第一七二四話 VS 体の隠しボス 四
気になっていたことの一つとして、このオーラ体であればボス部屋の壁だってスイスイすり抜けることが出来るんじゃないか、という疑問があった。
実体を持たないということは、オバケか何かのように物質と干渉を起こすこと無く素通りできる可能性は、少なからずあるはず。実際、闘気化に際して私はほとんどの装備を保持できず、その場に取り落としてしまっているわけだし。
それで言うと逆に、得物としてカタナを保持できたり、玉を確保できている理由に首を傾げるべきなのかも知れないけれど。
何にせよ、ニセ子の尻尾にて派手に弾き飛ばされた私の身体は、一体何処まで飛んでいくのかという話。壁にぶつかって止まるのか、それとも素通りするのか。重力さえ無視しようと思えば出来るのだから、下手をするとこのまま空の彼方まですっ飛んでいく可能性もあったりして。最終的に考えるのをやめて虚無ることになるとか、流石に嫌なんですけど!
(ごあっは! ってなんだ、壁で止まるんじゃん。驚かせてくれるね)
懸念が駆けたのはほんの一瞬。しかしニセ子にベチンされてから壁に叩きつけられるまで、どの程度の暇があったものか。警戒こそしていたけれど、よもや本当に跳ね飛ばされるだなんて意外ではあったため、多分とんでもない勢いで飛んだよ今。私史上、ぶっ飛ばされ部門では最速記録更新だ。
が、それだけの勢いで体育館めいたこのボス部屋の壁に衝突したにも拘らず、痛みもなければ衝撃も感じられないという不思議ぶり。
ただ一点、肝を冷やしたのは玉の安否だ。碧玉は無事かと確認してみれば、幸い壁への衝突は免れ破損させずに済んだ模様。全力で守護った甲斐はあったようだ。
しかし胸を撫で下ろしているような悠長など許すつもりも無いようで。一転攻勢とばかりに躍りかかって来るニセ子。姿勢を整えるどころか、息つく暇すら与えてはならぬと猛烈に追撃を掛けてきた。
(やぁ、マズいって。どういうわけだかニセ子に打たれると吹っ飛ばされちゃうらしい。一人だけ世界観がス◯ブラなの何なの!)
まさか本当に、これまでオーラ体同士の殴り合いなんて意味が無い、と思っていたのは私だけで、水面下ではダメージ%が蓄積。吹っ飛び易さが上昇を続けていた、なんて面白仕様があったりするの? だとしたら先に言っといてほしいんですけど!
まぁ流石にそれは飛躍した考えだとして。しかし無いと決めてかかるのも危険か。それよりかはもっと浅いところで、「吹っ飛ばすための方法があるらしい」って事実のみ取り敢えず呑み込んでおくべきだろう。どうやるのかは不明だけども。
尻尾で叩くことに意味がある? いや、流石に違うだろう。ここまでの戦闘で尻尾を攻撃に駆使する場面っていうのは数度あったし。その時は打っても打たれてもお互いヘッチャラだった。
ってなると、叩き方にコツがあるってことかな? まぁ十中八九そうだろうけど。それって一体……?
(打ち方、或いは打たれる方の状態にこそ問題があるとか? そうでないなら他の条件が隠れてる可能性も……何にせよこの身体について知らなすぎる。ニセ子の動きを観察しつつ、分析に努める必要があるか)
どうあれ今は情報を少しでも多く得て、オーラ体の上手な使い方を知る必要がある。
そのためには下手な攻撃で付け入る隙を曝すより、ニセ子をサンプルにオーラ体を知ることこそ優先するべきだろう。
とは言え、情報の対価に打たれ吹っ飛ばされ続けるというのもリスキーではある。碧玉を破壊されては終いだものね。なので、出来れば攻撃を受けること無く分析を進めたいところ。
ってなわけで、早速実践である。回避を基本スタンスとし、「視る」時間の確保に努める私。
こうして受け手に回ってみれば、案外分かることも多いもので、例えばニセ子の攻め口。
単にマスタリー先生の思し召しで動いているのだ、とふんわりした認識で捉えたなら、単に動きが鋭くヤバい奴って印象だけが刷り込まれるわけだけど。しかしそこから一歩踏み込み、動きの一つ一つ、選択それぞれの意味や意図にまで想像を巡らせてみたなら、解釈の仕方もまた大きく変わってくるというもの。
そうして分かったことの一つに、ちょっとばかり見過ごせないものがあった。
(んー、やっぱりニセ子って……私とは別人だよね。別人っていうか、AIめいてるっていうか。それこそCPUっぽさがある、みたいな)
