第一九七話 おっさんとロボ
二号の尻より吹き出した大量の白煙は、爆発的に広がるとその場に滞留した。正しく煙幕である。
私からは煙の中なんて見通せない。他方でもうひとりの私はと言えば、操縦者である彼女自身が目となり、私の操縦するロボ一号を捉えている。一方的に位置を把握されている状況は如何にもよろしくない。
慌てて背に携えた翼の羽ばたきでもって白煙の除去を試みるも、それより早く二号に動きがあった。
無数のレーザーが白煙の中より一号めがけて飛び出してきたのである。
同じ心眼持ちの彼女には、それを駆使しての先読み回避というのは通じない。が、私にはゲームで磨いた直感がある。
胸騒ぎにかられて一号に回避動作をさせれば、どうにかレーザーの大部分を避けることに成功した。が、幾らかの損傷は受けてしまった。
「まだまだまだぁ!」
「こんのぉ!」
回避の動作がてら尻尾をぶん回せば、そこから生じるのは風の刃である。
薄く鋭いそれに、煙幕を吹き飛ばすような効果はないけれど、煙を引き裂きその中に存在する何者かをぶった斬るには有効な一撃となるだろう。
風刃は尾の軌跡より扇状に広がり、広い範囲に斬撃を及ぼした。水平に飛翔する不可視の刃は、白煙を切り裂く際にだけその姿を類推的に顕とし、俯瞰から見る分にはなかなか派手で見応えのある光景だった。
しかし重要なのは、その斬撃がもたらした効果である。
風の刃は二度三度と、放つ角度や高度を変えて繰り出したが、どうにも手応えは感じられなかった。もしかすると煙の中で縄跳び宜しくぴょんぴょんジャンプして避けているのかも知れない。
おっさん姿の二号がそうした動きをしているのかと思うと、なんだかイラッとした。おちょくられている気がして。
そして手応えがないということは当然、反撃も返ってくるということで。
「そっち!?」
「おっさんの底力を見ろ!」
再び白煙を突き抜け飛来した無数のレーザーは、しかし全く思いがけない方向より一号へと襲いかかったのである。
当然光速でもって迫るそれを回避することなど能わず、直感で大ダメージを避けるのが精一杯だった。
完全に術中に嵌っている自覚がある。これは拙い展開だ。ダメージも自動で回復してくれるわけでもないのだから、これ以上一方的に痛めつけられるのは不利どころの話ではなくなってしまう。
私は瞬時に思考する。あのレーザーは一体どの武装より放たれているものなのか。
尻は多分違う。推進装置と煙幕を吐くギミックを既に見せた尻に、レーザーは搭載されていないだろう。
であればあのヒゲだろうか? だが、それも考えにくい。ヒゲの見せた動きは、対象の拘束に特化した性能のように見えた。更に何かあるとしても、恐らく刺突か斬撃かの物理的要素が精々だろう。
だとするなら、消去法的にまつ毛ということになるだろう。あの幾筋ものレーザーは、きっとまつ毛一本一本の毛先から射出されているとか、そういう仕組なんじゃないか。
だとすると、どうしてレーザーはそれぞれが、あんなにバラけた位置から飛んできたのかが気になるところだ。
白煙を突き破って伸びてきた光の筋は、しかし一箇所からの集中したものというわけではなく。規則性も特に見られぬバラバラの高さ、間隔、角度から、一斉に一号めがけて放たれたのだ。
それを踏まえて考えるに、もしかしてまつ毛はあのヒゲのように自在に伸ばせるのではないか?
