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ゲームのような世界で、私がプレイヤーとして生きてくとこ見てて!  作者: カノエカノト


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第二五八話 パワァ

 芋づる式に色々情報が露見するのを避けるため、敢えて一部の事実を明かして多く真実を隠すという、どこかで聞いたようなテクニックを用い、この場を切り抜けることにした私たち。

 囮になるのは、聖女さんが最も関心を向けている相手であるイクシスさんだ。

 彼女が変装を解き、正体を明かしたならきっと、おおよそ聖女さんの興味はイクシスさんへ集中するだろうから、その隙に適当な設定をでっち上げてこの場を乗り切ろうというのが、私たちの作戦とも言えないような雑な企てであった。

 なにせものの一、二分で立ち上げた突貫計画だからね。仕方ないよね。


 ということで、変装を解いて素顔を晒しつつ、名乗りを上げたイクシスさん。

 対面の聖女さんは瞬間、感極まったとばかりに口元を両手で覆い、目を潤ませた。

 そんな彼女のリアクションに面食らい、イクシスさんはポリポリと後頭部を掻く。


「その、すまないな。私はキミの顔に覚えがないのだが……」

「い、いえ、それは当然です。私が一方的に大恩を懐いているだけですので」

「? というと?」

「あれは今より、数年前になります――――」


 なんだか回想が始まってしまった。

 目を閉じ、過去に思いを馳せながら語り始める聖女さん。

 私たちはイクシスさんの後ろで、コソコソと小声で話し合う。遮音結界もバッチリだ。


「今のうちに脱出する?」

「でも、イクシスさんを残していくの?」

「イクシス様だけでは不安ですね……ソフィアさんも残していきましょう」

「だが、ソフィアは試合が見れないとなると絶対へそを曲げるだろう?」

「映像が残ってれば平気だろ。寧ろ次の試合に間に合わねぇほうがヤバそうだ。中継を楽しみにしてる奴らもいるわけだしな」


 というわけで、聖女さんがうっとりと昔語りをしている今のうちに、ひっそりこっそり私たちは気配を隠しながら医務室を後にしようとした。

 のだけれど。そこへ、異様なほどの気配を纏った何者かが近づいてくるのが分かった。

 皆一様に表情を固くし、他方で聖女さんもこれには感づいた模様。

 ばかりか、イクシスさんのこめかみに青筋が立つ。


 そうして、ノシノシと威風堂々たる足取りで姿を表したのは、そう。

 先程クラウをコテンパンにした、第三回戦の対戦相手であり、彼女にとって縁のある人物。

 邪竜殺しの英雄、サラステラさんその人だった。


「ぱぁぅわぁぁぁああああーーーーー! うぉぉぉクラーーーウ!! さっきはごめんパワーーーー!!」


 第一声がうるさい。いや、うるさいどころじゃない。腹から声を出し過ぎである。

 棚の薬品とか、空気の振動だけでガタガタ揺れてるじゃないか。

 そして、ほんとにパワーって言ってる。冗談じゃなかったのか……。


「はにゃっ、にゃにごとですか?!」


 これには、回想の世界にトリップしていた聖女さんも覚醒を余儀なくされた。っていうか、素で今のリアクションなの? ネコ科なの? うちで飼えませんかね?

 っといけない、気が動転して一瞬頭が変になっていたようだ。

 どうしようどうしよう、噂のヤバい人が目の前に。しかも一つしか無い医務室の出入り口に陣取っているものだから、脱出のタイミングを逸してしまったぞ。

 更には、第一声から察しがつくように、サラステラさんの目的はクラウで間違いない。っていうかせっかくマスクちゃんって名乗ってるのに大声でバラすし、しかも聖女さんにも聞かれてるし。

 あーもーメチャクチャだよー!


 なんて頭を抱えている間にも状況は待ってくれない。

 すぐに目的であるクラウの姿を見つけたサラステラさんは、一も二もなく彼女へ飛びつこうとした。

 が。


「サラ」

「――っ!?」


 脊髄反射的に、とでも表するべきか。

 その声が静かに空気を震わせた途端、サラステラさんの体が時間でも停止したのかと錯覚するほど、綺麗に固まった。さながら生きた彫刻である。

 しかしその視線が、ゆっくりゆっくりと声のした方へと向けられ、全身からはブワッと汗が吹き出している。


 そして。とうとうその声の主、イクシスさんを視界に捉えた瞬間であった。

 彼女はイクシスママを刺激せぬよう、そっとその場に正座をし、何も言わず額を地面に押し当てたのだった。


「こ、殺さないでください……ぱわぁ」


 語尾が、取ってつけたみたいになってますよ。

 と言うか、綺麗な命乞いであった。

 そして最愛の娘をボコされたイクシスさんはと言えば、ソフィアさんばりの無表情でもって、地面に這いつくばるサラステラさんを睥睨。勿体ぶるようなゆっくりとした歩みで彼女に近づいていくと、屈み込んでその後頭部にぽんと手を載せた。

 そして、平坦な声で言うのだ。


「後でちょっと、顔を貸せ」

「ぱ……ぱわっ」


 絶対的とも思えたあのサラステラさんが、今は萎縮しきってプルプル震えているではないか。

 い、色んな意味でヤバい場面に立ち会ってしまった……。

 が、今がチャンス!


