第二四二話 アイアンポーン2
対アイアンポーン第二戦。
今回もオルカの誘導により袋小路へと誘い込む事が出来た。
対するは私。みんなには模擬戦でボコボコにされたけれど、果たして実戦ではどこまで通じるものか。
構える武器ですら、適当にダンジョンで拾った特殊能力も特に乗っていない、Bランク冒険者が握っていて不思議ではないような代物となっている。取り回しやすいシンプルな片手剣だ。
したがってステータスも普段より低いわけだけれど、動きでどうにかカバーする他無い。
皆が背後で見守る中、鉄鎧と対峙する私。
双方油断なく得物を構え、ジリリと間合いを計りつつ睨み合う。
さて、どう攻めようか。
私のスタイルは、所謂魔法剣士のそれに近い。
と言うか、何なら他人には正に私のジョブが魔法剣士であると勘違いさせるように立ち回っている節さえある。
ジョブからしてプレイヤーだなんてよく分からない珍妙な私は、それと知られた時点でソフィアさんのようなその道の愛好家に目をつけられかねないのだ。
なので、それほど珍しくない魔法剣士として振る舞っておけば、それだけ私の存在が目立つこともないだろうと。
とは言え、魔法剣士と決定づけるようなスキルを使っては、それ以外のジョブスキルを用いた際怪しいので、自ら魔法剣士は名乗りもしないし、決定的なスキルの使用も避けている。大会では一層気をつけなければなるまい。
縛りの内容を話し合う際、そういったことにまで懸念は波及し、念入りな注意事項や禁則が決定づけられたのだった。
睨み合いの末、結局先に動いたのは私の方である。先程の戦闘でアイアンポーンの動きは見ているし、そも先手を取って流れを握るのが私の得意なスタイルだからね。
先攻を譲ってくれるというのなら、有り難く頂戴するまでだ。
「【ボン】!」
様子見がてら、先の戦闘でクラウの援護に用いた戦術から試していく。風魔法を駆使した膝カックンである。
すると少し不思議な感覚を得た。相手の姿勢がどのように崩れるのか、妙にはっきりと予測できるのだ。この直後きっとこうなる、という確信めいたイメージがチラつくのである。
それはまぁ、自身の魔法で相手の姿勢を崩させたのだから、当然と言えば当然のことなのだけれど。
仮面の化け物を取り込んで以来、なんだか感覚が少しおかしいように思うのだ。それも、良い意味で。
この感覚にはしかし覚えもある。格闘対戦アクションゲームで、バカみたいに対戦を重ねていくと徐々に身についてくる、『あ、たぶん次はこう動いてくる』という的中率の高い予測。アレに近いものだ。
この世界に来てから、確かに多くの戦闘を経験して来はしたけれど、それにしては不自然なほど予測が当たる。
仮面の化け物戦以前は、相手の行動予測は常に複数用意しておいて、その中のどのパターンに転んでも対処できるように動く、というのが基本だったのだけれど。
しかし現在は一点読みの場合も多く、しかも確実に予測が当たるのだ。まるで予知のように。
とは言え常に未来が見える、とかそういうのではなく。とっさのタイミングでちらっと見える程度なので、意識的に当てにするようなものでもない。
そしてそんな予測のとおり、膝裏に不意打ちを喰らったアイアンポーンは堪らず重心を崩し、思った通りの動きでとっさに立て直しを図った。
優勢を握った私は、奴へ向けて手をかざしながら接近。
これだけで、奴は魔法を警戒し行動を制限されることとなる。結果、防御姿勢を取った鉄鎧。
