第一九話 新たな始まり
空は心地の良い晴天。まばらに浮かぶ雲も白く、雨の気配は感じられない。
場所はいつも狩場にしている、街門を出てすぐの、比較的安全で初心者御用達の草原。
そこで私は、冒険者証、通称『ギルドカード』を眺めてニヤニヤしていた。
先日冒険者ギルドから支払われたお金は、ギルドで作った私の口座に振り込まれており、このカードをギルドカウンターに提示すればいつでも好きな金額を引き出すことが出来るのだ。つまりは銀行のようなものだね。
おかげで私は今日の宿代に追われる生活を脱し、ある程度買い物も好きに出来るだけの余裕を手にした。
早速強力な装備を揃えても良かったのだけれど、それはちょっと保留中だ。
何せ私は新米冒険者。それが分不相応に良い装備を身に着け、あまつさえ万が一にも【完全装着】の効果で強力なステータスを手に入れたなどと知られれば、また変な噂が立ったり、注目を集めたりしてしまうだろう。
それはもう勘弁して欲しい。とは言えまたトラブルに巻き込まれて、突然危機な目に遭わないとも限らない。その際自衛できるよう、なるべくステータスは上げておきたいって気持ちもある。
なので現在は、なるべく目立たない良質な装備を探している最中だったりする。
と、まぁそれはそれとして。
「それではミコトさん。あのモンスターを仕留めて見せてください」
「あ、はい。了解です」
現在は再試験の真っ只中。
しかも今回の同行者にはなんと、ソフィアさん自らが名乗り出たのである。
更には特例でオルカも同行しており、戦力は万全。もしもドレッドノートが現れたってへっちゃらだ。
私はギルドカードを懐へ大切にしまい込むと、舞姫を抜き放って目の前のモンスターへと斬りかかった。
相手はいつもの、薬草をドロップしてくれる植物系モンスター。名前はパラサイトグラスと言うらしく、実は寄生する能力を持っているらしい。
動きも遅いし簡単に倒せるから、こんなので本当にモンスターって言えるの? なんて思ってた時期が私にもありました。
伊達にモンスターだなんて呼ばれてるわけじゃないんだな。少なくとも、一般人にとっては看過できない実害を持っているからこそ、それに対処する冒険者なんかに報酬が生じ得るってことなんだろう。
まぁ単純に、モンスターのドロップするアイテムや魔石に価値があるから利益が出る、って話でもあるんだろうけど。
何にせよ、油断は大敵という話だ。私はパラサイトグラスに取り付く島を与えることなく、手堅く素早く的確に仕留めてみせた。
「うぅむ。やはり新米とは思えぬ体捌き、そして身体能力ですね。スキルがとてもいい仕事をしているようです……興味深い」
「ソフィア、垂涎って言葉を体現しちゃってる」
「おっと、失礼しました」
その後も数度モンスターを狩ってみせ、ソフィアさんからその場で合格の認定を貰うことが出来た。
ギルドに戻って手続きを済ませれば、晴れて私はEランクへ昇級出来るとのこと。
しかしその前に、案の定ドレッドノートを退けたスキルを見せて欲しいと駄々をこねられた。実際私達が本当にドレッドノートを退けた証拠を増やすという意味合いでも、彼女に【キャラクター操作】を実演してみせる意味はある。
因みに討伐証明として、ドロップアイテムであるところの足具を見せてあるため、いまさら疑われるようなこともないとは思うのだけれど。
ともあれ念の為ということで、ほんの僅かな間だけオルカとの融合を披露して見せた。
ソフィアさんはあまりの興奮に唖然としたまま落涙し、ついでに鼻血まで出始める有様。
更に言うと、実はこっそり物陰に潜んでついて来ていたココロちゃんが、キラッキラした目でこっちをガン見してた。
案の定暴走モードに突入したソフィアさんを宥めつつギルドへ戻り、手続きを済ませた私は無事にEランクへの昇格を果たすことが出来た。
これでようやく、ちゃんとした受注依頼に挑むことが出来るだろう。
とは言え内心は少し複雑で、今後も力をつけて上のランクを目指すべきか、それとも目立たぬよう低ランクで、細々と依頼をこなして生きていくべきか決めあぐねている。
私は別に、何か使命を帯びて転生した勇者、とかではないのだ。
それで言うと、やりたいことは一つあったっけ。私の転生にまつわる謎の解明。私が死ぬ直前に突如送られてきた、黒い封筒とメッセージ。
この体をデザインした謎のゲーム。転生したとは言うけれど、気づけばこの姿形だったというのも謎だ。私はどうやってこの世界で生まれたんだ?
