第二一話 移動時間もばかにならない
アルカルドの街を出て北へ十数キロも行くと、景色もなかなか様変わりしてくる。
地形は所々大きく隆起しており、これまでのなだらかな丘や平原とは違った情景を作り出している。
こうしてみると、いかにもファンタジーチックな印象を得ることが出来るだろう。
そも、広大な景色の中に人工物が全く見当たらないというのが、日本ではなかなかお目にかかることの出来ない光景なのだから、日本育ちの私としてはいちいち感動を覚えてしまうわけだが。
「っていうか、遠い! 移動時間っていうのは結構由々しき問題だねこれ……」
「こればっかりは仕方ないよ、ミコト。今度野営用の装備も買っておかないとね」
「女神様でも距離には煩わされるものなのですね」
「そりゃぁね。っていうか女神様じゃないからね」
私はうんざりしながら太陽の傾きを確認する。
ギルドを出たのが午前中……大体一〇時前くらいだったろうか? それで現在は多分午後一時くらい。
冒険者の体力と身体能力があれば、移動速度も比較的速いし、疲れたりもしない。それはいい。のだが、だからといって劇的に移動時間が短縮されるということもなく。
はぁ……ルーラとか無いのかな? ゲームのような世界なんだし、ワープ手段の一つや二つありそうなものだろうに。転移魔法的な。
「ねぇオルカ。この世界には転移魔法とかっていうのは無いのかな?」
「転移魔法……一応、聞いたことくらいはある」
「大昔に使い手がいたとかいないとか言われてる、眉唾ものの魔法ですね」
「そうですか……」
こりゃ望み薄のようです。こういう部分は不便だなぁ。
プレイヤーなんてユニークなジョブなんだし、そういう機能の一つや二つ備わっていたっていいようなものだろうに……。
「……って、待てよ? その可能性がないわけじゃないのか……?」
「? ミコト、どうかした? 疲れた?」
「おかげんが優れませんか?」
「ぬぅ、人を病弱キャラみたいに扱わないでほしいんですけど」
確か以前オルカに聞いた話だと、スキルはたくさん使い込んだり体を鍛えたり、色んな経験を積んだりすることで成長したり、派生したり、ひょんな切っ掛けで全く新しいスキルを覚えたりするものらしい。
スキルの内容は主にジョブに由来するものになるそうだ。
そうしたらもしかすると、さっき考えたような移動系の便利機能がスキルとして開放される、なんて可能性も無いとは言い切れないのではないだろうか。
何せ私のジョブは珍しい【プレイヤー】というもので、その詳細はスキル大好きソフィアさんですら知らなかったのだから。
そう考えると、ゲーマーの本能が疼いちゃうな。レベリング! そしてスキル習得の方法を手当たりしだいに試して回る、検証プレイ!
上手く行けば、もしかすると今習得しているスキル以上に便利で有用なものが手に入るかも知れない。
ヤバいな、それならば是非とも欲しい。危ないことはしたくないんだけど、何分餌が魅力的過ぎる。ホイホイ釣られちゃうよ私!
