第二四七話 予選が終わって
すかさずスタッフさんが駆けつけ、レッカさんを担架に乗っけて運んでいく。
意識はないみたいだ。だ、大丈夫かな? 変な後遺症とか残らないと良いんだけど……後でお見舞いに行こう。
っていうか、私も気を抜いてたらあれくらいか、もしくはあれ以上の負傷を負うことになるのかも。
終盤戦とは言え、もっと気を引き締めないと……。
なんて思っていたのも束の間。
何と、ここで試合終了のアナウンスが流れ、私の本戦進出が決定したではないか。
どうやらレッカさんとやり合っている間に状況は進み、つい今しがたステージ上に立っているのが私を含めた三人だけとなったらしい。
ぐるりと辺りを見回すと、先程追手を押し付けちゃったおっさんと、それになんだかイケメン風の槍使いの男性が残っていた。
そこに私を加えた三名がBグループから本戦へ勝ち上がった選手ということになるようだ。
実況の人が試合の感想だとか、勝ち残った選手の紹介だとか、忙しなくべらべら喋っているけど。お願いだから私のことにはあまり触れないでほしい。何のための偽名だと思ってるんだ。
ステージの端っこでスタッフさんが退場を促しているので、私たちはそれに従いそそくさと舞台を後にした。
背に受ける歓声が、何ともくすぐったかった。
と、不意におっさんが話しかけてくる。
「よぉ嬢ちゃん。やっぱ勝ち残ったか」
「あ、さっきはどうも。おかげで助かりました」
「はっ! あの程度、お前さんがその気になりゃぁどうってことはなかったろうに」
そう言って愉快げに笑むおっさん。もしかして、私が制限付きで戦ってるの見抜かれてたりするのかな?
やっぱり、ガチの実力者はおっかないなぁ。もしかするとあの舞台上にも、気づいてた人結構いたのかも知れない。
なんたって戦闘のプロばっかりが集まる舞台だもんね。一層気を引き締めないと、いつボロが出るとも分からない。くわばらくわばらである。
「俺ぁ、シジマという。冒険者をやってるもんだ」
「あー……偽名で申し訳ないですけど、仮面さんです」
「なんだいなんだい、僕をのけものにして和気藹々としているじゃあないか! 僕にも名乗らせてくれよ! 僕の名前はシカオ、Aランク冒険者さ! この槍はジェニファーと言うんだ、かわいいだろう?」
「「お、おぅ……」」
急にもうひとりのBグループ予選通過者である、槍使いのイケメンが話しかけてきた。めっちゃ喋るし、武器に愛称っぽいの付けてるし。何ていうか……濃い人だ。
彼は訊いてもないことを延々と語り続け、しばらくは一応そのトークを聞いていた私たちだったけれど、いい加減付き合いきれなかったため気配を殺し、私とおっさんはこっそりとその場を後にしたのだった。
★
シカオのソロトークから逃げ切り、直ぐにシジマさんとも分かれた私は一人闘技場を出た。
医務室に立ち寄ってレッカさんとコンタクトを取ろうかとも考えたのだけれど、しかしながら医務室には試合中私を追い回した人達もいるかも知れない。
もしそうなら、何やらトラブルに発展しないとも限らない。なので、会場外でマップを見つつ出てくるのを待つことにしたのである。
すると、観客席に席があるわけでもなく、かと言って特にやることもなかったクラウが私を見つけ、パタパタと駆け寄ってきた。
「ミコト! おめでとう、勝ち上がれたんだな!」
「ありがと。まぁ、大体逃げ回ってただけだけどね」
「いやいや、それだけで勝てるような甘い相手ばかりではなかったはずだ。特にあの『虚絶ち』も同じグループだったそうじゃないか!」
「? 誰それ。こだち?」
「…………」
あ、またいつものやつですか。冒険者たるもの知ってて当たり前系の。
でも知らないんだもん。特に有名人の情報なんかにはすこぶる疎いんです。
クラウは些か呆れ気味に、その虚絶ちさんとやらについて語ってくれた。
「虚絶ちは有名なAランク冒険者であり、超越者であるという噂もある人物だ。既に特級に任命されているとかいないとか言う話もある。もしかするとその辺りはソフィアやシトラス姉さんが知っているかも知れないな」
「ほえー。そんなおっかない人がいたのか……でも私、そんな人と会った覚えないけど。もしかして負けちゃった?」
「いや、勝ち残ってるはずだぞ。皆の通話実況によると、ミコトと一瞬接触があったらしいが。渋い剣士の男性だ」
