第二三三話 新拠点
バトリオにて宿が取れず、一時はどうなることかと久々に焦った私たちだったけれど、クラウの計らいによりイクシス邸にて一泊させてもらうことに。
ただ、私に関しては修行もあるため、一人おもちゃ屋さんの方へ戻ることに。
すると驚いたことに、いつの間にやらバトリオの空き地へお店が移転しているではないか。一体どうなっているのやら。
ともあれ、そんなこんなで全員無事ベッドにありつくことが出来たのだった。
明けて翌朝。
朝練を終えた私は、事前に『転移するならここを使ってくれ』と指定されていたイクシス邸の空き部屋へ飛ぶと、オルカたちの滞在している部屋を訪れ合流。
食堂にて朝ごはんまでごちそうになりつつ、いつものように今日の予定を話し合っていた。
「今日から赤髪の剣士と思しきレッカさんとやらを捜すわけだけど、どうやって捜索したものだろうね」
「昨日見て回った限り、思ったより人が多かった。日中はもっと増えると思う」
「そんな中から特定の人物を見つける、というのは流石に困難ですよね……」
闇雲に捜してみたところで、レッカさんに出会える確率というのは相当に低いだろう。
ならば、可能性の高い方法を見繕って当たってみるほか無いわけだけれど。
そこでクラウが綺麗な挙手を見せ、目を輝かせながら言ったのだ。
「闘技大会に、出場したら良いと思うのだ!」
「のだって……」
名案だとばかりにそう述べたクラウだけど、完全にそれ私欲も混じってますよね。
バトリオを訪れる以前より、彼女は血が滾ると言って憚らなかった。それくらい大会出場を熱望しており、心眼を通してみれば尚の事それがよく分かるというもの。
だから、出場自体を止めはしないのだけれど。しかしレッカさん捜索の面から見てみたらどうだろう?
きっと出場者は、それこそわんさかいるに違いない。
そんな中から一人を捜し当てるというのは、確かに困難ではあるだろう。けれど、バトリオ全体を通してみれば、当然大会への参加選手だけでなく、大会を観に来た観客や、観光客も多く来ているはずだ。というか、比率で言えばそちらのほうがずっと多いに違いない。
であれば、少なくとも都中を闇雲に捜し回るよりかは、大会参加者に狙いを絞ったほうが、レッカさんを発見できる可能性というのはぐっと高まるはず。
そしてクラウが大会に参加するというのならば、内部からレッカさん捜索を行うことも可能……か。
なるほど、存外悪い話ではないのではないか。
「ふむ……よし。採用! そっちはクラウに任せよう」
「おお! 流石ミコト、話がわかるな!」
思わずと言った調子で立ち上がると、実に嬉しそうにはにかむ彼女。いい笑顔だ。これにはイクシスさんもほっこり。
すると、次に提案を述べたのはソフィアさんだった。
「それならば私は、ギルドの方を当たってみるとしましょうか。レッカさんは冒険者とのことですから、それならばギルドを訪れている可能性が高いはずです」
「確かに、それはそうだね。しかも赤い髪の剣士って特徴があるから、随分絞込めるはず」
「なんだったら、ギルドで張り込んでいればそのうち会えるかも」
「それならココロもお付き合いしますよー」
というわけで、もう一つの有力ポイントである冒険者ギルドについては、ソフィアさんを中心に調査が行われることとなった。
クラウは大会。ソフィアさんとオルカ、ココロちゃんはギルド周りを調べるとして。
「なら私はどうしようかな……」
「ん? ミコトちゃんは出場しないのか?」
「え、いやいやそんなの目立っちゃうし」
イクシスさんが不思議そうに首を傾げると、私同様一瞬ぎょっとした他の面々も、しかし直後に黙った。
そして言うのだ。
「これは……もしかすると、良い機会なのかも知れない」
「ですね。ミコト様に『普通』というものを知ってもらうのに、うってつけかも知れません」
「思えばミコトは、何から何まで常識外れだからな」
「では、ミコトさんも大会に参戦決定ということで」
「え、ちょ」
何ということだろうか。
まさかあの過保護組が、よもや私を大会に放り込むような真似をするだなんて予想だにしなかった。
