第二三七話 勘違うアネキニキ
唐突に発生した、クラウの幼馴染であるシトラスさんとの喧嘩? は、私の勝利に終わった。
その結果、クラウたちを率いるだけの何かが私にはあるのだと認めてくれたシトラスさん。
彼女は「こんなに見事に負けたのは久しぶりだ」と快活に笑うと、ようやっと本題を問うてくれた。
即ち、どういった要件でこのギルドを訪れたのか、という質問だ。
「イクシスさんに聞いた話だと、別に家に戻ったわけじゃないそうだが、それならここへは何をしに来たんだ?」
イクシスさんは主にこのシトラスさんから情報を得ることで、家出し各地を転々としていたクラウの足取りを追跡していたらしいのだが。その逆に、最近のクラウの様子はイクシスさんから彼女へ伝えられているようであった。
ただしワープ等の情報を伏せてのことだったので、クラウが屋敷にちょくちょく戻ってきていることや、あまつさえ今後はイクシス邸を拠点として活動しようという話もシトラスさんの耳には届いていないらしく。
だからこそ、彼女はクラウがこの街を訪れた理由に首を傾げたのだ。
真っ先に思い浮かぶものとしてはやはり、ようやっと帰郷する気になったのかという可能性だろう。
現にシトラスさんは、期待の込もった表情でクラウを見ている。
対するクラウは、さてどう返事をしたものかと思案顔だ。
それというのも、確かに今後このギルドで仕事を受けたいとは思っているものの、かと言ってメインの活動は旅先ということになるのだ。
あくまでこのグランリィスで活動するのは、今回のような特殊な場合に限ったことである。
そう考えると、今後はこの街を拠点として活動する予定だ、などとは言い難い。何せ依頼を受注する頻度が不自然なほど低くなるだろうから、何か隠し事をしていることなどすぐに察せられてしまうはずだ。
かと言って、クラウにとっては幼馴染であっても、他のみんなにとっては全くの初対面である彼女に秘匿情報をおいそれと漏らすわけにも行かない。
だからこそクラウは、さてどうしたものかと難しい顔で考え込んだ。
が、そんな顔をすれば、何か事情があるのだと言っているも同然なわけで。そういった面からも、やっぱり嘘や秘め事は苦手なようである。
そして案の定、何かを察したシトラスさんは訝しむように私たちを見回した。
「あん? 何だよ、もしかして俺に言えないような事情があるってのか?」
「むぅ……すまないが、まぁそのとおりだ」
「そう、なのか……ショックだぜ……」
ズーンと、分かりやすく落ち込んで見せるシトラスさん。
さっきまでの頼れるアニキ……じゃない、姉御肌はどこへやら。
何やらぶつぶつと、「昔はあんなに素直で可愛かったクラウが、まさかこの俺に隠し事なんて……」と、生気のない目で呟いている。
それでピンときた。この人、あれだ。シスコンの人だ。
別にクラウとは本当の姉妹というわけではないが、それでもクラウのことは本当の妹のように可愛がっていたのだと、先程昼食時に語っていたのは他でもない、シトラスさん当人である。
そんな可愛い妹分が、自分に隠し事をするようになってしまった。それが大層ショッキングだったようだ。
しかしこれはクラウの隠し事と言うより、私に関する情報を伏せるための措置である。
そのため、私のせいで変な誤解が生まれてしまうことに何だか申し訳無さを感じつつも、かと言ってほいほい明かして良いような情報でないのも事実。
せめてこの人が、ちゃんと信用の置ける人であるという確信があるのなら、喋ってしまっても構わないように思うのだけれど。
「いや、まぁ確かに秘め事はあるが、ギルドを訪れた理由は適当なダンジョンでも見繕ってもらおうと思ってのことなのだ」
「あん? 何だ、それならそうと早く言えよ。斡旋なら俺に任せとけ! お前らにぴったりなのを見繕ってやるからよ!」
「おお、助かる。というか、まさか姉さんがギルドの受付嬢になっているだなんて驚いたぞ」
「愛ゆえに……ってやつだな」
愛って……まさか、シスコンではなく百合な人だったのだろうか。心眼さんも判定に困っているし、もしかして……。
って、それは私が口を挟むようなことではないな。
「それで、今はどうしてるんだ? 宿を取ってるのか? この街への滞在期間は?」
「宿は取っていないな、実家で寝泊まりしている。滞在期間は……あー……んー……」
「ええい、もどかしい!」
ダメだこれ、事情が特殊すぎて話が進まない。
どうにもじれったくなった私は、思い切って強硬手段に出ることを選んだ。
「シトラスさん、幾つか質問させてください」
「あ? んだよ急に。まぁ構わねぇが」
「どうも。では先ず、シトラスさんは……信用していい人ですか?」
「?? 知らねーよ。んなのは手前ぇで見定めるもんだろ。だがまぁ少なくとも、何があってもクラウのことだけは裏切らねえとだけは断言できるな」
「姉さん……!」
質問の意図が分からないとばかりに首を傾げながらも、彼女はそのように宣言めいた返答を述べた。
そして私は、心眼という嘘発見器でもってよく見極める。
どうやら、そこに嘘はないようだ。それどころか、熱烈なまでの愛情が見て取れた。
「ふむ、では第二問。秘密や約束は守れますか?」
