第一七二六話 VS 体の隠しボス 六
ニセ子と戦闘を続ける中で、身体の扱い方やオーラ体ならではの戦術、そしてなにより、オーラ体同士での戦い方も概ね把握できたと言って過言ではないだろう。
また、ここまで散々攻防を交わしてきた中で、確信を得たこともある。
それはニセ子と私の最も大きな違い。即ち「安定性」だ。
ニセ子の偽闘気は、安定性という面で非常に優れており、さながらガスコンロの炎が如く火力調整も自由自在。一定を保つのもお手の物。弱火でコトコト何時間だって煮込めそうな安定ぶりである。
一方の私はと言えば、焚き火を思わせる不安定ぶり。着火が難しいって点も似ているかも知れないね。全く安定しないとまでは言わないけれど、ブレがあるのは間違いない。それが私の闘気。
こうした差異により、ひやりとする場面もあれば、思いがけず優勢を握ることもあり。
私とニセ子の闘気にこうした違いがあると確信を得た今、これをどう活かして相手の玉を掻っ攫おうか、勝利に結びつけようか、というのが目下最大の注意事項というか、意識を割くべきテーマとなっていたことは否定できない事実だった。
そう、注意がそちらへ向いていたわけだ。
(私の副腕が、喰われた!?)
なればこそ、そのショックは思いがけず大きく。
ぶった斬られた副腕の一本に対し、突如ニセ子の尻尾が飛びついたのだ。獲物へ牙を突き立てんとする蛇さながらの鋭いアクション。ってまぁ、尻尾アラカミに宿っているのは大蛇の意思だからね。それをモデルに造形されたニセ子の尻尾がそのように荒ぶったとて、別に不思議なことではないのだけど。
問題なのは、副腕を喰われ、それがさも栄養として機能したかの如くニセ子が幾らか力を増したことにある。
この事実が、まぁ私を混乱させ、激しく警戒させた。
(いや待って、そういうこと? オーラ体同士での戦闘って、そういう感じなの!? そりゃ予想していたうちの一つではあるけれど、だとしたらここまで培ってきた基礎も見直すべき部分が多いんですけど! 今更そういう事されると困るんですけど! だからこそ、いい感じに慣れてきた今仕掛けてきたってことぉ!?)
なにか隠しているような気はしていたけれど、案の定だったってことだろうか。虎視眈々と、私がオーラ体の扱いに慣れるのを待ってたのか。
なまじ基礎をおさめたつもりになっているこのタイミングで、ノウハウを根底からひっくり返しかねない爆弾をぶっこむ。私は動揺する。なんてシンプルな理屈だろう。まんまと嵌まっちゃったんですけど!
しかしなるほど、捕食ね。オーラ体同士の戦いにおいては、相手を食べることで損傷を与えることが出来る、或いは自らの力を高めることが出来る、か。
実際ニセ子は少しばかり力を増したし、私は何だか闘気の出力が落ちた気がする。
(これって大丈夫なのかな? 私がニセ子を食べれば、失った力はちゃんと戻る? そうじゃないとすごく困るんだけど)
兎にも角にも模倣である。これまでそうしてきたように、今回もニセ子に倣って新たな手を試すまで。お返しとばかりに斬撃を繰り出すのだけど、しかし。
出力の上がったニセ子と、出力ダウンの私。その差が響き、なかなか思うように部位切断クラスのダメージを負わせることが出来ず、結果として捕食が出来ないでいる。それどころか、返り討ちに遭わぬよう駆け引きを成立させるのがやっとな有り様。
これは……結構ピンチかも知れないね。
一進一退と呼ぶには少々傾げすぎた形勢。ぶっちゃけて言うと劣勢。
これ以上捕食されてなるものかと警戒すれば、それだけ玉の守りが薄くなり。碧玉を奪われるなり壊されるなりすれば、その時点で勝敗が決するのだ。なればこそ防戦を余儀なくされ、ニセ子は勢いを増す一方。
偽物とは言え、闘気の出力が増した様子は大層な迫力を帯びており。それもあって、いよいよ勝ちに来ている感がプンプンする。おっかないことである。
(さて、これをどうひっくり返したものか。どうにかしてこちらからも捕食を成功させる以外に道は無い? ……或いは、そう思い込まされている可能性ってどの程度あるかな?)
