第二二六話 精密魔道具いじめ
試合は静かに始まった。
開始の合図はモチャコよりもたらされ、不気味なほど自然な動作で歩み始めたカクガリくん。
対するソフィアさんはいつものように、それを唱えたのだ。
「【閃断】」
大抵の場合、これだけで終わるはずだった。
実際、彼女の面接時に行った実力審査に於いて、オルカたちの分身体はたったの一言で瞬殺されたほどである。
であればこそ、さて今回はどうなるかと目を凝らしていると、驚くべき展開が待ち受けていたのだ。
「! 不発……いや、避けた!?」
そう、ソフィアさんが術を発動したその瞬間、カクガリくんは驚異的な瞬発力で急加速。残像すら残さんほどのステップを見せて、難を逃れたのだった。
閃断は相手の魔力に干渉して行使される術である。その特性上、今のように対象が素早く大きく動いてしまうと、対象の捕捉が外れて術が失敗することがあるようだ。
とは言えソフィアさんも手練の冒険者である。これまでそうした、素早いモンスターを相手に閃断を用いる場面もあっただろう。
だと言うのにカクガリくんは、見事ソフィアさんの捕捉を逃れてみせた。
更に驚くべきは、初見殺しのそれを凌いだという点である。
ソフィアさんが何らかの術を行使しようとしたことを素早く察知し、瞬間的に動いた。それだけのことかも知れないけれど、そんな事が自己判断でできる機体というだけで、私からしたら驚きである。
そして当然と言うべきか、カクガリくんはそのステップを活かして、すかさず接近を試みたのである。
ソフィアさんが魔法らしきスキルを行使したということで、彼女を後衛と判断してのことだろうか。
対するソフィアさんはと言えば、しかし特に焦るでもなく流れるように別の魔法を連続発動する。
無詠唱で行使されたそれは、傍目に見ると何が何やらという感じだろう。
しかし私には叡視があるため、それらをしかと把握することが出来た。
先ず行われたのは、広範囲へ向けた術の行使である。
閃断は言うなれば、ピンポイントに狙いを絞った単体攻撃だ。
あ、ちなみに閃断を始めとしたハイエルフの術は、一応マジックアーツに分類されるらしい。
通常のスキルとアーツスキル、そしてマジックアーツの厳密な区別に関しては、実のところふわっとしている部分があるらしくて、正直ややこしい。
なんてことをソフィアさんに言おうものなら、すぐさまその場に正座を強制され、長時間に及ぶ個人授業が始まってしまうに違いない。正しく言わぬが花である。
ともかく閃断は単体をターゲットとした魔法、略して単体魔法という分類になる。
それに対し今彼女が放ったのは、広範囲に向けた所謂範囲系魔法というやつだ。
問題はその効果だが、どうやら既に発動している相手のスキルに干渉し、誤作動を起こさせるというもののようだ。
その結果、まんまと術の効果範囲内にいたカクガリくんは、一時的に動作を強制停止。自動で再起動が発動するという、酷い精密機器いじめに遭ってしまった。なんてことするんだ!
