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ゲームのような世界で、私がプレイヤーとして生きてくとこ見てて!  作者: カノエカノト


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第一九八話 試練クリア

 長時間というか、もはや数日にも及ぶ激戦の果にようやっと『もう一人の自分に一〇連勝する』という試練をクリアした私。

 ボロボロになった一号を拾い上げ、彼女のもとへ歩み寄っていく。

 一方でプスプスと煙を上げる焦げたおっさんを拾い上げた彼女は、それを大事そうに抱えて立ち上がった。

 視線を上げて私を見るなり、小さく笑みを作る。そんな彼女へ私は一先ず感想を伝えることにする。


「お疲れ様。まさかネタ機体かと思ったそのおっさんに、あんなに追い詰められるとは思わなかったよ」

「ふっ、確かに勝負には負けたけど、印象深さでは私の勝ちだよね!」

「それは素直に認めるよ」


 きっと、このおっさんのことはずっと忘れないと思う。っていうか、こんなことなら今の戦いを映像に残しておくんだった。

 せめて写真くらいは取っておきたいな。こんな事もあろうかと、ストレージの中には妖精師匠たち謹製のデジカメがあるんだ。


「お、なになに撮影? なら折角だしおっさん修理してからでもいい?」

「心眼持ちは話が早くて助かるなぁ」


 私が提案を述べる前に、意図があっさり伝わってしまった。

 これ、場合によっては気持ち悪がられたりもしそうだけど。相手がもうひとりの私だからか、それとも彼女だからか、嫌悪感の一つも湧いてはこない。

 彼女はそそくさとおっさんの修理に取り掛かり、私もまたボロボロの一号を直し始めた。

 もう今までのように、距離を空けて作業する必要もない。試練はクリアしたのだから。

 それが嬉しくもあり、しかしそれ以上に寂しく感じられた。

 彼女の隣で修理作業をしていると、別れの時がすぐそこまで近づいてきているのだと理解してしまう。


 修理は手慣れたもので、そもロボを一から組み上げるのにだってほんの六〇秒足らずで出来てしまうのだから、修理作業もそれ程時間を食ったりはしない。

 ただ、破損箇所を調べたりどうしたり、というのは一から組み上げるより面倒なため、五分くらいの時間は必要だった。

 それでも手際はよく、何度も戦っては修理をして、と繰り返したことで図らずも修理技術が磨かれたみたいだ。


「おっさん完全復活!」

「おー……ちょっとパワーアップしてるし。なんで純白の翼なんて生えてんの?」

「一度倒れたおっさんは、昇天して天使の力を得たのだ! エンジェルハイロゥもしっかり付いてるでしょ!」

「ほんとだ。輪っかの光を反射して、スキンヘッドが眩しいね」

「これはスキンヘッドではない。ハゲだよ」


 よく分からない残念な設定を盛ってくるもうひとりの私。

 何にしてもおっさんは、強烈な存在感を放っていた。おかしいな、最初は一号と同じ形をしていたはずなんだけど……。

 私が困惑しながらおっさんを注視していると、先んじて彼女がカメラを取り出した。


「さ、撮るんでしょ? 思い出すなぁ、生前はフィギュアをこうして撮影したっけね」

「そうだったね。よし、折角だから格好良く撮ってあげようじゃないか」


 ということで、早速おっさんと一号をモデルに撮影会を行った。

 ついでに私たちの写真もこれみよがしに撮る。

 だって、私と彼女の姿というのは、私がデザインした理想の嫁像そのものなのだもの。

 こんな撮影会、仲間たちの前じゃとても出来ない。

 というかそれ以前に、私の姿を好き放題撮れる機会なんてものが存在しない。

 私も分身とか使えたら可能かも知れないけど、こうやってワイワイするのは今回限りではないだろうか。


 だから、私たちはその後しばらく、残りの時間を惜しむようにカメラ遊びに興じたのだった。

 楽しい気持ちと、寂しい気持ちがせめぎ合って、いつしか私は笑いながら涙をこぼしていた。


「あーもー、私はすぐ泣くんだから。気にしなくていいってずっと言ってるのに」

「うぅ……だって、もうすぐお別れじゃん」

「ふっふっふ、お別れするなんてどうして決めつけてるのかな?」

「? それってどういう……」

「それじゃ、そろそろ試練クリアについての話をしようか」


 楽しい時間は瞬く間に過ぎ、私の涙を切っ掛けにいよいよ話は本題へと移った。

 彼女の意味深な言葉が引っかかり、私は涙を引っ込めて聞く姿勢を整える。

 すると彼女はおっさんを胸元に抱えながら、語り始めたのである。


「先ずは改めて、試練クリアおめでとう、私。それに、楽しい時間をありがとう」

「それは、こちらこそだよ」

「うんうん。ついてはクリア報酬についてなんだけどね」


 そう、そうだった。

 鏡の試練のクリア報酬。それは、自身が秘めたる新たなスキルの覚醒だと言われている。

 そして彼女も最初にそのようなことを言っていたっけ。隠しスキルだか、隠し機能だかをアクティベート出来るかも、みたいなことを。

