第二一二話 調査計画
以前はアルカルド周辺くらいしか表示できなかった私のマップスキル。
それというのも、このスキルは私か、私のマップスキルを共有した状態のメンバーが訪れたことのある場所しかマップに表示、記録できないため、アルカルド近くから遠くに離れたことのない私のマップは、何とも地域密着型のそれと化していたわけだ。
だが、それも今は昔のこと。
オルカたちがダンジョンに籠もっている間、イクシスさんに連れられて各地を飛び回った私。その結果、マップに表示される範囲は飛躍的に広がりを見せており、随分と見応えのある内容へと進歩を遂げていたのだ。
が、いかんせん大陸は広く、対して私のマップスキルは今の所、私を中心とした半径五キロメートルの範囲しかサーチ出来ない。そしてサーチ範囲外は、マップに情報が記録されることもない。
なのでマップの現状たるや、さながらミミズでも這ったかのような線が、現在地であるアルカルドの街を中心に方方へ伸びていると言った、何とも見づらいものとなっていた。
ぶっちゃけて言うなら、ちゃんとした地図を買ってきたほうがずっと話し合いもスムーズになるというものだろう。
そう。私たちは現在、ふて寝するソフィアさんを尻目に話し合いを続けていた。
議題は、今後この街を離れてどこへ向かおうかというものだ。
確かに私のマップは酷い有様だが、しかしその情報量はそこらの地図と比較にならぬほど濃厚である。
拡大表示すれば衛星写真ばりに詳しい地図が表示され、更には各種アイコンでダンジョンの所在等も知らせてくれる。
そういった事情もあって、私たちはマップウィンドウを眺めながら意見を交わし続けているわけだ。
ところが、そんな折の出来事であった。
あれやこれやとどこへ向かうかという案をそれぞれに出し合っている最中、ふとココロちゃんが何かに気づき、声を上げたのだ。
「ミコト様、このアイコンって何なんでしょう?」
「んー?」
地図上に見覚えのないアイコンを見つけたらしいココロちゃん。
マップウィンドウは確かに私のスキルではあるけれど、しかし私自身知らないアイコンや機能なんかが隠れている可能性はまだまだある。
彼女が見つけたというそれも、もしかするとそういった類のものかも知れない。
早速件のアイコンとやらをココロちゃんが拡大表示し、皆のマップウィンドウに情報を飛ばす。
するとそこには確かに、私を含むこの中の誰にも見覚えのない不思議なアイコンが、ぽつんと一つ表示されていたのである。
しかも驚くべきことに、それが表示されていたのはなんと、まだマップの埋まっていない場所だったのだ。
アイコンの形以前に、先ずそれが話題として上がった。
「なんでこのアイコン、まだ行ったこともない地図の空白地に表示されてるんだろう……」
「それだけ特殊な何かを示してるってこと?」
「今まではそんなもの、見た覚えがないな」
「ココロもです。だから気になったのです」
クラウたちの言うように、マップの空白に何かしらのアイコンが表示された例など、私も見たことがない。
そのため件のそれは際立って特異なものに見えた。
色は黒を基調に、赤で模様の入った禍々しいものだ。形は、何かの顔をデフォルメして象っているようだが……何かのモンスターとかだろうか?
「むぅ……この形は初めて見るな」
「少し不気味。何を示してるんだろう?」
「強いモンスターがいる、とかですかね?」
「うーん……っていうか、このデザイン……」
どことなく既視感のようなものを覚え、私はアイコンのデザインをよく観察する。
やはり、見れば見るほどモンスターの頭部にしか見えない。
ココロちゃんの言うように、危険なモンスターがいますよという印なのだろうか?
でもそういうアイコンであれば、イクシスさんと飛び回っている時に何度も目にしてきたはずだ。
そのような規格外のモンスターは、決まって『?』のアイコンで表示されるものだ。
だからそれとは違う何かだと思うんだけど……。
「ミコト、何か心当たりがあるの?」
「いや、気のせいだったかも。既視感があるような気がしたんだけどな……」
なんて話をしていると、不意に後ろでゴソゴソと音がする。
ちらりと振り返ってみれば、ソフィアさんが重い身体を頑張って起こしているところだった。
どうやらこちらの話が気になり、不貞寝をやめたらしい。
「皆さんだけずるいですよ。なんの話をしてるんですか、私も混ぜてください」
「意外と寂しがり?」
「そうですよ。ですから是非私も鏡花水月に!」
「それについては審議してからです」
「むぅ」
不調な上に無表情なのに、この人結構よく喋るんだよね。
さらりとまたPT加入のアプローチをしようとする彼女を流しつつ、私は件のアイコンについて伝えた。併せてマップも共有化し、実際に見てもらいもする。
もしかすると受付嬢であり、特級冒険者でもあるソフィアさんなら何か知っているかも知れない、という淡い期待を胸に問うてみる。
「このアイコンなんですけど、ソフィアさんは何か見覚えとかあります?」
「ふむ……? ほう、如何にも怪しげですね。それにこのデザイン、なんだか何かに似ている気が……」
「! そうそう、私もそう思ったんですけど、いまいち具体的にこれって言うのが出てこなくて」
「……そう言われてみると、私もそんな気がしてきた」
「ココロもです。なんだか、最近見た何かに似ている気が……」
「確かに。この形……いや、模様か」
と、皆がうんうん唸り、そしてポロリとソフィアさんがその答えを呟いた。
「仮面……そう、仮面に似ているんです!」
