第二五話 イメージを確信に変えるんだ!
ステータスウィンドウが登場する、異世界冒険譚というのは結構多くあり、ものによっては物凄く便利な機能をたくさん備えている場合もある。
それを思うと私も、自分のステータスウィンドウに些かの期待を寄せてしまうというものだ。
実際に、もしもアイテムストレージがステータスウィンドウの拡張機能的なスキルだったとしたら、それはそれで納得の行く話ではある。
とは言えそうなると、一緒にあれこれ考えたり、訓練に付き合ってくれたりしているオルカたちには、申し訳ない話になってしまうのだけれど。
しかしそもそも論で言えば、スキルはジョブに由来する可能性が高いのに、彼女らが私と同じ検証や訓練をしているという時点で不思議なのだが。
ところがそれが何かの切っ掛けになり、思いがけないスキルを習得できる可能性を、ソフィアさんが実証し示してくれたので、今更ツッコミを入れるのも野暮というものだろう。
そんなソフィアさんの持ってきた本から閃きを得て、新たな切り口でアイテムストレージの習得を目指すことにした私達。
どんな方法を試せば、スキル習得に繋がるだろうと首をひねる三人を尻目に、私はとりあえずステータスウィンドウを開いてみることにした。
「開け、【ステータスウィンドウ】」
――――
name:ミコト カミシロ
job:プレイヤー
HP:41(2up)
MP:40(8up)
STR:32(2up)
VIT:32(2up)
INT:12(3up)
MND:15(6up)
DEX:7(2up)
AGI:28(1up)
LUC:9(4up)
魔法・スキル
・キャラクター操作
・万能マスタリー
・完全装着
・ステータスウィンドウ
――――
うん……死線をくぐった割に、こんなものかっていう変化だ。
でも冷静に考えると、この世界ではステータスの最高値が一つでも30に達していれば、冒険者としては一人前だと言われる数値らしいじゃないか。50で一流、80まで行くと伝説に名を連ねることになるらしい。
そしてただの一般人は、10くらいだと言う。それくらいに、ステータス1当たりの意味合いというのが大きいわけだ。
仮に一年にステータスが1ずつ上昇したとしたら、百歳で100に到達するわけで。
けれど100を突破した人間はいないらしい、という話をオルカに聞いたことがある。
だから単純な話、ステータスを1上げられるかどうかというのは、年単位の時間を費やして考えるようなことであり、この短期間にこれだけ上がったのは凄いことだと思う。まして、完全装着の効果はぶっ壊れ性能以外の何物でもないだろう。
ああでも、元々凄く数値が低いから、その分成長しやすいというのはあるだろうな。今の所推測だけど、後でオルカかソフィアさんにでも尋ねておけば分かる話だ。
まぁ、今は数値のことはいいのだ。
ここに……
「なんですかミコトさん、何をしようとしてるんですか!」
「ちょ、圧が凄いよソフィアさん。離れて」
私がステータスウィンドウを開いたことを目ざとく察知し、両肩を掴んで迫ってくるソフィアさん。スキルが絡むとこの人のブレーキは仕事をしない。
私はどうにか彼女を引っ剥がし、思いついた試みを簡単に説明する。
「ステータスウィンドウに、ちょっと餌やりでもしてみようかと思いまして」
「はぁ、なるほど……?」
「さすがミコト、発想が変態のそれ」
「御見逸れしましたミコト様」
「それ、褒めてはないよね、みんな」
オルカ、ココロ、そしてソフィアさんですら頭の上に『?』が幻視できるほど困惑を顔に貼り付けている。ついでに首までかしげないでくれないか。
だが、これ以上説明してもますます変な空気になりそうだったので、とりあえず実践することにした。
腰に下げたウエストバッグから、安物の回復薬を一本取り出す。冒険者たるものこれくらいは持ち歩いてないとね。
ということでそれをつまんで、目の前のホログラムめいたステータスウィンドウへ差し出してみる。
「ほれほーれ、回復薬ですよー。呑み込んでどうぞー」
「ミコト……」
「ミコト様……」
「ミコトさん……」
「おいやめろ! こっちは真面目にやってんだよ! そんな目で見るんじゃない‼」
ここしばらく、スキルのために連れ立って奇行に勤しんだ仲間じゃなかったのか! 私だけ特別変な奴、みたいな空気を出すのはやめて欲しいんですが!
私は、ステータスウィンドウにアイテムを登録できないかって試してる。それだけなんだよ! 餌やりだなんて言うのは比喩だから! そこは察してくれよぉ!
