第一九九話 試練を終えて
試練を無事に終え、出現した大鏡を潜り抜けると、すぐさま私が出てくるのに気づいたオルカたちが駆け寄ってきた。
考えてみれば相当長い時間待たせてしまっており、彼女たちは思い思いに腰を下ろして時間を潰していたようだ。
それが私の帰還を機に一斉に立ち上がると、パタパタと急いでこちらへ集ってくる。
「ミコト、おかえり」
「お、お怪我はありませんか?! 体調に変化は!?」
「思いがけず早く出てきたが、どんな試練を受けてきたんだ!?」
「スキル! どんなスキルを得たんですか!?」
「い、一斉に喋らないで、聞き取れるけど返事ができないから」
私は仮面の下で苦笑を浮かべながら、一先ず皆を落ち着かせた。
そして最初に気になったことを問い返す。
「えっと、クラウ。今思いがけず早く出てきたって言った?」
「あ、ああ。ええと、時間にして……二時間くらいか? 正直少なくとも半日くらいは掛かると思っていたんだが」
「二時間!?」
「?」
驚きだった。
何を驚いているんだという皆の疑問符を他所に、私はあちら側で過ごした時間に思いを馳せる。
一回のバトルに、多分半刻ほどの時間がかかっていたはずだ。それを何十どころか、何百戦、下手したら千を超えるほど延々と戦い続けてきたのである。一〇連勝というのはそれくらい困難な課題だった。
三〇分を千回も繰り返したなら、単純計算で五〇〇時間。日数換算だと実に二十日以上にもなる。
まぁそれは本当に千回以上も戦ったらという話ではあるけれど。そうでないにせよ、かなりの日数向こう側でやり合っていたのは間違いないはずだ。
それなのに、いざ戻ってみればたった二時間くらいしか経過していないという。
これは、ファンタジーでお約束のあれだ。間違いない。
そう、時間の流れが違うっていうやつ。
私は何事かと首を傾げているみんなに、そうした違和感を伝えた。
するとソフィアさんだけがふむと頷き、そう言えばと語る
「そう言えば、似たような話はありましたね。ダンジョンに潜り始めた日と、街に戻った日とで整合性が取れないとかなんとか。ただ、普通の冒険者は一〇階層にまで潜るとなるとそこそこの長期探索になりますからね。ダンジョンに潜り続けている内に感覚がズレたのだろうと、それらの情報は然程重要視していませんでした」
「しかし実際、大鏡の向こうとこちらでは本当に時間の流れが異なっていた、というわけか」
「不思議ですねぇ」
初めて向こうに行った時、私はそこをかの有名な精○と時の部屋みたいだと感じたけれど、実際似たようなものだったのかも知れない。
こんなことならもうちょっと修行してくればよかったかな?
なんて少し惜しく思っていると、オルカが私の体を確かめるようにペタペタと触ってくる。くすぐったい。
「それで、怪我とかはないの?」
「あ、うん。それは平気だよ。心配してくれてありがと」
「それは何よりですミコト様。待っている間、気が気ではなかったのですよ」
心底安堵したようにため息を漏らすココロちゃん。他の皆も態度こそ異なるが、内心は似たりよったりである。
そして、無事を確かめたのならばといよいよソフィアさんがぐいと距離を詰めて問うてきた。
「それでミコトさん! どのようなスキルを得たんですか!」
「ああはいはい、実はまだ確かめてないんですよ。今ステータスウィンドウで確認しますから」
彼女をぐいと押し戻しつつ、早速私はステータスウィンドウを呼び出し、スキル欄に目を走らせた。
すると確かに見覚えのないスキル名を幾つか見つけることが出来たのである。
あれだけ特殊な経験をすれば、それは当然特殊なスキルの一つや二つ生えてくるのも当たり前だろう。
私はそれらを見つけた端から音読し、皆に情報を共有していく。
「ええと、これは見たこと無いな。【並列思考】と【サーヴァント化】、あと【アルバム】に【叡視】……の四つかな」
