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ゲームのような世界で、私がプレイヤーとして生きてくとこ見てて!  作者: カノエカノト


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第一八六話 クラウの覚悟

 英雄に憧れるわんぱくな男の子と、お姫様に憧れる可愛らしい女の子。そんな兄妹が一緒に過ごした部屋だと言われたなら、きっと何の疑いもなく信じていただろう。

 そんな、幼いクラウが過ごしたノスタルジックな部屋で私たちは今、大事な瞬間を迎えようとしている。

 アイテムバンクより取り出したイクシスさんのマジックバッグを、彼女へ返却した私。

 イクシスさんは少しだけ固い笑顔で短いお礼を言い、それを受け取った。

 そうして徐にバッグより取り出したるは、【限界突破】を宿せしスキルオーブである。

 しばらくぶりに目にしたそれは、不意に苦労の日々を思い起こさせた。

 一ヶ月あまり、ほぼ毎日ご飯を届けにダンジョンに通ったっけ。PTストレージを覚える前は、物資輸送も地味に大変だったような、そうでもないような。

 それにボス戦だ。オルカたちの成長ぶりには驚かされたものである。

 そんな多くの苦労を経て、ようやっと手に入れたアイテムの一つがあのスキルオーブなのだ。

 そう考えてみると、イクシスさんに没収されたというのはなんとも釈然としない思いが無いでもない。


 けれど限界突破というスキルは、冒険者の人生を大きく左右するほどの代物だ。

 それを思えば、本当に私たちがそれを持つに相応しい力を有しているか、というのを試してもらえたのは僥倖だったのかも知れない。

 だって普通、勇者様直々にお前たちの資質を見てやる! だなんて機会、滅多にあるものではないだろう。

 だからラッキーだったってことで、ここは納得しておくべきか。


 私がぼんやりそんなことを思っているとも知らず、イクシスさんは右手に抱えたそれをじっと見つめた後、徐にクラウへ向けて差し出した。

 ごくりと一つ唾を飲んだクラウは、緊張した面持ちでそれへ手を伸ばそうとする。

 が、そこでイクシスさんが口を開く。


「クラウ。クドいようだが、最終確認をさせてくれ」


 イクシスさんの言にクラウは一瞬身を固め、そして出しかけた手を引っ込めた。

 視線で先を促せば、イクシスさんはクラウへ問いを投げる。


「聞かせてくれクラウ、お前の覚悟を。本当に、限界突破を得て戦い抜くつもりか? 何がお前をそうまで駆り立てる?」

「…………」


 これより先は茨道。進んで自らと同等か、それ以上に強力なモンスターと戦い続けなければならない。

 それも一体のモンスターに苦戦し続けているようではダメなのだろう。コンスタントに勝利を収めていかなくては。

 それはさぞ難しい道だろう。難しいからこそ、それを成した者は『超越者』と呼ばれる、人の限界を超えた存在に到れるわけだ。

 冒険者は体が資本だ。だからその荒くれ者といったイメージに反してとても命を大事にするし、安全な、身の丈に合った依頼を受けることが基本とされている。

 クラウがこれより歩もうというのは、それと真っ向から反するような道なのだ。

 確かに資質は示した。ならば覚悟はどうかと、イクシスさんはそう問うているのである。

 対するクラウは暫し黙り、そして徐に口を開いた。


「危険な道と言うなら、私はこれまでも歩んできた。身の丈に合わぬ強敵に挑んでは、死物狂いで戦い、聖剣の力を借りてギリギリの勝利を収める。そんな日々を何年も」

「! クラウ……」


 彼女はあまり、以前のことを詳しく語らない。

 その理由はと言うと、泥臭く、人に語って聞かせるような内容ではないからと。自嘲気味な笑みを浮かべてそんなことを言っていたっけ。


「本当なら、母上のように格好良く立ち回りたかったんだ。数多の強敵を、聖剣片手に薙ぎ倒していく。私は自らに、そんな勇姿を期待していた。だが、現実は違った。私はいつも傷だらけで、血と泥に塗れ、とても他人に語って聞かせられるほど格好の良い冒険譚は紡げなかった」