普段であれば、これで詰みなのだ。ココロちゃんをけしかければ、防御ごとぺしゃんこにしてくれるものを。しかし縛りだらけの私にそんな火力はなく。
なれば、技に頼る他あるまい。
「【そい】!」
マジックアーツの詠唱改変が出来るのなら、当然アーツスキルだってそれは可能なわけで。
用いたアーツスキルは【鋼断ち】という、要は防御力を無視してダメージを通す技である。
が、流石に黙ってそれを受けるような間抜けは晒さないアイアンポーン。
とっさに受け流しを図ってきた。私の鋼断ちを乗せた袈裟斬りに、ロングソードを合わせて軌道を逸しに掛かる。天晴な技量である。
が。こんな見え見えの技が本命であるはずもなく。
鋼断ちを中断した私は、勢いそのままに横蹴りを奴の鳩尾へ見舞う。その瞬間。
「【ドン】!」
私の足裏で、指向性を持った爆発が生じた。
手をかざす代わりに、足をかざして魔法を放ったのである。
用いたのは【エアロバズーカ】という、これまた風魔法だ。火魔法でも一応爆発は起こせるけれど、爆裂魔法のそれと比べると遠く及ばないし、衝撃の威力だけなら風魔法を用いたほうがまだ強力というものである。
結果、蹴りの威力も相まって凄まじい勢いで石壁に激突したアイアンポーンは、けたたましい金属音とともにバラバラになった。各々のパーツがわちゃわちゃと、急ぎ一つの体に戻るべく、飛び散った端から動いている。
が、こうなれば流石に詰みである。
「【カカ】」
恐らくコアは鎧の胴体部分だろうと当たりをつけ、火弾を二発ほど襟元から放り込んで様子を見た。
結果は芳しいものであり、次の瞬間には胴体もろとも、飛び散った全てのパーツが黒い塵へ還るのだった。
念の為万が一にもやられたふりだった、なんて可能性が無いよう暫し残心したまま様子を窺うも、そんな気配はなく。
ようやっと私はそれを解いて溜め息を一つ。
「はぁ、なんとか勝てたー」
そう言って振り返れば、パチパチと労いの拍手が掛けられる。
オルカたちだ。今回は手を出すこともなく、背後の警戒をしつつも観戦に徹した彼女たち。
その感想を各々述べ始めた。
「もう少し縛りをきつくするべき?」
「詠唱改変の自由度が高すぎますかねー」
「そも、相手の膝裏なんかにピンポイントで魔法を発生させるという時点で、かなりの高等技術だぞ」
「しかも動きながらというのが変態じみてますね。普通なら狙いがブレて然るべきですよ」
「……えぇ……」
勝ったのに、なんかもっと縛りをきつくしようとか仰っておいでで。
流石に勘弁してほしい。詠唱改変もなしに実戦とか、命知らずにもほどがある。そんなの近接戦できないじゃん。
ピンポイントな魔法だって、そも難しいと感じたことがないのだし、それを禁じられるといよいよキツい。無意識にやってることを我慢しろって言われるようなものだ。今日から横文字言葉禁止な! って言われるようなものである。
私が悲壮感を滲ませていると、それに気づいたのか否か。不意にソフィアさんが「とは言え」と切り出す。
「私が言うのも何なのですが、ミコトさんといえばそのスキルにばかり目が行きがちですけど、それらを使いこなすだけのセンスが備わっていると思います。そこは彼女の地力の部分ですからね、無闇に制限するべきではないのかも知れません」
「ソフィアさん……!」
そうそう、もっと言ってやってよ! 私だって頑張ってるんだもん!
へんてこスキルも結構使いこなしてるでしょ?
