第二三話 ソフィアさんと一緒
RPGをやったことのある人なら、キャラクターに対して皆一度はツッコんだことがあるんじゃないだろうか。
君、何処にそんなアイテムしまってるのさ!? って。
別段大荷物を抱えているわけでもないのに、アイテムメニューの中には使ってない装備やアイテムがぎっしり。どう考えても持ち運べる量じゃないよね? っていうやつ。
本来持てない量を、持ってることにしちゃうシステム。それが所謂アイテムストレージというやつで、もしもこの機能がなければ、ゲーム性を大きく制限されてしまうくらい重要な機能だ。
それほどプレイヤー権能の中でもポピュラーなアイテムストレージ。異世界冒険譚でも多くの作品で設定に組み込まれているような、とてもベターな存在だ。
だったらきっと、私にだってそんなスキルがあるはず! いや、あって然るべきだろう!
「あれがスキルとして存在するとして、習得するには何が必要だろう……?」
「ミコトさん。一人で楽しそうなことを考えるのはやめてください。共有しましょう。シェアですシェア」
現在私は、引き続き冒険者ギルドの訓練場でスキルのことを考えていた。
色々レクチャーしてくれているソフィアさんは、物欲しそうな顔でこっちを見ている。
同伴者のオルカとココロちゃんも首を傾げているし、一応説明しておこうか。
「プレイヤーというジョブが、もしも私のイメージする通りのものであるなら、きっと【アイテムストレージ】とか【アイテムボックス】とか、まぁそういう感じのスキルがあると思うんですよね」
「それってどういうスキル?」
「言葉の響き的に、アイテムを多く持ち運べるようなスキル、でしょうか?」
「それなら冒険がぐっと楽になりますね!」
名前から大まかに概要を察した彼女らに、もう少し詳しくアイテムストレージの説明をする。
とは言え説明が難しかったので、異世界冒険譚などでよく語られる設定を参考に、適当な理屈をでっち上げての説明となった。
一応、所謂異空間収納という概念を、かいつまんで語ってみたけれど。
しかしゲームみたいなこの世界のことだから、もしかしてオブジェクトを一時的にデータに変換して保管する、なんていうシステムでも私は驚かないぞ。
まぁ、それこそ説明しづらいので、そっちは語らないけれど。
「それは、さながらアイテムバッグや収納魔法のようなスキルですね」
「え、やっぱり実在するんだ、そういうやつ」
「アイテムバッグは、ダンジョンの深層から稀に見つかる。たくさんの物が入る不思議なバッグ」
「収納魔法は、とても希少な魔法として有名ですよね。特定のジョブの人が覚えるっていう」
「はい。アイテムバッグ同様、商人を中心に恐ろしいほどの需要がある魔法ですね。覚えることが出来れば一生食べるに困らないと言われています」
「なるほど……もし【アイテムストレージ】が覚えられなくても、そういう選択肢もあるってことか。っていうか、そういう物があるんなら、ストレージが存在しない可能性も出てきたかも……むぅ」
わざわざそういうアイテムや魔法が専用に用意されている世界なら、プレイヤーのために別途アイテムストレージなんて機能を用意してあるものなのか。甚だ疑問に思えてきた。
とは言え、だからといって出来れば実在して欲しいスキルだし、習得方法の検討は行っておいて損はないだろう。
「ミコトさん。スキル習得には、当人の強い願いや、不満などが影響するという説もあります。つまり、ミコトさんがその存在を信じ、欲することで、スキルが実現する可能性も上がるかも知れない、ということです」
「信じる者は救われる……そうですとも、ミコト様なら容易く奇跡を起こせます!」
「そういうものなのかなぁ。まぁ原理に思いを馳せても仕方がない気もするし。そういうものだと信じて、求めてみますか」
「それで、どうやって習得するの?」
「それなー」
肝心なのはそこだ。私は未だ、新たにスキルを習得した経験というのがない。
今持ち合わせているスキルはどれも、この世界にやってきた瞬間から身についていたものだから。どうやって身につけた、なんて知る由もないわけで。
とりあえずアイテム収納にまつわるアクションを繰り返してみたり?