 私から彼女の表情は見えない。けれどその胸中には、少しの寂しさが見て取れた。


「それでも、必死に頑張った甲斐あってかAランク冒険者にはなれた。女騎士だなんて呼ばれるようにもなった。だけれど、超越者は程遠く、勇者なんて夢のまた夢。時を経るごとに、母上の冒険譚が重く伸し掛かった。母上が私と同じ年の頃には、幾つの村、町、都市を救っただろうと。それに比べて私はどうしてこんなに弱いのか、と」


 クラウは俯き、悔しげにギュッと拳を握る。

 だけれどそれは、過去の自らを思ってのもの。過去の自らが不甲斐なくて、恥じているように見えた。


「たくさんの事実が、勇者への道を否定した。力の無さもそう。魔王の不在もそう。そも、勇者とは称号であって、なろうとしてなれるようなものではないこともそうだ。いつしか私はそんな現実に打ちひしがれ、ただ強者と戦うことだけを求めるようになっていった。強いものと戦い、打倒し続けていれば、いつかは母上のようになれるのではないかという漠然とした期待を胸に、幾度となく死線を彷徨い続け、そして……」


 そう、そして。


「私は負けた。致命に足るほどの傷を負い、叩き伏せられ、這うように逃げ出したんだ。けれど私の意識はそこで途絶え、死を確信した」

「……え。あのちょっと、待ってくれ初耳なんだが!」

「む。母上、今いいところなんだから話の腰を折らないでくれ」

「うぇ、う、うぅ」


 娘がそんな大怪我を負っていただなんて初めて耳にしたイクシスさんは、顔を青くしてオロオロしている。

 ただでさえ傷だらけの冒険を続けてきたという話で、大分眉毛の角度が八の字になっていたというのに。

 しかしクラウは気にせず続きを語った。


「確かに私は大敗を喫し、倒れた。ここで終わりなのかと、ダンジョンの奥底で悔し涙を流しながら意識を失った。だが見てくれ、私は生きている。何なら乙女にあるまじき傷跡の数々も気づけば殆ど消えていたし、最近残りも消してもらった」

「……あ、ああ、なるほど。そこで出会ったということか」

「そう、私はそこで出会ったんだ。母上以外の『特別』に」


 そう言って彼女は嬉しそうに、そしてちょっと恥ずかしそうにちらりと振り向き、私たちの姿を確認した。

 一方でイクシスさんの胸中は大混乱だ。心配と納得と悔しさに憤り、安堵と嬉しさなどなど、様々な感情が一気に渦巻いてしまっており、結果表情が固まってしまっている。

 しかしクラウは気にせず彼女へ向き直ると、続けた。


「私はミコトたちに命を救われた。そして気付かされたんだ。私はきっとこれまで『やり方』を間違えてきたのだなと。彼女たちの戦いを見て、そう思わずにはいられなかった。彼女たちと共に戦い、そう確信せずにはいられなかった」


 思い出すのは、あの模擬戦のことだ。

 クラウはあの一戦を重く捉えていた。だからこそ人喰の穴という恐ろしいダンジョンに挑み始めたのだし、それはオルカたちもまた同じだった。

 彼女たちはそこで、チームとしての戦い方を磨き、力としたのだ。

 そしてその力は結果として、もしかすると私が新たなスキルを得る条件を満たしたのかも知れない。

 三人がダンジョンを出てから今日までの、たった一〇日の間に私が覚えた幾つものスキル。【シェアリング】に【マルチプレイ】そして【2P操作】。それらはきっと、三人の培ったチームワークに触発された結果生えてきたものなのだろう。

 逆算的に習得条件を推測するとするなら、PTメンバーの連携練度……みたいなものが一定値を上回るとか、そういう感じだろうか? まぁ、そんな隠しパラメーターみたいなものが実在するかは知らないけど。