「たりめぇだ。口の堅さには自信があるぜ。それに一度交わした約束は、死んでも守り抜く!」
「侠気が溢れてる……」
「真っ直ぐな方なんですね」
「受付嬢として、おいそれと漏らせない情報に触れる機会はそれなりにありますからね。当然と言えば当然です」
これまた心眼にも、偽りを述べたような反応は捉えられず、シトラスさんが本心からそう言っていることが分かった。
きっと、一度仲良くなってしまえばものすごく仲間や友人を大切にするタイプなのだろう。一本気と言うやつか。
「では最後の質問です。もしかして、どこかの国や組織のエージェントだったりしませんか?」
「いよいよ訳がわからねぇ質問だな……まぁ何だ。強いて言えばギルドに属するエージェントだな」
「他には?」
「心当たりがねぇな」
「なら、クラウのためならその組織、裏切れます?」
「馬鹿を言え。クラウのための行動なら、それはどんなもんでも絶対正義なんだよ。たとえ世界が悪行と呼ぶもんでもな。だから裏切りには該当しねぇ!」
「わぁ、本心から言ってる」
「姉さん……」
ということで、結論。
どうやらシトラスさんという人は、私がクラウの仲間である限り、信用して問題ない人のようだ。
私が皆へ一つ目配せすると、意図を察してか小さな頷きをそれぞれに返してくれた。決まりである。
すると、それを認めたクラウがそういうことならばと、改めてシトラスさんへと向き直った。そして。
「姉さん、今晩時間はあるか? よかったらその、うちで一緒に過ごさないか?」
「ずきゅん……!」
盛大になにか勘違いをしたらしい彼女は、途端に顔を真っ赤にし、よろめいた。っていうか、ずきゅんって声に出す人初めて見た……。
しかしシトラスさんがよろめいた理由を、これまた勘違いしたクラウ。
すかさず彼女の肩をそっと支え、気遣わしげに追撃をかける。
「大丈夫か姉さん、もしかしてさっきのダメージがまだ残っていたか? もしそうなら、無理せずちゃんと言ってくれ。姉さんが私を大事に思ってくれるように、私も姉さんのことは大切に思っているのだから」
「ク、クラウ、おま……」
「姉さん、どこか痛かったり、苦しかったりしないか?」
「む、胸が苦しい……」
「なんだって!?」
……私たちは一体、何を見せられてるんだろう。
茹で上がったタコのよう、とは正にこのことか。クラウとの急接近により真っ赤になったシトラスさん。
血相を変えてココロちゃんに助けを求めるクラウと、これ以上は過剰治癒になって寧ろ体に良くないと、対応に困るココロちゃん。
私とオルカは混沌とした状況に乗りそびれ、他方でソフィアさんは腕組みをして納得顔。
「つまり、クラウさんはシトラスさんの嫁ということですね。分かります」
★
結局あの後、私たちは一旦イクシス邸へ引き上げることにした。
当初はダンジョンでも紹介してもらい、そこで大会へ向けての鍛錬を積む予定だったのだけれど、シトラスさんという良き人材を見つけたことから予定を変更。
一先ず今日のところはイクシス邸裏の訓練場を借りて、そこで皆を相手に緩めの模擬戦をして過ごすことに。
しかしながら、縛りのせいでそれはもう連敗である。手の内を知り尽くされているというのもあるけれど、やはり実力が違う。
オルカもココロちゃんもクラウも、そして当然ソフィアさんも。
限られた属性の魔法を、無詠唱ではなく詠唱込みで用い、しかも威力まで制限し、同時発動も禁じ……なんてしていては、手に負える相手ではないわけで。けちょんけちょんである。
それはもう、流石に制限の緩和が話し合われるくらいにはボコスカに負けた。一勝も出来なかった。
が、だからこそ燃えるというものだ。
私は緩和を拒否し、意地でも今の限られた選択肢で一端に戦えるようになってみせると宣言したのだった。
シトラスさんとの喧嘩では、たまたま彼女が様子見がてら突っ込んできてくれたことが幸いし、ボロが出る前に勝負をつけることが出来たけれど、多分あの人も普通にやり合ったら相当に出来るはずだ。
自分が如何にスキル任せで過ごしているかを痛感させられる。もっと精進せねばなるまい。
と、そんなこんなで日が暮れるまで鍛錬を続けた私たち。
実戦こそ出来なかったものの、これはこれで良い修行になったと思う。それに何より、発見もあった。
以前に比べてなんだか、接近戦が得意になったと言うか、体の使い方ってものをよく理解できるようになっていたのだ。
もしかするとこれも、例の仮面の化け物による影響なのかも知れない。
思いがけない変化でこそあったけれど、能力制限てんこ盛りの状態で戦うには、有り難く心強い武器になることは間違いないだろう。
そうして大浴場にて汗を洗い流し、あてがわれた部屋で魔道具作りの自主練に励んでいると、やがて受付嬢の仕事を終えたシトラスさんが約束通り、イクシス邸を訪れた。
彼女は盛大に勘違いをこじらせていたけれど、私たちの目的としては私の能力に関する情報をシトラスさんに開示し、協力者になってもらおうという腹づもりである。
やけにおめかししてやって来た彼女には、なんだか妙な言いづらさを感じてしまうけれど、そこはそれ。
皆で囲う夕餉の席に於いて、私たちは事の次第を説明したのだった。




