第二四三話 予選当日
百王の塔で鍛錬を始めてから、早数日。
気づいたらもう、大会予選当日である。
早朝からバトリオへ飛んだ私たちは、出場組と応援組で別行動している。
現在時刻はまだ午前七時。闘技場受付は既に人がごった返しており、出場者の数はもしかして四桁にも上るのではないだろうか。
少しずつ冬の気配も近づいている昨今。しかしそれを忘れさせるような熱気が会場を包んでおり、受付前に出来た長蛇の列には当然、戦える人たちがゾロゾロと並んでいるわけで。
クラウとは別の部門に出場する私は一人、前を見ても後ろを見ても屈強な戦士たちや、強そうなお姉さんばかりが目に入る中、心細い思いをしながら自身の受付順が回ってくるのを待ったのだった。
それから待つこと十数分。思いの外列はスイスイ進み、受付のお姉さんと対峙した私。
若干疲れの見えるお姉さんは、まんま流れ作業が如く対応してくれた。
「エントリーナンバーとお名前をどうぞ」
「あ、はい。三八二番の『仮面さん』です」
「さんはちに……はい、確認しました。予選はBグループになりますので、こちらをご確認の上所定の場所へいらしてください。では次の方ー」
渡されたのはパンフレットと、選手であることを示す札である。ものの一〇秒ほどで処理されてしまった。
ちなみに『仮面さん』という名前に関してだが、グランリィスで地味に目立ってしまったこともあり、急遽大会にエントリーしている名前を偽名に差し替えてもらったのである。
念の為仮面も普段とは別のものを着用しているし、ついでと言っては何だがクラウも目元だけを隠すマスクを着用している。名前も偽名だ。
万が一グランリィスで数日前に活動していたはずの私たちが、どういうわけか大会に参加してる! だなんて気づく人がいては拙いと考えての対策なのだ。備えあれば何とやら、と言うしね。
なお、偽名の使用に関しては何ら問題ないとのことで。名を売りたい人もいれば、負けて名声が下がるのを恐れる人もいる。そんな人達でも自由に参加できるような配慮なのだろうと、イクシスさんが推測を述べていたっけ。
受付が済んだのなら、指定された時間までは特にすることもない。
同じく受付を済ませた人の流れに乗って、その場を離れることになった。
ようやっと心細さも緊張も和らぎ、改めて周りのライバル選手たちへ視線を巡らせてみる。
見上げるような大男もいれば、露出の多い軽装の女性もいる。
勿論、正統派な剣と鎧を身に着けたような人や、ローブに長杖を携えた魔法使い然とした人も。
かと思えばピエロのような奇抜な格好をした人なんかもいて、こうして眺めているだけでも時間が潰せそうだなと感心するばかりである。
また、心眼のおかげで所謂注目選手というのにも大まかな当たりを付けることが出来る。
否応なく皆の関心や警戒を引きつけているのが、そういう類いの人なのだろう。
不意に目にとまったのは、正にそんな皆の注意を引く女性であった。
その人は、まるでお手本のようなロングツインテールの美少女だった。
「おぉ……溢れ出る主要キャラ感……!」
その辺の有象無象とは一線を画す存在感。
それにその実力も、きっと一流のものなのだろう。大会に出場するような猛者たちがみんなして警戒するような相手だ。並の力量ということもあるまい。
装備は見たところ腰に細剣を携えているようだが。剣士なのかな?
機会があればお近づきになりたい気もするけど、しかし美少女はもう間に合ってるからな。寧ろ試合で当たりたくないなという気持ちのほうが強い。
「っと、それより赤髪のレッカさんを捜さないと。あと受け付け終わったってみんなに通話も」
そも、この大会に参加する一番の目的は、アルバムに紛れ込んでいた謎の写真や映像に写っている赤髪の剣士。その人と特徴に共通点が多く、当人かも知れないと人伝の情報で当たりをつけたレッカという女性冒険者。
彼女を探し出し、写真の人と同一人物かを確かめることと、もしそうであったなら話を聞くこと。
それがわざわざバトリオを訪れ、大会に参加する運びとなった主な理由なのである。
「んー……それらしい人は、寧ろちらほらいて特定が出来ないな」
この世界の人に、赤い髪の人というのはたまにいたりする。っていうか、いろんな髪色の人がいるのだ。赤も青も緑も、金や銀や黒も。
だからこそ、赤髪の剣士というだけでは特定が難しいわけなのだけれど。
レッカさんとやらはその中でもなかなかに腕のたつ冒険者らしく、なればこそこの大会に参加しているとするなら、予選を勝ち抜いて本戦にまで上がってくる可能性が高いだろう。
そこが彼女を見つけるための、一番の好機であると私たちは考えている。
勿論、それ以前にも写真と照らし合わせて地道な捜索活動は行っているわけだけれど。
一先ず今は、皆に連絡を入れて一旦合流するとしよう。
私は尚も辺りを行き交う戦士たちを眺めながら、皆に通話を繋いだのだった。
★
闘技祭のメインイベントということもあり、当然予選とは言え観覧自由ということはない。
鍛錬日半ばになってそのことに思い至ったみんなは、あまりにチケットが手に入らないと言うんで、イクシスさんに泣きついたほどであった。
結果、どうにかこうにか勇者イクシスの威光でもって席の確保に成功した一同。リアルチートである。
ただ、流石に参戦組である私とクラウの分の席はないため、実質本戦までは他選手の情報なんてほとんど分からない状態だ。
一応こっそりステージを眺める方法もないわけじゃないが、他の選手達のことを考えるとフェアじゃない気がして。
