第一八話 事後報告
部屋に入ってきたのはシスター然とした、黒い修道服を身に纏っている少女だった。ともすれば幼女と言っても差し支えないほど幼さを感じる。
背は低く、私より頭一つ分くらい小さい。目鼻立ちからもその幼さは十分に感じられるのだけれど、それより何よりオルカに引けを取らないほどの美少女だということに驚いてしまった。
オレンジがかった金色の髪は短めに整えられている。瞳は綺麗な金色で、クリクリと猫目がち。小さく形の良い鼻に、薄い唇。
……むむむ、オルカもそうだが、ここまでの造形美を見せられると、何というか、対抗心めいたものが湧いてくるな。私の作った嫁……じゃなくて、私のこの顔だって負けてないもん!
でもそのせいで酷い目に遭ったんだ。それを思うと、とたんに顔面コンプレックスを発症しそうだよ。
と、ここで思い至る。そういえば今、仮面してないじゃん。まぁ別にいいけど。
それはそうとこの娘は一体何なんだろう? なにゆえ突然部屋に入ってきたんだ? オルカの知り合いか何かだろうか。
などと私が首を傾げていると、私を認めた少女が恐ろしい速度で突っ込んできて、ベッド脇で膝をつく。
「おお……おお神よ! お目覚めになられたのですね!」
「ざ……斬新な第一声だね」
「‼ 何ということでしょう、神の声を拝聴してしまいました……なんと素晴らしき音色! 心を凛と震わせるような美しき響き‼ ああっ‼」
そのやたらとくりっくりの宝石めいた瞳をきらめかせ、祈るように手を組み合わせながらこっちに熱い視線を送ってくる。第一印象は勿論『残念な美少女だなぁ』であった。
するとオルカが頭を抱えながら、少女を窘める。
「申し訳ないけど、ミコトは目を覚ましたばっかり。状況も飲み込めてないと思うから、後にして欲しい」
「はっ、気が回らず申し訳ありません!」
「ああ、うん。それは別に構わないんだけど、今ってまだ早い時間だよね? どうしてこんな早朝に部屋を訪ねてきたの?」
「はい、それは勿論、女神様の目覚められる気配を察知いたしまして。いても立ってもいられず参じた次第でして。誠に申し訳ありません……」
「おぉぅ……ええと、そっか。なるほど。せっかく駆けつけてくれたところ恐縮なんだけど、出直してもらえると有り難い、かな」
「き、きき恐縮だなんて! 女神様に対し私は何という無礼を……‼ 誠に失礼を致しました‼」
彼女はともすれば、うっかり切腹でもはじめそうなほどヘコヘコと頭を下げ、しょんぼりして出ていった。
いやぁ……ちょっと寝てる間に、随分濃い人が現れたものだ。っていうか結局誰なんだあの娘は……。
私のこと女神とか呼んでるし、否定したら話が長引きそうだったから聞き流しておいたけど、次はちゃんと訂正しよう。
とりあえずオルカに色々聞かねばなるまい。
私は一つ溜息をつくと、彼女へ視線を向けた。
オルカはあの娘を送り出してから、自身のベッドに腰掛けて姿勢を正す。
「とりあえず一つ確認したいんだけど。私達がドレッドノートと戦ったのって、夢の中の出来事だったりは……」
「夢じゃないよ。ミコトは、あの冒険者に森まで連れて行かれて、そこで不運にもドレッドノートに遭遇。命に関わるほどの負傷を負ったけど、合流した私を操作して奴を撃退。その後街になるべく近い位置まで全速力で移動し、制限時間が切れる前にスキルを解いたの」
「うん、私が覚えてることと相違ない……けどそれなら、あの後どうなったの?」
「それを今から説明する」
オルカはこの三日のことをかいつまんで説明してくれた。
まずはスキル解除直後のこと。
すぐに意識を失った私を、オルカは泣きながら抱えて移動したそうだ。
スキルの反動でオルカにも多大な消耗があったろうに、さぞ大変だったに違いない。
そうやってオルカが息も絶え絶えに走っていると、背後から凄まじい勢いで何かが迫ってきたらしい。
それがつまりは先程のあの娘、名前をココロちゃんというそうな。
ココロちゃんはオルカを見るなり「女神様‼」と傅いてきたらしいが、オルカはそれを否定。そしてそれどころではないからと走り続けた。
しかしそれに並走してきたココロちゃんは、抱えられている私に気づくなり血相を変え、私に任せてくださいと申し出てきたという。
なんでも彼女は治癒術が得意だそうで。藁にもすがる思いで任せてみると……。
なんと私の失った腕がにょきにょき元通りに再生し、お腹の傷も消え去ったらしい。
それから他に怪我はないかとあちこち体を調べている内に仮面が外され、私の顔を見たココロちゃんが女神様女神様と騒ぎ始めたとのこと。
斯くして私は一命を取り留めるどころか、四肢欠損までも修復してもらい、宿屋へ運び込まれた。
