第二二二話 推察とこれから
ステータスウィンドウを開きスキル一覧を確認してみたところ、そこには見覚えのない、しかしソフィアさんが技能鏡で仮面の化け物を覗いた際に聞いた名前が、幾つも追加されていた。
その大部分はアーツスキルの類いだったけれど、一点だけ見逃せないものがあったのだ。
【テレポート】。
仮面の化け物が使用していた、厄介極まりない短距離転移スキルである。
それが何故か、私のスキル欄に名を連ねているのだ。
勿論、化け物との戦闘を通じて自力で覚えた、という可能性が無いわけではないけれど、それでは他のアーツスキルが生えてきた理由に説明がつかない。
ならばどういうことかと考えてみれば、思い当たることは一つだ。
私は仮面の化け物を自らに取り込んだ。っていうか勝手に入ってきたんだけど。
その恩恵と言うか、効果と言うか。そういった類のものなのだと思われ。
テレポートを皆に披露してみせた後、そういった曖昧な考察を披露してみせたところ、皆は盛大に驚き、言葉を失い、少しの静寂が訪れた。
が、それを真っ先に破ったのはやはりというか、彼女である。
「すごいです! すごいですミコトさん! もっと見せてください、他にはどんなスキルを得たんですか? 詳しく教えてください!」
「あぅ、ちょ、ソフィアさん」
「実のところ、惜しいと思っていたのですよ。折角ミコトさん以外に特殊スキルを多く所持している相手を、討ってしまうことが。ですがそれに関しては身の安全が、延いては命がかかっていますからね。涙をのんで討伐に協力しました。ですが! ミコトさんが継承していたというのであれば何の憂いがありましょうか! さぁさぁミコトさん、たくさんお話ししましょう!」
しばらく続いたシリアスモードに耐えきれなかったのか、それとも言葉のとおり、失われたと思っていた貴重なスキルを私が引き継いでいて余程安堵したのか、何時になく歯止めの利かないソフィアさん。
ちなみに心眼的には、前者後者何れの理由も彼女の箍を外す要因足り得たらしい。
何にせよ脱線ルート一直線のソフィアさんには、一旦ストレージ入りしてもらうとして。
「えちょまっ」
「……ごめんよソフィアさん。後でちゃんと相手するから、待っててくださいね」
「流石ミコト、躊躇いがない」
ともあれ、彼女が固まった空気を解いてくれたおかげで皆の驚きも随分緩和されたようだ。
オルカの賛辞に苦笑を返しながら、話を本筋に戻す。
「というわけで、仮面の化け物を取り込んだ結果生じた変化は、アルバムに見知らぬ記録が追加されたことと、奴が持っていたスキルをまるっと覚えた、ってことくらいかな」
「む、むぅ。倒した相手のスキルを自らのものとする……流石にそんな話は聞いたことがないな」
他者から能力を奪う、俗に言うところの『強奪系スキル』っぽい現象。転生ファンタジーでたまに見る、チートなやつだ。
しかし今回私の身に起きたのは、確かに結果だけ見れば似たようなものだけれど、如何せん私には、そんな強奪系スキルなんて持ち合わせがないし、新たに覚えたスキルの中にもそれらしいものは存在していない。
と言うか、スキルを駆使せずに起こった謎現象だからこそ、一層不思議な出来事であるとも言えるのだけれど。
何せこの世界で不思議現象と言えば、おおよそスキルが関わっていたりするもので。延いてはMPという謎パワーか。
どういう原理なのか、とか細かいところまでは正直学者でもない私に分かる由もないのだけれど。
何にせよ、仮面の化け物が私と同化したあの現象は、強いて言うならキャラクター操作のスキルに近い何かだったのかも知れない。
その割に乗っ取られたような感覚も全然ないし、私の中に別の誰かがいる、という感じもしない。
都合よく力と情報だけ吸い取った、ということなのだろうか?