実利の面でも、やりがいって意味でも申し分ないぞ。そのためなら多少の危険を冒すこともやぶさかではない。
「ちょっとやりたいことが出来ちゃったな。これは忙しくなるぞぉ」
「? それって転生の秘密を探ることとは、また違うこと?」
「おっと、それもあったね。残念ながら今のところ、転生に関する手がかりは何も思い当たらないんだけど」
オルカに言われ、もう一つのやりたいことに関しても思いを巡らせてみる。
思い返してみると、これまでは目の前のことに一杯一杯だったため、自分の身に起こった奇っ怪な出来事について調べようっていう余裕自体がなかったのだけれど、オルカとPTを組んだことで他のことに目を向けられるようになってきた。
しかしよく考えてみたら、私の転生に関する謎を調べようにもどうやって調べればいいのか、何から手を付けていいのかさっぱり分からないことに思い至ってしまった。まさに雲をつかむような話だ。
「謎と言うなら、ミコト様ご自身の存在が一番の謎なのではありませんか? 『神様なので!』の一言で全て片付くと私は愚考しますけれど」
「それは本当に愚考だと思うから、ちょっと考え直そうねココロちゃん」
「でも、ミコトが謎の塊というのは、間違いじゃない。ジョブもそうだし、何処から来たのかもわからない」
「む、確かにそう言えばそうだ。私この世界だとまだ〇歳児だよ。お乳の要らない乳幼児とはこれ如何に」
「申し訳ございませんミコト様、流石にお乳は出ませんが、ご希望とあらばなんとか殿方を捕まえて……」
「やめろやめろ! そこは本当に求めてないので‼ ちょっとしたジョークなので‼」
文字通り私を神の如く崇拝しているココロちゃんなら本当にしでかしかねないので、そういう薄い本フラグは積極的に折っていかないと。
と、話が散らかりかけたものの、言われてみると確かに私こそがもしかすると手がかり足り得るのかも知れない。
記憶は生前から引き継いでおり、この世界に生きた記憶なんてものは元から無かった。
そのくせ言葉とかは問題なく理解できるし、なのに読み書きは出来ないし。変なジョブやスキルを持っているのも不思議だし、そもそも自分で自分の体をデザインできたって事からして摩訶不思議。
私って一体何なんだろう? ちょっと中二心が疼いちゃうじゃないか。と同時に幾ばくかの不安も顔を覗かせる。
「一つ、ミコトと一緒に行ってみたい場所がある。有名なダンジョンなんだけど」
「ダンジョン? そりゃ興味あるけど、どんなところなの?」
「あ、もしかしてそれって、鏡のダンジョンじゃないですか?」
「そう。試練のダンジョンの一つで、クリアすることが出来れば新たなスキルに目覚めるって言われてる」
「なんと! それは是非とも行ってみたいな!」
渡りに船とはこのことか。ソフィアさんの影響を受けたのかは定かじゃないが、私もスキル強化に本腰を入れようかと思った矢先に、オルカから魅力的な提案が出てきた。これは行くっきゃ無いな!
っていうか、ん? 私はまだスキルを調べたいだなんて口に出していないのに、どうしてこの提案をしてきたんだろう?
「ところでオルカ、どうしてそこに私を連れていきたいって思ったの?」
「そこで受けることになる試練が、特殊なものだから」
「私も聞いたことがありますよ。確か、鏡の中から自分の幻影が現れ、それを打ち倒すことが試練の内容でしたね」
「そう。ミコト自身の謎を紐解く手がかりになるかなって思って」
「オルカ……ナイスアイデアだよ!」
もう一人の自分と戦うだなんて、お約束のやつじゃないか……でもそれって結構最終決戦近くでやるようなやつじゃないの? リアルだとそういうの関係ない感じなのかな? まぁそれはそうか。
確かに試練が作り出すもう一人の私っていうのが、何かの手がかりになる可能性はあるかも知れない。
ただし問題なのは、そのダンジョンで私がちゃんと戦えるかってことだ。
流石に実力の釣り合わないダンジョンに潜るような蛮勇は持ち合わせていないからね。
そのためにも今日は、しっかり自分の力ってものを確かめておかないといけない。
「それじゃ、ダンジョンに挑むためにも今日は戦力の把握に努めないとな。ココロちゃん無双とかはダメだからね!」
「うっ、うぅ……分かりました」
「ミコトとの連携、楽しみ」
★
ロックリザード。或いはイワトカゲと呼ばれるそのモンスターは、ゲームや小説で定番の一体だ。それを目の当たりにし、ちょっとした感動を覚えつつ私は武器を構える。二匹いるうち、一体は私が受け持つこととした。
まずは動きを見ていてと、オルカが手本として先陣を切ってくれた。手早く仕留めるでもなく、私に観察の時間を与えるべくロックリザードの動きを引き出すような立ち回りをしてくれている。