それにヒゲは枝のようにブワッサァ! って伸び広がったけど、まつ毛の方は触手のようにより自由に動かせるのではないか。私は即座にそうあたりを付けた。
そして、もしそうだとするなら、どう対応すべきかと思案する。
やはり最優先事項は煙幕の除去か。だが、除去した端から再び白煙を振り撒かれたのでは意味がない。
白煙ごとおっさんも排除できるような大技というのも、残念ながら持ち合わせがない。
可能ならおっさんの位置を正確に把握し、白煙の優位性から来る油断を逆手に取った一発逆転が好ましいが、それ程都合のいい手なんてパッと出てくるものでもない。パッと出るくらいなら、彼女だって警戒しているはずだ。
なら、取れる手から取っていくべきか。
「これなら!」
未だに断続的に飛んでくるレーザーからの被害をどうにか最小限に抑えつつ、一号の翼に仕込んだ六門のビーム砲を、その短い照射時間の内に上から下へとぶん回してみせた。
すると等間隔に白い煙幕は縦に引き裂かれ、もしまつ毛を長く伸ばしていたなら断線させることが出来たはずだ。
「くっ」
彼女の反応から、どうやら効果はあったようだと確信を得る。自慢じゃないが、私は嘘が下手なんだ。ならば当然もうひとりの私も同様のはず。
悔しがるフリではない。とするなら、今の一撃は二号に何らかの痛痒ないし、面倒を強いたことになる。
であればすぐさま、相応の対応を見せるはずだ。
まつ毛を伸ばしてはビームで切り裂かれ、断線させられる。そうと分かればまつ毛はすぐに引っ込め、別の手段を用いての攻めに移行するだろう。
だが、私の推察が合っているとすれば、既に二号の武装による攻撃はあらかた見たことになる。
一方こちらはまだ角の力を見せていない。優位性はこちらにあると見て良いのではないだろうか。
すると案の定、二号は新たな動きに出た。煙を追加で吐き出し始めたのである。
それはたちまち大きく広がり、一号の姿をも呑み込もうとしていた。
この局面でこういう手に出てくるというのは即ち、互いに視界を利かなくして有利不利を一旦有耶無耶にしようという腹か。
そうでないなら……白煙全域に紛れるよう、捕縛用のヒゲを伸ばしている可能性がある。
あの枝分かれを見るに、無い話ではないと思えてしまった。
だとするなら白煙に呑まれるのは危険だ。それに、白煙という妨害工作を仕込んである以上、彼女の方には少なくとも自分のロボの位置くらいは煙幕の中にあっても把握できるような仕込みがあっても不思議ではない。
もしかしたら一号の位置までも、何かしらのレーダー機能のようなもので把握される恐れすらある。
もしもそうなら再び一方的な不利に立たされることだろう。
「ええい、厄介な!」
翼をはためかせ、高く飛び上がった一号はそのまま中空に留まった。そう、翼は飛翔ユニットの役割をも備えているのである。
翼を備えているくせに飛べないなんてあり得ないからね。そこは飛べて当然であり、もうひとりの私にしてもこれに関しては驚きも感心もない。
ただ、一号が飛び上がるということは読んでいたのだろう。途端に次の動きがあり、私はまんまと踊らされたことに歯噛みする。
煙の中からおっさんが飛び出し、一号へ肉薄してきたのだ。尻からはゴゴゴボボボという何かしらを噴出している低音を響かせ、きりりとした表情で殴りかかってくる。
「オナラジェットアターック!!」
「ぶふぉぉ!!」
一号はどうにか身を捩って直撃を免れたが、私は笑いをこらえそこねて地に伏しそうになった。が、根性で操作を続ける。
おっさんこと二号の攻撃は、飛び上がりざまの強烈なアッパーに始まり、尻から得る爆発的な推進力を巧みに駆使した見事な空中殺法である。万能マスタリーの恩恵とゲーマーとしての技術から成る妙技に他ならない。
尻から推進力を得るたびに、ゴォッっとオナラらしからぬ轟音が響くものだから、巫山戯ているのか真面目なのかさっぱり分からない絵面である。
しかしその攻撃の鋭さだけは紛れもない本物であり、一号とおっさんはしばし空中組み手という某アニメめいた攻防を繰り広げることとなった。