「この短時間に四つですか! しかも、どれも聞いたことのないスキルばかりです……!!」
「詳細は分かるの?」
「ううん。まだどれも試してないから何とも」
「なら今すぐ試してみてください! さぁ!」
ソフィアさんに迫られ、私は否応なく覚えたてのスキルを一つ一つ確認していった。
それらの結果だけまとめると、先ず並列思考は文字通りまるで脳みそがもう一個あるみたいに、全く別のことを同時に考えることが出来るというものだった。
そも私は、一度に幾つものことを同時に処理するというのが得意ではあったのだけれど、それが革新的な進化を見せたような、そういうスキルだった。
さながら、もうひとりの私が頭の中に住んでいるような感覚、というのが一番しっくり来る喩えかも知れない。
そしてサーヴァント化は、そんな彼女に体を与え、自由に動いてもらうという文字通り『従者』を作るスキルだ。
体になりそうなものは何かと考え、とりあえずおっさんでいいかと早速試してみたところ、本当におっさんが一人で動き、喋り始めたものだから驚きである。現場は一時騒然とした。
一見プレイアブルのスキルに似た効果かと思ったけれど、どうやらそれとは異なるらしく。実際私が操っているという感覚は全く無いのだ。
しかしその代わり、頭の中に住んでいるもうひとりの私がお出かけしているというような、これまた不思議な感覚。
それと、おっさんには声帯機能なんて付いていないのに、どうやって喋っているのかと思えば、どうやら私経由で勝手に音声魔法を駆使しているらしい。
詳しい仕様に関しては追々調べなくちゃならないだろうけれど、ともかくサーヴァント化は私の従者を作って協力してもらう、という効果を持つスキルのようだ。
次にアルバムだが。
これに関してはそれ程特筆するようなことはない。が、際立って変なスキルだとも感じた。
アルバムはウィンドウ系のスキルで、呼び出すと私がこれまで見てきた光景の中から、特に印象的なシーンが写真画像や映像として記録されているのだ。
しかしそれだけだとも言える。特に冒険にも戦闘にも役立ちそうにない、へんてこなスキルではあった。
不意に思い起こされるのは、もうひとりの私が言っていた『隠し機能』という言葉。
もしかするとこれが……?
そして最後に叡視というスキルについてだが。
どうやら心眼から派生したもののようで、初めはどう扱うものか分からなかったそれは、しかしひょんなことから驚くべきスキルであることが分かった。
切っ掛けはおっさんが喋っているところを目撃したことだった。
どうやって喋っているか、不思議と私はすぐに理解できたのである。それも、どんな力がどう働いて声を生み出しているかが如実に脳裏へ浮かんだのだ。
もしやと思い、幾つか皆にスキルや魔法、装備の効果を軽く使ってもらったところ、やはりそれらの仕組みがはっきりと理解できてしまった。
何なら、再現できる気さえする。それこそがきっとこの【叡視】というスキルなのだろう。
つまりは、不思議な力の成り立ちを読み解き理解するスキルである。
「と、言った具合かなぁ」
私自身あれこれ試しつつ、推測も交えながら皆に説明してみたところ、約一名を除いて彼女たちはどこか遠い目をしていた。
そしてオルカがポツリと言う。
「これは超越者」
「いやいや何言ってるのさ。私限界突破は持ってないから!」
超越者とは、限界突破というステータス上限を解除するスキルでもって成長限界を破り、多くの苦難の果に見事ステータス値99の壁を突破した猛者に与えられる称号だ。だから限界突破を持たない私には当てはまらないのである。
しかしココロちゃんも、クラウでさえも小さくフルフルと首を振った。否定の否定である。
そんな私たちの遣り取りを他所に、鼻息を荒くしていたソフィアさんがたまらず絡んできた。
「流石私の嫁です! 早速これから覚えたてのスキルについて、私と一緒にじっくりバッチリ検証しましょう!」