「「「「それだ!」」」」
喉に引っかかった小骨が取れたみたいだ、というのはこういうのを言うのだろう。
皆の脳裏には、共通してとあるビジョンが浮かんでいるはずだ。
私は実際、それをウィンドウに表示させて皆に共有した。
すると一斉に納得の声が上がる。
「そうそう、これ」
「この仮面を、モンスターに変化させたみたいなデザインですよね」
「ソフィア殿はよく思い至ったものだな。大分形は変わっているが」
「ふふん。私、お役に立つでしょう?」
そう。その謎のアイコンは、とある仮面のデザインを彷彿とさせるものだった。
その仮面とは、先程まで話題に登っていた写真に映る、私と思しき人物。そんな彼女が被っている仮面である。
私が所持している物の中に、それと同じ仮面は存在しない。だからその点も含めて謎の多い写真だったのだが、こうなると更に謎が一つ追加されたことになる。
「仮面に似たこのアイコン……一体何を示しているんだろう?」
「……もしかして、この仮面をつけた別のミコトがいる場所を示してる、とか?」
「まさか! ソフィア殿がもうひとりのミコトなど知らぬというのだから、その線は無いだろう」
「だとしたら何があるんでしょう? 仮面のモデルになったモンスター……とかですかね?」
「しかしそうだとすると、わざわざそのモンスターが特殊なアイコンとして表示される理由が不明ですよ」
みんなしてああでもない、こうでもないと意見を交換し、推測を立てようと試みるも上手く行かない。
場所はアルカルドから遠く離れた南西の地。私にとっては、正しく未踏の地である。
皆からの情報によると、この辺りは近くにこれといった人里もないような乾いた大地が広がっており、徘徊しているモンスターも凶暴なものだとのこと。
であれば、際立ってヤバいモンスターが出現していたとしても不思議ではないか。
元の種類が強力なモンスターの特殊個体となると、その強さも大きく跳ね上がるのだ。
だからもしかすると、本当に特殊でヤバいモンスターの出現を表しただけのアイコン、という可能性も無いわけではない。
だが、やはり確信もなく。
「うーん……こうなったら、直接行って確かめるのが早いんじゃないかな? 空を飛んで行けばそう掛からないはずだよ」
「いや、しかし万が一危険な何かがいた場合、我々の手に負えるとも限らないぞ」
「無闇に刺激するのは避けるべきかも」
「とは言え、見に行ってみないことには正体が掴めない、というのもまた事実……ですよね」
ふむと皆で考え込んでいると、そこでソフィアさんが小さく手を挙げた。
皆が視線を向けると、彼女はこう主張したのだ。
「調査に向かうのであれば、私も同行します。写真の件もありますし、今回ばかりは無関係ではいられません」
その言葉に、思わず皆も納得する。
確かに写真にはばっちりソフィアさんの姿も映っていた。そして謎のアイコンは、一緒に映っていた私らしき人物が身につけていた仮面に似ている。
もしもアイコンと仮面に何かしらの関係があるとするなら、それは即ちソフィアさんにも関係のあることかも知れない、というわけだ。
私たちは視線だけで軽いやり取りをすると、小さく頷き合い、私が総意を告げた。
「分かりました。確かにソフィアさんの言うことも尤もですし、単純に戦力としても頼りになりますから。今回は是非一緒に来てください」
「! は、初めてミコトさんに求められてしまいました……ええ、勿論です! そしてこの機に、鏡花水月の席を勝ち取ってみせます」
「が、がんばってください」
正直なところ、ここまでPTに加入したいアピールをされると、むず痒いと言うか、嬉しいと言うか。少なくとも悪い気はしない。
とは言えこれでも一応PTリーダーだからね。ソフィアさんが私たちの仲間に加わって、今後PTとして円満にやって行けるか、この機会に見極めさせてもらうとしよう。
勿論、そんな余裕があったなら、という話ではあるけれど。
「とまぁ、そういうことだから、調査に関してはコンディションを整えてからにしよう。私もソフィアさんも本調子じゃないし、ソフィアさんに至ってはお仕事があるからね。スケジュール調整も含めて、改めて計画を練るとしよう」
「ミコト、万全を期すなら母上も呼ぶか?」
「ん、そうだね……確かにイクシスさんがいてくれれば、それだけで万難を排せるってものだけど。でも忙しいんじゃない?」
「そこはまぁ、予定を聞いてみないことには何とも言えないな。一先ず、そういった話が出ていることは通話で伝えておこう」
というわけで、場合によっては最強の助っ人参戦も見込めそうである。
話し合いの結果、思いがけず興味深い案件が浮上したが、果たしてアイコンが示すのは何なのか。
それに、このアイコンがいつまで点っているのかも不明だ。
流石に今の、本調子には未だ遠い状態ですぐに調査、というわけにも行かないため、調査決行の日取りはなるべく早くに決める必要があるだろう。
それでもし準備中にアイコンが消えてしまったとしたら、その時はまぁその時である。
「もしかすると、鏡のダンジョンで潰えたと思った手掛かりが、繋がっているのかも」
オルカがふとそんなことを呟いた。
確かに、鏡のダンジョンで得たアルバムのスキル。
一見実用性の低いそれは、しかし思いがけず私たちの前に謎を提示してきたのである。
「だとすると、もしかしてこのアイコンのもとには私に関する何かしらの手掛かりが……?」
私たちは改めて気を引き締めると、調査計画の詳細を詰め始めたのだった。




