第二〇〇話 待ち惚け
鏡の試練を受けるべく、既に試練を終えた私を残して皆が大鏡の中へ潜っていった。
複数人で入るとどうなるのか気になるところだけれど、多分それぞれ別々にあの空間へ飛ばされるとか、そんな感じじゃないかなと予想している。
今頃みんなは、絶景に目を丸くしている頃だろう。
「さて、暇になったな……」
とりあえず、誰が不測の事態でPTストレージ内に避難するともわからないので、アイテムウィンドウだけは視界端に小さくして表示させたまま、どうやって時間を潰したものかと思案する。
まぁやること自体はあるんだ。魔道具づくりの修行のために、引き続きロボを弄ってもいいし、魔法やスキルの訓練に当ててもいい。
だけど今ばかりはそれより優先したいことがあった。
一先ず話し相手がいないのは寂しいので、おっさんことロボ二号に新しく覚えたサーヴァント化のスキルを施す。
するとおっさんにもうひとりの私が乗り移り、イキイキとお喋りし始めた。
「やぁ、さっきぶりだね」
「? さっきぶりっていうのは、試しにおっさんにサーヴァント化を掛けた時のことを言ってるの?」
「そうそう。ああでも、別におっさんとしての記憶が継続してるとかっていう意味じゃないよ? 私の本質は、もうひとりの私だからね。いわばロールプレイってやつだよ。その方がそれっぽいでしょ?」
「なるほどね。嫌いじゃないよそういうの」
「知ってる」
並列思考のおかげで、私は自我を別つでもなく、同時に二人分の思考が可能になった。
そんなことをして脳みそは大丈夫なのかとちょっぴり心配だけど、魔法が存在する世界なんだ。多分不思議パワーで補われているものと信じよう。
そんなことより、だ。
「それでさ、相談があるんだけど」
「分かってるよ。『私』に関する手掛かりが、結局特に見つからなかったことを気にしてるんだよね?」
「うん……」
そう。
もうひとりの私は、なんだか思わせぶりなことを言っていたけれど。
結局のところ試練を経て得られたスキルの中に、これと言って私の正体が判明しそうなものは見当たらなかったのだ。
もうひとりの私との対話にしたって、あれは今現在の私を再現した写し身のようなものだった。
生成される際に、最低限鏡の試練に関する知識を得てはいたようだけれど、それだって今は私の中にあるし、それを精査してみたところで有力な情報には成りえない。
つまりは、頑張った甲斐もなく依然として私の正体は分からぬままということだ。
「怪しいのはその【アルバム】ってスキルだよね」
「でもさっき大雑把に見た限りだと、別段怪しいこともない、これまでの記録が記されてるだけだった」
「思い出を振り返るのには便利だけど、戦闘にも冒険にもあんまり役立ちそうにはないスキルだよね」
「そこが怪しいんだけど、怪しいだけで実質ただの便利機能って感じかな」
多分、最後にもうひとりの私と一緒に行った撮影会が、このアルバムスキルを得る切っ掛けになったのだろう。
確かに特殊なスキルという感じはするけど、特殊だからって手がかりになるとは限らないってことか。
というかそも、もう一人の自分に会った時点でそれがただの写し身だったというのだから、空振りだったと考えるべきなのかも知れない。
「はぁ……結局私ってなんなんだろう?」
「さぁね……ちょうど暇だし、アルバムでも見て振り返りながら考えてみたら?」
「何その総集編みたいな雑な振り」
苦笑を漏らしながらも、私はアルバムの最初から見返し始めた。
最初の思い出は、この世界に来た瞬間のことだった。サムネイルを選択すると、更に細かく当時の様々な記憶が画像や映像としてまとめられている。
こうして見てみると、記録の量は膨大である。特に印象深い場面から、どうでもいい些細なものまで手当り次第に撮影しまくった感じだ。
それらを眺めている内に、ふわりと当時の記憶が蘇ってきた。楽しいこともあれば、辛いこともあったっけ。
冒険の過程でオルカとソフィアさんに出会い、ココロちゃんに出会い、クラウに出会った。
流石に生前の記憶までは確認できないようだけれど、この世界での体験を振り返るには確かに便利な機能だ。
この鏡のダンジョンに挑むために、結構な回り道をした。
その結果が手がかりなしだというのだから、流石にちょっと凹む。
「特に怪しい写真も映像も見当たらないね」
「隠しボタン、みたいなのも無さそうだ」
おっさんはサーヴァント、即ち従者として存在してはいるけれど、実質私と同一人物だ。だから一緒にアルバムウィンドウを確認することも可能だった。
二人してアルバムを隅々までチェックしてみたけれど、やはりコレというおかしな点もなく。
「【叡視】はどうなの? 特別なスキルっぽいけど」
「アレは多分、心眼から派生したスキルだから、私の正体がどうこうっていうのには関わりがないと思う」
「だよねぇ」
望んだ収穫は得られなかった。