そんなカクガリくんに向けて、更に別の術が襲いかかる。
ソフィアさんが扱うのは何も、ハイエルフの魔法だけということはない。
通常の属性マジックアーツの練度も、相当に高いのだ。
結果、僅かな間とは言え動きを止めたカクガリくんは、良い的でしかなく。
たちまち殺到したソフィアさんの魔法により、ボッコボコにされてしまったのである。
たまらず、師匠たちから一斉に嘆きの声が上がる。自慢の作品がこてんぱんにされたのでは、無理もない。私も気持ちは大いに分かる。
「なんてことするんだー! ひとでなしー!」
と、師匠たちに交ざってついブーイングが出てしまった。
するとすっかり悪役のような扱いを受けていることに気づいたソフィアさんはピタリと動きを止め、すっとこちらへ振り向いたではないか。
思わず一斉にたじろぐ私たち。
が、その時だった。
「! ソフィアさん、後ろ後ろ!」
「え」
彼女が僅かに目を離したその瞬間、まるで逆再生の如く瞬く間に修復を終えたカクガリくんがすくりと立ち上がり、再びソフィアさんへと飛びかかったのである。
その修復速度たるや、いつぞやのリッチドールを彷彿とさせるほどだ。まぁ、カクガリくんは液体金属に変わるようなことはなかったけれど。しかしなればこそ、どういう仕組で修復が行われているのか、今の私ではさっぱり分からない。
が、やはりというか相手が悪いようで。
意気揚々と再び飛びかかったカクガリくんだったが、結局またも再起動の憂き目に遭い、再度ボコボコにされたのだった。
「ぐぬぬぅ、接近戦にさえ持ち込めたら!」
「なら射撃だよー! やっちゃえカクガリくんー!」
「寝てる場合じゃないわよ! 立って! 立つのよー!」
師匠たちの声援を受け、何度もボコられては立ち上がるカクガリくん。
だが、攻略法を既に把握しているソフィアさん。こうなっては逆転も叶わない。
「モチャコ、流石にもう……」
「うぐぅ……ハイエルフが、ここまでだったなんて……」
「仕方ないよー。相性が悪いよー」
「次は負けないように、対策を考えておきましょう」
ということで、思いの外あっさりと決着はついた。
ソフィアさんの相性勝ちである。
師匠たちはもっと、ガチなドンパチを期待していたらしく、メタチックな結果に皆が苦い顔をしている。
そしてその結果には、さすがのソフィアさんもやらかした自覚があるのか、申し訳無さそうな顔で戻ってきた。
「えっと、何だかすみません……」
「……詳しく聞かせて」
「? な、何をでしょう?」
「カクガリくんに何をしたのか、詳しく聞かせて!」
ソフィアさんとしては、もしかすると妖精たちの機嫌を損ねてしまったかと内心焦っていたようだ。
実際モチャコたちとしては、相当に悔しかったのは間違いない。
が、それ以上に好奇心が強いのが師匠たちの見習うべきところなのだ。
失敗は成功の母だと言うけれど、師匠たちはそれを地で行くのである。
失敗したなら、それは新たな発見の種だと捉え、その種を芽吹かせるべく全力を注ぐのだ。
そんな師匠たちであるからして、あっという間に皆に群がられるソフィアさん。
怒涛の質問攻めに遭い、根掘り葉掘りと様々な問いに受け答えを余儀なくされた。
斯くしてなし崩し的にではあったけれど、ソフィアさんと師匠たちとの間を隔てていた心の壁は壊されていき、師匠たちはハイエルフの術に興味津々。ソフィアさんもまた、妖精の持つ【付与】のスキルに強く興味を惹かれたようで、熱心な情報交換が延々と続いたのである。
そしてそこでは、私も知らなかったハイエルフの術に関するあれやこれやと言った情報がちらほら飛び出し、皆に交じって私もまた、色々と勉強させてもらったのだった。
★
気づけば時刻は深夜帯の只中であり、基本的に夜更しはしない師匠たちは、眠気と戦いながらソフィアさんと未だ話を続けていた。
対するソフィアさんの方はまだまだ元気そうである。むしろ目を爛々とさせ、師匠たちとの話に興じていた。
が、いい加減ストップをかけるべきだろう。私は切りのいいタイミングを見計らい、皆の話に割って入った。
「さぁさぁ師匠たちは、そろそろお休みの時間ですよ。ソフィアさんもこれ以上は明日のお仕事に響いちゃうでしょう? 家まで送っていきますよ」
「あぅ、そっか。どーりで眠いと思った」
「ハイエルフ、想像以上に興味深いわね……」
「ぐー……」
「すみません、すっかり長居してしまいました」
思いがけず話は弾み、どうやら師匠たちから認められるに至ったソフィアさん。
何時しかすっかり彼女が私たちのPTに入る云々という話は置き去りとなり、スキル談義に花を咲かせていた一同。
そういう意味では、果たしてソフィアさんは認められたと見て良いのだろうか。