 しかし考えてみたら、肝心のその方法については聞いていなかった。

 漠然と、こう……スキルオーブを使う時みたいな神秘的な感じのイベントを期待していたんだけど。

 そんな想像を抱く私に、彼女は


「クリア報酬は、なんと……」

「うん」


 勿体つけた後


「『私』をあげます!」


 などと宣い始めたのである。

 盛大に困惑を示す私へ、彼女は苦笑しながら詳しい説明をしてくれた。


「考えてもみてほしいんだけど。自分が分裂して、その相手と長時間ぶつかり合ったり、語らったりする機会ってそうそう無いよね?」

「まぁ、そうだね」

「そうしたら、それってどう考えても『特殊な経験』だと思わない?」

「間違いなくそうだと思う」

「で、私たちが一つになれば、ここで得た経験は二倍になるわけだよ」

「…………あぁ、そういうことか」


 ようやっと話が見えてきた。

 とどのつまり、彼女は消えないのだ。消えず、私と融合しようという話。

 それが分かっていればこそ、彼女は最初から別れを寂しがらなかった。


「でも一つになるって、そんな事が出来るの?」

「簡単だよ。っていうか、ここはそのための空間なんだから」


 曰く、この特殊な空間は自らの分体を生成し、相対し、ここでしか出来ない稀有な経験を経て一つに戻る。

 そうした不思議体験が出来る、一種のアトラクションのようなものだという。

 とは言え場合によっては自分自身と剣を交え、命を落とすような人もいるそうだけど。アトラクションと言うには些か物騒にすぎる。

 でもまぁ、そういうことであれば安心だ。お別れは何時だって寂しいもの。

 けれどまだ疑問もある。


「一つになるのは良いとして、その後はどうなるの?」

「どうなる、か。まぁそもそも私と私は同一人物だからね。私の中に、私からの別視点だとか、私が得た考えや思いつき、感情なんかが追加されるって感じかな?」

「それはつまり、『私』はいなくなるってこと?」

「色々ややこしいんだけど、そもいなくなるとかっていう話じゃないんだよ。私はこれからも私だし、それは私も変わらない。ただ一つに戻るだけっていうことなんだけど……それもこれも、まぁ戻ってみれば理解できると思う」

「むぅ……そっか。でもやっぱり、ちょっと寂しいんだけど」

「まぁまぁ、その代わりおっさんは手元に残るからさ。寂しいならそれで気を紛らわせてよ」

「それは嬉しくないなぁ」


 話も一区切りついたことで、彼女は居住まいを正し、私にエンジェルおっさんを差し出してきた。


「それじゃ、そろそろ戻ろうか。きっとオルカたちも心配してるよ?」

「む。それはそうだね……分かった。で、どうやるの?」

「それはよく知らない」

「えぇ……」

「でもまぁ、とりあえず手でも合わせてみる?」


 私と彼女はさながら鏡でも見ているように同じタイミングで、左右あべこべの手を上げ、ゆっくりと近づけて、恐る恐る重ね合わせた。

 一人で合掌した時とも違う、私と同じ体温。それが如何にも不思議で、言い得ぬ感覚に少しだけ戸惑っていると、唐突にそれは起こったのである。

 私の手は彼女の中に。彼女の手は私の中に沈むように吸い込まれ、さながら大鏡を潜った時のように私たちの手はずぶりと、触れ合う境界へ沈み合った。


「こ、これ大丈夫なの?!」

「た、たぶん……やれば分かるさ!」

「我ながら潔いね……分かったよ。行くか」


 そうして私は彼女の中へ。彼女は私の中へと沈んでいったのである。


 一瞬の暗転。

 その後、私が立っていたのは、見慣れた広大な空間だった。

 大鏡の広間でもなければ、世界を鏡が隔てる先程までのそれとも違う。

 ただ延々と無機質で白く、平たい大地の続く地面と、抜けるような青空。それと、適当に配置されたような入道雲。ただそれだけの、他に何もない場所だ。

 鏡の壁は、どこにも無くなっていた。


 そして私は、彼女が……いや、私が言っていたことの意味をようやっと理解する。

 私は確かに『私』が見ていたもの、感じていたこと、考えたこと。それら全てを自らの内に懐いているのだ。

 別れ際の寂しさもあれば、察しの悪いやつだなという少し困った感情もある。私と私は、なるほど確かに一つになったし、一つに戻った。

 彼女は私だったし、私も私だった。

 そして私は、一つの私に戻ったのだ。ああもう、ややこしいな。


 ただひとつ。

 私の手には、一号とおっさんの二体が握られていた。

 それらに視線を落とし、少しだけ感慨に耽った後。


「はぁ……帰るか」


 私はそれらをそっとストレージにしまい、いつの間にか目の前にぽつんと出現していた大鏡に向けて歩き出したのである。

 大鏡の出現にこれと言った驚きも感じなかったことから、彼女の中にあった『この空間に関する知識』とやらが、どうやらそのまま引き継がれているらしいと。頭の片隅でそう理解した。

 私は最後に、美しくも虚しい白と青の景色を目に焼き付け、大鏡を潜るのだった。

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