「例えば、バッグからひたすら物を出し入れし続けてみる、というのはどうでしょう?」
「スキルにイメージが関わるのなら、まだまだ全然入るって信じながら、バッグがはち切れるまでひたすら物を詰め込んでみる、とか?」
「それなら、大食いチャレンジというのも手かもしれませんよ! 私の胃袋にならいくらでも入る。まだ食べられる、という一念でひたすら食べ続けるんです! あ、飲み物でもいいですね!」
「私少食なんだけど……まぁ、一応片っ端から試してみようか」
早速物は試しと、ソフィアさんに先導されて訓練用の貸し出し装備が置いてある倉庫へぞろぞろと入っていく。まず手渡されたのは、適当な布袋。ホコリを被っていてボロい。何かの資材搬入時にでも用いられたものだろうか。
これをオルカやココロちゃんにも手渡し、そしてちゃっかり自分も持っている。どうやらソフィアさんも当たり前のように参加するらしい。この人仕事はいいんだろうか……?
「それではこの布袋を使ってトレーニングを行います。まずは普通に物の出し入れから試しましょう」
「イメージが大事なんですよね」
「袋の中が、異空間? だと思って出し入れする、ってこと?」
「何だかごっこ遊びみたいですね」
「ココロさん、真剣にやるんですよ」
「わ、分かってますよ!」
私達はそれぞれ、到底袋には収まりそうにない棒や槍を持ち、それを袋に収めきることを目標にした。
これが入れば、袋の中は異空間に繋がったということになり、異空間へ物を収納できた、ということになるのだから。
というわけで早速皆が黙々と作業を始めたのだが。
「ああっ」
「え、あ、ココロちゃん!?」
「うぅぅ、やってしまいました……」
何だか近くでバキ! とか、ベリッ! なんて音がしたのでそちらを見てみると、ココロちゃんが槍の柄を握りつぶし、袋を大胆に引き裂いてしまっていた。
以前怪力をコントロールできず、コンプレックスに思っていると言っていたけれど、意図せずこんな事が起こるのでは無理もない。
「すみません、備品を壊してしまいました……」
「お気になさらず。布袋はご覧通り不用品でしたし。木槍の方も随分くたびれていた物をお渡ししておりましたからね」
「で、ですが!」
「気になるようでしたら、補填代金の一部を頂ければ問題ありませんよ。そもそも訓練用の木槍なので、高価なものでもありませんし」
「分かりました。では後ほどお支払いします」
ココロちゃんはそれからしょんぼりして、見学に回ってしまった。
実は一緒に過ごしているため、彼女の怪力の片鱗というのはちらほら目にすることがある。その度にココロちゃんは物を壊したりして凹んでいるわけだが。
確かにこれでは気が滅入っても仕方ないだろう。元々真面目な彼女のことだ、さぞ不便を強いられているに違いない。
そんなココロちゃんを不憫に思いつつも、それはそれ。訓練の手を止めることはしない。
気分はさながらマジシャンだ。私は自分の身長ほどもある棒を、深さがその半分にも満たない布袋へ入れていく。
このままそこに支えること無く、スルスルと全て入り切ることをイメージしながら、ゆっくりと袋の中へ収めていく……のだが。
「むぅ……そう簡単には行かないか」
「私も、ダメだった」
「諦めません。諦めませんよ……!」
袋の底に某がぶつかり、手に反発が伝わってくる。
袋の中は無限の宇宙! って強くイメージしながらやってみたんだけどな。ダメだった。
やっぱり心の何処かで、出切っこないって思ってしまっているのか。はたまた、なにか習得の条件を満たせていないため不可能なのか。
その後もしばらく袋に棒を出し入れしていたけれど、結局成果は得られなかった。
一番熱心だったのがソフィアさんだというのはまぁ、ご愛嬌だ。
「次です。次の検証、兼訓練に移ります」
「めげませんねソフィアさん」
「当然です。次は、袋が破裂するまで物を詰め込みます。先程も言いましたが、お渡しした布袋は不用品なので、気にせず破けるまで思い切り物を詰め込んでください」
「私はまたやらかしそうなので、ミコト様のお手伝いに回ってもいいですか?」
「ありがとうココロちゃん。お願いするよ」
検証兼訓練と言うけれど、果たして訓練になっているのか。
あるかどうかも判らないスキルのために、効果が期待できるのかも判然としない訓練を繰り返す。
なんとも手応えの薄いことだ。スキルを得るというのはこんなにも大変なことなのだなと、早くも途方に暮れそうになる。