分からないことが多すぎるんだよな。だから、それを何とかして調べることこそが私にとってのやりたいことであり、活動方針の主軸にするべきものだと考えている。
だから、ランク上げに注力することへの必要性というのには、首を傾げざるを得ない。
せっかく昇級に成功したと言うのに、私はいくらかのモヤモヤを抱え、漠然と今後のことを考えながらオルカと共にギルドを後にした。
その帰り道のこと。
「……ミコト。少し、話したいことがあるの」
そうオルカに切り出され、私達は寄り道をしていくことにした。
★
時刻は午後三時くらいか。陽光はこころなしか淡く落ち着き、一日の終りを少しずつ匂わせ始める時間帯。
私達は噴水のある広場の片隅でベンチに腰掛け、見るともなしにチラホラと行き交う人々を視界に収めていた。穏やかな光景だ。
オルカは先程から、緊張したようにもじもじして黙っている。つられて私もドキドキする。
なんだ、告白でもされるのか? オルカは俺の嫁! なんて嘯いたことはあるけど、まさか本当にそういう展開か!?
なんてくだらないことを考えていると、意を決したように息を吸い、オルカが口を開いた。
「……実はね。私には……獣人の血が、混じってるの」
「! へぇ、そうだったんだ」
「それで、その……そのせいで色々あって、私は他人から色んな感情を向けられてきた」
オルカはとつとつと語る。
彼女の生まれた家には、獣人の血が流れるものなどおらず、両親もただの人間だった。なのにオルカには獣人の血が流れている。
これだけでオルカの出生にはドロドロとした背景があることを窺い知ることが出来る。
その上オルカは幼少の頃から既にとても整った容姿をしており、周囲から向けられる感情はどれも嫌気のさすようなものばかりだったという。
挙げ句、オルカの存在を疎んだ身内の手により、奴隷商に売られそうになったと。
オルカは逃げ出し、一時はサバイバル生活を送ったと言う。
レンジャーというジョブが幸いしてどうにか生きてはいけたが、流石に限界を感じて人里に降りた。そこから冒険者になり、死にものぐるいで力をつけていったのだそうだ。
冒険者になった後も、やはり周囲から向けられる視線が嫌で、今まで心から信頼できる相手なんてただの一人もいなかったと。
オルカはそう、重たい声で語った。
「そっか……それなら、どうして私と一緒にいてくれるの?」
「ミコトは……ミコトだけは、私を変な目で見なかったから」
「え、そうかなぁ……私のオルカに対する第一印象は、『すっごい美人な人がいる! 是非お近づきにならねば‼』だったけど」
「ふふ……でも美人って言うなら、ミコトは自分の顔で見慣れてるはず。現にミコトから嫌な視線を感じたことなんて、一度もないから」
「ふむ。まぁ言われてみると、見慣れていると言えば見慣れているか」
私は別に、元からこの容姿だったわけじゃない。この姿は私自身が、理想の嫁を形にしたものなんだ。生前の私は勿論、これとは違う姿形をしていた。
とは言えオルカ程ではないにせよ、私も容姿のことで嫌な思いはしたからなぁ。オルカは確かに美人だけれど、それを妬んだり警戒したり、なんて気持ちが湧かないのは、ある意味当然のことではある。
寧ろ、私から他人へと視線が逸れるんなら、それは歓迎すべきこととさえ思えるほどだから。現状ならば尚の事だ。
そういう姿勢が、結果としてオルカの警戒心をすり抜けたってことなのかもな。
「冒険者を続けてきて、危険な目にも嫌な目にもたくさん遭ってきた。それでも生きることに必死なうちは良かった……でも最近になって、思ったの。何のために私は、こんな辛い思いをしてまで生きているんだろうって。こんなことに意味なんて無いんじゃないかって……」
