第二二話 スキルを鍛えよう
街に戻る頃にはすっかり空も赤を通り越して紺色混じりの紫に染まっており、人々を追い立てるように星々が姿を見せ始めていた。
私達はギルドへと帰還し、早速今日得た納品分の素材を持って買取カウンターへ向かった。
買取おじさんにPT名を名乗ってギルドカードを見せた後、今日の納品物をカウンターへ乗せた。
今回の依頼達成に必要な納品物は、ロックリザードの鱗六枚だった。
ロックリザードの鱗は、その名前から受ける印象とは異なり、一枚の盾と言われても信じてしまうような大きさ、分厚さをしており、重量もそこそこある。
ロックリザードのドロップ品なのだが、用途としては主に装備の素材として用いられるらしい。
それにしても、生きてる時はそんなに大きな一枚鱗なんて付いてなかったのに、ドロップしたものは明らかに大きさも形状も異なっている。不思議だ。
まぁ色や材質は確かにロックリザードの鱗そのものなのだけれど、うーむ。原理がさっぱり分からない。
と声を出さずに唸っていると、いつものように手際よく鑑定は済み、おじさんが声をかけてくる。
「はいよ、確かに納品を確認した。残りは買取で構わないか?」
「はい、お願いします」
「しかし結構な量だな。運ぶのに苦労したろ?」
「今日だけで、冒険者のジレンマを幾つも知りました……」
「はっはっ、結構なことだ。そうやって一端の冒険者になっていくんだよ」
移動時間もそうだけど、持ち運べる素材の量というのにも限りがある。
幾らステータスで地球の人とは比較にもならない腕力やスタミナを持っていても、どうしたって限度はある。つまりは嵩張るのだ。
異世界と言えばマジックバッグとか、或いは収納魔法とか、そういうのが定番だけど。なるほど、そりゃ重宝するわけだ。それを身を以て知ったよ。
もっと狩りたい! でも時間も持てる数にも限界が! っていう。
ただ、それ故にか買取額は高く、魔石や余った素材の売却額を合わせると、締めて四〇万一千デールになった。金貨四〇枚と銀貨一枚だ。
大変ではあったけれど、かなりの儲けが出てしまった……単純計算でも、一人あたり十万デール以上の儲けだ。
当然ながら私一人じゃ、とてもこうは行かなかっただろう。特にオルカの功績は大きい。
行きも帰りも、オルカがモンスターを察知してくれたおかげでエンカウントを避けることが出来、余計な労力と荷物、そして危険を増やさずに済んだ。
狩りの時もココロちゃんの言っていた通り、効率がとても良かったし、特に帰り道なんかは大荷物だったため、うっかりモンスターに襲われようものなら大変なことになっていただろう。
そのリスクを鑑みれば、私一人だったら『なるべく荷物を少なくして移動する必要がある』と考えていたところだ。オルカがいたからこそ、大荷物でも比較的安全に移動が出来た。
普通のPTにオルカのような役割をこなせる人がいるとも限らないため、当然うちほど効率よく素材を取って来れはしないと思う。
それに単純にモンスターとは命を賭した戦闘を行わねばならないわけだから、それを思えば買取額も安いわけがないのだ。
何なら戦闘で装備が破損してしまう可能性だって低くはないし、そうすると壊れた装備を補填するお金も必要になる。
だから言うほど割のいい仕事、というわけでもないのだろうな。何せリスクが大きすぎるから。
「さて、それじゃぁ今日の稼ぎを分配しようか」
「PT運用費も確保しておくべき」
「っとそうだね。それならまずは三分の一をココロちゃんに渡すとして、私とオルカの取り分から半分をPT資金として確保しておこうか」
「ちょちょちょちょっ! 待ってくださいミコト様‼ 勝手にくっついて行っただけの私に配当など不要です! 私はミコト様にお仕えする聖職者ですので!」
「いやいやいやいや……」
ココロちゃんがまた面倒くさいムーブを始めた。