「か、勘弁してください。流石にちょっと疲れてるので」
「そう言えば、ミコト様は鏡の向こうでずっと戦い続けていたのですよね? いくらロボバトルとは言え、さぞお疲れでしょう」
と、言われてみれば不思議であった。
私ともうひとりの私は、それこそ寝る間も惜しむどころか、休憩さえろくに挟むこと無くバトルを延々と繰り返したのだ。
それなのにどうしたことか、多少の疲れこそ感じてはいるものの、死ぬほど眠いとか、目が霞むとか、体が鉛のように重いだとか、そうした過労めいた不調は感じられないのである。
やはりそれだけあっち側は特殊な場所だった、ということだろうか? まったくもって不思議というか、不可解というか。
ともあれ、こっちに戻ってきた途端一気に疲労が押し寄せてぶっ倒れる! みたいなことにならなかったのは僥倖だった。
でも、下手に元気アピールするとソフィアさんに付け入る隙を許してしまいそうだから、なんとなくボカしておくとしよう
「そ、そうだねー。ちょっぴり大分疲れ気味かなー?」
「ミコトさん、そろそろ誤魔化しスキルとか覚えたほうがいいですよ」
「そんなのあるんですか?」
「ペテン師や詐欺師の方がよく用いるスキルです」
「失敬な。でもちょっと欲しいかも……」
なんて軽口を叩きはするが、実際それなりの疲れはあるのだ。私はさっとクラウを盾にして難を逃れると、我ながら鮮やかな手並みでもって話題転換を図った。
「と、ところでソフィアさんは鏡の試練に挑まなくていいんですか? 新しいスキルが待ってますよ?」
「行ってきます」
「待って待って! 注意事項とかもっと確認してからにしよう!」
私の鮮やかな手並みも、彼女のエッジの効いた切り返しの速さに比べたらくすんで見えてしまう。テクニシャンめ。
何の躊躇いもなく大鏡へ突入して行こうとするソフィアさんを全員で引き止め、先ずは私が向こうで体験し、知り得たあれこれを語り聞かせた。
そして私なりの解析も併せて述べておく。
人によって課される試練は異なること。それには恐らく、当人の趣味嗜好なんかが加味される可能性が高いこと。
もう一人の自分と対峙し、語らい、競うことで特殊な経験を得ることが、鏡の試練の趣旨であること。
そうした内容を一通り話し終えると、皆は自分に当てはめて試練の内容を予想し始めた。
オルカは……かくれんぼとかだろうか? 隠密が売りだから。でも器用さも彼女の強みだし、他種目競技とか?
ココロちゃんはなんと言っても力自慢。或いは治癒力勝負……なんかおっかないことになりそうだ。
クラウはきっと、そのバトル大好きな性格が災いして危険な試練になるだろう。
そしてソフィアさんは……スキル大好きなことくらいしか彼女のことよく知らないや。自称私の妻のくせに。
「では行ってきます」
「えちょ、大丈夫なんですか!? 場合によっては危険な試練が待ってるかも知れないんですよ!?」
「大丈夫ですよ。きっとスキルに関する知恵比べでもするのでしょう。絶対負けませんから」
「で、でも相手は鏡に入った時点のソフィアさんと同等の知識を持ってるんですよ?」
「ふむ。ですがミコトさんは一〇連勝もしたのでしょう? なら私にだって何とかなるはずです」
「むぅ……」
そう言えば、私はなんで自分と同じ力を持った相手に一〇連勝なんて出来たんだろう? 理屈に合わないと言うか、謎だ。
何かしら納得できる理由があるんだろうけど、不可解である。
なんて首を傾げている内にソフィアさんは行ってしまった。
ばかりか、私以外のみんなが次々に大鏡へと入っていく。
「それじゃミコト、私も行ってくる」
「ミコト様、もしものときはPTストレージで逃げてきますので、どうかあまりご心配なさらずに」
「ふっふっふ、もうひとりの私か。どんな奴なのだろうな……血が滾るぞ!」
斯くしてしばらく、私は誰も居ない大鏡の間で待ちぼうけをすることになったのである。




