第一八一話 変幻自在
雨あられが如き無数の攻撃を見事凌ぎ、ほんの刹那で攻守をひっくり返してみせたイクシスさん。
彼女が発生させた、爆発めいた衝撃波によって散り散りにされた私たち。
直攻、攻守交代とばかりに狙いを定め、勢いよく突っ込んで行くイクシスさん。ターゲットは他でもない、クラウである。
元はと言えばクラウの資質を試すことこそ、今回の試合において最も彼女が重視している部分だ。であれば、それは当然の行動とも言えた。
対するクラウも怯まず、真っ向から受けて立つ姿勢だ。
戦闘狂の気がある彼女は、最も敬愛し、認められたいと渇望するイクシスさんからの攻撃を、嬉々として盾で受けてみせた。
想像を絶するほどの重撃に、クラウの足元がベコンと陥没する。が、見事受けきった彼女。
しかし当然、たった一撃でイクシスさんの攻撃が終わるわけもなく。
二振り三振りと、転恵の盾へ叩きつけられる彼女の剣にはまるで容赦がない。
「こんの!」
ふっ飛ばされた私たちは、すぐさまサポートに入るべく各々即座に動き出した。
が、イクシスさんがこちらを無警戒だなんてことがあるはずもなく。
「「「っ!?」」」
さながらそれは金縛りそのものだ。クラウを助けるべく動こうとした私たちは、しかしどういうわけか体が言うことを聞かないことに気づく。
そう、私、オルカ、ココロちゃんの三人は、いつの間にやら指一本動かせないほど強烈な拘束状態にかかっていたのだ。
瞬間、いつかの記憶が脳裏を過ぎった。それは以前、まだイクシスさんがクラウの母親だなんて知らなかった頃のこと。
クラウと勇者の関係を大雑把に仄めかされた私は、彼女を警戒してなるべく遭遇しないようにと、慎重に立ち回っていた。
一方でイクシスさんは、クラウの足取りを探る過程で私のことを知り、娘の情報を得るべく接触しようと試みた。
しかし私はマップスキルなんかを駆使して逃げ回り、それとなくエンカウントを避け続けたのである。
結果、業を煮やしたイクシスさんが用いたのが、この拘束術だった。今思うと、なかなかの暴挙である。それだけ必死だったということでもあるのだろうけれど。
そんな、一度は体験したことのある術であれば、多少の勝手も分かろうというもので。私は努めて冷静に対応を行った。
この拘束は体の自由こそ奪うが、スキルや魔法の発動まで制限するものではない。
そして状態の異常ならば、ディスペルの魔法で解除することが可能だ。私は即座に自身とオルカの拘束を解く。つぶさにこちらの解除方法を観察して理解したココロちゃんは、自前の魔法で同じく束縛を逃れた。
そうしてイクシスさんとクラウの攻防に横槍を入れる頃には、クラウの構える盾は見るも無残な姿になっていた。すっかり形は変形し、深い傷が幾重にも刻みつけられている。
時折反撃を試みるも、しかしそれは誘いの隙。ガードを緩めるなり飛んでくるのは、嵐が如き斬撃の猛襲である。
時間にして一〇秒にも満たない間のことだ。それであのクラウをここまで一方的に遣り込めるのか。
分かっていたこととは言え、恐るべき実力である。
が、私たちは誰もそれをネガティブには捉えない。
だってそうだ。確かに盾は痛手を受けたけれど、クラウにダメージはなく、そして私たちもピンピンしている。
クラウはその盾でもって、勇者の猛攻から時間をもぎ取ってみせたのである。
おかげでまだまだ立て直せるのだ。
早速イクシスさんへビームを打ち込むも、彼女は難なく自らとクラウを隔離障壁に閉じ込めて外界と隔てた。
これには接近したココロちゃんの一撃も阻まれ、逆に変形した障壁より生じる鋭いカウンターに脅かされる有様。
