第一九五話 小さな戦士たち
「私の課す試練。それは、この私に『ロボバトルで一〇連勝』することだよ!」
「な……っ」
鏡のダンジョン一〇階層。ついに鏡の試練へ挑むべく大鏡に突入した私は現在、私と全く同じ姿形をした、鏡から現れたミコトに試練の内容を聞かされている最中である。
受けるか否かはその内容を聞いてから決めていいと言われたため、とりあえず試練が如何なるものかと訊いてみればこれだ。
念の為認識に違いがないか、私は問い返してみる。
「ロボって、私が今作ってるおもちゃのこと?」
「そう、それで戦うの。それなら怪我もしないし、安全でしょ」
「それはそうなんだけど、でもそんなことでいいの? 隠し要素を引っ張り出すための試練なんでしょ?」
彼女が言うには、試練に打ち勝つことで、私の中に秘められた隠し機能的なスキルを覚醒させることが出来ると。
しかしそのための試練がロボでのバトルというのは、一体どういうつもりなのか甚だ疑問ではある。
それで良いのなら、適当な人を相手にロボで勝負を仕掛けまくっていれば、いずれその隠しスキルとやらを覚えることが出来るんじゃないのか、と首を傾げてしまう。
対してもうひとりの私とて、私の疑問は当然予想も理解もしていたようで。
「よく考えてみなよ私。自分と同じ思考をして、技術を持って、判断を下す。そんな相手に一〇連勝だよ? それが生半可なことだと思う?」
「普通に無理ゲーだと思う」
「そう。そしてスキルを呼び起こすのはいつだって、意識と経験と適性が切っ掛けになるんだ。自分と同じ動きをする相手と勝負する機会がそうそうあるとでも?」
「む。そう言われてみると、確かに特殊な機会ではあるね。だからここでしか覚えられないスキルがあるってこと?」
「たぶんね。私も詳しくは知らないけど」
そう言って小さな苦笑を漏らす彼女。
曰く、もうひとりの私は基本的に私が知っている以上のことは知らなくて、試練やそれにより得られるスキル云々というのは、いつの間にか頭の中に仕込まれていた知識のようだとのこと。
恐らくここで生み出された際に付加された、最低限のマニュアルのようなものだろうと彼女は語った。
でも、そんな話を聞いちゃうとちょっと複雑な気持ちになる。だって彼女はここで生まれたんだって自覚しているんだ。なら、この試練が終わったらどうなるのか。消えてしまうのか。消えてしまうとしたら、それは死んじゃうことと同義じゃないのか。
それは、嫌だな……。
「あ。変なこと考えてるね?」
「変じゃないし。真面目だし」
「まぁそんな事はいいんだよ。それで、試練は受けるんだよね?」
「……受けるけど」
流石同一人物と言うべきか、彼女に私の考えは筒抜けのようで。
しかしそれは気にしなくていいと彼女は笑う。
ともあれ、危険がないというのなら試練とやらはしっかり受けて、きっちりクリアしたいものだ。
そこで改めてその内容に思いを馳せ、その無茶振りに眉根が寄る。
「とりあえずまずは一戦してみないことには、何とも言えないか」
「だね。じゃぁロボは各々用意するとして、先にルールを決めようか」
「そう言えばちゃんとした勝ち負けを決めるギミックについては、まだ搭載してなかったなぁ」
「戦闘不能までやったんじゃ、修理が手間だよね」
「じゃぁ攻撃が直撃したら一本かな。剣道とか空手みたいである意味分かりやすいでしょ」
「おっけー」
なんか、自分と会話するって変な感じだ。ちゃんとやり取りしてるはずなのに、一人で喋ってるような気分になる。
早くもなんだかペースを崩されつつあるけれど、とりあえずストレージから試作機の一体を取り出した。
すると同じタイミングでもうひとりの私もロボを手にする。彼女もやっぱりストレージが使えたりするんだろうか。だとしたらその中身ってどうなってるんだろう? 考えれば考えるほど不思議というか、疑問は尽きない。
が、それは考えても詮無いこと。早速私はリモコンでロボを操作し、手の上より白く無機質な大地の上に着地させた。彼女もまた、それこそ鏡みたいに同じタイミングで同じ動作をしてみせる。しかも、合わせようとしたわけでもなく自然にと言うのだから、ますます奇妙な感じだ。