そも、こうしてニセ子に押されている状況というのは、捕食という要素が鍵を握っていればこそ成り立っているもので。仮にもし、捕食がハッタリの類いだとすれば、脅威となるのは力を増しているニセ子と、力の減衰した私の間にある差。概ねそれだけだと言える。
であるならば、ここは反撃の道筋を探るよりも先に、「本当に捕食は有効なのか?」という疑いを持ち、検証を行うところから始めるべきなのかも知れない。
まぁ、それでもし疑いの余地もなく捕食が効果的なアクションであると判明した場合、改めて頭を抱えることになるのだろうけれど。その時はその時だ。
(差し当たっては、そうだな……手近なところで私自身を見直すべきだろうね。本当に捕食されたことで、力が落ちてしまったのか。実は食べられたことがショックで、ちょっぴり気落ちしちゃってただけなんじゃないか、って可能性の検証だ)
ニセ子のそれがどういう仕組で動いてるか、というのはよく分からないけれど。私の扱う闘気の出力に関して言えば、精神状態というのが強く関係しているわけで。それを鑑みるのなら、ニセ子の捕食にビビって出力ダウンしちゃったぜ! ってのも全然あり得る理屈ではあるのだ。
であるなら、気持ちを上手く持ち直してやることで、力が戻る可能性だって十分にあるって話。
そのように思い至ったのであれば、早速メンタルコントロールだ。
(一先ず捕食への警戒は切らさず。けれど捕食に「相手の力を削ぐ効果は無い」と思い直すことで、警戒レベルを少し落とす。そうしたら、消極的な動きも多少は緩和できるはず。でもって、それにより出力低下の症状回復が認められるようなら、捕食で敵の力は削げないって説の信憑性が上がるはず)
必要なのは納得。納得があれば、ざわついた精神を落ち着かせ、まとまりを持たせることが出来る。つまりは己を如何に説得できるかってことだね。
そして私は、私のでっち上げた理屈に納得を得た。試す価値を実感できた。なれば早速実験である。
依然として、「ニセ子はオーラ体を喰らうことで自らを強化できる」って見方は否定できないまでも、捕食した対象の力を弱体化させる効果については疑う余地が確かにある。
私が弱体化したと感じたのは、そこに大きな脅威を感じ取ったからに他ならない。端的に言うなら、要は萎縮してしまったってことだ。
如何に相手を弾き飛ばし、玉を奪取、ないし破壊するかという勝負をしている気でいた。勿論ニセ子がなにか手を隠している可能性は疑っていたけれど、それが想像以上にえげつなかったわけだ。
相手を捕食すれば大打撃を与えることが出来る。そんな鬼札を握った状態で私と打ち合っていたのかと思うと、まぁシンプルに恐ろしくなっちゃったよね。下手をすると何処かのタイミングで殺されてたかも知れない、って気づいちゃったんだから。そりゃビビるさ。
でも、そのビビリが闘気の出力を低下させ、今まさにピンチを招いている。悪循環めいた状況を作ってしまっている。捕食される毎に、私は勝手に弱くなるって寸法だ。ニセ子にしてみれば、狙ったにせよそうでないにせよ有難い話だろうよ。他人の不幸は蜜の味、っていうと少し意味が違うだろうけどね。
(一度生活水準を上げると、下げるのはめちゃくちゃ苦しいって聞くけれど。力を奪われるだとか、永続的に弱体化するだとか。そういうのもやっぱりしんどいもんね……ビビったのとは別に、テンションも下がるよ。そりゃ出力も落ちるさ……けど、弱体化が勘違いだとしたらどうだ。無意味に弱ってみせるだとか、そんな間抜けな話もないじゃんね。っていうかそれはそれとして、よくも私の副腕ちゃんを食べたなこの野郎! お前のも食べさせろ! どんなお味がするのかな、ハハッ!)
右の頬を打たれたら、強めのグーで応えなさい。生前親戚のお姉さんが言ってた。
その有り難い言葉を思い起こし、努めて息を吹き返す私。
するとどうだ、低下していた闘気の出力に持ち直しの気配を見て取って、確信。やはり私の勘違いだったかと。そのように知ってしまえば話が早い。
溜まった鬱憤を晴らすべく、ニセ子のパワーに追いつけ追い越せと出力をグイグイ引き上げる私。
ニセ子の闘気は安定していて、私の闘気は不安定。
けれど、だからこそ。相手が先を行くのなら、負けん気一つで並び立つことすらやって退ける。きっとそれがこちらの強みだ。
勝負はまだまだここから。捕食というカードを切らせたわけだし、むしろ好機の到来すら感じている。
ならば僥倖、勝ちに行こうじゃないか。




