第一九〇話 次の目的地
その日、珍しく生前の夢を見た。
私は、いわゆるサブカルチャーというものが大好きで、特にデジタルゲームコンテンツはジャンルタイトル問わず、暇さえあれば遊び散らかしたものだ。
ネットを介すことで世界中の誰とでも対戦や協力プレイが楽しめる。だから遊び相手には困らなかった。
そんな私には実のところ、よく一緒に遊んだネット上の親友と呼べる存在がいたんだ。
とあるゲーム内で知り合い、SNSで親交を深めたゲーマーの友達。名前は『ウロ』。
なんとなく波長の合う子で、たくさんのゲームを彼女と一緒に遊んだ。
夢に見たのは、そんなウロとのワンシーン。
『メイといると、本当に退屈しないゼ』
「それはお互い様だよ。ウロと一緒なら、どんな退屈なゲームでもずっと遊んでいられるもんね」
あ、メイというのは私のネット上での名前だ。生前は『命』と書いて『ミコト』だったから、読み方を変えただけというなんとも安直なハンドルネームである。
最初にそう名乗ったのが小学生の頃で、そのせいか愛着も湧いてずっと使っていた。
『なぁメイ、ワタシとずっとトモダチでいてくれるカ?』
「何だよ親友、当たり前じゃん!」
『そっカ。ありがとう、大好きだゼ親友!』
なんて。
そんな青臭いやり取りが泡のように浮かんで、消えた。
それからはとりとめもなく、思いつくままに彼女と遊び続ける。そんな夢だった。
ただ楽しかったことだけが、印象に強く残る。
ふっ、と。
おもちゃ屋さんのベッドで目を覚ました私は、そんな少し浮かれた気持ちだけを余韻として残し、現実であるこのゲームじみた世界へ帰還を果たす。
そう言えばウロには、ちゃんと別れを告げることも出来なかったっけ。
思えばそう、今の私の体。ミコトボディを作る時も、彼女には相談に乗ってもらったのだった。
どうしてだか今更、とても懐かしいような、ホームシックめいた気持ちが浮かんでくる。
私は小さく頭を振ると、気持ちを切り替え、少し勢いをつけて上体を起こす。
生前の思い出をほじくり返してみたところで、今更どうにもしようのないことだ。
顔でも洗って気分を切り替えようと、私はもぞもぞとベッドから降り立つのだった。
★
クラウが正式にPTメンバーとして加入してから、早くも一週間が過ぎた。
イクシスさんとの試合による疲れもすっかり抜け、体調はなかなか良い感じだ。今朝の軽いホームシックも尾を引くことはなかった。
天気は薄い雲はあれど概ね晴れ。時刻は一〇時半頃。今日は特に依頼を受けるという予定もなく、さりとて向かう先は冒険者ギルド。
その目的はと言えば、いよいよ予てより挑もうと話し合っていた例のダンジョンへ向かう旨を、ソフィアさんに告げることである。
道すがら、仲間たちと交わすのは他愛ない話題。
「それにしても一瞬だったなぁ、オルカの昇級」
「ミコトだって、実力で言えばもうB以上ある」
「ですです! 活動期間の問題で試験さえ受けさせてもらえないだなんて、酷い規則もあったものですよ」
「まぁそれだけ、ミコトの成長ぶりが一般の冒険者とかけ離れているという証左だろう」
そう言えば私が冒険者になってどれくらいになるのだっけ? 半年……はまだ経ってないから、四ヶ月くらいだろうか?
相変わらず私、普通の冒険者がどうのっていう基準がよく分からないままでいるのだけれど、そのうち適当なPTと合同で依頼でも受けてみたらいい勉強になるかも知れないな。
「鏡のダンジョンで、なにか分かるといいですね。ミコト様のこと」
「随分回り道をしてしまったけれど、今の私たちなら問題なく辿り着けるはず」
「鏡の試練か。私も噂くらいしか聞いたことがないから、正直楽しみだ。どんな強敵と戦えるのだろうな」
「自分の正体、かぁ……」
事故で死んじゃって、この世界に来て、何も分からないまま頑張ってる内にやれることも増えてきて。
正直、今更その辺りのことは解明する必要があるのかすら定かではないんだけど、やっぱり気にはなるよね。
この世界は何なのか。私はどうしてこの世界に来て、この体で存在しているのか。不思議で気がかりなことはちらほらある。
ようやっと私は、それら諸々に関して調べて回れるだけの力を得たんだ。
とは言え今のところ、確かな手がかりなんて無いに等しいんだけどさ。
私のことを知ってる人なんて誰もいない。そんな世界で自分とはなんぞ? なんて調べるとか。雲を掴むような行為に等しい。
それでももしかしたら何かヒントが得られるかも知れないということで、鏡のダンジョンっていう特殊な試練を擁するそこへ挑もうというわけなのだけれど。
ここまで引っ張っておいて何もなかったら、いよいよ途方に暮れてしまうな。
なんて、漠然とした不安にかられている内にギルドは目の前となり。
私たちは馴染みの入口を潜って、ガラリと代わる気温と匂いに小さく鼻をひく付かせた。
併設されている飲食スペースからは、ふわりと食欲を刺激する香辛料めいた匂いがする。が、ちゃんと朝ごはんは食べてきたからそちらに用は無い。
