第二二四話 ハイエルフと妖精の邂逅
例によって人目につかぬ路地の奥。
ポッカリと開けた空き地にそれは、静かに佇んでいたのである。
そう、私の修行先であるところのおもちゃ屋さんだ。
現在は辺りも真っ暗であり、子供が出歩くような時間でもないためお店は閉まっているけれど、裏口からなら問題なく入れるはずである。
そんなお店を見るなりソフィアさんは、何か感じるものがあったらしく。
「確かにこの気配、私の故郷と似た雰囲気を感じますね……」
「このお店自体、子供にしか見えないんですよ。オルカたちも見つけられませんでした」
「マップには映らないんですか?」
「どうやら、彼女たちのマップには映らず、私のには映るみたいです。もしかすると妖精が見える人にだけ確認できる特殊なアイコンなのかも」
そう聞くなり、彼女は早速マップウィンドウを呼び出し、現在地を確認した。
すると確かに、彼女のマップには表示されたようで。しかしその反応は驚きと言うより、得心めいたものであった。
「ああ、なるほど。このアイコンはそういうものだったのですね。道理でおかしなものがあると思っていたんです。日によって位置が変わっていますし」
「お店の場所はしょっちゅう変わりますね。私が修行を始める前は、この街にとどまらず世界中を飛び回っていたらしいです」
「妖精族は好奇心旺盛だと聞き及んでいます。実際目にしたことはありませんが、なるほど。伝聞も間違いではないのかも知れませんね」
モチャコたちがハイエルフを見たことがないというのと同じように、ソフィアさんもまた妖精を実際目の当たりにしたことはないという。
それを思うと、これから始まるのはなかなか稀有な邂逅の一幕なのかも知れない。
とは言え私からしたら、どちらもよく知った相手なので、あまり壮大なファンタジー色というのは感じないのだけれど。
何にせよ、いつまでも外で立ち話をするわけにも行かない。
私はソフィアさんを伴いお店の裏手へ回ると、久しぶりに裏口の扉へノックを試みたのである。
「ど、どちらさまー?」
「ミコトだよー」
「え、なら入ってくればいいじゃん」
ノックに応えたのは、妖精師匠の一人。ちょうど扉の近くを飛んでいたのだろう、比較的すぐに反応があった。
裏口の扉が叩かれることなんて、そうそうあることではないため、誰何するその声には緊張の色が滲んでいたけれど、私の声と名乗りを聞くなりそれは安堵を通り越し、呆れが混じった。
今更ノックなんてせず、普通に入ってこいと。人騒がせだから寧ろやめろと。
しかしながら、今回はそういうわけにも行かない。
「実はこの前話したハイエルフのソフィアさんを連れてきたんだけど」
「えっ!?」
その言葉を聞くなり、急に扉向こうの気配がなくなり、代わりに奥が慌ただしくなったのを感じた。
恐らく彼女がみんなにソフィアさん来訪の知らせを伝えに行ったのだろう。
「なんだか、師弟という割に随分と気さくな感じなんですね」
「おかげさまで、のびのびと修行に打ち込めてますよ」
どうやら師匠たちを紹介するということで、もっと厳格なイメージを懐いていたらしいソフィアさんは、思いがけずフランクなやり取りに少々面食らったらしい。
ソフィアさん曰く、妖精たちはハイエルフ同様かなりの長寿らしく、人間の寿命とは比べるべくもないのだとか。
それも相まって、相応の落ち着きあるやり取りが行われるものだと勝手に思っていたそうだ。
が、師匠たちは人間だと子供としか接点がないせいか、はたまたおもちゃ屋さんを営んでいる影響なのか、誰もが非常にノリが良く話しやすい、それこそ無邪気な子供のようですらある。
結果、師弟という間柄ではあれど、出会いから今に至るまで随分と気の楽な関係性を保てているわけだ。
それから待つこと数分。
結局扉の外で、ソフィアさんと他愛ないやり取りをしながら待ち惚けしていると、ようやっと扉の奥から声がした。
「ミコトー入っていいよー」
間延びしたそれは、馴染み深いユーグのものだった。
お許しも得たので、私はソフィアさんに一つ目配せをし、慣れた調子で扉を開いた。
すると。
「うぉ」
「ひ」
師匠たちが総出で待ち構えていたのである。
綺麗に整列しているわけでもなく、正面で待ち構えているものや、壁や天井に張り付いて様子をうかがっているものなど、皆が思い思いの姿勢でじっとソフィアさんへ視線を集中させている。
その数たるや、数十にも上るわけで。そんな妖精師匠たちの注目を一斉に浴びたソフィアさんは、その迫力に些か顔を青くしている。珍しい反応である。
「って、みんなどうしたの。ハイエルフがそんなに珍しいってこと?」
「それもあるけどー、ミコトの仲間になるかも知れない、って聞いたからー」
言われてみると確かに、皆から注がれる視線の奥には、ソフィアさんを見定めようという気持ちが見て取れた。
それを受け、思う。そう言えばここにも、過保護組がいたっけと。
しかしそこでふと気づいた。
「あれ、そう言えばモチャコは?」