嫌ということはないのだけれど、それ以前に不安が大きい。
だって、大会といえば衆目がこれでもかと集まる舞台でのこと。
となれば当然、私の持つスキルの大部分は使用できなくなってしまう。
目立つのを避けるべく、昨日は都入りに際して苦手な演技までやったっていうのに、ステージの上で万が一テレポートだなんだと希少なスキルや魔法を披露しようものなら、確実に目をつけられる。誰からかは分からないけど、多分良からぬ人から。
であれば、私に許されるのは多くの術を封じた上で戦うという、要は縛りプレイだということになるだろう。
現に皆は早速、アレは使えない、コレも見せちゃ拙いなどと、大会に際して私が隠すべき能力をピックアップし始めたではないか。
「先ず換装からして危険。ワープやテレポートも禁止」
「万能マスタリーも拙いですから、使用する武器は一種類に絞ったほうが良いでしょうね」
「武器と言えば、舞姫も見せるべきではないな。あれは特殊過ぎる」
「心眼を持っているとバレるのは特に拙いですよ。立ち回りにも注意していただかないと」
「当然魔法の種類も、普通は一属性か二属性程度しか使えないんだぞ? それに世にも珍しい重力や空間魔法なんかは論外だな。あと、複数同時発動だとか無詠唱も高等技術だ。いつもみたいにバカスカ使っちゃダメだぞ」
「私のアイデンティティーが封印されていく……」
容赦なく追加されていく縛りの内容に、いよいよ項垂れるほか無い私。
っていうか、普通の冒険者って……え、そんなのも無しにどうやって生きてるの?
そんな世界で生き抜いて、あまつさえ大会に出てくるような人たちと、私本当にやり合えるんだろうか?
いかん、考えれば考えるほどとんでもない無謀に思えてきた。
「あの、やっぱり出場を辞退っていうのは……」
瞬間、ジトッとした皆の視線が一斉にこちらを向いた。
無言の圧というやつに、私はどうやら抗えないようで。
「なんでもないです」
すると何事もなかったかのように、再開される縛り会議。
私は伸し掛かる諦念に肩を落とし、もそもそと美味しい朝食を口に運んだのである。
皆が朝食を食べ終わる頃にはようやっとその話し合いも収束し、結果として私はおおよそ八割方の手札を封じられた状態で大会に望むこととなったわけで。
既に普通の冒険者というのが如何に大変なのか、頭を抱えたくなるほど思い知っている状態である。
そんな前途多難に苦悶する私を他所に、他愛のない談笑が続く中。ふと、イクシスさんがまたも思いがけない提案を述べてきたのだ。
「ところで私から一つ提案なのだが。この家を、君たちの拠点にするというのはどうだろうか?」
「む……それはどういう意味だ、母上?」
意外なイクシスさんの言に、各々が驚き反応に困っている最中、真っ先に問い返したのはクラウだった。
その胸中にはどうやら、自分をこの家に置いておきたいという心情からくる提案なのでは、という疑念があるようだ。
そして実際イクシスさんにも、そうした思惑が全く無いでもないようだ。が、それはあくまで副次的なものらしく。
その本質は厚意から来る申し出みたいだ。
クラウの問い返しに、彼女は些かの苦笑を滲ませながら冷静な意見を述べた。
「いやなに、純粋にお互い利があると思っての提案だ。私としては、クラウの顔が頻繁に見れるというだけで嬉しいことこの上ないし、皆としても今回のように宿を心配する必要がなくなるだろう?」
「確かに、それはそうだね」
「うむ、それにだ。ここであれば、ミコトちゃんの力を隠す必要もないし、聞き耳を警戒する必要もない。現在も進めている、ミコトちゃんに関する調査の定期報告も容易だろう」
イクシスさんのプレゼンに、皆ぐうの音も出ないほど納得を覚えていた。まったくもってそのとおりであるのだから、当然である。
確かに宿の問題は、アルカルドを出るときから懸念していたことではあった。より良い環境で休みたいというのなら、良い宿を探す必要がある。だが、それは謂うなれば一期一会というやつで、しかし言い方を変えるなら宿ガチャも同然なのだ。