まぁ何にせよ、一時はどうなることかと心配にもなったハイエルフのソフィアさんと妖精である師匠たちの邂逅は、概ね良好な形に収まったらしい。
それから程なくして、帰り支度を整えたソフィアさん。
また来てねとの声を受けながら、ワープでもっておもちゃ屋さんを後にしたのだった。
所変わってソフィアさんのお家。
彼女の要望で、玄関に直接転移してきた私たち。そう考えるとこのワープスキル、不法侵入し放題である。
悪用の可能性に思い至った自らを内心で戒めていると、それとは対照的にやはり便利ですねぇと一頻り喜ぶソフィアさん。
しかしふと我に返った彼女は、改まったように問うてくる。
「それでミコトさん。私は結局、鏡花水月加入を認めていただけたのでしょうか……?」
本題であったはずのそれは、しかしカクガリくんとの一戦を機に大きく脱線。
長らく続いた師匠たちとの話は、結局スキル関連の内容に終始した。
果たしてこの場合、認められたと考えて良いものか。正直なんとも言えないところではある。
なので、私は率直な考えを伝えることにした。
「心配性なモチャコたちですけど、きっとソフィアさんの為人、それに実力の一端も知れたことで納得したと思います。少なくともカクガリくんを倒せるほどの力があることは証明したわけですしね」
「私としても、ミコトさんの師がどのような方たちなのかようやっと知ることが出来て、正直安心しました」
そう言えば魔道具作りの師匠がいる、というような話自体はチラホラと仄めかすことがあった。
しかしまさかそれが妖精であるなどと言い出せるはずもないため、いつだって詳細はぼかしてきたのだ。
それ故か、私の師匠たちに関してはソフィアさんも気になっていたらしい。
今回はその当人たちを知れて、心配のタネが一つ解消されたと安堵しているようである。
「ともあれ、私の心配事も杞憂に終わってよかったです」
「ミコトさんの心配事、ですか?」
「万が一その、妖精とハイエルフの間に確執とか何とかあったら、ちょっと面倒なことになるなと不安だったんですよね」
「なるほど。それでしたらご安心を。妖精族とは、ざっくり言うと同郷であるというだけの繋がりですからね。特に不仲だなんだということもありません」
ソフィアさんをPTに迎えるに当たり、はっきり言うと私の懸念はその一点に尽きたと言っていい。
能力には全く問題ないし、仲間たちとの仲も良好。行き過ぎたスキル好きは、最早ご愛嬌というやつだ。
そしてオルカたちが彼女の加入に異存なしであるというのなら、それこそあとは師匠たちのことに関してのみだった。
もしも妖精とハイエルフが犬猿の仲だ、なんて事があれば、師匠たちに教えを受けている私の肩身が狭くなってしまうからね。
杞憂に終わったというのなら何よりだった。
と、いうことで。
「それじゃ、ソフィアさん。いつ頃からPT活動に参加します?」
「! え、それって……つまり、私の鏡花水月入りを認めてくださるということですか?」
「ギルドのお仕事をどうするのか次第、ってことにはなりますけどね」
「ちょっと今から退職してきます!」
「待って待って! もう深夜ですよ!」
正直、受付嬢だなんて如何にも安定したお仕事を捨ててまで冒険者に復帰することが、ソフィアさんのためになるのかなんて私には分からない。
だからこそ、彼女が鏡花水月に入りたいだなんて言い始めた時も、ずっと冗談や軽口だと思っていた。
けれど彼女が本気であるというのなら、止める理由もない。そして拒む理由も。
「ギルドを辞めるかについては、もう少しゆっくり考えてください。何なら時間がある時だけPTに参加するっていう、これまでに近いやり方だって出来るはずですし」
「いえ、そんな半端な真似をするつもりは毛頭ありません。ミコトさんが、そして皆さんが加入を認めてくださるというのであれば、私もメンバーの一員として誠心誠意務めさせていただく所存です!」
きっぱりとそう言い切るソフィアさん。
その内心には、現場にてより間近でスキルに接したいという欲求が沸々と滾っていたけれど、しかしそのやる気は本物らしい。
「それに、ミコトさんの謎を追うお手伝いをしたいというのもありますからね。以降は遠慮なく、私のことも頭数に入れてください」
と、いうことで。
最初は冗談かと思われた彼女の鏡花水月加入は、斯くして現実のものと相成ったわけである。
退職手続き云々というのがあるため、本格的な始動には少しだけ時間を要するけれど、ともあれ私たちのPTにまたも強力な戦力が加わったのだ。
今後はソフィアさんも交えた新戦術なんかも組んでいかねばと、私は早くもワクワクしながら、おもちゃ屋さんへと戻ったのだった。
尚、イクシスさんからの伝言を伝え忘れていたことには、おもちゃ屋さんに戻ってきてようやっと思い至った。
明日にでも師匠たちに伝えねば。