その後オルカは事のあらましをギルドに報告したり、出来るだけ寝ている私を一人にせぬよう番をしてくれたりしたらしい。
そしてココロちゃんはと言えば、同じ宿に部屋を借りて私が目覚めるのを待っていたのだと。
また、実は結構有名な冒険者だったらしく、ソフィアさんがココロちゃんの情報を教えてくれた。
『野良シスター』なんて呼ばれているかなり癖の強い冒険者で、しかし実力は凄まじいとのこと。
と、私が寝ている間に起きた出来事は、大まかに言うとそんな感じらしい。
「ドレッドノートの討伐に関しては、ギルドから正式に達成が発表されたみたい。でもソフィアに頼んで、私達の名前は出さないようにしてもらったけど、問題なかったかな……?」
「ああ、うん。それは大丈夫。これ以上注目されるとかゴメンだしね……そんなことより、ココロちゃんって何者なの?」
「お呼びでございますか!?」
「呼んでないです」
「あぅ……失礼しました」
間髪入れずに扉から顔を見せたココロちゃんだが、お呼びでないと知ると、またもしょぼんとして引っ込んでいった。
完全に聞き耳を立てられてるよなこれ……まぁそれはともかく。
オルカの話によれば、ココロちゃんは私にとって命の恩人ってことじゃないか。ちゃんとお礼を言わなくてはならない。
そして、私が女神だという謎の思い込みを解かねば。そもそもどうしてそんな誤解をしているのかも気になるし。
それにギルドにも顔を出さないといけない。
何せ私は昇級試験を受けていたのだ。結果は目も当てられないようなことになってしまったが、それならそれで私が直接報告しに行かなくてはならないだろう。オルカでは把握しきれていないこともあっただろうし。
起きて早々だけど、やることが溜まってて気が重くなる。生活費だって三日も寝てたんじゃ心もとないし。
私は一つ溜息をつくと、体の具合を確かめつつ、ベッドを抜け出し立ち上がるのだった。
★
所変わって冒険者ギルド。
あの後ココロちゃんの誤解を解こうと試みたいのだけれど、全く聞く耳を持ってもらえなかった。
どうやら彼女は【キャラクター操作】状態のオルカを目撃したらしく、その姿がとても神々しく見えたのだと。それに人間離れした身体能力を目の当たりにしたことも誤解に拍車をかけたようだ。
実は【キャラクター操作】状態で自分の姿を確認したことなんて無いものだから、私もオルカもココロちゃんが見たという私達の姿というのがどういうものなのか、正直良く分かっていないのだ。え、もしかして融合時は姿が変わったりしてるんだろうか? 凄く気になるんですけど。
ともかく、アレはスキルの効果であって、本当に神様とかじゃないんだって食い下がってみた結果、ココロちゃんは一つの結論を述べた。
なるほど、ミコト様は自覚のない、或いは正体を明かすことの出来ない女神様なのですね! ……とのこと。
何だかもう疲れてしまったので、食堂で消化に良さそうな朝ごはんを頂いた後、さっさと宿を出てきてしまった。
オルカとココロちゃんは、口を揃えてまだ安静にしているべきだと言うけれど、そういうわけにも行かない。
流石に狩りに出るようなことはしないまでも、ギルドへ顔を出すくらいはしておこうと思ったのだ。
というわけでソフィアさんに話しかけたところ、またも個室へ通されてしまった。通算何度目になるだろうか、そろそろこの部屋も見慣れてきたな。
今度は何を言われるのだろうと身構える。そして当然のようにオルカも一緒である。
私がテーブルにつくなり、ソフィアさんは深々とこちらへ頭を下げてきた。何事かと思い、思わずギョッとしてしまった。
「この度は、私の人選ミスにより多大なご迷惑をお掛けしましたこと、深く謝罪申し上げます」
「え、あ、ソフィアさん!?」
「後の調査で判明しました。ミコトさんへの同行を依頼した冒険者ヴィオラは、先日の騒動で恋人であり、PTを組んでいた仲間でもあった男性冒険者を亡くしています。調べれば分かったことを、それと気づかずミコトさんとマッチングさせてしまったのは私の怠慢に他なりません」
「あー……でも多分、普通はそこまで調べたりしませんよね? だったら不幸な事故、みたいなものだったってことなのでは」
「そうは行きません! 私は、ミコトさんの特殊性を分かっていながら注意を怠ったのです……そのせいで生命の危機にまで陥らせてしまいました。本当に何とお詫びすればいいか……」
あのソフィアさんが、どうやってドレッドノートを前に生き延びたのか、なんていかにもスキルの匂いがしそうな話題に触れもせず、思い切り頭を下げてつむじを見せてくる。
今回の件は、彼女にとってもかなりショッキングだったということだろう。
