第二〇二話 次に向けて
新しいスキルの試しも終わり、長居は無用とばかりにフロアスキップを駆使してダンジョンを脱出。ワープでもってアルカルドの街へと帰還を果たした私たち。
時間帯は昼下がりと言ったところか、随分と日も高い位置にある。
昼食もダンジョン内で済ませてしまったことで、完全に暇になった。
一先ず街門を潜り、どこへともなく通りを歩きながらこれからの予定について話し合う。
「私は魔道具づくりの修行があるから、暇ってことはないけど。みんなはこの後どうするの?」
「うーん。自主練かな」
「それならココロもお付き合いしますよ!」
「無論私もだな。ギルドの訓練場を使わせてもらうとしよう」
「む。それなら私は、ミコトさんの方に付いていきたいんですけど」
ソフィアさんの発言に、一瞬気まずい空気が流れた。
彼女には、私に魔道具作りを指導してくれてるのが妖精たちである、というようなことは伝えていないからだ。
そも妖精という存在自体、ファンタジーなこの世界においても半ば眉唾めいた存在とされているくらいだからね。
実際妖精たちは人間に対し子供としか交流が持てず、大人になると見えず、話せず、触れられず、一切の相互干渉が不可能になるという性質がある。
他にも諸々事情があり、妖精はたとえその存在が詳らかにされたとしても大人には確認できないという、特殊な種族なのである。
それに、妖精たちの技術力は人間の作る魔道具とは比較にもならない、恐ろしく高度なものだ。だから、私のスキル事情同様に、たとえ身内とてむやみに喧伝するべきではないと考えているわけで。
そんな裏事情を知らず、純粋に私の修行風景へ興味を示してくれたソフィアさんになんと言えば良いのか、私はもとよりオルカたちも困惑してしまったようだ。
当然、そんな空気の変化を感じ取ったソフィアさんは首を傾げ、どうかしましたかと問うてくる。
私は苦し紛れに言い訳をでっち上げた。
「ええええっと、私の師匠たちはちょっと特殊でぇ。部外秘を徹底してるんです。なので、見学は無理かなぁ……?」
「ミコトさん、隠し事ですか?」
「へぅっ! な、なんのことです?!」
「水臭いですよ。私にも言えないことがあるんですか?」
「う、うぅ……ごめんなさい。これに関しては、私の一存では何とも」
確かにソフィアさんは、私たちのPTメンバーというわけではない。当人は何故かPT加入を熱望しているけれど、現時点ではメンバー外だ。
しかし、仲間という括りで見たなら、彼女も立派な一員であると私を含む皆が思っていることだろう。
そんなソフィアさんに、今更妖精のことを隠すというのは何だか心苦しくもある。
けれど、妖精たちの許可もなく他人に情報を明かすというのは、私のポリシー的にも、指導してくれてる師匠たちへ向けた誠意という意味でも完全にアウトな所業だ。
だから、もしソフィアさんに妖精師匠たちのことを話すにしたって、その前に当の師匠たちへお伺いを立てるのが筋というものだろう。
そんな頑なな姿勢を見て、流石のソフィアさんも折れてくれる気になったようだ。
「まぁ、そうですね。無理に押しかけるのは確かに先方にもご迷惑をお掛けしてしまいますか。わかりました、今回は大人しくしておくとしましょう」
「さ、流石私の妻ですね。理解があって助かります。良妻です」
「! ふ、ふふん。まぁ良妻たるもの、そのくらい当然ですし?」
「よっ、今日も美人でかわいいよソフィアさん!」
「!! ふ、ふふふ。おだてたって秘蔵のスキルオーブくらいしか出ませんよ?」
そんなのあるんだ。まぁ、あるか。ソフィアさんだもの。
っていうかチョロすぎて心配になるよソフィアさん。
表情筋死にがちのソフィアさんが、珍しく些かだらしない表情をしている。心做しか少し顔が赤いようにも見えた。そういうチョロいとこ、ポイント高いです。
そんなこんなでどうにかはぐらかしには成功したけれど、内心でモチャコたちにこの件は相談しておこうと心に決め、私は皆と別れておもちゃ屋さんへ向かったのだった。
★
時刻は夜も八時を回ろうという頃。
現在私たちは急遽イクシス邸にて晩餐の席を囲っているところだ。ソフィアさんも同席している。
それというのも、鏡の試練で娘がまた一皮むけたとあり、何かお祝いをしたいと通話をかけてきたイクシスさんによる招集であった。