「ああ、もしかしてシジマさんのこと?」
「そうそれだ! もしや話したのか? 羨ましいんだが!」
剣を扱う者として、どうやら彼には尊敬の念を抱いているらしく。
さながら推しを語るオタクのような勢いで、おっさんに関する武勇伝を話し始めるクラウ。
しかしながら闘技場裏手とは言え、試合を控える選手たちが集まったりしている場で、人目はなかなか多い。
そんな場所で立ち話も迷惑だろうということで、私は彼女を促し場所を変えることに。
レッカさんを待つためにそれほど離れるわけにも行かなかったので、人通りの迷惑にならない壁際の隅の方に屯し、クラウと適当な話をして暇をつぶしていた。
すると通話から、予選通過おめでとうメッセージがやんやと押し寄せ、一時ワイワイと話が弾んだのである。周囲に怪しまれないよう振る舞ったり、遮音の魔法で音量を抑えたりと、試合が終わっても小細工魔法は大活躍だ。
そうこうしていると、ようやっと話は現在レッカさんを待ち伏せ……もとい、出待ちしているところであるという話題に。
『やっぱりレッカって人が、写真に映ってた人で間違いないの?』
「そうだね。そっくりだったし、剣士だし。それに映像で聞いた声も、動きもそのまんまだった。間違いないと思うよ」
『ソフィアさん、行ってきたほうが良いんじゃないですか?』
『えー……次の試合も見たいんですけど。今じゃないとダメですか?』
「自分に正直なやつだな……」
「まぁ、とりあえず私たちだけで話してみるよ。結果は後で報告するから」
スキル大好きソフィアさんは、舞台上で繰り広げられる魔法やスキルに食いついて離れない様子。
これは已む無しと、今回はとりあえず私とクラウだけでレッカさんに接触してみようということで話を切り上げたのだけれど、それから間もなくしてマップの方に動きが見て取れた。
レッカさんのマーカーが動き始めたのだ。どうやら医務室を出たらしい。
そろそろ外に出てくることを察した私たちは、選手用の出入り口付近にこそっと移動。彼女が出てくるのを待った。
すると予測通り、レッカさんは選手用出入り口を潜って姿を見せたのである。マーカーがあればこそ、その動きを把握できたわけだが。今更ながらなんとも便利な機能である。
闘技場から出てきた彼女は、一度軽く星空を仰ぐと、盛大に肩を落としてうつむいてみせた。深い溜め息をついているようだ。
どうやら予選で敗退したことが余程残念だったのか、凹んでいるらしい。
そんなところへ、彼女を負かしてしまった張本人である私が、果たして声を掛けても良いのだろうかと躊躇っていると。
しかしふと顔を上げたレッカさんがこちらを見つけ、ドタバタと駆け寄ってくるではないか。
「曲者ぉぉぉ!」
「ひえっ」
ムキー! と奇声でも上げかねない様子で掛けてきた彼女だったが、さっと私がクラウを盾にすると急ブレーキ。
そしてクラウの顔をまじまじと見た彼女は一つぽんと手を打つと。
「あ、女騎士の人!」
「む。私を知っているのか?」
「前に拠点にしてた場所で見かけたことがあって。目立ってたから覚えてるんだよ、無茶な戦い方をする人がいるなーって。この私に無茶だなんて言わせるとか、よっぽどだよ?」
「ああ、あの頃の私は我武者羅だったからなぁ……っていうか、マスクを付けているのに何故バレたんだ」
狼狽えるクラウ。諸事情により目元を隠すマスクで簡単な変装をしている彼女だったが、どうしてだかあっさりとレッカさんには見破られてしまったらしい。
正体を看破された挙げ句、それを反射的に認めてしまったこと。更には勇者を目指して我武者羅に戦いまくっていた『あの頃』を知る人の登場に、堪らず放心してしまうクラウ。
そんな彼女に一瞬気勢を削がれたレッカさんだったが、すぐに思い直しクラウを回り込んで私に文句を言う。
「MP切れだなんて嘘だったじゃないかー! 何なのさ、鼓膜破裂しちゃったんだけど!!」
「う。えっと、あれですよ。すごく強そうな人だから、ああでもしないと勝てないかなって思って、仕方なく」
「え。……本気で言ってる?」
「もちろんもちろん」
「…………そっかぁ、強そうなら仕方ないかぁ」
チョロすぎである。大丈夫なんだろうかこの人……。
まぁそれはそうと、鼓膜が破裂って相当な大怪我だと思うんだけど、もう平気なのかな?
