第二〇話 難度D
善は急げと、その日の内に私達は冒険者ギルドに舞い戻った。
ただ、混雑する時間帯なのは分かっていたから、二人してのんびり街を歩き、時間を潰しながらギルドへ向かった。
狙い通り、程よく人も捌けた頃合いにギルドへ到着し、私達はソフィアさんにPT結成の申請手続きを行った。のだが。
「ではPT名は如何なさいますか?」
「えっ」
「あっ」
「……考えてなかったって顔ですね。では今決めるか、さもなくば出直してきてください」
お約束の落とし穴にハマり、撤退を余儀なくされた。
私達は宿へ戻り、PT名を話し合うことにしたのだけれど。部屋の前でココロちゃんが正座待機していた。
私達が近づくと、彼女は突然その場で仰向けになり、大の字を作ってみせた。
何のつもりだろうかと私が首を傾げていると、オルカが説明してくれる。何処かの文化で、これは「煮るなり焼くなり好きにしてください」っていう深い謝罪を表したポーズなんだと。ますます訳が分からない。
ということで直接何事なのかと尋ねてみたところ、オルカとの会話をガッツリ聞いてしまったそうで、プライベートな情報が全部知られてしまったらしい。
私はともかく、よくオルカに気づかれずに身を潜ませたものだと思ったけど、オルカも一杯一杯だったし無理もないのかな。
ともかく、勝手に盗み聞かれたというのはあまりいい気分ではないな。とも思ったのだけど、泣きながら大の字になっているココロちゃんを見ていたら毒気も抜かれてしまう。
とりあえず扉の前でそれをやられると中に入れないので、半ば強引に立たせ、折角だからと公衆浴場に誘い、夕飯も同じ席につかせ、最終的に部屋に連れ込んでPT名の相談に乗ってもらうことにした。
赤裸々な話を全部聞かれちゃったんだと思うと、確かに複雑な気持ちもあるのだけれど、逆に私が女神などではないのだということを理解してもらえただろうとも思う。怪我の功名というやつだ。
そして毒を食らわば皿までともいう。折角だし開き直って、ココロちゃんにも名付けのアイデアを出させたところ、良い提案をしてくれた。
「それでしたら、ミコト様の国の言葉を用いて名付けてみてはいかがでしょう?」
「なるほど、日本語由来の名前かぁ」
「いいアイデアだと思う。ミコト、何か良い言葉ある?」
「うーん、そうだなぁ」
と、そんなこんなで次の日。
冒険者ギルドへ立ち寄った私とオルカは、結局ココロちゃんも交えた三人で話し合って決めた名前をソフィアさんに告げた。
「【鏡花水月】ですか、承りました。因みにどういう意味かお聞きしても?」
「私もオルカも外見で苦労してますからね。だから私達には決して触れさせないし、届かぬ存在になるんだぞっていう決意表明、みたいな意味を込めてみたり」
「鏡に映った花のように。水面に映った月のように」
「なるほど、素敵ですね。分かりました、すぐに手続きは済みますので少々お待ちください」
そこからは早かった。真面目にやれば敏腕で有能なソフィアさんは、あっという間に事務手続きを済ませてPTの結成を受理してくれた。
これで晴れて私とオルカは正式なPTとなり、鏡花水月を名乗れるというわけだ。
因みにだが、PTリーダーには何故か私が据えられた。ランクも高ければ経験も豊富なオルカこそ相応しいと私は思うのだが、オルカは頑なにミコトがやるべきだと言って譲らなかった。そのため些か不本意ではあったけれど、不肖私が鏡花水月のリーダーを務めることになった。
「それでは簡単にではありますが、PTの利点等についてご説明します」
まずPTの担当受付嬢は、PTリーダーの受付嬢が務めることになるらしい。
そしてPTで受けられる依頼についてだが、PTメンバーで最も高いランクの冒険者が受注できるランクのものまで受けることが出来るそうだ。
うちならばオルカがCランクなので、難度C相当の依頼を受注することが出来るというわけだ。が、メンバーにランク差がある場合などは担当との相談が必須だという。
この仕様を利用した、パワーレベリングじみた新人訓練なんかも実際行われることがあるらしく、それ故に担当がPTと相談しつつ斡旋する依頼を厳選するらしいのだ。
その他にも細々としたことを教えられはしたが、結局分からないことがあれば都度訊いてくれと言われた。
そんなわけで、私達は難度Cの依頼まで受けられるようになったわけだけれど。
流石にいきなりそれは、私にとって無謀な気もする。
ということで今日のところは、難度Dの依頼を受けてみようということになった。
Eランクに上がりたての私が、更に一つ上の難度D依頼をこなせるのか。些か不安ではあるが、私にはオルカもついているし、何よりとりあえず試してみないことには判断がつかない。失敗は成功の元ともいうしね。
ソフィアさんに依頼を斡旋してもらい、私にとっては初めて常駐依頼ではない、受注してこなすタイプの依頼に挑むこととなった。
今回の依頼は、ギルドが間に入ることで依頼人との直接交渉等の省略された、納品依頼だ。
私達冒険者は頼まれた品を頼まれた数ギルドへ納品すれば、成功報酬を貰うことが出来る、という仕組みである。
