第二一四話 未知との遭遇
ソフィアさんが拾い上げたそれは、一見ただの石ころにしか見えないものだった。
しかしよく観察してみると、さながら陶器を砕いた欠片のように一面だけ妙につるつるしており、言われてみればただの石ころではないのかも知れないと思えてくる。
大きさはよくある消しゴムくらいのサイズ感で、色は真っ白。
確かにそこら辺に転がっている小石とは、色からして違う。でも、違うと言われなければ気づかない程度には、ぱっと見ただの小石めいてもいる。ソフィアさんはよくそんなものに違和感を抱いたなと感心するレベルである。
「……何かの破片っぽいですね」
私とソフィアさんがまじまじとそれを眺めていると、目ざとくその様子に気づいた皆がチラホラと集まってくる。
そして同じように、ソフィアさんの手に載ったそれへ視線を落とす。
のだが。
「? ミコト様、何を見ていらしたのです?」
「手相?」
「ふむ、ソフィア殿が何か持っているようには見えないが」
「「え……?」」
思わずと言った具合に、私とソフィアさんの驚きがハモった。
彼女たちの言から察するに、どうにもこの白い欠片は私とソフィアさんにしか見えないようだ。
「なんだなんだ、何か見つけたのか?」
「イクシスさんにはコレ、見える?」
「? ソフィア殿の手だな」
「ふーむ」
どうやらイクシスさんですらこの欠片は見えていないようだ。
ちなみにみんなして私をからかおうだなんて魂胆は、心眼を通してみても感じられないため、どうやら本当に見えていないらしい。
むしろ、私とソフィアさんが急に巫山戯始めたんじゃないかという疑念すら薄っすら浮上してきているほどである。
疑われてはかなわないので、ひとまずソフィアさんが発見した謎の欠片について、見た限りの情報を皆に共有しておく。
しかしまぁ、見えないものを信じろと言っても難しい話だろう。
ということで、試しにイクシスさんがその欠片に触れてみようと、手を伸ばしたのだけれど。
「んん? やはり、何も無いようだが……」
「うそ……すり抜けてる!」
「触れられもしないなんて……この欠片、一体何なのでしょう?」
私とソフィアさんの目から見たそれは、紛うことなきびっくり現象だった。
イクシスさんの指が、まるで3Dモデルを貫通するようにすり抜けたのである。
と、ここで不意に脳裏を過ぎったのは、モチャコたちの顔だった。
子供以外には見えず、触れることもかなわないという彼女たち妖精。
しかし私は年齢的にまだ一歳未満だからか、普通に見えるし話も出来る。触れ合うことだって。
そしてハイエルフであるソフィアさんにも、おそらくモチャコたちが視認できるのではないだろうか。
ハイエルフの起源は、妖精たちの故郷でもある、この世界とは少しズレた場所だという話だ。
だからソフィアさんにも多分、妖精は見えるはず。
そしてこの欠片だが、私とソフィアさんにしか見えないというのは、ひょっとして妖精絡みの何かなんじゃないか、と。
そんな推測が頭に浮かんだわけだ。
欠片を睨みながらむむむと唸る私とソフィアさん。
しかしそれを他所にオルカたちは、わけが分からないと言った具合に首を傾げるばかりである。
確かに彼女たちからすれば、私とソフィアさんで三文芝居を打っているように見えても仕方のない状況ではある。
一応イクシスさんにも欠片のことを説明したが、やはり困惑気味だ。
「とりあえずこれだけはハッキリ言っておくけど、嘘や冗談で言ってるわけじゃないよ。私とソフィアさんの目には、本当に何かの欠片らしきものが見えてるの」
「むぅ、つまりそれこそがアイコンの示していたものってこと?」
「そこまではまだ分かりませんね。そもそも、この欠片の正体からして不明ですので」
「その欠片とやらは、他にも落ちていたりするのだろうか?」
クラウの問いに、私はぐるりと周囲に視線を巡らせた。
すると、ちらほらそれらしいものが落ちていることに気づく。
どれもちっぽけで、しかも一見石ころとほぼ変わらないものだから、よくよく目を凝らさないと見つけられないが、存外その気になって探せば見つかるものだ。
私は見つけたそれへ歩み寄ると、拾い上げるべく手を伸ばした。
そうして欠片に触れた、その瞬間である。
「!?」
「か、欠片が!」
私が拾い上げようとしたそれは、指先が僅かに触れた瞬間突如淡い白光を放ちながら、徐にふわりと宙へ浮かび上がったのである。
そればかりか、呼応するようにチラホラ地面に転がっていた欠片や、ソフィアさんが持っていたそれも同じく光を湛え始め、宙へ浮かび始めた。
それらは空中にて徐に一つへ収束し、さながら逆再生が如く原型と思しき形を作り上げていったのだ。
