第二五五話 クラウ二回戦
会場に戻ってからしばらく。何戦かの試合を観客席から眺めた私たち。
流石に二回戦目ともなればレベルも高く、残っているのは猛者ばかりという有様であり、ここまでのどの試合も非常に見応えのあるものだった。
私にとっては、ある意味初めて目の辺りにする自分たち以外の『普通じゃない人たち』ということで、そういった視点からも非常に興味深いものであった。
こういった場で活躍できるのは、スキルが当たり前に用いられるこの世界に於いてもほんの一握りの、優れた能力の持ち主に限られるわけだ。
多くの人は予選でふるいにかけられ、真に力ある人だけが一回戦を勝ち上がり、二回戦へと駒を進める。
それを思えばクラウは、間違いなく確かな実力を有した優れた冒険者と言えるのだろう。
そんな場に、何故私なんかが出場しているのか。今更ながら首を傾げたくなってきたが、それだけ私のジョブやスキルがへんてこであるということなのだろう。
謂うなれば、ただ才能に恵まれただけのペーペーなのだ。
これまでの試合を見てきて、強くそう実感させられた。もっと努力しなくちゃならないと。
「い、いよいよ次がクラウの試合だな……! お、俺、緊張で胃が痛いんだが……」
「右に同じだ。クラウ、頑張れよ……!」
私が一人真面目なことを考えているのを他所に、前の席ではイクシスさんとシトラスさんがプルプル震えながらクラウの登場を待っていた。
二人して恐らく、試合に出る当人よりも緊張しているのではないだろうか。
しかしまぁ、気持ちは分からなくもない。私だって同じPTに属する者という意味では、立派な身内に類する立場にある。
身内がこんな大舞台でこれから戦うというのだ。しかもこれまでの試合を見て、そのレベルの高さを理解していればこそ心配にもなるというもの。
うちのクラウは、あんな猛者たちとちゃんと渡り合えるのだろうか、と。
そして当然それは、オルカやココロちゃんにも言えることで。若干一名ソフィアさんだけは、今日も今日とて飛び交う様々なスキルを堪能し、その余韻や次の試合への期待で目を輝かせていたが。
それでもやはり、クラウの健闘はちゃんと祈っているらしく。その心境には緊張の色も確かに滲んでいたのだった。
そんな皆の視線の先。前の試合で破損したステージの自動修復も完了し、いよいよ実況による選手呼び込みが始まった。
先ず呼ばれたのは、クラウ扮するマスクちゃん。
確かな技術で一回戦を突破した彼女は、玄人からの注目度が高いらしく。
一回戦で見せた彼女の、複合スキルについては解説の人がそれと看破して紹介している。
それを受け、クラウが只者ではないという認識は玄人のみならず、一般観客の多くにも伝わったようだ。解説役の人、良い仕事をするものである。
続いてその対面、ステージ向こうの入場口より姿を見せたのは、なんとも爽やかなプリンス然としたイケメンさんだった。
その名をリリースロットというそうで。その名が実況により紹介された瞬間、今日一番の歓声が会場を包んだ。
見事なまでの、女性観客たちの声だ。所謂黄色い声援というやつである。
「うるさいなー。何あの人、有名人なの?」
耳を手で覆いながら私がそんなことを問えば、例によって皆からは『やっぱり知らないのか』といういつもの視線をちらりと向けられ、次いでソフィアさんからの解説が入った。
「王国騎士団所属のナイトですよ。若手ながらその活躍は目覚ましく、その容姿から女性人気が特に高いそうです。実力も確かなもののようで、既にその力は現騎士団長に準ずるほどだとか」
「ほえー。つまり、女騎士って呼ばれてるクラウが本物の騎士とぶつかるってわけか」
「光魔剣と呼ばれる、魔法寄りのスキルアーツを用いるのが特徴で、光を剣に纏わせた変幻自在の剣術を売りにしているそうです。さぞ派手な舞台になりそうですね」
「なるほどなー」
そのリリースロットさんとやらは、純白の騎士甲冑に身を包み、兜を脇に抱えての登場だ。顔を隠さないとか、ファンサービスのつもりなのだろうか。これだからイケメンは。
と思いきや、心眼で見るに内心乗り気ではない様子。誰かに指示されて顔を晒している、と言った感じか。