とは言え私にとっては芳しい結果を得られなかったこともあり、気を使ってくれたのか以前ほどワイワイとしたパーティー形式ではなく、豪華な料理を皆で囲うというささやかな晩餐会となっている。
ところで件のイクシスさんは、家出娘捜索という大事にもようやっと片が付いたということで、何やら忙しくしているらしい。モンスターを倒して回るだけがお仕事ではないようだ。有名人というのは大変なのだ。
しかし最低でも一日に一度はクラウに通話を繋げているらしく、更には事あるごとにクラウを連れて顔を見せに来てくれと私にまで連絡が来る。連絡と言うか、要望と言うか。
いつもは適当に流しているのだけれど、今日は念願だった鏡の試練クリアということもあり、私たちも何かしらの形で一騒ぎしようと考えていたところだった。なので謂わば、渡りに船というやつである。
「しかし、ミコトちゃんは残念だったな」
と、スキルの話が一段落ついたところで、イクシスさんが不意にこちらへ水を向けてきた。
この場には私たちPTとソフィアさん、そしてイクシスさんが食卓を囲っているだけであり、使用人の人たちは席を外してくれているため、気兼ねせずオフレコの話が出来る。
イクシスさんにも、折を見て私の前世云々について喋ってしまっているため、今回の件についても親身になってくれているようだ。
「まぁ、そうだね。正直他に当てがあるわけでもないから、ちょっと途方には暮れてるかな……」
「記憶喪失というわけでもなし、唐突にこの世界にやって来た、か。そのルーツを探るというのは、確かに雲をつかむような話だな」
「もしミコトが今の背格好になる以前、この世界で生まれ育っていたとしたら、無名なはずがない」
「ですです。まずその神々しいお姿が、誰の目にもとまって憚らないはずですもん!」
「その能力もだな。今のように故意に隠そうとでもしない限り、必ず何らかの形で有名を馳せていることは間違いないだろう」
以前、それとなく聞き取り調査はしたことがある。銀髪の美少女を知っているかと。
それは遠回しに、私がこの世界で生まれ育った可能性を調べる目的で行ったものだったけれど、結果はお察しのとおりである。
まぁ、そのおかげで私以外の銀髪美少女に詳しくなったりもしたけれど、どれも当然私とは無関係の別人だった。
つまり、私は何の前触れもなく突然アルカルドの街角にパッと出現した、という説が濃厚になったのである。
そしてその説は、今に至って尚覆すだけの根拠を得られていない。
であれば、一応それが事実とした上で考えてもみた。
「どうして私、この世界に来たんだろう?」
「きっと神が私の運命の人としてあてがった……のではないとすると、それこそ神のいたずらか何かでしょうか?」
「神と聞いてはココロの分野ですけれど、そうだとするといよいよ謎です。ミコト様には何か使命のようなものがあるのやも知れませんし、本当にただの気まぐれという可能性もありますから」
「気まぐれだとしたら、考えるだけ時間の無駄かも知れない、ということか?」
「無駄ということはありませんけど、そうですね。あまり気にしていても仕方のないことかも知れません」
確かに、調べようもないようなことを気にかけていたって、何がどうなるわけでもないだろう。
ならばいっそそれらのことは忘れてしまって、今の生を謳歌するというのも一つの生き方として正しいのかも知れない。
ルーツはあやふやだけど、これがお前の使命だぞ! だなんて誰に言われたわけでもないのだから、ぶっちゃけ気にする必要もないというのは正論のようにも思えた。
けれど。
「ですが、プレイヤーなんて特殊なジョブや、他で見たことも聞いたこともないような特殊スキルを幾つも身につけているミコトさんが、本当にただの気まぐれで転生させられた普通の人、なんてことがあるのでしょうか?」
ソフィアさんの鋭い指摘に、誰もが口をつぐんでしまった。
確かにそのとおりだと考えたからである。私自身もそうだ。
散々へんてこだなんだと言われた便利スキルの数々。そして他に例を見ないとされるプレイヤーっていうジョブ。
神様とやらは果たして、それらを何の役目も持たぬただの転生者に与えるだろうか?