が、それも一時のこと。一瞬の間隙を狙い展開されたるはヒゲによる捕縛網。
そう来ると予想していればこそ、ビームキャノンに推進機関のマネごとをさせて咄嗟にその場を離脱。決定打をどうにか逃れた。
が、おっさんは諦め悪くその目を輝かせた。否、輝いているのは目ではない。まつ毛だ。
私が捕縛網を逃れると予想してか、間髪入れず放たれたのは、レーザーを束ねた強力なビームである。双方の目より二本の光が閃けば、とうとうそれらは一号の翼を穿ち飛翔能力を著しく破壊する。
「とどめだ!」
そして姿を見せるは、おっさんの最後の隠し玉。
素早く身を反転させ、一号へ向けてプリッと尻を突き出してくるおっさん。
あまりの奇行に、思わずひっと私の喉が鳴る。が、まるで意にも介さずおっさんはフンッ! と一つ踏ん張りを入れた。
するとどうだ。尻の間から、何かがニョキリと飛び出したではないか。最悪である。二つの意味で最悪だ。
一つは絵面。此処までやるのかと言いたくなるほど、悪い方に吹っ切れた下品な有様は、ともすればそれだけで戦意を喪失しかねないほどの威力を孕んでいた。
そしてもう一つ。
尻から飛び出したそれは、砲門だったのである。こ、肛門ではない。砲門だ。
それは既に明々と光を溜め込んでおり、発射寸前の状態であった。
この局面に出してくるからには、一撃必殺の威力を持っていることは想像に難くない。本来ならきっと、ヒゲで絡め取った相手に打ち込むよう考えられたキメワザだったのだろう。
空中の只中に於いて、翼に穴を穿たれた一号はそのキメワザを咄嗟に避けるだけの身動きがとれない。
そう、それは彼女がとどめを確信するのに十分なほどだった。
だが私にだって、とっておきはあるのだ。
そう、三つが武装の内最後の一つ。角である。
頭部に携えた角に仕込んだ機能は二つ。
一つは外部ジェネレーターとしての機能。
大気中の魔力……というか、魔力の元となるMPか。それを角に集め、魔力へ変換し溜め込むこと。それが機能の一つだ。
そしてチャージはバトル開始直後からスタートしていた。現在は十二分に魔力を生成、貯蓄が済んでおり、何時でも切り札を切る用意は出来ているという段階にあった。
だから、私は此処ぞとばかりにそれを行使する。
二本の角はたちまちガシャリと変形し、前方へと突き出る形となった。そんな双方の間にふと、光を放つ球体が生じた。
それは濃密な魔力でもって織り成された、大出力の破壊を内包せし光球だった。
ボゥと灯ったそれは束の間、苛烈なまでの熱線となって打ち出されたのである。
おっさんの砲門より、極太の赤き光が放たれるのと示し合わせたかのように、同じタイミングでのことだ。
戦いの決着に、ビームのぶつけ合いだなんて。期せずして生じた熱い展開に、思わず私と彼女の口元もニンマリ。
「往生せいやぁあああ!!」
「おっさんの尻に焼かれろぉおおお!!」
思わず叫ぶ私たち。
互いに放った極光は、僅かな拮抗を見せた。が、すぐに決着は明らかとなった。
あれこれと派手に立ち回っていたおっさんの消耗は明らかであり、如何な切り札とてその威力はおっさんの全攻撃中最強ではあっても、一号がバトル開始時から蓄え続けた魔力量にて編み出したそれを凌駕するほどではない。
そう、即ち。
おっさんの尻から放たれし赤光は、僅かな均衡の後あえなく、一号の放った極光に飲み込まれたのである。無論、おっさん諸共に。
「おっさぁあああああん!!」
謎テンションからか、感極まった彼女の悲痛な叫びが広大な空のもとへ虚しく消えた。
もうひとりの私は膝から崩れ落ち、その足元へ大きな損傷を負ったおっさんがプスプスと煙を上げつつ転がってくる。
それを認め、彼女はどこか晴れ晴れとしたような、しかし残念なような。そんな顔で宣言するのだ。
「……お見事。私の負けだよ、私。一〇連勝、達成だ!」
「……っ!!」
斯くして私は何日分とも知れない長時間の激戦を制し、見事無理ゲーを達成してのけたのだった。