ハズレを引いたら、最悪身の危険すらある。
誰もがステータスを持ち、スキルを持つこの世界なればこそ、心無い人たちや、所謂裏の世界に生きる人達もまた、より活発的に活動しているとも言えるわけで。
そんな人達を前にして、たかだか宿の扉一枚が、鍵の一つが、一体どの程度の意味を持つのか。
その気になればきっと、扉なんて簡単に破られることだろう。何ならピッキングとかでこっそり解錠することも容易いはずだ。
まぁとは言え、冒険者である私たちは、己の力こそが最大のセキュリティー足り得るわけなのだけれど。
それでも、普通の宿にはそれなりのリスクがつきものである、という事実は間違いないことだろう。
しかし普通の冒険者達は、そうと分かっていてもそれを利用する他無いわけだ。
まさか行く先々で家を買うわけにも行かないだろうしね。っていうか、たとえ家を買ったとしても物騒なことに違いはない。
この世界の自衛というのは、斯くも難しいものなのだ。
そしてその点、である。
ワープが自由に使える私は、毎日皆を連れてここに帰ってくることが容易なのだ。
それは考えてみると、相当な利点のように思えた。
宿を取らねば他にどうしようもなく、最悪野宿をするしか無い。だから普通は宿を利用するところが、私たちはその前提からして異なっている。
宿を無理に取る必要はないのだ、と。
その代わりの宿泊場所を、イクシスさんは提供してくれるというのである。
勇者イクシスのお屋敷。こんなに安全な場所もそうそう有りはすまい。
しかしとは言え、だ。
「でも、迷惑をかけちゃうよ。使用人さんたちの仕事も増やすことになるわけだし」
「確かに、それはちょっと心苦しい」
「ふむ……」
使用人さんたちはお給料を貰って働いているのだから、もしかすると迷惑云々というのは私が気にするべきことじゃないのかも知れない。
けれどだからといって、お世話になるということは何かしらの形で手間を増やしてしまうことになるだろう。
部屋の手入れだとか、料理に関してだとか、他にも思いがけない迷惑が掛かってしまうことだって想像に難くない。
それを思うと、心苦しいと感じてしまうのはどうにもしようがない。
そのように遠慮を示した私たちへ、しかしイクシスさんは言う。
「ミコトちゃん。私にとって、クラウを愛でることは生き甲斐なんだ。キミの力があれば、それが叶う。ミコトちゃんがクラウをここへ毎日のように連れ帰ってきてくれるというだけで、それは私にとっても、そしてクラウを大事に思っている使用人たちにとっても望外の喜びというものだ。ちょっと仕事が増える程度が何だと言うんだい? んん?」
「お、おぉ……それも、そうか」
「と言うかだね。ミコトちゃんはまだまだそのワープというスキルの価値を理解していないと見える。使い方次第では、そのスキルを一度使うだけで途方も無い利益を生み出せるはずだぞ。たぶん」
「イクシス様、よくぞ言ってくれました。そのとおりですよミコトさん! いいですか、そも転移系スキルというものからして――」
これみよがしに騒ぎ始めたのは、スキル大好きソフィアさんであった。
彼女による『ワープが如何に素晴らしくも恐ろしい価値を秘めたスキルなのか』、という語りはそれから小一時間ほど続き、そして聞けば聞くだけ恐ろしくなった。
このスキルを上手に運用すれば、たちまち億万長者……。
などと衝撃を受けている私に、イクシスさんはとどめを刺す。
「そんなワープでクラウを連れてきてくれる。その価値がどれだけのものか、よく分かっただろう? つまりは遠慮など全くする必要がないというわけだ」
ということで、すっかり丸め込まれた私たちは晴れて、新たな拠点を得るに至った。
勇者イクシスのお屋敷という、とんでもない拠点である。
宿の問題が、よもやこんな形で解決を見ることになろうとは思いもよらなかったけれど、しかしそうと決まればしっかりと活用させてもらうとしよう。
私たちは支度を整えるなり、イクシスさんを始めとした使用人さんたちに「行ってきます」を言ってから、再度バトリオへ赴くのだった。