だがここは曖昧に済ませていい問題じゃない。
「ココロちゃんがどう思っていようと、私はココロちゃんを一人の冒険者として数えているし、実際戦闘にも参加してるじゃない。荷物も運んでくれたしさ」
「私にも異存はない。ココロがいてくれて、助かったから。報酬を受け取るのは当然」
「あ……ぅ。分かりました、謹んで頂戴いたします」
そんなこんなで今日の収入を分配した後、一応ソフィアさんに顔見せをして帰ることに。
因みに納品依頼には受付カウンターへの報告義務が生じない。受付から買取カウンターへ話が通してあるため、買取カウンターの方で依頼報酬と買取額をまとめて受け取ることが出来る、という仕組みらしい。
それでも担当受付嬢に今日の成果なんかを報告しておけば、より実力に見合った依頼を斡旋してもらいやすくなるというメリットもある。
余談だが、受付嬢を多く雇えない辺境のギルド支部なんかでは、よくファンタジー作品で見かけるような依頼ボードから依頼書を引っ剥がして受付カウンターに持っていく、という形式が採用されているらしい。
けれどその場合、冒険者は依頼書に書かれた少ない情報からリスクとリターンの度合いを見極め、受けるべき依頼を選ばねばならず、詳細を知りたければいちいち問い合わせる必要がある。
そうすると、うっかり実力に見合わぬ依頼を引いてしまうということも多く、稼ぎに対してのリスクが安定しなかったりするのだ。
またギルド側としても、売れ残りの不人気依頼というのが残りがちになってしまうため、依頼者側から不満を持たれることになってしまう。
なので、的確に依頼を割り振ってくれる担当受付の存在というのは、思いの外冒険者にとっても、ギルドにとっても有り難い存在なのだそうな。
ってことで担当のソフィアさんに今日の働きぶりなんかを報告したついでに、スキルに異様な執着を見せるこの人なら何か助言をくれるかと思い、軽い気持ちで相談を持ちかけてみた。
「ところでソフィアさん、私そろそろスキルを鍛えようと思ってるんですけど――」
「ミコトさん。私にいい考えがあります」
「? なにか効率的な鍛え方をご存知なんです?」
「そうですね、勿論知っていますけれど。それより何より、私受付嬢を辞めます」
「はいぃ!?」
「そしてミコトさんのPTに入ります」
「何言い出してんだこの人!?」
「もう無理です! 私の目の届かないところで、ミコトさんのスキルが勝手に育って行くだなどと……私に対するとんでもない拷問じゃないですか‼ 無理です耐えられません! 私冒険者になります‼」
ああ、なんで私の担当ってこの人なんだろう……。
相変わらず常軌を逸したスキルマニアぶりで、こちらをドン引きさせてくれるソフィアさんを尻目に、私達はそそくさとギルドを後にした。
ソフィアさんのトンデモ発言に、同僚の受付嬢たちが慌てて宥めに入ってくれたので、後はあの人達に任せるのが吉だろう。
明日にはクールな彼女に戻ってくれているといいけど……。
★
そして次の日。
一時は大怪我を治した影響で、三日も寝込むほど体力の落ちていた私だったけれど、今はこれと言って不調もない。ので、今日も今日とてオルカと共にギルドへ向かう。当たり前のようにココロちゃんも同行しているが、もう何も言うまい。
昨日は大分興奮していたソフィアさんに、恐る恐る声をかけてみる。時刻は混雑を避けるべく、敢えて少し遅れてのことだ。
担当受付システムの利点は、冒険者間での依頼の奪い合いなどが生じにくいことも挙げられる。
担当の采配次第ではあるのだけれど、受付で上手く依頼を割り振ってくれるため、その依頼を寄越せだとか、この依頼は俺が先に目をつけただとか、そういったゴタゴタが生じにくいのである。
なので、こうやって少し遅れてギルドにやってきたとしても、受ける依頼がもうないじゃない! ということもなく。そこは担当受付嬢が、担当する冒険者に割り振る用の案件を残してくれていたりするわけだ。