やっぱり私には、何かしらの役割があるのではないかと。つい、そう考えてしまうのだ。
先程までスキルの話題で賑やかだった空気が一転、皆が難しい顔で考え込んでしまっている。
私はそれが申し訳なくて、どうにか話題を切り替えようと試みた。
が、その前にイクシスさんが問いを投げてくる。
「ちなみに、今後の調査方針や予定なんかは何もないのか?」
「あ、うーん。そうだね。鏡のダンジョンに行くための修行期間中も、結構色々調べたりはしてたんだけどさ。結局これといった収穫もないし、他にどう調べて良いかも分からないしで、打つ手を失くしてる状態かな」
「そうか……ならば私の方でも、何か手がかりになりそうなものはないか調べておくとしよう」
「いいの?」
「無論だ。他でもないミコトちゃんが困っていることなら、私が手を貸さぬ理由など無いからな。それに正直、興味もある」
というわけで、今後はイクシスさんの手も借りられることになった。
現状私たちの行動範囲は、アルカルドを中心とした狭いものである。
彼の街にはすっかり思い入れも強く、居着いてしまっている状態だけれど、今後調査に本腰を入れるのならいよいよ旅に出るべきかも知れない。
ちらりとソフィアさんの表情をこっそり盗み見てみる。彼女も真剣に私のことを考えてくれているようだ。
アルカルドから離れるってことは、ソフィアさんとも疎遠になるってことだ。
それはまぁ、転移系スキルを駆使すれば簡単に街までは戻れるんだけどさ。
某RPGなんかでも、最初の街へ帰ることは簡単だけど、やっぱり拠点は移ろうものだ。常に最前線に一番近い街や村を中心に活動を行うものである。
それを思うと、やっぱりアルカルドのギルドを利用する機会というのは随分減ってしまうだろうな。
すると当然、ソフィアさんと顔を合わせる機会も随分と限られてくることだろう……。
「まぁ何にせよ、何かしら取っ掛かりが掴めるまでは、大人しく一介の冒険者として活動を続ける他ないだろうな」
「寧ろ最近は、ちょっと無茶をしすぎてた」
「この辺りで一度、肩の力を抜くのも良いのかも知れません」
クラウたちの言に、私も頷きで応える。
実際問題、絶対調べて解き明かすべき謎なのかと言うと、そういうわけでもないのだ。
例えばもし、世界の何処かで巨悪が暗躍していて、それを何とかする使命が私にはある! とかっていう王道展開が待っているとしても。
今現在は、それと私に何の関係もないのだ。そんな大事な役目があるのなら、それをちゃんと私に伝えない神様とやらの落ち度である。
であればクラウの言う通り、しばらくは肩の力を抜いて、普通の冒険者ライフを行くのも良いだろう。
まぁ、クラウには強敵と戦い続けなくちゃならないっていう縛りがあるから、正しい意味で普通と言えるかは分からないけど。
何にしても、しばらくは手がかりになりそうな情報を探しつつ、斡旋してもらった依頼をこなしたり、実力に見合ったダンジョンに潜ったりという無難な活動を続けることになりそうだ。
そうして話にも一区切り付いたところで、仕切り直しとばかりに打ち上げは再開された。
陰気を吹き飛ばすように皆騒ぎ、楽しいひと時を堪能したのである。
また、冒険者らしく『巧いスキルの使い方』なんて話題も挙がったりで、ただのバカ騒ぎではない、総じて有意義な催しとなったのだった。