とは言え、私なんかより余程一生懸命なソフィアさんを見ていると、そんな弱音もどこかへ消えてしまった。
倉庫内には、使用中に破損してしまった装備の残骸なんかが、未だ処分されること無く一纏めにされている。
それをひたすら、袋が破けてしまうまでパンパンに詰め込んでいく作業を行う。
流れ作業のように、ココロちゃんが手渡してくれる装備の残骸を、次々に布袋へ押し込んでいく。とは言えそんなに大きな袋というわけでもなし、すぐにぎゅうぎゅうになってくるのだけれど、ここからが勝負だ。
「いいですかミコトさん、この袋は決して破れません。何故なら、この袋の中には無限の空間が広がっているからです。この倉庫の中身をすべて詰め込んだとて、この袋が一杯になることなど無いのです」
「っていう、イメージが大事」
「オルカさん。水をささないでください」
「あはは、まぁ言わんとしていることは分かります」
「皆さん、頑張ってください!」
私達はいつになく真剣に、既にギチギチになっている布袋の中へ、壊れた装備を慎重に差し込んでいく。
ソフィアさんの言った通り、私もまた強くイメージしてみた。袋の中には広大な空間が広がっており、故に袋が圧迫されることなんてありえないのだと。
たとえ目の前で、袋が今にもはち切れそうになっていようと関係ない。大丈夫なものは大丈夫なのだ。
異世界魔法と言えば、イメージ力一つで大抵の奇跡が叶うというのがファンタジー作品の定番だもの。これもそれと同じようなものだ。
イメージで、現実を書き換えろ……!
ビリッ
「あっ」
「オルカ様……」
「無念。私はここまでみたい」
くっ、オルカが脱落してしまった! でも惑わされるな! オルカの持っていた袋と私の袋は違う。よそはよそ、うちはうちですってお母さんも言ってた!
私の袋は広大だ。幾らでも物が入るんだ! それを証明してみせるっ‼
ビリリッ
「あっ」
「そんな、ミコト様まで……」
「くそぉぉぉぉ……」
頑張っていっぱいイメージしたのに、ダメだったらしい。袋の口が大きく裂けて、中身がこぼれてしまった。
うぅ……でも、イメージ力は鍛えられた気がしないでもない。スキルの鍛錬の仕方、という意味でも勉強になっているし、決して無駄な時間ではないはずだ。
っていうかソフィアさんが未だに静かなんだけど、まさかまだ粘っているのか?
「あ……あっあっあっ」
「お? ソフィアさん、どうかしました?」
「わ、わわ私、新しいスキルに目覚めたかも知れません……っ‼」
「えええ!?」
見ると、ソフィアさんの袋には奇怪な現象が起こっていた。
袋は間違いなくパンパンなのに、それでもソフィアさんが壊れた装備を詰め込むと、不思議と収まってしまうのだ。
だが、元々袋がボロいこともあって、布がほつれている部分から徐々に破けそうになっている。
ところがどういうわけか、そのほつれが徐々に修復しているように見えるのだ。勝手にほつれた糸が動いて、綺麗な布袋の形に戻ろうとしている。破けないよう踏ん張っているようにすら見える。
「私、ちょっとスキル鑑定してきます‼」
「え、あちょっとソフィアさん!?」
「ミコト危ない、ソフィアの袋が!」
「お下がりくださいミコト様!」
「えっ、えっ、のわぁぁ!?」
ソフィアさんが凄まじい勢いで駆けていった後、残されたパンパンの袋は恐らくスキルの効果を失ったのだろう。
結果、本来入るはずのなかった量が詰め込まれた袋は、物騒な爆弾と化した。
布袋の修復効果も消え、ボロい袋はいとも容易く内容物をぶちまけ、勢いよく四方八方へと飛び出したのだった。
そうして薄暗い倉庫に、ドンガラガッシャンという耳心地の悪い騒音と、私達の悲鳴が反響したのである。
なお、ソフィアさんに芽生えた新しいスキルはなんと二つ。
【収納術】と【修復】という、いかにも便利そうなものをちゃっかり獲得したそうな。
私達のやる気に、見事火をつけてくれた。
週に一度は更新をお休みしますと宣言しておいて、何故か毎日更新をしている。
むむむ……わかった。曜日を決めましょう。
木曜日。そうだ、木曜日にしよう。
次の木曜日から、更新をお休みすることにします。
あと、ストックが底をついておるので、普通に都合がつかなくて書きそびれてしまった日にも急遽お休みさせていただくこともあるかと。
その際は、どうかご容赦頂ければと存じます。