正直、後々なにかデメリットが発覚しないか怖くもある。
「もしかして、同じような化け物が他にも存在したりするのでしょうか?」
と、不意にココロちゃんがそんなことを言い出した。
対して私たちは、ふむと逡巡する。
「無い、とは言い切れないかもね。今回のように、また謎のアイコンとか、知らない写真画像がいつか唐突に見つかるかも知れない」
「そう言えば、新しい写真や映像が増えたのなら、また変なアイコンがマップに出てたりはしない?」
オルカの指摘に、まさかと思いながらも私たちは一斉にマップを確認したのだった。
暫し皆が黙ってそれらしいものを探すが、発見報告は挙がらず。そして。
「ふむ。どうやら見当たらない、ようだな」
「ああ。私も見つけられなかったぞ」
「ココロもです」
「同じく」
「ふぅ、大丈夫そうだねー」
流石に、仲間の協力をあんなにも制限される化け物と再び戦うというのは、恐くて仕方がない。
なんてったって私、冒険者歴で言えば半年そこらだし、それ以前はただの女子高生だったしね。
正面切っておっかないモンスターや正体不明の化け物と戦えるのは、仲間の存在があってこそだもの。後は概ねスキルと、ゲームで培ったノウハウが幾らか、と言った感じだろうか。
仮に私を素っ裸にして、初心者御用達のフィールドに放置しておいたら、多分半日くらいで普通に死んじゃうと思う。
や、もう少しは粘るか。
何にしても、今回みたいにソフィアさんの力しかまともに当てに出来ない、みたいな状況は私にとって心細いったら無いのだ。
無論、彼女の力を侮るようなつもりはないけれど。しかしまともに連携して戦った経験が、オルカたちに比べると随分浅いのだ。そこから来る心細さというのは、やはりどうにもしようがなかった。
するとここで、イクシスさんが思い出したように言う。
「そもそも、どうして件のアイコンというのは突然現れたのだろうな?」
「それは……例の写真が現れたからでしょうか?」
「なら、その写真が現れたのはなんで?」
「アルバムのスキルを獲得した当初からあった、のではないのか?」
皆の視線がすっとこちらを向いた。
対して私も、ふむと思い返してみる。そして確信はないけれどと前置きをした上で、説明した。
「何せ写真も映像もかなりの数があるから、全部をきちんとチェックできていたわけではないけど……アルバムを得た時点では、別の私が映っていたあの写真は見てないね。あれを見つけたのは確か……ソフィアさんの面接をした辺り、だったっけ?」
「ああ、ですです。ソフィアさんの面接が終わってから、謎の写真と謎のアイコンが話題になったんでした!」
「ということは、もしかすると……ソフィアが鍵を握ってる?」
「ミコトちゃん」
「ほいほい」
イクシスさんの意図を汲み、すぐさまストレージからソフィアさんを取り出す。
ストレージ内は時間が止まっているため、出てきた彼女は一瞬キョトンとした後、ぷぅと頬を膨らませた。
「酷いです。今私のこと、ストレージにしまっていましたよね?」
「すみません、話が脱線しそうだったもので。っていうか、MNDで抵抗があれば他者からそう易々とは入れられないはずなんですけど……」
「私が希少で無害なスキルの誘惑に勝てるわけがないじゃないですか」
「…………」
と、何とも言えない空気をクラウが咳払いでちらし、ついでにソフィアさんがストレージ内に入っていた間に交わされた会話の大まかなところを掻い摘んで語ってくれた。
そしてソフィアさんこそが何かしらの鍵を握っていたか、或いは担っていたかも知れない。そう聞かされ、考え込む彼女。
「私が切っ掛けで、例の写真やアイコンが現れた可能性が出てきた、と」
「ああ。なにか心当たりのようなものはないだろうか?」
「むぅ……すみませんが、さっぱり思い当たりませんね。というか、何か気になることがあればすぐに報告していますし、もし私が隠し事をしたとしてもミコトさんの心眼には筒抜けです」
「つまり、ソフィア殿に鍵である自覚はなかった、ということか」
「或いはソフィアさん以外に何か、写真やアイコンが現れる切っ掛けが存在した、という可能性も残ってはいるけどね」
「もしくは、気づいていなかっただけで、例の写真は最初からアルバム内に紛れ込んでいて、それを見つけ出して調べることがアイコン出現の切っ掛けだったっていう可能性も」
再び、皆が難しい顔で眉根を寄せる。
あれこれと推察を述べることは可能だけれど、どれも裏付けが取れないという現状。
結果、皆は一様に一つの結論に至る。
「情報不足、だな」
イクシスさんの一言に、皆苦い顔で頷かざるを得なかった。
私たちは頭の切れる探偵ってわけでもない。分からないものは分からないのである。
ただまぁ、私の正体に関するヒントとしては、なかなかの収穫を得られたのではないだろうか。
仮面。アイコン。謎の言葉。別の私とソフィアさん。見知らぬ冒険者。
それらが一体どんな真実の足跡なのか、今は分からない。
けれど、確かな進展として前向きに捉えようと思った。
「ミコト、それで次はどうするの?」
「む、次かぁ……やっぱり例の二人を探してみる、くらいしか今の所手立てがないかもね」
「でしたら、写真や映像にあった場所を巡ってみる、というのもいいかも知れませんよミコト様!」
「そうだな。仮に情報に繋がらなかったとしても、冒険者としての行脚だと思えば無意味ということもないだろう」
「無論、私も同行しますからね?」
情報が足りないのなら、集めなくてはならない。が、確信を持って挙げられるような当てがない。
ということで、当面は写真や映像をもとに聖地巡礼のようなことをしつつ、例の赤髪の剣士と青髪の吟遊詩人を探そうということで、盛り上がり始めた私たち。
するとそこへ前のめりにソフィアさんが自己主張してくる。
「確かに、こうなってはソフィア殿を無関係とは言えないな」
「今回は、悔しいけど一番ミコトの助けになったのはソフィアで間違いない」
「ですね。ミコト様の恩人は、ココロにとっても恩人です!」
と、オルカたち三人は彼女のPT加入に関して異存はないと言外に表明。
それを受け、ソフィアさんの期待に満ちた視線が私を捉える。
「ふむ。ちなみに、PTに人数制限とかって無いんです?」
「特にありませんね。二人以上であれば、何人でもPTです。ただあまり多いと、報酬の取り分等で揉めやすくなりますからね。多いところでも八人くらいでしょうか? それ以上の団体となると、PTを分割した『クラン』として活動するのが一般的です」
「おお、なるほどなぁ」
流石にそんな大所帯にするつもりはないけれど、とりあえずソフィアさんが加入して五人体制になったところで、特に問題にはならないらしい。
であれば、答えは決まったも同然である。
「分かりました。それでは……」
「そ、それでは?」
キラキラとした目でこちらを凝視してくるソフィアさん。無表情なのに、器用なことである。
そんな彼女へ、私は結論を伝えた。
「まずは、私の師匠たちに会ってもらおうと思います」