闘気っていうのは、思いの強さだとかイメージの形だとか。そういった精神的な部分が大きく関係する能力だ、っていうのは確信を持って言えることなのだけど。しかしニセ子の扱う偽闘気においては、きっと必ずしもそうではないんだろう。
彼女と話してみた感じ、それほど強い精神性は感じなかったというか。まぁ心眼が封じられている今、確度の胡乱な見立てにはなるけれど。それでも闘気化まで果たせるほど強い思いが宿っている、とは考えにくい。だから偽闘気は、闘気の性質や能力面のみを再現した、「思いの強さにそれほど左右されないものである」と考えて良い気がしている。
そういう意味では、ニセ子から相手を弾くコツを学ぶ、というのは難儀しそうではあるけれど。
しかし裏を返すなら、闘気を再現して設計された偽闘気。それがやってみせたことならば、本物の闘気に同様のことがやれない道理はない。ってことになるんじゃないかな。
でもって、闘気の基本が思いの在り方だとすると、相手を弾き飛ばすのもメンタルコントロール一つでチョチョイと解決できる可能性がある。
(つまり、相手を吹っ飛ばしたいと思いながら攻撃すれば、それだけで問題解決ってこと? まぁこれを試さねば話は始まらないか)
ビッグウィスプに鍛えられたというのもあり、ニセ子の猛攻を掻い潜り。動きに織り交ぜた誘導の成果により、ぽっかり空いた攻撃一発分の隙。そこにエイヤと、彼女を吹っ飛ばすぞ! って思いをバッチリ込めた尻尾を叩き込んでみたのだけど……。
(ぬあぁ!? すり抜けた!)
まるで暖簾に腕押し柳に風。煙でも殴ったかのように、ニセ子の太ももを素通りした私の尻尾。かと思えば即座に飛んでくる彼女からの攻撃。慌てて回避行動を再開する私。うーんこの。
(やれやれ面白くなってきたぞ。アプローチの仕方が間違ってるのかな? ぶっ飛ばしたい相手をぶっ飛ばせるだとか、そういう単純な仕様じゃないみたいだ。でも気持ちが大事だって考え方は、オーラ体における基本であり、そこが揺らぐとは思えないんだよね……ふーむ)
そもそもの話、このオーラ体っていうのは何なんだろう? 肉体を闘気に置き換えた、だなんて如何にもファンタジーなことをやっているわけだけど。冷静になって考えてみると、本当にそんな事が可能なんだろうか? この試練内だからこそ出来たことであって、リアルに戻れば再現できないなんてことも十分に有り得る話ではある。
でもまぁ、一旦そこは置いておくにせよ。オーラ体って要は肉体を必要としない生き物になってる、みたいなことじゃんね。精神生命体みたいなさ。
もし本当に精神生命体なのだとしたら、やっぱり精神性が行動の幅や力の強さなんかに大きく関係しそうなものだけど。
……逆に、そんな身体を持たない心だけの生き物を倒す、って考えるとどんな手段が有効だろう?
(精神攻撃は基本! って、やだよ私。そんな陰湿なバトルはさ)
ここで今一度、ニセ子の攻撃を思い出してみよう。
彼女は私っていう、精神生命体めいた存在に対し、どんな攻撃を繰り出した? 尻尾で打たれた時、どんな感じがした?
(恐らく、尻尾で打った事自体に大きな意味は無いんだろう。実際今も、尻尾と言わず手でも足でも頭でもガンガン振り回してるしね。であるなら、あれら攻撃の一つ一つに「何か」を込めていると考えるのが自然か。単に相手をぶっ飛ばしたい、っていう具体性のある気持ちではない、別のなにか……)
何がダメだったのか。何故失敗したのか。どうしたら良かったのか。
なんだか後悔を抱えた人間の陥りそうな思考だけれど。うーん……このアプローチじゃ、問題の本質を捉えるのにイマイチ適さないかな。
成功例を知らずして、「何がダメだったか」なんて分かりっこないというか。分かったところで問題の一部しか捉えられない気がする。
ので、「全く別のアプローチで反応を見る」って方針に切り替えようか。
成功により近いデータが得られたなら、その時こそ失敗から学ぶこともあるだろうさ。
ってことで、次は……そうだな。
それじゃ次は相手をふっ飛ばすって考え方ではなく、「反発する」って考え方でアプローチしてみようか。
そも、実体を持たない者同士が接触して、変に混ざり合ったり融合したりしないっていうのには、相応の理由があると思うんだよね。反発っていうのはそれに類する案だ。
繰り出す攻撃に「相手を拒絶する気持ち」なんかを乗っけて撃ち込めば、何かしら反応が得られるかも知れない。
さて、どうなるかな?