もしかすると騎士団のイメージアップとか何とか、そういう目論見が裏で働いているのかも知れない。意外と苦労してるのかも。
腰には一本の剣を携え、盾は持たないらしい。
人前に出るのには慣れているのだろう。特に気圧されるようなこともなく、何なら苦笑しながら客席に小さく手を振ったりもしている。
対するマスクちゃんことクラウの方は、やはり幾らかの緊張が見られた。
冒険者なんて基本は、大勢の人の前で戦うなんてことめったにしないからね。仕方がないとは思うけれど、既に不利を被っているのは間違いない。心配である。
イクシスさんやシトラスさんが、必死に声援を送っているけれど、大勢の声に紛れて届いてはいないだろう。
それでも、事前にマップで私たちの位置なんかは把握していたのか、ちらりと視線をこちらに向けてきた。
これみよがしに大きく手を振ってみせると、幾らか彼女の緊張も落ち着いた様子。なるほど、これが応援の力か。
ちなみに私がクラウに共有している、マップや通話と言ったスキル類は現状断っている状態にある。
試合は個人戦だからね。役に立つ立たないはともかく、ステージ外からの介入というのはそれだけでフェアではない。
なので、クラウはステージ上に於いて、正しく個人の力で戦うのだ。予選も一回戦もそうしてきた。
果たしてそんな彼女と、本物の騎士。一体どんな試合を見せてくれるのか。
ステージ中央に立った双方。審判さんが恐らくルールの確認だったり、注意事項の説明だったりといったことを手短に終え、ササッと退けば、選手二人も良き間合いを空けて対峙する。
リリースロットはいよいよ兜を被り、剣を構え、集中力を高めていく。
対するクラウも聖剣を抜き、盾を構え臨戦態勢を整えた。
会場のざわめきも、この時ばかりは静まり返り、試合開始のその時を皆が固唾を飲んで待った。
そんな会場に、実況の声が響く。
『武術部門第二回戦、マスクちゃん対リリースロット。用意…………始め!』
掛け声とともに小気味良いゴングが鳴れば、満を持しての試合開始である。
それと同時、早速リリースロットが動いた。
ソフィアさんの解説にあった光魔剣とやらだろうか。構えし長剣の刀身は突如として輝き始め、光を纏うと言うより光そのものと化したではないか。某SF映画のなんちゃらセイバーを彷彿とさせるような様相を呈している。
まずは先制、小手調べとばかりに一つ閃いた光の剣は、その軌跡をクラウめがけ飛翔させたのである。
弧を描く光の刃は、さながら三日月のようで。そんな光刃が真っ直ぐに飛ぶ様は、生前漫画やアニメ、ゲーム等で幾度となく目にした王道のそれに見えた。
光を飛ばしている割に、光速での飛翔というわけではなく。精々野球選手の投げるストレートボールくらいの速さだろうか。十分速いと言えばそうなのだけれど、何せ異世界クオリティだもの。それを鑑みればどうということはない。
飛び道具としては便利そうだが、単発で運用するには向かない技であろう。
現に彼はそれを単発で終わらせるつもりは無いようで。すかさず光刃を追従するようにクラウめがけて駆け始めたではないか。
対するクラウはと言えば、冷静に盾を構えて受ける姿勢。何なら一撃の重さから、彼の実力を推し量ろうというつもりらしい。
彼我の距離は精々三〇メートルほどか。二人にとっては有って無いようなもの。
光刃の到達とほぼ同時、正に間髪の入る余地さえ許さぬとばかりに彼はクラウへ向け光の剣を振るう。狙うは足元、盾の下であった。しかも尚厄介なのが、飛翔した光刃の光量である。
それは直視も困難なほどの眩さを放っており、見事にリリースロットの振るう太刀筋を隠していた。
これにクラウは、しかし慌てるでもなく。
何と、盾を上から下へ振り下ろしての叩きつけでもって受けたではないか。と同時に自身は跳び上がり、身を捻りながら大上段より聖剣の振り下ろしを叩き込む。
が、如何せんそこまで出の速い一撃ではないため、これはリリースロットに避けられてしまった。
しかし、彼の攻撃もまた失敗に終わった。クラウのカウンターをさっと半身を引いて躱せば、後隙を晒すのは彼女である。
そこへ再度閃く光の剣は、目にも留まらぬ高速の太刀筋。確実に隙を刈り取るための、最小最短最速の一撃だ。
けれどこの一閃もまた、残念ながらクラウの盾に阻まれることとなった。