「まぁそれはそうだな。如何な名剣とて、使い手が非力なら何の役にも立たぬわけだし」
「ですが、制限を設けねば目立ってしまわれるのでは……ミコト様がすごいのは分かりきったことなのです」
「スキルを抜きにした、ミコトの『実力』……それを知ることが大事なのかも」
「スキルがなければ、私なんてただの一般人以下だよ……?」
「一般人は魔力の質を変えるなんて芸当出来ませんから。それに【付与】はミコトさんが努力で身につけた芸当でしょう?」
ソフィアさんの指摘に、確かにそれはそうだと私自身納得する。
魔力の質を変えるのはまぁ、方法を知らないだけで、みんなやろうと思えば出来ると今でも思っているけれど。
でも魔道具づくりに関しては、いっぱい修行して身につけた私の技術だ。スキルに頼ることのない、特技と言えるだろう。
とは言えそれは、制限の有無に関係なく人前で披露するようなものではないのだけれど。
「実際、私たちは皆ミコトの【キャラクター操作】を受けた経験があるわけだが。皆もその際感じたことがあるだろう? ミコトの戦闘センスというものを。ことさら魔法に関しては、奇天烈な選択肢を常に用意しているのだ。発想が自由過ぎるというか何というか……私には持ち合わせのないものだと痛感したのだが。そのように感じたのは私だけだろうか?」
「私にも覚えがある。確かに経験の差から、ミコトに見えないものが私に見えることはあるけど、私の発想にはないことをミコトは次々に思いつく」
「それがミコト様の『実力』の部分なのですね。勿論ココロもキャラクター操作していただいた際に感じましたよ!」
「ぐぬぅ……私だけ融合状態での戦闘経験がないじゃないですか。ミコトさん、今から……」
「ソフィアさんは融合すると放してくれないからいやです!」
「!!」
ショックで白目を剥くソフィアさん。しかし前科があるのだから仕方がない。
暫しそのまま呆然と立ち尽くす彼女を他所に、話は本題へと帰還を果たす。
そもこれは、私の戦闘に対する感想を述べる場であったはずなのだ。
「ともあれ、今の縛り状態でも十分に戦えるようじゃないか」
「ミコトは戦ってみた感じ、どうだった?」
「うーん、やっぱり不自由さは感じたよね。倒すのにもちょっと手間を取っちゃったし、接近戦に持ち込まないと多分、ろくに魔法が当たらないんじゃないかな? モーションと詠唱でバレバレだから」
「楽に勝利しているように見えましたけど、確かにそうですよね……ミコト様の御身が危険に晒されるというのであれば、やはり制限の緩和も考えるべきなのでしょうか?」
縛りの目的としては、大会で変なスキルをうっかり見せないため、というのが大きくはあるけれど、同時に私が一般的な冒険者の苦労を知るためというサブ目的もある。更には今後、一般冒険者のふりをするための訓練にもなるということで、非常に利の多いものではある。
が、それで危険に陥ってしまうというのであれば、本末転倒なのだ。
であれば条件緩和も視野に入れるべきとココロちゃんは言うが。しかしオルカがそれに反論。
「長い目で見ると、ミコトの特異性がバレるほうが危険だと思う」
「た、確かにそれは……」
オルカの言い分も尤もだ。
大会は試合である以上、ちゃんと安全性には配慮がなされるらしいし、話によると救護設備は相当に優れたものが用意されるそうだ。
また、一般冒険者に紛れるための縛りに於いても、そもそも私は滅多なことではソロでモンスターと対峙するようなことをしない。たまにある程度だ。
ということは、幾ら縛りを設けていても基本的に中~後衛の私が、そうそう被害に遭う機会もないわけで。
それを思えば、縛りを緩めてスキル等がうっかり露出し、厄介な人物に目をつけられる、という展開のほうが困るというものである。
「うーむ。とは言えまだ一戦した程度だからな。今後の鍛錬次第で、もしかすると縛り状態でも巧みに戦えるようになるかも知れないだろう。判断はもう少し待ってもいいと思うぞ?」
「それは、そうかも」
「ですね。ミコト様、どうしても外したい制限等があれば仰ってくださいね。その際にまた改めて考えましょう」
「うん。私のために色々考えてくれてありがとうね」
そんな具合に一頻り話し合いが終わると、攻略を再開するべく歩き出した私たち。
ふと振り返れば、未だに白目を剥いて立ち尽くしているソフィアさんの姿が。
「ほらソフィアさん、いつまでそうしてるのさ。いくよ」
「ぅぅ、キャラクター操作での戦闘……」
「はいはい、また今度ね」
「今度っていつですか?」
「今度は今度。ソフィアさんがいい子にしてたら、その時解禁だよ」
「それっていつですかー!」
駄々っ子ソフィアさんを宥めつつ、百王の塔での鍛錬は続いたのであった。