「我々にはその、ステータスウィンドウというものが見えませんので、ミコトさんがさながら虚空に向かって話しかけているようにしか見えないのですけれど」
「ミコト、ペットが欲しいなら帰りに見に行こう」
「寧ろ私がペットのようなものです、ミコト様!」
「ええい黙れ黙れ! そっとしておいてくれ!」
っていうかこの世界にも、愛玩動物っていう概念はあるんですね。勉強になったよちくしょう。
とうとう私はそっぽを向いて、作業に没頭した。
ステータスウィンドウはふわふわ浮かぶでもなく、ピタリと私の目の前に固定されたデジタル味のある表示物だ。
実体はなく、私にしか見えない。情報と幻覚の間にあるような存在だ。
なので、触れようと手を伸ばしてみてもすり抜けるだけ。さながらARアプリでカメラ越しにものを見ているような感覚がそれに近いだろうか。
そこにあるのに、そこにはないような。そんなステータスウィンドウへ向けてアイテムを差し出してみる。
が、反応はない。
ウィンドウに触れさせようとしても、すっとすり抜けてしまうだけだった。
ならばと、容器の蓋を開けて中身をウィンドウに垂らしてみる。
が、反応はない。
むぅ……それなら語りかけてみよう。
「ステータスウィンドウさん、回復薬がお気に召しませんか? 騙されたと思って呑んでみませんか? ほれ、吸収です。収納です。登録ですよー」
「「「…………。」」」
突き刺さる視線は徹底的に無視。
ギルドの訓練場は、体育館くらいの広さがある。人もまばらにいる。天井はなく、ピューと風が吹き抜けていく。
おかしいな、なんでこんなに背筋が涼しいんだろう。ああそうか、心に隙間風が吹き込んでいるからか。
人もいる。仲間もいる。なのに異様なほどの孤独感に苛まれながら、私は考察を続けた。
話しかけてみても反応はなく、そして回復薬にも変化はない。
この方法に間違いがあるのか、それとも私の中にまだ疑いの色が濃くあるのか。
或いはもしかして、ステータスウィンドウの使用回数に条件が設けられている可能性だってあるか。
一応ウィンドウは暇があれば見るようにはしているのだ。使用回数が何かの鍵になっているかも知れない、という見込みは考慮の内にあったから。
なので、そろそろ何かしらの変化があってもいいのではないだろうか、とは思っている。スキルレベル的に考えても。
しかしそれなのに変化はない。やはり気持ちが足りないのだろうか。
もっとソフィアさんみたいに、心からスキルを信じてアクションを起こさなくてはならない、ということなのだろうか。
仕方ない、恥を捨てろ。イメージを確信に変えるんだ。
「ステータスウィンドウ! お前! 食わず嫌いをするんじゃない! 私には分かっているんだぞ、お前はこの回復薬を呑むことが出来る。お腹の中にしまい込むことが出来るってな! それなのにそうやって知らんぷりして。悪い子!」
「ミコト、もう見ていられない。流石に人目があるから、あっちでやろう? ね?」
「そうですミコト様、無茶をしないでください!」
「私でも、そこまではしないと思います」
「やめろ、私を優しく諭そうとしないで! そしてソフィアさんが私の立場なら、間違いなくこれくらいやってるからね!?」
私はぎこちない笑顔を浮かべる三人にグイグイ押され、用具倉庫へ連れ込まれてしまった。もはやここは、我々の秘密基地みたいなものだ。それくらい常連になりつつある。
ここなら多少変なことをしても、他の冒険者に見られる心配はないからと、妙に生暖かい目を向けられてしまった。
そんなにか。そんなに私のしたことは常軌を逸していただろうか? ソフィアさんの破天荒を見すぎて、だいぶ常識的な価値観ってものがガタついているのかも知れない。それはヤバい。
「それでミコトさん、効果はありそうですか?」
「うーん、どうでしょうね……もうちょっとやってみないとなんとも」
「ミコト、無理は良くない。辛かったら諦めたっていいの」
「寧ろ見ているココロが辛いです。おいたわしやミコト様……」
「これみよがしに好き放題言うね君たち! 心配してくれてありがとう!」
もう、煽られているのか心配されているのかも定かではなくなってきたけれど、オルカたちの視線を尻目に私は再度ステータスウィンドウへ向き直る。
そうして手に持っていた回復薬を……回復薬……あれ、どこいった?
「あれ、どっかに落とした? みんな、私の回復薬知らない?」
「そう言えば、持ってないね」
「どさくさで落としたのですか?」
「私、ちょっと外を見てみますね」
ココロちゃんが倉庫の外にドタドタと走っていき、そしてすぐに戻ってきた。
どうやら落ちてはいなかったらしい。落とし物を見失うほどの距離を移動したわけでなし、落としたものだって安物の回復薬とくれば、誰かがすかさず拾ってパクった、なんてこともないだろう。つまり、神隠しである。
「……まさかとは思いますが、成功したのではありませんか? 【アイテムストレージ】の発動に」
「!? え、まさか……」
ソフィアさんにそう言われ、私は急いでステータス画面を確認する。
だが、別に回復薬が収納されている、といった記載はない。やはりそう都合のいいことなんてないのだろうか。
落胆しかけたその時、ふと私の魔法・スキル欄に目が留まった。
……あった。
そこにはたしかに、【アイテムストレージ】の文字が並んでいたのである。
私は目を剥き、ぴゃっ!? と短く変な声が口から漏れてしまった。
「まさか、ミコト……?」
「うん……スキル欄に、あった。あったよ、アイテムストレージ! アイテムストレージは本当にあったんだ!」
「流石です! さすがミコト様です! サスミコです‼」
「ぐぬぬぅ、それだと私が覚えられないじゃないですか……ぐぎぎおめでとうございます……」
「そんな顔で祝われても……」
そんなこんなでようやっと、私は超絶便利スキルであるところの、【アイテムストレージ】の習得に成功したのだった。
ただ、習得した実感なんかは特になく、どさくさに紛れてグダグダしている内に習得してしまったせいで、いまいち釈然としない気分ではある。
習得方法もアレだったしな。今後もスキル習得には苦労しそうだな、と。漠然とした予感にげんなりしてしまった。