「オルカ……」
「でもそんな時、ミコトに出逢った。私の力で、ミコトを救えたことがとても嬉しかった。自分と似た悩みを抱える人を、自身の培ってきた力で救えたことが誇らしかったの」
「……そうだよ。オルカがいなかったら、私はどうなってたか分からない。きっと凄く酷い目を見ていた」
「ミコトが、私の『今まで』に意味をくれた。そして私に変な目を向けない初めての人でもあった」
そっか。オルカが私の傍に居てくれる理由は、そういうことなんだ。
私がオルカを拠り所にしているように、オルカもまた、私を拠り所にしてくれていた。
私の助けになることこそが、オルカが自身を肯定するための材料になっていたんだ。
いつかオルカとの出会いは運命だなんて言葉で茶化してみたけれど、存外それも過言じゃなかったのかも知れないな。
「私にとってミコトは、とても大切な存在。失いたくない大事な人。だから……お願いがあるの」
「お願い……?」
「そう。ミコトが私を、どんな風に思っているかは分からない。だからとても怖いけど、それでも聞いて欲しい」
オルカは背筋を震わせながら深く呼吸をし、たっぷりと間を置いて……言った。
「私と、正式にPTを……組んで欲しいの……‼」
「オルカ……!」
不安に揺らぐ瞳で。緊張に震える唇で。それでもオルカはしっかりとそう告げてくれた。
目尻にはうっすら涙を浮かべて、更に言葉を紡ぐ。
「私は、これから先もミコトと居たい。もう一人に戻るのは、嫌。きっと耐えられないから。だけど……これは私のわがまま。私は火力も低くて、打たれ弱くて、PTを組む相手としては頼りないかも知れない。ミコトのスキルを考慮に入れるのなら尚更……だけど、それでもっ、頑張るから……一緒にいさせて、ください」
「…………」
オルカは肩を震わせ、今にも泣き出しそうなか細い声でそう言った。
オルカを知る人は誰もが口を揃えて言う。あの人見知りのオルカが、連れを伴っている! と。
彼女はこれまで、きっと他人を拒絶してばかりで、逆に他人から拒絶されることなんてあまり無かったのではないか。何故なら、他人に何かを求めることをしないから。そして、彼女の容姿がそうさせるから。
そんな彼女が、こんなに怯えながら願いを口にする。果たしてそこには、どれ程の勇気が必要だったんだろう。
私に拒絶されることを、こんなにも怖がって。それでも尚、願ったんだ。それくらい私と一緒に居たいのだと思ってくれている。
これでは本当に、告白みたいじゃないか。
自慢ではないけれど、生前は度々告白される機会があった。その度に私はうんざりし、なんとか穏便に断ろうと頭を悩ませたものだ。だって必ず、彼らはその後に対人トラブルを引き連れてくるから。
だから告白というものに、私は全く良い印象を持っていない。
その、はずだったんだけどな。
「これじゃ、フェアじゃないね」
「! ……ミコ、ト……?」
「オルカもちゃんと聞いてよ、私のこと。これまでのこととか、私の気持ちとか。もしかしたら実は、オルカの思っているようなやつじゃなかったりするかも知れないよ?」
「た、たとえそうだったとしても、私は……」
「それに私だって、ちゃんとオルカに自分のことを知ってもらって、その上で認めてもらいたいしね。得体の知れない存在のまま傍に居ようだなんて思わないもん」
「あ……うん。そうだね。聞かせて欲しい、ミコトのこと。もっと知りたい、から」
「そうこなくっちゃ……でも、にわかには信じられないような事を言うかも知れない。頭おかしいやつって思われるかもだけど」
「それは心配ない。だって私はミコトのこと、信じてるから」
オルカが生い立ちを語ってくれたのはきっと、信頼を得たいっていう気持ちの現れだと思う。