「んー、ミコトの作業部屋ー」
「なにか作業してるの?」
「ううんー。ミコトたちを待ち構えてるのー」
「ええ?」
何だかよく分からないけれど、とりあえずソフィアさんを連れて作業部屋へ移動することに。
何時になくおとなしい彼女は、妖精たちの圧力にドン引きしており、そっと私の裾をつまんでついてきた。所謂借りてきた猫のような状態であるが、いつもこれだけしおらしければなと思わないでもない。
そしてその後ろを一斉についてくる師匠たち。珍しい一斉移動の光景は、生前テレビで見た何かしらの大量発生映像を彷彿とさせた。我ながら失礼な感想である。
そうしてソフィアさんと師匠たちとをぞろぞろ引き連れて作業部屋へ入ると、私の机の上に奇妙な光景を見つけた。
妖精サイズの小さな座卓と、その向こうに座るモチャコ、それにトイだ。
モチャコはなんだか何時になく劇画調の顔で腕組みしながら待ち構えているし、その横でトイがしきりにあらあらまぁまぁとにこやかにしている。
凄まじい茶番の匂いである。
が、面白そうだと感じてしまう自分もいるわけで。
ソフィアさんを視線で促し、共に机の前までやってくると、とりあえず彼女を椅子に座らせた。長時間の作業でも腰を傷めない、すこぶる優れたデスクチェアである。
一瞬その座り心地に驚くも、すぐに居住まいを正してモチャコへ向き直るソフィアさん。
他の師匠たちは一斉に周囲を取り囲み、成り行きを見守る姿勢だ。圧がすごい。
尚、どうやらソフィアさんはこのシチュエーションから、モチャコのことを妖精たちの長か何かと勘違いしているようだ。
確かに、こうも特別感を演出されては無理もないだろうけれど、妖精たちの間に誰が偉いだなんだという上下関係は特に無い。
強いて言えば大家族のようなものであり、一応この中で一番年上だという妖精が長っぽい役をこなしているらしいけれど、だからといって威厳がどうこうということもなく。
しかしそれでは何故、モチャコがこんなに特別感を醸し出しているかと言えば、恐らく私と一番親しいのが彼女であり、故にこそソフィアさんを見極める上での筆頭審査官、みたいな位置についたんじゃないかと予想してみたり。
まぁ何はともあれ、私が間を取り持たねば話にならないか。
こほんと一つ空咳をつき、ソフィアさんのことをモチャコたちに紹介するところから始めた。
「ええと、こちら冒険者ギルドの担当受付嬢であり、私たちとPTを組みたがってるソフィアさん。ハイエルフで、冒険者としての実力もかなりの凄腕なんだよ」
「はじめまして、ソフィアと申します。ス、スキルが大好きです!」
「珍しく緊張してる!?」
さぞかし丁寧な挨拶の一つも飛び出すかと思ったら、とんだ変化球を投げつけるソフィアさん。
どうやら初っ端からの圧に加え、初めて妖精と対面していることもあり、想像以上に気圧されているらしい。
何せ言うなればここは、妖精のホームグラウンドみたいなものだしね。無理もないか。
それに対してモチャコはと言うと、どこの特務機関総司令だと言わんばかりのポーズでじっとソフィアさんを見据えた。
隣ではトイが意味もなくあらあらまぁまぁと楽しげにしており、そこへユーグがひらひらと空いた席へ座り、テーブル上のお茶菓子を貪り始める。自由だな。
「ええと、それでこっちの黙ってるのが、モチャコ。その隣でニコニコしてるのがトイで、お菓子食べてるのがユーグ。なんだかんだで一番仲の良い三人組だね」
「よろしくー」
「トイよ。よろしくね」
「…………」
と、普段と打って変わってだんまりを決め込んでいるモチャコ。
一体どうしたことかと首を傾げて見せれば、ようやっと徐に口を開いた。
その第一声は。
「ぎびに゛……っ」
「声ガビガビじゃん!」
ぶふーっと、盛大に吹き出すトイ。ケラケラと笑い転げるユーグ。いきなりグダグダである。
どうやら、おしゃべりな彼女が珍しく黙っていたせいで、のどが渇いてしまったらしい。
慌てて卓上のお茶を飲み干すと、「う゛ぅん゛!」と声の調子を整え、仕切り直すようだ。
「君に、ミコトの仲間が務まるのかね」
「!」
これが言いたかったらしい。
一回グダったせいで、もうシリアスさもへったくれもないけれど、彼女が私の仲間になろうっていうソフィアさんを真面目に見定めようとしている、ということは一応分かった。
そしてそれは当のソフィアさんにも伝わったらしく、無表情を引き締めて、その問へ彼女ははっきりと答えた。
「ミコトさんは、私の嫁ですから。この生命を賭してでも、共に歩く所ぞ」
「お前にミコトをやった覚えはない!!」
どんがらがっしゃーんと、座卓をひっくり返すモチャコ。ビクリと肩を震わせるソフィアさん。
どうやらはじめから、これがやりたかったらしい。
尚、卓上のお茶とお菓子はトイとユーグが素早く避難させており、派手に転がったのは座卓のみとなった。ドンガラガッシャンはどこから聞こえた音だったのか、不思議である。
ともあれ、これがソフィアさんとモチャコたちとの初対面であった。