それを見るなり私は即座に先程同様障壁ごと打ち上げ、スペースゲートによる切断コンボを仕掛ける。
そうしている間にも痛めつけられるのはクラウの盾だ。が、それも手はある。
イクシスさんの振るう剣の間隙を縫い、突然クラウが盾を別のそれへと持ち替えた。PTストレージを駆使すればこその早業だ。
新たに構えたのは、幾らでも復元が可能な望形の装具が盾へと変じたものである。
そして今の彼女には、転恵の盾から得た強力なバフが付いている。それもイクシスさんの攻撃に耐え続けただけあり、凄まじい強化状態となっているだろう。
満を持して反撃に打って出る彼女は、隔離障壁内でイクシスさんと正面からやり合い始めた。
転恵の盾はPTストレージ経由で私が装備する。
私の脚具は自らを癒す効果がある。それは完全装着で身につけた装備にも適用されるため、実質武具の修復をも可能にするのだ。
結果転恵の盾は見る見る内にもとの綺麗な状態へ再生していくが、修復には少しの時間が必要である。
意識せずとも装備してさえいれば勝手に直るのだから、今は隔離障壁を破ることに注意を向ける。
スペースゲートにて隔離障壁がビキビキと不穏な音を立てる中、そこへもう一押しココロちゃんが黒金棒を腕に纏っての掌底破を仕掛けた。
結果、見事障壁は破損。中でやりあっていたクラウとイクシスさんが解放された。
そこへオルカの放つ貫通力に特化した矢が飛来し、イクシスさんをクラウから遠ざけることに成功する。
だがそれならと、次はココロちゃんへ狙いを変えて突っ込んでいくイクシスさん。
ココロちゃんは確かに頑丈だし、驚異的な回復力も持ち合わせてはいるが、クラウのような盾を持っているわけでもない。
それに戦闘技術も、以前はただ力任せに鈍器を振り回していた彼女。まともな近接戦闘術を身につけ始めたのは最近になってのことだ。
だから、イクシスさんと一対一でやり合うのは拙い。体捌きの巧さもそうだし、火力もそう。まともにやり合っては一瞬で戦闘不能にされる恐れがあるのだ。
更に心眼は、またもイクシスさんが隔離障壁を用いようとしていることをキャッチした。ココロちゃんとタイマンでやり合うつもり満々だ。たとえそれが僅かな間であろうと、非常に好ましくない。
だから私は通話に向けて短く宣言する。
「『プランC』!」
同時に発動したのは一つのスキル。
対イクシスさんに向けての調整を行っていたこの十日で生えてきた、新たなスキルの一つである。
次の瞬間、イクシスさんの隔離障壁は自らと一緒にココロちゃんをその球体の中へ閉じ込めてしまった。
そうして迫る勇者の剣は、抵抗虚しくココロちゃんへ迫り……。
「なにっ!?」
ドロンと、ココロちゃんの姿が煙となって消えてしまった。
隔離障壁の中には白煙が充満し、これには堪らないと障壁を解除するイクシスさん。
すると、待っていましたとばかりにそこへ私達の一斉攻撃が集中する。
障壁より解放され溢れ出した煙に包まれたそこへ、真っ先に突撃したのは封刻のツインダガーを構えたオルカだった。
それに対しイクシスさんは回避を選択。封刻のツインダガーで傷を負うと、直前に使用したスキルから順に封じられてしまうからだ。即ち、隔離障壁の封印。イクシスさんはそれを嫌ったのだ。
しかしその回避動作の途中、彼女へ別方向からの一撃が振るわれた。
苦い顔をして、それを剣でもって受けるイクシスさん。彼女は武器コレクターであり、武器をこよなく愛す。
だから武器と武器をぶつけ合う鍔迫り合いのようなことは、刃が傷むとして可能な限り避けるようにしているのだが、今のはそれをせねば危ない一撃だった。
が、それにより彼女の胸中に生じた感情は、悔しさより困惑が大きい。
