別にそれを無理に聞き出したいわけではないのだけれど、私はココロちゃんに命を救われている身だからね。もしも私で助けになれることなら、恩返しがてら力になりたいなと思っているわけなのだが。
そのためにも、もう少し打ち解けたいなっていう話だ。だから他意はないのだ。本当だ。
「あ、ミコト様見てください。あのお店は何でしょう?」
「何だろうね、見に行ってみようか」
「はいっ」
それから私達は連れ立って、あれやこれやと買い食いをしたり店をひやかしたりして時間を過ごした。実に心弾む時間だった。
楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、そろそろ帰ろうかという頃、ココロちゃんが申し訳無さそうにお花を摘みに行ってしまった。すぐ戻ります、ここを動かないでください、変な人について行ってはダメですよと、何度も振り返りながらドタドタと公衆トイレへ入っていく。
……すると。
「なぁおいあんた、もしかしてミコトっていう新米冒険者じゃねぇか?」
「? そういうあなたはどちら様で?」
突然声をかけられ、振り返るとそこには厳つい冒険者然とした三人組の男たちが、面白そうにこちらを眺めていた。
私はいつも通り仮面をつけているが、寧ろそれ故に特定されやすいという弊害があるようで。たまにこうやって話しかけられることがある。
普段ならさっさとこの場を離れたり、オルカが威嚇したりしてやり過ごせるのだが。困った。ココロちゃんが戻るまでは動けないぞ。
「俺たちゃつい一昨日この街に来た冒険者PTだ。鷹の爪っつーんだ」
「…………」
いかん、余計なイメージが頭を過ぎって笑いそうになる。
落ち着け、偶然の一致だ。吉田くんも総督も関係ないんだ。
「それで、私になにか?」
「いやなに、仮面を付けたミコトって新米冒険者が、とんでもねぇ美人だって噂を聞いたもんでな。もしかしたらと思って声をかけてみたんだよ」
「なぁあんた、よかったら素顔を見せてくれよ!」
「減るもんじゃなし、いいだろ? な?」
「いえいえ、到底人様にお見せ出来るような顔面ではないので。恥ずかしくてこうして仮面をつけているのですよ」
なんとかかんとか適当をぶっこいて男たちの追及を躱そうとするも、しつこい。
どうせ仮面を取って見せたら見せた所で、面倒なことになるのは目に見えているんだ。
面倒はごめんなので、意地でも見せない。が、焦れた男たちはとうとう実力行使も辞さないらしく。私を取り囲むように三角のフォーメーション。PTならではのチームワークを、こんな用途に用いないで欲しい。
くっ、ココロちゃん! 早く戻ってきてくれー! うんこか? うんこなのかー!?
などと私が弱音を内心で叫んでいると、次の瞬間辺りに底冷えするような緊張感が走った。
次いで、ビリビリするような迫力を感じ、皆が一様に恐る恐る視線を集める。
そこには、まるでその小さな体には似つかわしくない、おぞましい程の覇気……いや、怒気を纏ったココロちゃんの姿があった。
「あなた達……ミコト様に、なにをしようとしているのですか……?」
「ひ……な、何だこのチビ……」
「お、おい、修道服を着てるぞ、コイツ……」
「え、ま、まさか……野良シ」
「とりあえず、懺悔を聞かせてもらいますよ?」
……そこからは、悪夢めいた出来事の連続だった。
男たちの阿鼻叫喚。通行人もパニックを起こして逃げ去り、ココロちゃんの手により男たちの骨が砕け、肉が裂け、悲鳴という名の懺悔が鳴り止まない。
明らかなやりすぎ。過剰な暴力だ。普段のココロちゃんからは想像できないような不条理を振りかざしているじゃないか。
私はたじろぎ、声をかけるタイミングを逸してしまった。だが、流石にこのままでは男たちが死んでしまうと思い、慌てて声を上げた。
「ココロちゃんストップ! もういいから! ステイ‼」
「‼ ……あ……あぁ……私……」
「ゆる、して……ゆるし……」
ほんの一分にも満たぬ間に、石畳は派手に壊れ、男たちは死にかけの体を晒し、そして我に返ったココロちゃんは一変。
酷いショックを受けたように硬直し、肩を震わせ始めた。
普段ココロちゃんが隠している実力の一端を、こんな形で目にするとは。私自身少なからず衝撃を受けた。
だが、何よりココロちゃん当人の動揺がもっとも大きい。
「す、すみません、私、ここまでするつもりでは……い、今治します……っ」
「ココロちゃん……」
死にかけていた血まみれの男たちは、瞬く間にその傷が癒え、ぐったりとその場で揃って蹲っている。酷く怯え、頭を抱えて震えている。
ココロちゃんの表情はとても暗く、凄まじい治癒術を施しているのに、私の関心がそこに向くことはなかった。
彼女の抱えているものは、どうやら私の想像を絶しているのだろうと窺い知れてしまったから。
ココロちゃんは男たちの治療を終えると、私に深々と頭を下げた後、その場から駆け去ってしまった。
余程感情が高ぶっているのか、一歩毎に足元を踏み砕き、凄まじい速度で姿をくらませたココロちゃん。
正直突然の出来事に、困惑や心配や些かの罪悪感など、色んな気持ちが飽和して頭がついていかないのだが。それでも、足は勝手に動いていた。
ココロちゃんが走り去った後を追って。踏み砕いた石畳を辿って、私は彼女の後を追いかけたのである。