納品するアイテムに関しては、何処かから買ってきてもいいし、採取してきてもいい。とにかくギルドに納めればクリアとなるわけだ。
が、そうすると当然ドロップを狙うのが手っ取り早い品物、なんてのもあって。
そうなると実質討伐依頼と大差ない。
そして今回私達が挑むのも、まさにドロップアイテムの納品だった。
ソフィアさんの見立てでも、オルカの見立てでも、私達なら難しい依頼じゃないということで受けたけれど、私は正直あまり戦闘が好きじゃない。痛いし恐いから。
ゲームならいいんだ。ゲームなら寧ろ戦闘なんていうのは大好物だった。
でもこれは、ゲームに似ててもゲームじゃない。あくまで『ゲームみたいな世界』なんだ。
負ければ死亡するし、攻撃を受ければダメージというより怪我を負う。
確かに魔法や回復薬なんかでぱぱっと治りはするのだろう。でも、怪我をしている最中はずっと痛いんだよ。漫画やアニメのキャラクターみたいに、大怪我を負っても痛みに強いから平気! なんてそんな都合のいい話はないんだ。
まぁ先日私自身、それと似たようなことをしていたから説得力皆無だろうけれどさ。でも、身じろぎ一つで激痛に苛まれ、しかもちょっとやそっとじゃ治まらないしんどい状態で、それでも戦わなくちゃならないっていうのが戦闘だ。
避けれるものなら避けて通りたいと思うのは、当然の心理だと私は思う。
とは言えそれじゃ、冒険者としてやっていけないのも事実。なので、安全マージンってのに重きを置いて活動して行きたいなって思うのだ。
オルカにもその旨は相談し、了承を得ている。
けれどまぁ、必要以上に臆病な姿勢で臨むというのはまた違うとも思う。安全を確立させつつ、いかに難しい依頼に挑戦できるか、というところを見極め続けていかなくてはならない。
そうでなければ、これからPTとしてやっていくんだ。報酬は分配されるんだから、簡単で報酬の安い依頼ばかりこなしているわけにも行かない。許容できるリスクの上限ってのを確認する必要がある。
そういう意味でも、今日受けた依頼は一つの試金石となるだろう。討伐難度Dに数えられるようなモンスターを相手にどれほど戦えるか。それを確認することで、見えてくるものも多くあるはずだ。
私達は気を引き締め、ギルドを出た。
「ミコト様! どうかこのココロを同行させてください! ミコト様に降りかかる危険の一切は、この私が見事払ってご覧に入れます!」
「……朝からなんだかソワソワしてると思ったら、そうきたか」
ギルドを出ると、相変わらず修道服姿のココロちゃんが出入り口付近で待ち構えており、こちらの姿を捉えるなり勢いよく駆け寄ってきた。
昨日遅くまでPTの命名に付き合ってくれた彼女だが、今日は朝からなんだか落ち着きなく宿の中をウロウロしていた。散歩に行きたい犬のように。
どうかしたのかと訊いてみても、なんでもありませんの一点張りだったのだけれど……。
「ミコト様が自らモンスターと戦われるなど、そのようなことが許されるものですか! 私が全て塵に帰してやりますとも! ふんす!」
「いや、ふんすて」
「それは、私の役目。ミコトは私が守る……!」
「オルカも張り合わないの」
私の思惑を他所に、過保護組のボルテージが上がっている。
今日は私自身がどれくらいやれるかを重点的に確かめたかったのに、オルカもなんだかやる気だし。
とりあえずギルド入り口で立ち話もあれなので、街門へ向けて歩きながら話すことにした。
「ところで、ココロちゃんは凄い冒険者だって聞いたんだけど、ホント?」
「凄いかどうかはともかく、一応Aランクの資格は有しています」
「A!? ……え、A!?」
「『野良シスター』については、私も聞いたことがある。凄い冒険者だって」
「っていうか気になってたんだけど『野良シスター』って二つ名か何かなの?」
「不本意ではありますが、いつの間にかそのように呼ばれておりました……」
オルカによると、野良シスターことココロちゃんには二つの代名詞があるという。
一つは凄まじい回復魔法。その効果は、瀕死の重傷を負った者でも忽ち治してしまうほどらしい。
しかしそれと双璧をなすのが、彼女の振るう恐ろしいほどの怪力だそうで。
「怪力……なるほど、華奢な見た目で実は力持ちというギャップ……!」
「全然そんなふうには見えない」
「仰るとおり、力は人よりちょっぴり強めではありますけれど、上手く制御できないこともままありまして……正直に申し上げますと、コンプレックスに思っているほどで……」
なるほど、ココロちゃんにも抱えてるものがあるってわけだ。あんまりぶっ込んだ話は止しておいたほうがいいだろうか。
しかし怪力と脅威の回復能力って、某ドレッドノートさんを思い出してしまうな。うぅ、背筋に悪寒が。
「まぁココロちゃんが強いっていうのは分かったよ。でも今日はPT戦力の確認とか、色々やることがあるんだ。悪いけど今回は遠慮してくれないかな?」
「ミコト様……しかしココロは、心配なのです。御身にもしものことがあったらと……」
「大丈夫。ミコトには私がついてるから」
「むむむぅ」
頬を膨らませて不満を訴えるココロちゃん。くっ、あざとい! だがそれがいい!