何故なら、イクシスさんへ襲いかかってきた二人目の刺客もまた、ツインダガーを振るうオルカだったからだ。
ばかりか、三度別方向より飛びかかってくる刺客もまたオルカだった。
「ど、どうなっている!?」
白煙の中、あらゆる角度から襲いかかってくる幾人ものオルカ。
一瞬動転しかけたイクシスさんだったが、しかし『そういうスキルなんだ』と割り切ってしまえばどうということはない。
即ち、オルカが分身して襲ってきていると解釈したのである。
しかしその時だった。
オルカの一人が聖剣を構え、蒼い光を纏った一撃を繰り出したのは。
流石のイクシスさんもこれには意表を突かれ、咄嗟に隔離障壁を展開。
すると、それを見越して障壁内部に放り込まれていた煙玉が、すぐさま勢いよく追加の煙をこれでもかと吐き出した。
苛立たしげに障壁を解除したイクシスさんは、しかし冷静に状況を分析もしている。
聖剣は使い手を選ぶのだ。だからオルカがその力を十全に発揮することは出来ないはず。
であれば、あれはオルカの姿をしたクラウだった。
即ち、今度の作戦は皆がオルカの姿に扮することで、誰がどんな手段で攻撃を仕掛けてくるか悟らせぬよう立ち回るというものである、と。そのように当たりをつけたのだ。
たかがそんな小細工が自身に通用するものかと、些かの不満を抱いたイクシスさんは、障壁解除に伴い再び迫りくるオルカたちを、力強い剣の横薙ぎでもって一掃。
その剣圧は風の魔法も相まって、周囲を覆う煩わしい白煙ごと吹き飛ばしてしまったのだ。
これで少しはスッキリしたと、改めて素早く辺りの様子に視線を巡らせた彼女は、一つ眉根を寄せてみせた。
白煙の晴れたそこには確かに、私とオルカ、ココロちゃんとクラウの姿があった。が。
「…………」
イクシスさんの目に写ったオルカ、ココロちゃん、クラウはそれぞれ、どういうわけか二人ずついたのだ。
予想ではオルカばかりがゾロゾロ存在するものとばかり思っていたのが、蓋を開けてみればまるで異なる結果。
しかしそんな中、唯一増えずにいるのは私だけ。自ずと彼女の視線は一瞬こちらへと向き、凝視した。どうして増えていないのか。私に何かあるのか、と。
その困惑の暇を皆は見逃さなかった。
意識の隙間を縫うように、皆が一斉にイクシスさんへと襲いかかる。
すぐさま我に返った彼女は剣を構え直し、迎撃態勢に入った。
ところがまたも、思いがけない事態に見舞われることとなる。
聖剣でもってイクシスさんへ飛びかかったのは、クラウだった。クラウの姿をしたクラウだ。ところが、それと同時に背後より迫るのは、同じく聖剣を構えたオルカ。オルカの顔をしたクラウかも知れない。
どんどんわけが解らなくなるイクシスさんは、投げやり気味に剣を振るい、全て退けてしまえば同じことだと脳筋をこじらせる。
ところがだ。彼女が振るおうとした剣の機先を制したのはココロちゃんであり、その手にはどういうわけか封刻のツインダガーが握られていたのである。
ぎょっとした彼女は無理な体勢でそれを躱すも、そこへ迫るは聖剣を振るうクラウとオルカ。
半ば死に体を晒す結果となったイクシスさんだが、しかし逆に頭は冷静さを取り戻していく。どうやら彼女は危機に陥ると、一層頭が回り始めるタイプのようだ。
どんな小細工を弄しようと、イクシスさんが聖剣を見紛うはずはない。何故なら彼女こそが、聖剣を携え魔王を打倒せしめた勇者なのだから。ちゃんと見極めれば、クラウとオルカ、どちらが本物の聖剣を握っているかすぐにでも判断がつく。
そして、本物でないのなら対処の優先度は落ちるのだ。聖剣の持つ破壊力は、他でもない彼女自身が誰より理解しているのだから。それと比べたなら、他のどんな攻撃が脅威足り得るというのか。