「さて、それじゃぁ私、準備はいいかな?」
「いつでもいいよ」
「よーし、んじゃいくよー。さん、にー、いち、始め!」
私たちの間にある距離は、ざっと一〇メートルちょっと。二体のロボットは互いの足元より一斉に駆け出し、距離を詰めていった。
今回用いるロボの武装については、近接用におもちゃの剣と盾、それと肩には風の弾を打ち出すキャノンが一つ乗っかっている。ぶっちゃけ現段階のロボは、アクション重視で制作しているため、子供にこのまま与えては大変危険な仕様となっている。主に流れ弾が怪我の原因になり得るのだ。
しかし今回は、決着がわかりやすくて寧ろ好都合である。
早速距離を詰めながら、互いにキャノンを放ち牽制を行う。が、面白いことに撃ったタイミングも軌道も丸かぶりで、なんと風の弾同士が空中にて衝突。相殺されてしまうという現象が起こった。
「「なんとぉ!」」
操作している私たちはその珍事に目を丸くして驚くも、その指はしっかりリモコンを操作し続けている。
ロボたちは鏡写しのように同じように駆け、同じようにフェイントのステップを踏み、同じように剣を振った。
しかしそれは正に、鏡に対して斬りかかるような驚くべき光景であり、その結果として振るわれた剣は交差するのではなく真っ向からおかしなぶつかり方をするのが目に見えていた。
だから私は、私たちは互いにそれを寸止し、跳び下がりながら盾を構えつつキャノンを放ったのだ。
そして弾はまたも相殺。
その後も、驚くべきシンクロ率でもって対峙する私と彼女のロボ。
結果、その一戦は一旦引き分けとして話し合いを設けることにしたのである。
「どうしよう。決着が付かない!」
「勝ち負け以前の話だったね」
「これは、一工夫する必要がありそうだ」
「アレを作るか……」
「それが一番だろうね」
ということで、早速アイテムストレージより適当な素材を引っ張り出して、クラフトスキルを駆使し作ったのは一抱えほどの大きさの箱である。
材質は何でも良かったので、軽い金属を用いた。形状は天板の中央に、手を突っ込めるだけの丸い穴が空いている以外はなんてことのないサイコロ状の箱である。中は空洞となっている。
これが何なのかと言えば、勿論くじ引きボックスに他ならない。
続いて取り出した紙片には、ロボに装備させる武装を一枚一枚記していく。
そう。バトルの前に、先ずくじ引きを行い武装を抽選で決定しようというのだ。
そうしたなら、いくら考え方が全く同じだったとて、戦略の組み方は臨機応変に変化する。先程のような千日手とはならない、という寸法だ。
なので、くじ引き後にはお互い武装制作や機体調整のための、カスタマイズタイムが設けられることとなる。何だったらロボに手を加えてスペックアップを図ってもいいという話となった。
そうしてあれよあれよとくじの準備は済み、私たちは交互に一枚ずつ、計三枚くじを引いた。
相手が何を引いたのかは分からない。心眼でもなるべく見ないよう心がける。というか具体的な内容までは見通せないのだけれどね。
で、私が引いた装備の内容とは。ハンマー、金槌、トンカチの三枚。
「えぇぇ……こんなことって……」
「お? なになに、私ってば運に見放された感じ?」
「むぅ、同一人物なのに運は平等じゃないんだね」
「ふっふっふ。まぁ精々カスタマイズでなんとかすると良いよ」
というわけで、即興で私はどうにかちゃんとした勝負に持ち込めるような三つの槌をせっせとこしらえたのである。
これまで妖精師匠たちのもとで磨いた物作りの技術をこれみよがしに活用し、戦略を意識しつつ武器を作る。
何とも、これはこれでとても楽しい遊びに思えた。そしてそれは、どうやらもうひとりの私も同じようで。
少し離れた場所で作業をしている彼女もまた、戦略を練りながら装備を作っているようだ。
なんだか楽しそうだな。傍から見る私って、あんな感じなんだなぁ。
そうして少し恥ずかしいような、むず痒いような気持ちを抱えつつ、私と彼女はせっせとそれぞれの機体を仕上げたのである。
機体いじりに使える持ち時間は一〇分間と予め定めてあった。