というかこの娘、なんで未だにこうも絡んでくるんだろう?
「えっと、ココロちゃんは私達の生い立ちとかガッツリ聞いちゃったんだよね? それなら私が様付けされるような偉い人でもなければ、当然女神様なんかでもないってことは分かってもらえたと思うんだけど」
「いいえ! 恐れながら、それは違うとココロは思います」
「えぇ……一応、理由を訊いても?」
「はい。ミコト様は、私の定義する神の条件を満たしております。よって誰がなんと言おうと、ココロにとってミコト様は神様なのです」
「おぉぅ……因みに、その定義って?」
「理の外におわすこと、です」
曰く、魔法のあるこの世界にも出来ることと出来ないことは確かにあって、しかしその理屈をものともしない存在こそが、ココロちゃんの定義する神なのだと。
地球で言えば、物理法則を無視できるような存在、みたいなことなんだろう。科学絶対主義みたいなところがあるからなぁ。
「いや、私にそんなチートじみた能力はないと思うけど」
「ちーと……というのが何を意味する言葉なのかは存じ上げませんが、ミコト様は確かに、ただの人間では持ち得ぬ力を宿しておいでです」
「普通の人間は、仲間と融合なんてしない、かな」
「うっ」
「それにその美貌! まさに人間離れというに相応しいものかと!」
「とても他人に見せられた外見じゃない」
「うぅぅ……」
オルカの言い回しは破壊力があるな。悪気はないと知っていても、グサッと来る。
っていうかどっちの味方なのさ!?
「融合はちょっとおかしなジョブとスキルってだけだし、この容姿は私が自分でデザインした……って説明したよね?」
「普通の人は、自分の容姿を自分で造形して生まれたりしませんよ?」
「ぐふぅっ‼」
「ミコト、それは自爆」
言われてみたら、そこは認めるしか無い。
でもでも、それは何かしらの理由があって、たまたまそうなったっていうか、そこは私も調べたい謎っていうか。
「とにかく! 私は神様とかそういうんじゃないって。ちょっとだけヘンテコな生まれ方をしただけの一般人だから!」
「そのヘンテコが、私の定義する神の条件に当てはまるのです。ミコト様、どうかココロをお側においてはくださいませんか……?」
「邪魔しないなら、私はいいと思うけど」
「どうしてこうなった……」
そんなこんなで、結局ココロちゃんの同行を許してしまい、三人で依頼を果たしに街門を出たのだった。
空は快晴とは言わずも、心地よい晴れ。先日の雨もすっかり乾き、小気味良い日和のもと街道を行く。
向かう先は少し離れた北の山。まだ見ぬモンスターに、私達は会いに行く。
お正月ですね。皆様いかがお過ごしでしょうか。
私はいよいよストックが底をついてぐったりしております。
このままでは本当に更新が間に合わなくなってしまうぅぅ……。
誠に勝手ながら、間に合わなかった場合その日の更新はお休みということにさせていただきます。
人間は、頑張り過ぎちゃダメなんだよ。体は大丈夫でも心が。心は大丈夫でも体が調子を崩しちゃうからね。マイペースを維持していこうね。
ということで、のんびり進めていくので、のんびりお付き合いいただけると幸いです。
ほんと、勝手を言ってすまねぇ……どうぞよしなになのです。