そうしてイクシスさんは見極めた。
瞬時に、正面から迫りくるクラウの姿をしたクラウこそが本物であると。
だから彼女は歯を食いしばり、無理な体勢から不殺の剣を一薙ぎ。クラウの振るう一撃を受け止めると同時に、空いた左手で偽物の聖剣へ対処しようとした。
「っ!!」
それは偽物の聖剣に触れた瞬間だった。途端に気付かされる。
ここまですべて、考えを誘導された結果だったのだと。
イクシスさんの左手にかかった衝撃は、聖剣を振るったクラウのそれとも、偽物の聖剣を振るうオルカのそれとも違う。
彼女に背後より襲いかかった者の正体は、オルカの姿格好をし、偽物の聖剣を握った、ココロちゃんその人だったのだ。
そしてイクシスさんが聖剣と一瞬見紛ったそれの正体は、聖剣の形へ『化けた』黒金棒だったのである。
流石のイクシスさんとて、死に体でココロちゃんのフルスイングを受けたのではダメージを免れない。
ビキバキと左手に嫌な感触や強烈な痛みを覚えながら、彼女はココロちゃんの振り切ったそれに弾かれるまま吹き飛ばされた。
そうして、その先で待ち構えていたのが。
「くぅっ!」
私だよ!
それに、『分身』したもうひとりの彼女たちだ。
先程の焼き直しが如く、最強装備と心眼、そしてチームワークを駆使し攻め立てる。対するイクシスさんは左手にダメージを負った不利な状態。
彼女ならその程度回復することも容易いだろうけれど、それを発動しようとした瞬間訪れるのは、ココロちゃんの着けている再壊のピアスが効果。即ち、受けたダメージの再来である。
それは少なからず彼女に隙を生じさせることとなるだろう。
それが分かっていればこそ、敢えて回復はせず負傷したまま私達の相手をしているわけだ。
と言うか、痛みを抱えた状態でなお私たちの猛攻を凌いでいるイクシスさん。果たしてこれには驚くべきか、呆れるべきか。
しかしながら先程の焼き直しと言うなら、攻撃の強弱を見極めて隙を無理やり見出し、私達を吹き飛ばすというアレをやればいいじゃないかという話ではある。
が、それが出来ない理由があるのだ。
オルカ、ココロちゃん、クラウの三人は、どうしてだか思いがけないスキルでもってイクシスさんへ襲いかかることがある。
例えばクラウが突然体術を駆使してみせたり、オルカが見事な剣術を披露してみせたり、ココロちゃんが不気味なほどに上手く気配を殺し迫ったり。
そう、まるで使えるスキルの内容がシャッフルされたみたいに、誰が何を仕掛けてくるか予想できずにいたのである。
こうなっては、誰のどの攻撃が強いとも弱いとも分からず、無理な反撃というのがより困難な状態となっていた。
しかもそこへ追加で分身体が攻勢に加わるものだから、いよいよもってイクシスさんも表情を顰めざるを得ない。
彼女の視線が、どうせキミのせいだろうと睨みをきかせてくるが、そのとおりである。
私が用いたスキルは『シェアリング』という、先日新たに覚えたものだ。
その内容は、効果を受けた対象間で、一部特殊な種類を除いた習得済みのスキルをシェア出来るというもの。
親である私のスキルはシェア対象外だが、オルカ、ココロちゃん、クラウはそれぞれ皆のマスタリースキルやアーツスキル、マジックアーツなどを自らのそれとして自由に扱うことが出来るわけだ。
そしてオルカの持つニンジャのスキル。分身や変わり身といったそれらを駆使することで、誰が誰やら分からなくするというのが『プランC』の内容となっている。
まんまと術中にハマったイクシスさん。
さて、このまま押し切れたら良いのだけれど……。