大振りをすれば隙が生じるのは当たり前。なればどこが絶好の狙い目か、どこを斬ろうと相手は剣を振ってくるか。クラウはそれをハッキリと予測し、把握していた。故にこそ、彼の太刀筋の果てには隔たりが存在していたのである。
が、彼はめげない。クラウが立て直すには今少しの猶予がある。そう見て取ったリリースロットは退くこと無く、二度三度と剣を閃かせたのであった。
が、俯瞰して観ている私からすれば、それは愚策に思えた。何故なら彼女の持つ転恵の盾は、攻撃を受ければ受けるだけ装着者の攻撃力と防御力を引き上げるバフを付与してくれる、という特殊能力を持つのだ。
彼はそれを知らない。だから、攻撃を防いだ際掛かる衝撃が、クラウにとって段々軽くなっていることにも気づかず、故にこそ生じるのは想定外の立て直しの早さ。
クラウにとって、絶好となる反撃の機会であった。
彼の剣は確かに、その何れもがクラウの意表を突きそうな狙いでもって振るわれる、強かなものであった。
が、クラウの防御は見事そこに対応してみせたのである。刹那の読み合いだ。光の剣の厄介な点は、やはりその光が視界を妨げることにあると言っていいだろう。
だからクラウの防御は、経験と思考から来る予測でもって成されたものだった。
それを見事成功させてみせたのは、紛うことなき彼女の高い実力ゆえと言って他ならないだろう。
そしてそこに、機会は訪れたのである。
瞬間、空気を引き裂き突き出たのはクラウの刺突であった。
計算外の立て直しの早さ。剣を振るう姿勢からの迎撃は困難で、リリースロットはしかし無理矢理に身を翻して紙一重、その刺突を躱してみせたのである。
が。
突き出されたその剣は、引っ込められることもなく。大げさに身を反らした彼へ押し付けられ、そのまま床へ諸共叩きつけられたのだった。
起死回生を狙った光の剣はしかし、またも盾に阻まれ。
体の軸をガッツリ踏みつけられた彼の首筋には、しかと聖剣の刃が添えられたのだった。
彼女の試合は短い。
開始からほんの一分足らず。
会場に、試合終了と、マスクちゃんの勝利を告げる宣言が鳴り響いたのだった。
★
『やってしまった……魅せ技を使いそびれた』
通話先から、そんなクラウの凹んだ声がした。
対して観客席側の私たちは、一様に苦笑を浮かべる。
リリースロットの技は、間違いなく派手だった。何なら徹頭徹尾魅せ技であったと言っても過言ではないだろう。
しかし対するクラウのそれは、どれも派手さのない地味なものばかり。
強いて言えば初撃が大振りで、動きとしてはなかなか大きかったけれど、それだけだ。
彼のギブアップがなければ、もしかすると仕切り直しを食らっていた可能性すらあったようだ。
本来なら魅せ技だなんて、意識しなくても試合中に最低一つや二つポンポン飛び出すのが異世界バトルってものだろうに。
もしかするとクラウの場合、それを出すまでもなく勝利を収めているということで、実はすごいことなのかも知れない。
とは言えそれでは観客側が楽しめず、大会運営としても困ってしまう。故にこそ魅せ技なんてへんてこな決まりが出来たのだろうけれど。
しかしリリースロットは、確かな実力差を感じ、おとなしく敗北を認めたという。
なるほど、騎士道とやらを感じさせる潔さであった。これが本物のナイト、ということだろうか。それとも彼の人柄故か。
「まぁ何にしても、三回戦進出だよ! やったねクラウ!」
努めて明るく私がそう言えば、皆からも彼女を称える言葉が一斉に発せられた。
些か釈然としない様子を滲ませつつも、やはりおめでとうと言われて悪い気はしないようで。
やがて彼女はおとなしく皆の賛辞を受け入れると、次の試合に向けて気を引き締めたのだった。
優勝するためには五連勝する必要がある。したがって次の試合は準々決勝だ。
この大会は別にオリンピック級の世界大会ってわけではないだろうけれど、それでも規模から見れば決して小さいなんてことはない。現にこれだけ大勢の参加選手や観客が集まっているわけだしね。
そんな大会で、準々決勝進出。つまりはベストエイトだ。
あれ、うちの女騎士ってそんなすごい人だったの……?
仲間の活躍を嬉しく思いながらも、私は内心で驚愕を禁じえないのだった。