「耳、大丈夫なんですか? 後遺症とかは?」
「へーきだよ。すごいねあの人、聖女さん? 私が気絶してる間に処置してくれたらしくって、起きたら全快してた! あと、敬語とか使わなくていいよ。そういうのモヤっとする質なんだ私」
「ああ、そうなんだ……うん。悪い事したなって思ってたから、ちゃんと治ったんなら良かった」
どうやら今大会に際して医療スタッフとして雇われているらしい、『聖女』の二つ名を持つヒーラーさんは余程優秀なようで。この短い間にレッカさんの破れた鼓膜を修復し、快癒させてしまったらしい。
私の安堵を見て取ったレッカさんは、ふむと腕を組んで首を傾げた。
「やっぱり変な人。あ、名前は? 私はレッカっていうんだけど。試合中も怪我させたくないとか言って剣抜かなかったし、かと思えば容赦なく鼓膜吹っ飛ばしてくるし、君滅茶苦茶で面白いね!」
「それを面白いって言えるあなたも余程だと思うよ。私は仮面さん」
「本名は?」
「偽名を名乗ってるんだから、察してほしいんだけどな……まぁいいか。内緒にするって約束できるなら教える」
「するする! 私、約束は守る女だから!」
「……ミコトだよ。冒険者をやってるんだ」
どういうわけかこのレッカさんは、私の【アルバム】ってスキルにその姿が写った写真や映像が記録されており、しかもそこにはソフィアさんや私と思しき人物も一緒に映っていたわけで。
どう見ても赤の他人という間柄には見えないそれらの記録から、もし彼女がなにか情報を持っているとするなら私の名前や、ソフィアさんの名前くらいは知っているだろうという予想があった。
そこでとりあえず、問われるままに名前を教えてみたわけだけれど。
果たして彼女の反応はと言えば。
「ミコトか……聞いたこと無いなぁ。もしかして遠くから来たの? って言っても、私もこの大会に参加するために遠路はるばるやって来たんだけどね。なのにまさかの予選敗退だよ。はぁ……」
「ミコトの名に聞き覚えはない、か……では、ソフィアという名はどうだ?」
「ん? んー……それならどっかで聞いたことあるね……あ、確か特級だって言われてる人だ! 会ったことはないけど。っていうか何でそんなこと訊くの?」
「う。えっと、あー……そのー……」
「???」
どうやらソフィアさんとの面識もないとのこと。
まぁ、ソフィアさんからしてレッカさんとは面識がないというのだから、レッカさん側から一方的にソフィアさんをよく知ってる、だなんて言われたらそれはそれで困っていたところではあるのだけれど。
ともあれ、訊きたいことや調べたいことはまだまだある。
私たちは引き続き、彼女へ幾つかの質問をぶつけたのであった。