対する私としては、ソフィアさんに対して責任を問うようなつもりはない。
確かに言われてみれば、ソフィアさんがもうちょっと人選に気を使ってくれていればと思わないわけではないが、故意に私を陥れようとしたわけでもなし。ギルドのサービスを受けている立場としては、そういうトラブルのリスクは、利用者側こそ注意するべきことのように思える。
それを思えば、ソフィアさんやギルドに抗議してやる! みたいな気概は湧いてこない。私だってヴィオラさんにホイホイついてったわけだしね。
私がソフィアさんに文句を言うってことは、自分のミスを棚上げしたクレームに過ぎないって気がする。それはなんか嫌だから。
「ええと、でしたら今後はしっかり気をつけてもらえれば、それで大丈夫なんで。冒険者は自己責任なんですよね? 警戒を怠った私も悪かったんですから、自業自得ってことで。なので、あまり気にしないでくださいね」
「ミコト。この機会にソフィアには、スキルのことであまり興奮しないようにって釘を刺しておくべき」
「あ、なるほど」
「申し訳ありません、そればかりは出来かねます。性癖を矯正しろと仰られましても……」
「真面目な顔で何言ってんだこの人!」
性癖ってことは、珍しいスキルを見るとこの人、そういう意味で興奮しちゃうってこと? ちょっと変わった受付嬢さんから、レベルの高い変態へランクアップだよ!
珍しくしおらしいかと思ったら、やっぱり根っこはしっかりしているようで、呆れつつもちょっと安心した。
正直今回の件は後味の良いものじゃないからね。
私の容姿のせいで変な騒動が起こり、その延長線上に生じたのがこの事件だった。
私はもっと自分の容姿や行動に責任を持たなくちゃならない。それを強く思い知らされた。
とは言え、あまり重苦しい空気を長く引きずりたくもない。ソフィアさんがしょぼくれていては調子が狂ってしまうから。
「それはそうと、昇級試験についてお聞きしたいんですけど。結局試験結果はどういう扱いになるんでしょう?」
ソフィアさんを対面の席に促し、別の話題を切り出す。私にとっては、これまた重要度の高い内容だ。
ヴィオラさんはドレッドノートに噛み殺されてしまった。つまり、試験に同行した冒険者が試験途中でいなくなってしまったのだ。
っていうかそれを言うなら、その同行者がそもそも真っ当に試験を行わなかった時点で、試験の体は保てていないと思うのだが。
「はい。今回はそもそも試験が正しく執り行われなかった為、大変お手数をおかけして恐縮ですが、改めての再試験をお受けいただく形になります」
「はぁ……ってことは、今回は完全に骨折り損ってわけですか」
「重ね重ね申し訳ありません。そこでミコトさんには、冒険者ギルドより賠償金、慰謝料、医療費等の他、ドレッドノート討伐の報酬も支払われます」
「なんと!」
「それは当然の権利。これで当面お金の心配はなくなった。ミコトはしばらくゆっくり休んで」
「いや、それとこれとは話が別だから」
「むぅ……」
不満げに頬を膨らませるオルカに内心ほっこりしながら、私は思いがけない収入に胸を躍らせていた。
一体いくら貰えるんだろう? 討伐報酬はオルカと山分けになるだろうけど、それでも結構貰えると思うんだよな。オレ姉のところで武器を新調できるかな? いやでも、舞姫には愛着があるから、アップグレードしてもらおうかな。でも、まだ分不相応な気もするな。うーん……って、これが皮算用ってやつか。
「それでその、どのくらい頂けるんでしょう?」
「はい。諸々合わせまして、一二五〇万デールになります」
「……は?」
この日私は、唐突にその日暮らしから解放されたのだった。
ああ、もう大晦日ですね。
今年……っていうか、まだほんの一月くらい前ですけど、初めての投稿ということで結構あたふたし、お見苦しいところをお見せしたかも知れませんね。
知名度のほぼほぼ皆無な作品ではありますが、来年も引き続き更新していけたらと思います。
皆様に楽しんでいただけるよう、がんばるですぞー
それにしても、あれですなぁ。
うっかりアクセス解析なるものを見て、あまりの世知辛さに、モチベにボディブローを食らってしまった様な気分を味わったのですな。ぐふぅ……。
まぁ、知ってもらう努力を怠っているので、自業自得は否めませんが。
流石にちょっとしんどくなってきたので、何処かでお休みをいただくかも知れません。
その際は、大目に見てくださると幸いです。
おっと、些か辛気臭い話をしてしまいました。ごめんなさい!
それでは今年はお世話になりました。来年もよろしくね!
ってことで、良いお年をー