というわけで早速ソフィアさんに、依頼の斡旋をお願いしてみたところ……。
「ミコトさん、冒険者というのは、あまり連日依頼を受けるものではありません。御存知の通り冒険者のこなすお仕事は、何れもハードなものばかりです。それと同時に、命を落とすようなリスクを負う場合も少なくありません」
「はぁ」
「そんな冒険者にとって、疲労というのは大敵なのです。疲労を溜め込めば、依頼完遂の成功率低下はおろか、怪我を負ったり、命を落としたりする危険性もぐんと上がります。まして経験の浅いミコトさんですから、私も慎重にならざるを得ない所がありますしね」
「えっと、つまり?」
「今日、鏡花水月さんにお願いする依頼はありません」
「えええっ!?」
折角昨日戦力確認も出来たし、課題も見えてきたってんで今日からどうアプローチしてやろうかって考えていたのに、出鼻をくじかれた気分だ。
そこをなんとかと食い下がる私の肩に、そっと手が置かれた。オルカだ。
「ミコト、ソフィアの言うことももっとも。それに私も、まだミコトの体調が心配だから」
「そうですよミコト様! 冒険者にお休みは必要なものですし、ミコト様は生死の境を彷徨ってからまだ数日なのです。もっとご自身を労ってください!」
「うぐっ、確かに死にかけて数日で仕事してるっていうのは、考えてみたら異常なことか……でもなぁ」
「お金に困っているわけでもないし、焦る必要はないよ」
「むぅ……二人がそう言うなら」
私はがっくりと肩を落とし、踵を返す。
急に降って湧いたお休みだ。でも一人でうろつくのはまだ怖いし、宿に戻ってふて寝でもしようかな。無理するなって言われてるわけだし。
ああでも、丁度いいし野営用の道具でも揃えに行こうかな。あと荷物を効率的に運べる大きな鞄とか。そう言えばマジックバッグ的なものって無いのかな? 探してみようかな。
「ミコトさん、何を帰ろうとしているのですか。こっちです、ついてきてください」
「へ? あ、ちょっとソフィアさん?」
ソフィアさんは有無も言わさず私を促し、カウンターから出るとギルド奥へ続く通路をズカズカ歩き始めた。
私は困惑しつつも、その後を追う。オルカとココロちゃんは顔を見合わせ、同じく後に続いた。
そうしてやってきたのは、ギルド裏手にある訓練場だった。
以前冒険者資格を取るための実技試験を受けた場所だ。地味に利用者はいるみたいで、勤勉な冒険者が素振りや模擬戦なんかをやっている。
なるほど彼らも、今日の私みたいに手持ち無沙汰の休日を設けた人たちなのだろう。知らないけど。
「それでソフィアさん、こんなとこに連れてきてどういうつもりなんです?」
「どうもこうもありませんよ。昨日ご自身で仰っていたではありませんか。スキルを鍛えたい、と」
「! ってことはなにかコツでも教えてくれるんですか?」
「勿論です。担当している冒険者が成長を望むのなら、親身になって相談に乗るのも担当受付の使命というものですからね」
「ソフィア、それはちょっと白々しい。どうせミコトのスキル育成に一枚噛みたいだけ」
「コホン。ではレクチャーを始めますよ」
オルカの指摘をスルーし、ソフィアさんはスキルを鍛えるためのアレコレを教えてくれた。
「まず、ミコトさんが目指されるのは、『所持スキルの成長』と『新スキルの習得』のどちらでしょう?」
「うーん。どっちもやりたいとは思っていますけど、新スキルの習得が優先ですね」
「なるほど。では新スキルの習得についてご説明します」
ソフィアさんの説明によると、スキルには様々な習得方法があるらしい。というより、スキルの習得には幾つかの由来があるのだと言う。
一番基本的なのは、ジョブに由来したスキルだ。自身の成長に合わせ、自然と覚えていくのがこれとなる。
次に、個人の才能や資質に由来するスキルも存在すると言う。