リリリと魔道具タイマーが時間を知らせる頃、私も彼女もどうにか仕上げたそれを携え、先程と同じくらいの間隔を空けて対峙した。
「さて、一回戦目はあれとして、ここからが本番だよ。私に勝てるロボは用意できたのかな?」
「さぁね。そのつもりで頑張ったけど、後はやってみてのお楽しみかな」
「いいねぇ、私なのに、私とは別のことをしてるなんて面白くなってきた。早くやろう!」
「じゃぁ合図宜しく」
彼女にスタートの合図を任せると、私たちはそれぞれに自分の機体を地面へ立たせた。そしてリモコンを構えスタンバイを整える。
互いに用意が出来たことを認めた彼女は、弾むようにカウントを始めたのだった。
「それじゃぁ改めて。いくよー……さん、にー、いち、バトルスタート!」
開始の合図と同時に、私は金槌を一本相手のロボ……あー、区別のために二号と呼んでおこうかな。その二号へ向けて思い切り投擲した。
金槌は重力に轢かれるでもなく、クルクルと回転しながら水平に飛ぶと、吸い込まれるように二号へ迫っていく。
しかし当然二号も呆けて見ているようなことはなく。何なら私が投擲をしようという意図すら心眼で筒抜けだったはずだ。
だから投擲直後の隙を狙って射撃が飛んでくる。
二号の武装はといえば、弓、剣、眉毛の三つだ。眉毛は私がネタで入れたハズレくじである。でも、当然何らかの形で武装として実装しているに違いないだろう。
どんな武装と化しているかは分からないが、二号には立派な眉毛がしっかりついている。なかなかダサ凛々しい。
二号の放った射撃は当然弓によるものだが、私だって射撃が来ることは分かっていた。であれば回避も当然容易く。半ば牽制のようなそれを躱してからが本番といったところ。
っていうか、今の射撃って矢じゃなくてビーム飛んできたんだけど。ビームアローってことですか!? もうひとりの私め、やりおる!
二号は牽制を終えた直後、飛来する金槌に対する何らかの対処が求められ、対して私は一手分の優位を得た。が、いかんせん対象と距離がありすぎる。
たかが一〇メートルの距離はしかし、小さなロボにしてみたらなかなかのものだ。
生前で言うと、よくあるフィギュアのサイズが七分の一スケールだったから、それと似たような大きさのロボにとって一〇メートルとはそれだけ広く長い距離に感じられるというわけだ。
流石にそれを一瞬で詰められるような駆動は、今のところ出来ないロボである。であれば有利なのはビームアローなんてものを携えているあちら側ということになるだろう。
飛来する金槌への対処もさして慌てた様子もなく、その自慢の眉毛で……自慢の眉毛で!?
「眉毛ビーム!」
「ビーム大好きかよ! 分かるけど!」
二号のそのたくましい眉毛が一瞬輝いたかと思えば、次の瞬間眉毛よりなお極太の赤みがかった光線が放たれ、光の速度でこちらへ迫った。
私のロボ、仮に一号とするが、一号はその予兆から既に回避行動を取っており、ビームの目的が金槌の迎撃であると分かっていればこそ大きくその射線上から飛び退いたのである。
あと、その背後でロボを操縦している私もついでに回避行動を取る。おもちゃのくせに、なんて攻撃を仕込んでるんだもうひとりの私め。まぁ人のこと言えないんだけどね。っていうかどのみち他人事じゃないし。
足元を通り過ぎていくビームに軽くビビりながら、私は一号の操作を続ける。この距離は致命的に不利だ。一刻も早く詰めなくてはならない。
幸いあんな燃費の悪そうな攻撃を、この最序盤にぶっ放してきた二号は魔力が回復するまで無茶な射撃も出来ないことだろう。
私はビームアローを警戒しながらも、背に担いだ大きなトンカチを一号に構えさせ、ギミックを発動させた。
トンカチに仕込んだギミックは、ブースターである。けん玉で言う各皿の部分に大出力ブースターを積んでおり、乗り物としても武器としても使える代物に仕上げてあるのだ。
これを駆使して、加速しつつ二号へ接近する一号。
対して二号はビームアローの狙いがつかないと見るなり、剣へと装備を持ち替え迎え撃つ構えをとった。
そこへハンマーとトンカチを携え突っ込んでいく一号。
斯くして二回戦目もまた、盛大にどんぱちを繰り広げたのだった。