私たちは一様に、受付嬢さんたちがせかせかと事務仕事をこなしているカウンターへと足を向けた。
その一角に、我らが担当受付嬢のソフィアさんが相変わらずの無表情で鎮座しておられる。
近づいてくる私たちを早速捉えていた彼女は、私たちがカウンター前にたどり着くなり定型句を投げてくる。
「おはようございます皆さん。本日はどういったご用向きで?」
「おはようございますソフィアさん。実はそろそろ件のダンジョンに向かおうということで、今日はその予定を伝えに来ました。あと何か情報があれば聞けないかなと」
「! 件のダンジョンと言うと、鏡のですか? 出発はいつ頃を予定されているのでしょう?」
「そうですね、今日は準備に当てるとして、明日からの予定です」
「むぅ、困りますね。そういうことはもう少し早くに知らせておいてもらえないと」
なにか不都合があるのか、表情筋死にがちの彼女がいつになくムッスリと僅かに眉根を寄せてみせる。
他方で、一体どうして彼女がそんな事を言うのか解せなかったオルカたちは、揃って表情に疑問符を貼り付けた。
私だけは、心眼の効果もあってなんとなくその理由に察しがついている。
「まさか、ついてくる気ですか?」
「? 勿論そうですけど」
「何が勿論なんですかね……」
そりゃ、彼女が強いことは知っている。以前数体のワイバーンを正しく瞬殺せしめたその妙技は、へんてこだなんだと言われるスキルを幾つも所持している私をもってして、正直何が起きたのかよく分からなかったほどだ。
正しく底知れない存在。それが戦うソフィアさんである。
そんな彼女がPT加入を望んでいる。本来なら歓迎すべき追加戦力なのだけれど、いかんせん彼女の嗜好には付き合いきれないと言うかなんと言うか。
おまけに私を嫁と言って憚らないその言動からも、癖が強すぎて扱いに困ってしまうわけで。
と言うかそれより何より。
「ソフィアさんは受付嬢でしょう。お仕事は良いんですか?」
「良いんです」
「いいわけないでしょう!」
そこへ思わずといった具合にツッコミを入れてきたのは、近くで話を小耳に挟んだ同僚の受付嬢さんだった。
顔は知ってるけど名前は知らない。たまに度が過ぎたソフィアさんを羽交い締めにして奥へ引っ張っていく姿を見かけるけど、先輩かなにかなのだろうか。そこそこ美人な、茶髪のお姉さんである。
それからしばし、私たちを蚊帳の外へ追いやってのお説教が始まった。
曰く、休みの取り方が強引だとか、唐突にサボる癖があるとか、ノルマがこなせれば何をしても良いわけじゃないとか。挙げ句無断欠勤までやらかしていることがここで判明した。
このままだといくら優秀でもクビになるぞと、語気も強く脅されるソフィアさん。
しかし当の彼女は表情筋一つ動かさず、問題ないと答えた。
「大丈夫です。私、ミコトさんのPTに入りますので」
「~~~っ!」
火に油を注いでしまったようである。
そのくせ、お手本のような馬の耳に念仏の様相を呈しており、私たちはそっとその場をあとにしたのだった。
ギルドを出るなり、オルカがボソリとつぶやく。
「あの様子だと、絶対ついてくる」
「だね……」
「間違いないです」
「観念して、ソフィア殿の分の食材なんかも仕入れておくか」
元来鏡の試練というのは、自らの内に眠るスキルを呼び覚ますための試練だとされており、これを達成できた者はおしなべて新たなスキルに目覚めるらしい。
そこに私たちが挑もうというのだから、まぁスキル大好きソフィアさんが黙っているはずもなく。
ある意味彼女の反応は、私たちの想定した通りのものだった。
まぁ、思いがけず情報はあまり聞くことが出来なかったけれど。それに関しては以前よりチラホラと調べて回っていたため、あわよくば初耳の何かが聞ければという薄い期待に基づいた質問であった。なので収穫がなくとも落胆はない。
流石に今回は、ダンジョンに一月も籠もるような無茶なことはやらかさない。
何だったら一度潜り始めさえすれば、ワープやフロアスキップのスキルを駆使してののんびり攻略だって可能なのだ。
なので実際、そこまで念入りな支度が要るかといえば、そうでもないのだけれど。
言うなれば明日からの攻略に向けた、準備日と称しての休養日のようなものである。
その日は皆で適当にお店をひやかして回ったり、オレ姉のところへ顔を出したり、ハイレさんのお店を見に行ったりと、買い物をしながら羽根を伸ばしたのだった。
夜には私だけおもちゃ屋さんの方へ戻り、未だ継続している魔道具作りの修行を行う。
私の手掛けているロボも、以前に比べて驚くほど進歩を遂げている。多分元ネタのアニメくらいには、自由な駆動が出来ているんじゃないだろうか。
その中身には、コマンド式魔道具ならではといった細工がびっしり詰まっており、更に理想に近づけるため今日も今日とてコミコトを使いせっせと改造作業に勤しんだ。
そうして明くる日。
私たちは満を持して鏡のダンジョンへ向けて出発したのである。