先天的に習得しているスキルもあれば、何かの拍子に才能が開花し、スキルとして現れることも稀にあるとか。
一説によると、才能や資質には関係せず、特定の条件を満たすことで習得が叶うスキルもある、と唱える者もあるらしい。
実際、おかしなこだわりを持っている人が、珍しいスキルを所持していることはままあるらしいので、信憑性は殊の外高いとか。
「手っ取り早く新しいスキルを得るには、派生スキルを狙うのが近道かもしれません」
「派生スキルと言うと、一つのスキルを鍛えていたら、別のスキルを覚えちゃったー! みたいなやつですよね?」
「はい。ですが中には、スキル習得の条件と思しき前提スキルが複数個存在し、それらを十分に鍛えてようやく派生する場合もあるようでして」
「派生スキルを狙うなら、一つを極めるだけじゃなく、いろんなスキルを鍛錬してみるべき、ってことですね」
「ええ。しかしそれですとあまり効率的ではありませんからね、『これとこれを鍛えたら、きっとこういうスキルを覚えられる!』といった予測を立てて鍛錬するとよろしいかと」
やっぱり、習得条件っていうのは多分明確に設定されているんだろうな。それこそゲームっぽく、具体的な条件が決まっていそうだ。
でもそれでこそ面白いじゃないか。手探りではあるけど、予想して、期待して、試して、失敗や成功を得る。そういうの好きなんだよね。
「それとスキル研究に用いられる考え方の一つとして、ジョブからスキルを予想し、予想したスキルを得るために試行錯誤を行う、というものがあります」
「それって例えば、剣士ならこういうアーツスキルがあるはずだから、それを覚えるためにはどうしたらいいんだろう? って色々試す、みたいなことです?」
「そうです。まぁ、アーツスキルに関しましては、人によって異なることも多く、ユニークなものも珍しくはありませんから些か例外的ではありますが」
「へぇ、そうなんですね。じゃぁ、ひょっとしてオリジナル技の開発! なんてことも可能だったり?」
「可能性はあります。実際、ご自身で名付けられたユニークアーツスキルは、探してみれば幾らでも存在しますからね」
「それはロマンだな……!」
「ミコト、私のアーツスキルも幾つかユニークアーツだよ」
「あ、私もですね」
「なにそれ羨ましいんですけど!」
「私も習得していますよ」
「なんだと!?」
自分だけの必殺技、ユニークアーツ……くっ、私の中の中二キッズが喜びに震えているのを感じるぞ!
っていかん、脱線するところだった。めちゃくちゃ羨ましいけど、今求めてるのはアーツ系スキルじゃないんだよな。
オルカもココロちゃんも、まさかのソフィアさんまで習得しているとなると、私もいずれは絶対覚えると心に誓いつつ、思考を矯正する。
「まぁ、アーツスキルはおいおい覚えるとして。今は通常の便利なスキル習得が優先です」
「そうですね。でしたら、プレイヤーというジョブから何かイメージできるスキルはありますか? このジョブならば、きっとこんな事が出来るのではないか、というイメージで結構です」
「それならたくさんありますよー!」
そういうのなら、ゲームをイメージすれば幾らでも出てくる。
要はプレイヤーの有する『機能』とか『特権』、『権能』みたいなものを挙げていけばいいのだ。
流石に便利すぎて無理だろうってものもあるけどね。
例えばその最たるものは、【コンティニュー】だろう。
死に戻りなんて、ゲームなら便利だし無くてはならぬ機能だけれど。
でもリアルにそれは勘弁して欲しい。私は死ぬのが恐いんだ。その痛みや苦しみを知っていればこそ、とても怖い。
なので、コンティニュー機能なんてのはあっても使う機会はないだろうね。っていうか流石にないと思うし。
だとすると、次に思い浮かぶのはやっぱりあれかな。
みんな大好き【アイテムストレージ】!