おかげで攻略法は把握できたため、早速私も舞姫二本を構えて相対するロックリザードへ挑みかかった。
ロックリザードの特徴は、トカゲらしい機敏な動きと、岩のように硬い鱗。そして強靭な顎だ。
大きさは全長一メートル程か。四足歩行の大きくてゴツゴツしたトカゲって感じだ。図体の割に素早く、これもステータス由来の動きなのだろう。
変な能力こそ無いが、普通に強くて厄介。さすが難度D相当の魔物と言ったところか。
主な戦法としては、的確にこちらの動きに反応しての回避に重きを置きつつ、隙あらば飛びかかり噛み付いてくると言った具合。
こうして相対してみると、ゲームのAIとは決定的に違う、どちらかと言えばPVPに近い印象を受ける。
相手の動きに生々しさを覚えるのがその理由だろう。やはり、これはゲームで言う狩りではなく、生き物との殺し合いというわけだ。
意思あるものを、再起不能にする。命を奪う。
死体が残らなかったり、ドロップ品を残したりっていう仕様のせいでぼやけがちだが、やっぱりモンスターも生きてるんだなと思い知らされる。
それでも、私は冒険者。彼らを殺すことを目的にやってきたのだから、鼻白んでいてはいけない。
これまでは植物系のモンスターばかり相手取っていたため、こんな世迷い言が頭を過ぎってしまうのだろう。月並みな言葉だが、植物だって生き物。それを殺して素材を得てきたのだから、今更獲物へ刃を向けることに抵抗なんて感じない。
一歩踏み込み、ロックリザードへ舞姫の一本を横薙ぎ。さりとて奴は、それを素早く退いて躱した。が、その動きは予想通りだ。
予想通りなら後は計画通りアクションを起こすのみ。もう一本の舞姫を、回避で体の浮いたロックリザードへ投げつける。
トカゲは慌てて地面を尻尾で叩き、僅かに体を動かして致命傷を避けるも、負った傷は決して浅からず。そしてその対応もまた、予想通り。
死に体へ間髪入れず踏み込み、私は止めの一撃を叩き込んだ。
ステータスの恩恵により、膂力は十分。マスタリースキルのおかげで硬い鱗を避けた的確な一撃を放ち、忽ちの内にロックリザードの一体を屠ることに成功した。
死体は塵に変わり、魔石と鱗を落として消えた。
「……勝てた」
「お見事です、ミコト様!」
投げつけた舞姫を回収していると、ドタバタとココロちゃんが駆け寄ってきて目を輝かせている。
オルカの方も、あっさり片付けてしまったらしく悠々とこちらへ歩いてきていた。
「やっぱりミコトなら、このくらいじゃ苦戦もしなかったね」
「さすがミコト様……とても〇才児の動きではありません! やはり女神様に違いありません!」
「ココロちゃんはおだて過ぎだから。でも、うん、手応えは感じられたかな。だけど私にはまだまだちっとも実戦経験が足りないからね、油断するわけには行かない」
ロックリザードには、確かにこちらへ大怪我を負わせることの出来る牙がある。そして命を賭した駆け引きをする以上、その牙をどうして確実に全て捌けると言い切れるのか。
ゲームでも私は、油断や慢心を嫌うプレイヤーだった。それが現実の殺し合いともなれば尚更だ。
音ゲーで、たまたま初見フルコンボできたからって、それでその楽曲を完璧にマスターしたことになるわけでなし。まして私のコンディションが悪かったりすれば、成功率もガタッと落ちてしまう。
手応えがあったのなら、それを確かなものにするべく反復練習あるのみだ。同じモンスターでもシチュエーションや個体差、私自身の状態や味方との連携などなど、幾らでも戦闘バリエーションは生じるもの。
それら一つ一つにしっかり対応していけば、たとえ格下相手の実戦だとしても、しっかりとした経験を得ることが出来るだろう。
それからは延々と、オルカが索敵でロックリザードを見つけては、一戦一戦にしっかりと目標や確認事項などを定め、得られる素材だけでなく戦闘経験もまた糧として頂いたのだった。
そうして狩りを続けること二時間ほど。
帰りの道のりに要する時間も考慮し、日はまだ高いけれど、私達は早々に狩りを切り上げることにした。
「ああ、一日の殆どが移動時間に消えていく……これは、スキルに期待しての修行が急務かな」
「それよりまず、野営の準備をしてきたほうがいい、かも」
「冒険者にとって移動時間は、切っても切り離せない問題なのです。それと本来なら、獲物を発見するのにも時間がかかるため、これでもオルカ様の索敵能力で随分効率の良い狩りができているんですよ」
「私まで様付け……」
「当然です。オルカ様はミコト様を御身に宿すことの出来る、いわば巫女のような存在ですからね!」
「そう言われると、少し照れる」
オルカとココロちゃんがなにやら盛り上がっているのを他所に、私は更なるナイモノネダリに思いを馳せていたのだった。
(マップ機能とかスキルで再現してくれないかなぁ……索敵とか出来るタイプの)