「私がこれまで一人でやって来たのは、単純に戦うことが好きだったのもある。だがそれ以上に、私の無謀に他者を巻き込むわけには行かなかった。それに付き合おうというお人好しもいなかったしな」

「なら、何故オルカちゃんとココロちゃんを伴った?」

「それは……そうだな。切っ掛けとしてはただ、目的が一致していたからに過ぎない。三人がかりでミコトに負けて、危機感を抱いた。三人で戦うことの利点も意味も、まるで理解していないことを思い知ったんだ。だから、結束した」


 これにはオルカとココロちゃんも頷きを示してみせる。

 イクシスさんはそれを、感慨深げに眺めた。


「私は、ようやっと仲間と共に戦うことを覚えた。それは単純な数の暴力ではない、連携の力。ようやっと得た解だ。これこそが『正しいやり方』なのだと、そう思えたんだ」

「そうか……」


 クラウの言葉に、イクシスさんは深く頷きで応えた。

 その胸中には、何やら懐かしさのようなものが見え隠れしている。


「母上。私は、今でもやはりあなたのようになりたいと、そう願わずにはいられない。幼い頃より懐き続けた憧憬なんだ。もしかしたら勇者にはなれないかも知れない。けれど、『特別』にならきっと手が届く。今はそんな気がしている。そのための努力なら、私は惜しまない。それが私の想いだ。覚悟、と呼べるものかは定かではないがな」


 クラウはそんなふうに締めくくった。

 イクシスさんは静かにそれを聞き終えると、不意に別の切り口でもって返す。


「ふむ。ならばクラウ、今後の活動については考えているのか?」

「こ、今後、か。そうだな……一つだけ、具体的に決めたことがある」

「ほう、それは?」

「それは……」


 イクシスさんの問いに、クラウはゆっくりと私たちの方へ振り向き、三人の顔をしっかり見据えて口を開く。

 それはどこか緊張を含んだ声音で。

 私たちは彼女が何を言い出す気だろうかと少し身を強張らせた。


「しばらく同行させてほしいなどと生半なことを言った私ではあるが、こんな私に付き合わせ、皆には酷い苦労をかけてしまった。ダンジョンに泊まり込んだのも私の勝手な都合に他ならないわけだしな。本当にすまなかった」


 そう言って頭を下げる彼女に、各々が少し前のことを思い起こしてみる。

 そう言えばクラウは私たちのPT、鏡花水月の正式なメンバーというわけではなかった。

 ダンジョン底で出会い、興味を持たれ、しばらく近くで様子を見ていたいと。それで行動を共にしているだけの関係、ということになるのか。

 そんな彼女の都合に付き合い、オルカとココロちゃんは一月もの間凶悪なダンジョンに滞在し続け、私はせっせと物資輸送を行った。

 そう考えると、私たちってちょっとお節介を焼きすぎているだろうか? まぁ、こうして振り返ってみたところで一切の後悔もないのだから、謝られても困るというか何というか。

 そしてどうやらそれは、オルカとココロちゃんも同じようで。


「別に、謝られるようなことじゃない」

「ですです。それにココロたちにしたって腕を磨く必要性は強く感じていたのです。クラウ様の存在は寧ろ、とても有り難かったほどですよ!」

「私もまぁ、クラウのおかげでイクシスさんと知り合ったわけだしね」

「お、それでいうとクラウがミコトちゃんと知り合ってくれたおかげで、私は指名依頼を果たすのにとても楽させてもらったな」

「みんな……母上まで……」


 これが縁であり、助け合いというやつなのだろう。

 結果論と言えばそれまでかも知れないけれど、少なくとも私たちは誰もクラウを咎めようなどとは思わない。

 寧ろ、良い縁を運んできてくれたとさえ思っているほどなのだ。


「ありがとう、みんな。ありがとうついでで厚かましくはあるのだが、私の願いを聞き届けてはくれないだろうか」


 彼女は少しだけ震える声で、その願いを述べた。


「私を、キミたちのPT……鏡花水月の一員にして欲しい!」


 それが、私たちのPTに新メンバーが正式加入した瞬間だった。

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