最初こそ驚いたものの、私とソフィアさんはすぐさま各々の得物を構えての緊急警戒態勢。
つられるように、状況の飲み込めない他のメンバーも一先構えを取った。そして何事かと問うてくる。
それに対し、私は急ぎ見たままを説明した。
そうしている間に欠片たちは、空中のさなかに於いてとうとう形を成してしまった。
それはやはりと言うべきか、予想に違わぬ代物であった。
例の写真に映っていた、私と思しき人物がしていた見慣れぬ仮面。
それが今、見上げるほどの高さに浮かんだまま、こちらを睥睨しているのである。
物言わぬそれから感じられるのは、得も言われぬ迫力と不気味さ。そして。
「あ、あぁ、あ……」
「! ソフィア、どうしたの?」
「分かり、ません。これは……っ」
私とともに仮面を睨んでいたソフィアさんは、突然ボロボロと涙を流し始め、その場に崩れ落ちそうになっていた。
心眼を通して、彼女の胸中に出どころの分からぬ強烈な感情が溢れていることが見て取れた。
が、それはソフィアさんだけではない。私の胸にもまた、彼方より津波が如く押し寄せてくる強烈な、形のない激情があったのだ。
それは明確な色を持たぬ、様々な思いを煮詰めて一緒くたに混ぜ合わせたような、言うなれば衝動や、或いは衝撃と呼ぶのが近い、強烈な何かであった。
白いその仮面を見上げていると、そんなものが止めどなく胸に押し寄せてくるのだ。
いよいよ何がどうしたのか、そしてどうしたら良いのか分からなくなった他一同は、すぐさまその判断を下した。
即ち。
「ミコトちゃん、一度退くぞ!」
撤退である。
イクシスさんの一声に応じ、皆は速やかに動き出した。
それはほんの一瞬のことである。
先ず私がワープでもってその場を離れると、即座に皆は自らをPTストレージへ収納。
手はずとしては、ワープが使える私が逃げる隙を皆で協力して作り、その後ストレージ経由で離脱というのが予め決めておいた段取りだ。
どうやら今回に限っては、隙を作ってもらうまでもなくワープは成功したみたいだが。
飛んだ先は、これまた予め緊急退避用に考え、マーカーを立てておいた場所。即ち、以前イクシスさんと試合を行った荒野である。
余談だが、試合で滅茶苦茶にした地形は時間を見つけてちまちま元通りにした。勿論魔法で。
結果、現在は以前と変わらぬ荒野に戻っているわけだが。
転移するなり、胸の内側を搔きむしられるようなあの感覚はパタリと途絶え、精神的疲労から私はたまらずその場に膝をついた。
仮面を外し、未だに浮かんでは頬を伝い落ちる雫をグシグシと拭い、一つ大きなため息をついた。
そうしながらも、ストレージウィンドウを呼び出し、そこに皆の名前があることはしっかりチェックする。
どうやらちゃんと手筈に則って、みんなPTストレージに飛び込んだらしい。
一応、アレがついてきたりはしていないだろうかと辺りをひとしきり警戒するも、そういった気配はない。
ともあれ先ずは皆をストレージから出し、しかと安全を確保の後、情報の整理を行うべきだろう。
オルカ、ココロちゃん、クラウにイクシスさん、そしてソフィアさんと。問題なくメンバーが揃っていることを確認しながらストレージより取り出せば、皆差はあれど混乱とも困惑とも付かない気持ちを表情に滲ませる。
特にソフィアさんは心労からか、ぺたんとその場に座り込んでしまう。皆はそれを気遣いながらも、一先ず互いの無事を確認し合った。
「皆無事だな? 怪我や異常はないか?」
「私は平気」
「コ、ココロも大丈夫です」
「私も問題ない」
アレが見えなかった組はどうやら、本当に最初から最後まで蚊帳の外状態だったらしい。
見えないばかりか、何ら一切の変哲を認めることが出来なかったという。
他方でソフィアさんは、少し間を置くと些か覚束ない足取りで立ち上がってみせた。その顔は些か血の気が引いており、本調子には見えない。
斯くいう私もまた、衝撃の余韻とでも言うべき疲労感を拭えないでいた。
「一先ず、件のアイコンを確認してみよう。よもや追ってきてはいないだろうが、各自警戒は怠らぬように!」
イクシスさんの指示で皆一斉にマップを操作し、謎のアイコンが先程の場所に留まっていることを確かめた。
少なくとも現状は、移動するような気配は見て取れない。
そのことに皆ほっと安堵を漏らしながら、さてと話を速やかに切り替える。
「まずは、詳しい話を聞かせてもらいたいのだが。ミコトちゃん、大丈夫か?」
「ミコトも苦しそう……話を聞く前に、まずは少し休ませるべき」
「それなら、すぐくつろぎセットを用意します!」
斯くして想定外の出来事に、調査は一時中断を余儀なくされたのだった。