結局指定の時間になるまで私はクラウと合流し、適当な屋台で買った軽食を頬張ったり、地味な魔法やスキルの練習なんかをしながら、通話から聞こえてくるみんなの実況を聞きつつ時間を過ごしたのだった。
クラウが出場する部門は武術部門。その予選は午前中のうちに行われるということで、しかもクラウの出場するCグループは出番も早く。
あれよあれよと会場へ向かったクラウは、あっさりと予選を突破して戻ってきた。
クラウの試合に際して通話の向こうからは、熱い声援がひっきりなしに聞こえてきて、特にイクシスさんとシトラスさんの熱狂具合は尋常ではなかった。
他方で現場が見れない私は、彼女らに渡しておいた魔道具カメラによる撮影映像に期待しつつ、こっそり疎外感に耐えたのである。
私の出場する総合部門は花形ということもあり、その予選が行われるのは夜であった。
暇な時間が長いため、いっそ一度拠点に帰ろうかとすら思ったほどだが、せっかくのお祭り騒ぎの中それも勿体ないと思い直し、結局クラウと一緒に時間をつぶすことに。
お昼には一度皆と合流して、騒がしい昼食を済ませた後、また別行動。ちょっとさみしい。
そんなこんなであれよあれよと一日は過ぎていった。
予選の形式は、所謂バトルロワイアル。予選同グループの全員が広い円形ステージ上に一堂に会し、好き勝手に殴り合うらしい。
最後まで残った数名が本戦トーナメントへ進むチケットを得るそうだ。
そのため予選プログラムは速やかに消化され、今朝は「一日でこんな人数が戦えるの!?」なんて思いもしたのだけれど、存外夕暮れまでには魔術部門の予選全試合も終了してしまった。
やはり魔術部門は派手さがあるため、会場から聞こえる歓声も一入。私とクラウはそれを会場外から羨むばかりである。
「私も試合、見たかったな……」
「だな……」
そうしていよいよ、私の参加する総合部門の予選開始時刻が迫ってくる。
クラウと分かれた私は、緊張でプルプル震えながら一人、闘技場へ向かったのだった。
パンフレットの案内によると、集合場所は闘技場裏手の選手用入り口前であり、巨大な闘技場をぐるりと裏へ回るだけでもそこそこ歩かされた。
そこには既に選手たちが幾つかの塊で集合しており、多分グループ別で集まっているのだろうことが察せられる。
案内にも、自分が出場するグループの担当スタッフに名前を伝え、選手札を渡すようにと書いてある。
よく見たら確かに、Bグループを示す異世界文字の書かれた持ち看板を掲げるスタッフの姿を見つけることが出来た。その前にはゾロゾロと既に二十人くらい人が集まっており、まだまだ増えるようだ。
私はおっかなびっくりそちらの方へ近づいていくと、看板を持ってるスタッフさんの隣に出場者のチェックをしていると思しきもうひとりのスタッフさんが、クリップボードにペンを走らせながら選手たちの対応をしているのが見えた。
よく見たらみんな選手札をあの人に渡してるし、彼の前には小さな列も出来ている。
私は恐る恐るその列の最後尾に並び、自分の番を待った。すぐに私の後ろにも人が並び始めて、もし見当違いの場所に並んでいたらどうしようという恐怖を人知れず味わっている。
そして、私の番がやって来た。前の人たちを真似て、私も選手札を差し出しながら短く名乗る。
「か、仮面さん、です」
「……はい、確かに。ではそちらでしばらくお待ち下さい」
スタッフのお兄さんはクリップボードにシュシュっとチェックを入れると、私の選手札に何やらスタンプを押して返し、選手たちが屯している塊へ促した。
私は返された札を手に、ふぅと大きめのため息をつきながら、これまた前の人たちに倣って集団の一部へ吸い込まれていったのである。
整列するでもなく、雑然とした並びの中で次の動きを待つ。周囲からはチラホラと雑談を交わす声が聞こえるし、厳つい人ばっかりだし。
女の人も比率はやや少なめだがそれなりにいるのだけれど、誰もが闘志を漲らせたような表情をしていたり、仲間内で姦しくしていたりと、とても世間話をけしかけられるような空気ではなかった。
こんな場所で通話を繋ぐのもリスキーだし、どうにもしようがない。
酷いボッチ感を感じる。空気。私は空気になるのだ。
そうして虚無を漂うことしばらく。
いよいよ大半の出場者が揃ったようだが、不意にスタッフのお兄さんが声を張った。
「レッカ選手! レッカ選手いませんか?」
「!?」
耳を疑うような呼声だった。
どうやら遅刻らしく、定時までに現れなければ即刻失格となるらしい。不戦敗というやつだ。
しかし重要なのはそのレッカという名前である。
もしやそれは、私たちが捜しているあのレッカさんのことだろうか?
私は俄然ソワソワしながら、辺りの様子を窺った。レッカとやらの登場を、期待の眼差しで待つ。
すると。
「はいはいはーい! います! ここにいますよー!」
きたー!
赤いショートヘアーを揺らしながら駆けてくるのは、まさしく剣士然とした格好の女性であった。
そしてそれは正に、写真で見た彼女に相違ない。ドンピシャというやつである。
「いやー、さーせん。食べ歩きしてたらお腹壊しちゃって」
「気をつけて下さい。もう三分も遅れていたら失格でしたよ」
「ひー、ごめんなさい!」
彼女はそうヘコヘコしながら短い手続きを済ませると、小走りで集団の端っこに連なったのである。
私はそれを食い入るように見ながら、決して見失うまいとこっそりマップウィンドウを開いて、彼女を示す光点にマーカーをくっつけたのだった。