自分のことを深く知ってもらうことで、自分のことを分かってほしい。分かって、理解して、そして信じてほしいのだと。
その気持ちは、私だって同じだ。
素性の知れない人間が内心で何を思っているかなんて分からない。想像がつかないから。
だからこそオルカは素性を明かしたし、自身がどういう人間なのかを教えてくれた。そうすることで事実、彼女の気持ちを察するための材料を得ることが出来た。それに今後私は、オルカが私の傍に居ても、どうしてこの娘はこんなに良くしてくれるんだろう? だなんて疑問を持つこともないだろう。何故なら、疑問の種は既に解け、安心はもう得ているのだから。
だから私も、オルカに同じく安心して欲しいと思う。
私のことをちゃんと語って、知ってもらって、私が日頃どんな事を考えているのか。どうしてそう思うのか。そういうことを察するための材料を示したい。
それを晒し合うのが、互いの理解を深めるってことに繋がるんじゃないかって思うから。
私は語った。転生したことまで丸っと。
当然オルカは盛大に目を見開いたけれど、それでもきちんと聞いてくれた。
日本っていう異世界のこと、私のこと、そしてオルカと出逢ってからのこと。
私の人柄とか、生い立ちとか、好き嫌いとか。洗いざらい聞いてもらった。
語り終えた頃には、すっかり空も夕映えを見せており、宴の終わりじみた空気が私達の間には漂っている。要は、語り疲れの心的疲労だ。
そうして、喉もからからになるくらい色々語り尽くした挙げ句、オルカから出た言葉は……。
「えっと、その……よかったの? そんな重大な秘密、みたいな情報、喋っちゃって」
「……まぁ、別に秘密にする意味もよく分かんないし。喧伝するようなことではないけど、仲間に黙ってることでもないでしょ?」
「なかま……そ、それって……!」
「……その、えっと。私のことは概ね語ったよ。オルカがどんな印象を持ったかは分からないけれど、私は、これからもオルカと一緒に居られたら嬉しいなって思ってる」
「ミコト……」
口元に手を当て、わなわなと震え始めるオルカ。っていうかなんだコレ、こういう事面と向かって言う機会って無いから、もの凄く恥ずかしいし緊張する。
でも、オルカは頑張って私にこれを言ってくれたんだ。だから、次はこっちの番。これで断られたら、流石に泣けるな。
「オルカ。私と、PTを組んでくれますか?」
「……うんっ……うん‼」
ガバッと、オルカが勢いよく抱きついてくる。
うぅ、いい匂いがふわりと香ってたまらん。でもなんか、嬉しいな。
他人と認めあって、求め合うことの出来る関係を築けたってことが、とても嬉しい。
私も、オルカを思い切り抱きしめる。
私の異世界生活、やっと始まったなって感じがした。
あけましておめでとうございます。カノエカノトでございます。
今年もどうぞ、ご愛顧のほどいただければ幸いでございます。はい。
さて、元日早々ではありますが、物語が一段落なのですな。
一応第一章はここまでとなります。
次回より第二章という位置づけでもって話を勧めていこうと思っておるわけですが、いかんせん準備不足によりほぼほぼストックが切れまして、あっぷあっぷな状態となっておるわけですなぁ。
毎日休まず更新できる人って、一体何をどうしてるんだろう。さっぱりわからん。
とまぁそんなわけで、第二章突入を機に、とりあえず週に一回くらいは更新お休みの日っていうのを設けてみようかなって思ってます。
そうしたら、一日一話書くのがやっとな自分でもストックを増やしていけるはずですしね。
てなわけで、ご理解の程いただけますと有り難く存じる次第であります。はいー。
ということで、今年もどうぞカノエカノトをよろしくお願いいたします。