「Z!」


 とんでもなく気まずい空気の中、意を決して私は一言そう告げた。

 瞬間、脱兎の如く、或いは蜘蛛の子を散らすかの如く、鏡花水月の面々は一斉にその場を逃げ出したのだった。

 そう。プランZは最終プラン。

 どんな手を使ってでもその場からどうにか逃げ出せという、全力撤退プランである。

 皆はその意図を瞬時に汲み取り、混乱に乗じて一斉に退散。

 今回は戦闘中でもないということで、スキルの使用は避け、全員全力で出口からの逃走を選択。


 斯くして私たちはどうにか、混沌に陥った医務室からの脱出に成功したのだった。



 ★



 結局その後、闘技大会武術部門を制したのは、当然と言うべきかサラステラさんだった。

 医務室での一件後に行われた準決勝では、あからさまにどんより凹んだ様子の彼女だったけれど、その強さに淀みはなく。

 雑に振るわれた大剣でもって、あっさりと対戦相手をステージ外へ吹き飛ばしてしまったのだ。

 流石に決勝戦に於いては、彼女をもってして本腰を入れた戦闘が余儀なくされたが、そうなれば当然観客席側は楽観を通り越して供給過多のスリルを味わうこととなった。

 なにせ客席を守っている障壁が、バギンボキンと嫌な音を上げて罅割れたのだ。戦闘で生じた衝撃波だけでコレである。

 流石に客席からは阿鼻叫喚の悲鳴が上がり、逃げ出す者さえ少なくなかったほどだ。


 そんな、サラステラさんと激闘を演じた猛者は、これまた有名な冒険者さんだったようで。

 斧王の二つ名を持つ、コリンという厳ついおっさんだった。名前は可愛いのに。ときめかないタイプのギャップである。

 しかしその実力は凄まじく、二つ名の通り大きな斧を駆使したパワフルな戦闘スタイルは、サラステラさんの大剣と正面から打ち合えるほどのもので。

 間違いなく彼もまた超越者の一人なのだろうと、堪らず息を呑んだほどだ。


 尚、決着はいよいよ箍を外したサラステラさんが彼を圧倒することでついた。

 どうやら大会ルールにあるように、対戦相手を殺してしまったり、過剰な大怪我をさせてはいけないという制限を遵守するべく一応加減を自らに課していたようで。

 そんな彼女をマジにさせたコリンさんとやらは、やはり相当な強者ということだろう。

 っていうか、超越者の中でもやっぱり格の違いっていうのはハッキリしてるんだな……寧ろ、ステータス百超えだからこそ差が開きやすいってことなのかも知れない。

 世界の広さというものを、改めて思い知った一日だった。


 そんなこんなで観戦を終えた私たち。

 時刻は夜九時を回っており、人の流れに乗って会場を出て、これから拠点へ帰ろうかという頃。


「ぱぁぅわぁ~! ぱぁぅわぁ~!」


 そんな独特の鳴き声を上げながら、どしどしと駆けてくる者があった。そう、サラステラさんである。

 人垣からひょっこり突き出た巨大な剣。それがさもサメの背びれが如く、宿に戻る人たちの群れをかき分け、こちらへずんずん迫ってくるではないか。

 道行く人々は歓声とも悲鳴ともつかぬ声とともに道を空け、離れた人たちもまさかという驚きと期待からそちらを振り向いた。

 目立ちまくりである。


「……みんな、逃げるぞ」


 呆れ返ったと言わんばかりの表情を浮かべたイクシスさんは、皆に一言そう告げると、早速走り始めた。全員でその後に続く。

 すると、一体どうやってこちらを捕捉しているというのか、サラステラさんもまた速度を速めて追ってくるではないか。

 とは言え流石に人を蹴散らしていくわけにも行かず、思うように前進できていないみたいだが。

 その隙に私達はすいすい人の間をすり抜け駆ける。

 すると不意に、マップから通知が。誰かがマーカーを新しく立てたというお知らせである。

 どうやら目的地をイクシスさんが指示したらしい。

 そこを集合地点として、皆は一旦ばらばらに逃走し、現地集合の流れとなった。


 数分後。

 無事に人気のない目的地にて合流を果たすことに成功した私たち。

 鏡花水月にシトラスさん、そしてイクシスさんという顔ぶれがしっかり揃っていることを確認し、私は早速ワープを発動しようとした、のだけれど。

 しかしその直前、私たちのすぐ近くにズドシン! と、何かが空から落下してきたのを察知し、皆一斉に身構えた。

 視界もろくに利かない真っ暗闇の中、しかし『何か』の正体には既に皆が思い至っていたわけで。

 それを肯定するかのように彼女の声が、夜の闇の中に響いたのだった。


「ぱわぅ……酷いぱわぁよ先輩ぃ……」


 そう。サラステラさんである。

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