けれどよくよく考えてみたら、『秘められたスキル』を得るのが鏡の試練で、そのカラクリは、普段では決して体験し得ないことを経験することで、普通に過ごしていたのではまず覚えることはなかったであろうスキルを呼び覚ます、というものだった。
それで言えば私の場合、サーヴァント化のスキルなんていうのがその最たるところだろうか。
これはもうひとりの私と対峙したからこそ得られたスキルだと考えられる。
ただの並列思考だけだったなら、恐らくそのうち手に入れていただろう。だって私、マルチタスク得意だし。
だけどその並列思考を駆使し、もう一人の自分を従者として形にする、なんてスキルには辿り着けなかったはずだ。
それを思えば確かに、隠しスキルを得たと言えなくもないわけで。
「はぁ……この先、どうやって私自身のことを調べたらいいんだろうね」
落胆を覚えながらも、次の方針について思いを馳せてみる。
おっさんは少し考えてから言った。
「まぁ、のんびり考えたらいいんじゃない? そもそも正体が分からないと困るってことも無いんだし」
「それもそうか……モヤモヤはするけどね」
私が死ぬ少し前に起きた、不可解な出来事。
この世界にやってきた理由。
そもそも生前の記憶だなんて言っているけれど、それが私のでっち上げた偽りの記憶って可能性も無いわけじゃない。
そういう色々を考えると、時々ちょっと不安を覚えたりもする。自分のルーツがあやふやだというのは、こんなにも心もとないものなのだと思い知った。
そんな不安の種を解消するためにも、私が一体何者で、どうしてここに居るのかなどなど継続調査の必要があるだろう。
「オルカたち……まだかなぁ」
漠然とした心細さを抱えたまま、私はおっさんとともに皆の帰りを待ち続けたのだった。
★
「ミコト、おまたせ」
「あ、おかえりオルカ!」
待つこと半刻くらいだろうか。最初に出てきたのはオルカだった。
怪我はなかったかと問うと、彼女は問題なかったと微笑みで返す。
気になる試練の内容に関してだが、色々やらされたと少し遠い目をして語ってくれた。
曰く、くじ引きで課題を決め、もう一人の自分と時に競い、時に協力しながら三つほど成し遂げたなら晴れて合格という流れだったそうだ。
「まだ何のスキルを得られたか分かってないの。ミコト、確認してみてくれる?」
「ほいほいお任せー」
早速私はオルカのステータスウィンドウを表示させると、スキル欄に目を向けた。
彼女の新たなジョブであるニンジャらしいスキルがチラホラと名を連ねる中、そこに見慣れないものが一つ追加されていることに気づく。
「【二回行動】っていうのがあるけど、これかな?」
「! それは知らないスキル」
オルカ当人にも覚えのないものらしく、どうやらこの如何にもヤバそうなスキルがここで得た新スキルで間違いないようだ。
となれば早速試してみなくては仕方がない。オルカは目をキラキラさせながら、早速あれこれ試し始めた。
すると。
「え、えぇ……」
「なるほど、こういう感じ」
二回行動発動中に武器を一つ振るってみたところ、なんと一度で二回のダメージが入ることが確認できた。
他にもスキル等にも対応しており、単純な話一回の動きで二回分の効果を叩き出すことが出来るというものらしい。
ただし注意点として、消耗は通常の三倍という燃費の悪さが挙げられる。
MPを用いるスキルを使用する際、ステータスを見ていて判明したことなのだけれど、通常使用時に比べて多くの消費が見られたのだ。
それにオルカ曰く、二回行動中は普段よりバテやすい気がするとのこと。スタミナの方も同じく三倍消費している可能性が高いだろう。
とは言え、強力なスキルであることは疑いようもないだろう。何せ単純にダメージが倍になるわけだし、応用だっていくらでも幅が利く。
「流石ニンジャ……すごいスキルを得たもんだね」
「俄然PTの役に立てそうで嬉しい」
ほくほく顔のオルカは、上機嫌にそう語った。
そうしてしばらく待っていると、ココロちゃんやクラウ、そしてソフィアさんが次々と鏡から出てくる。
どうやら皆試練を達成することは出来たらしいが、クラウだけはなんだかボロボロだ。装備も結構傷んでいる。
「ミゴドォ、直してくれぇ」
「そう言えばソフィアさんが【修復】ってスキルを持ってたから、お願いしてみたら?」
「そうなのか?」
「お任せを! 便利な割に地味な使いみちしか無い私のスキルが火を吹きますよ!」
ということでクラウの装備も新品同様にまで綺麗に修復され、皆が無事に顔を揃えたのだった。
時間にしてみると、一番遅かったソフィアさんでも一時間くらいで出てきたことから、私は相当苦戦したほうなんだなと思い知る。ちょっと悔しい。
しかし何はともあれ、これにて念願だった鏡の試練も終了だ。
いい時間帯なのでその場でお昼ごはんの準備をしながら、ココロちゃんたちが得たスキルについても確認を行った。
斯くして鏡のダンジョンに於ける主目的は、無事に果たされたのである。
おかげさまで二〇〇話でございます。
今後もぼちぼち続けていきますれば、何卒今後ともお付き合いのほど宜しくお願いいたしますー。




