第一七二三話 VS 体の隠しボス 三
白熱する戦いの中で、狙い通り闘気化を果たすことに成功した私。
肉体を闘気に置き換えることで、質量の軛から解き放たれたこの身体。それは私の想像をダイレクトに反映するかの如き万能の形を有し。望むのなら光の速さすら超えて駆け回ることが出来る。
端的に言えば、無敵にだって等しいのがオーラと化した今の私だ。
であるのなら、これを駆使して勝利をもぎ取るべく、行動へ移るのは必然。疾く激しく容赦なく、一気に均衡を崩すべく躍り掛かった。
(ここで決める!)
ビッグウィスプ戦に続いて、二度目の経験となる闘気化。未だ勝手の分かっていない点は多く、変身に際しての戸惑いもあり、うっかり落っことしてしまったこの遊びにおける最重要アイテム、碧玉。
これを狙い伸ばしてきたニセ子の棘が届くよりも早く、玉を掬い上げ確保すると同時、私もまた彼女めがけて攻撃へと打って出た。
目標はニセ子の持つ玉、朱玉。これを奪うか壊すかすれば、この遊びにおける私の勝ちが確定する。
相手は変身前の私と同じ姿、即ちカタナとツインダガーで武装した女子高生の格好だ。玉を忍ばせる場所だなんていうのは限られているわけだけど。っていうか精々がスカートのポケットくらいしか無いのだけど。とは言え相手もまた不定形ボディであることを考えるなら、それこそ身体の中に取り込んでいたって何ら不思議ではなく。何れにせよぱっと見た感じ、何処に隠しているかは判別がつかないでいる。
であるならば、だ。
(戦闘不能に追い込むまで!)
少々野蛮な選択肢でこそあるけれど、ニセ子がもしも私と同じく闘気化すら可能なのだとしたら、これは大ダメージを与えるチャンスと言えるだろう。ともすればこの一撃で勝負を決することすら可能かも知れない。
ニセ子が変身を解き、不定形へ戻るよりも早く重たい一撃を最速にて叩き込む。逡巡はなく、何処を打とうかだなんて迷いもしない。繰り出すのは打撃、それもふっ飛ばすための一撃だ。壁に激突させ、その拍子にでも玉が砕ければしめたもの。そう思い、気前よく腕を振るったその時だ。
未だ健在である私の闘気人形。それと対峙していたニセ子の青い闘気人形が、ここで行動に出たのである。
(まぁ、無理にでも動いてくるか)
目の前の敵へ致命的な隙を曝すことすら厭わず、向かう先は私本体とニセ子の間。割って入ろうというのだろう。
評価するべきはタイミングだ。まるで私が玉を落っことす事を読んていたかのように、事態へ先んじ動き出していたのだから。
闘気人形も謂わばオーラ体であり、質量からの脱却を果たした存在ではあるはずなのだけど。しかしどうしたことか、人形は光速に対応できるほどの動きをすることが出来ないらしい。きっと人形を操る本体が、何らかの形で妨げになっているんだろう。或いは単純に、力や性質の問題か。何にせよ、スピード勝負なら闘気化した私のほうが圧倒的に速いわけだけど。
しかし、今回ばかりは虚を突かれてしまった。
(頭が、デカい!)
あたり前のことを言うようだけど、闘気人形は闘気により構成されている。
そんな闘気の足を止めさせようとするなら、一体どんな手が有効だというのだろう。組み付いて取り押さえる? ぶん殴って吹っ飛ばす? ぺしゃんこに押し潰してしまう? 何れにしても最適解とは言いづらく。然しもの私だって、コレというピンポイントな答えは持ち得なかった。
取り敢えず背を見せた青い闘気人形に対し、私の赤い人形が得物をぶっ刺しがてら取り押さえてみはしたのだけど、ダメージなんて通っている実感がまるで無い。さっきからずっとそうなので、今更驚きもないけれど。
しかし取り押さえられた青い人形の首がヌッと伸び、巨大化して私とニセ子の間に飛び込んできたのには、流石にちょっと驚いた。取り押さえられて手も足も出ないから、頭を伸ばしてみましたというその発想。嫌いじゃないんですけど! 私の姿を真似ているだけのことはあるようだ。
(ぬぅ、これはやられたね)
一瞬と呼ぶにも短い、ほんの刹那。しかしそれが大きかった。青人形の一発芸が稼いでみせたその暇は、ニセ子を変貌せしめるのに十分な余白足り得たらしい。
そうさ、彼女もまた私と同様、オーラの身体へシフトを果たしたのだ。暗い青をした、闘気とは異なるオーラ体。おそらくは闘気の性質だけを再現した、偽りの力。何せこの場はきっと仮想空間の中なのだから、彼女のそれは設定の産物と推察できる。
そうであるのなら、侮ることは決して出来ない。闘気の気配こそ感じられないものの、力そのものは本物。それのもたらす結果に遜色はないだろう。
私の前を遮った大きな頭。ほんの僅か、逡巡したのは「オーラ同士の接触」について気を取られたからだ。驚いたのもあるけどね。
つい今しがたまで、闘気人形同士が激しく争っていた。肉体を持たない者同士、どれだけ打たれようが斬られようが貫かれようとも、ダメージという概念が存在しないかのように平然と行動し、損傷なんて次の瞬間には消え失せている。
例えば絵の具同士を混ぜ合うように、闘気人形が接触により溶け合うようなことは無かった。
では、オーラの身体と化した私本体はどうなんだろう?
その疑問こそが、引っかかったのだ。私は相手の闘気人形に触れて平気なのか。悪影響が出たりはしないか、と。知識の不足が僅かに行動を鈍らせてしまった。結果、ニセ子の偽闘気化を許してしまった。
悔し紛れにでっかい頭ごとニセ子を殴りつけてみると、幸いにして変な影響などはなく。しかし青人形に接触した彼女はそれを受け止めるなり、にゅるりと吸収しに掛かったではないか。身体へ取り込もうというのだろう。
奇遇と言うべきか、はたまた必然か。ニセ子が取り込みを始めるのとほぼ同時、取り押さえの失敗を悟った私は自身の闘気人形を呼び寄せ、合身を開始しており。
上下逆さになった人形は、背中を合わせるよう私の背にドッキング。四肢は副腕へと変じ、頭はニュルンと伸びて尾へ化けた。そう、最強装備を再現した形態だ。
(やっぱりニセ子も同じか)
青人形を取り込んだニセ子もまた、私同様背から四つの副腕と一本の尾を生やし、化け物のようなフォルムへと成ってみせたのだ。
そんな彼女へ、立て続けに攻撃を仕掛ける私。変身こそ許したものの、勢いならば未だこちらにある。
本来ならばあり得べからざるミラーマッチだ。こんな人外めいた姿の女子高生がぶつかるシーンが一体何処で再現されるっていうのか。
しかし、迷宮の必然がそれを成してしまった。ビックリである。
相手がマスタリーさんでさえ無ければ、こんな特殊な身体の扱いで遅れを取る道理もないのだけど。如何せん万能の称号は伊達じゃない。むしろ対等にやり合える私すごくない?
(っていうか、これがオーラ体同士の戦闘……勝手が違うんですけど!)
相手も私も、実体の存在しない者同士。闘気人形ならばまだ、一応殴り合いのようなことが成立していたけれど、どうやら私たちは違うらしい。
譬えるなら、煙同士が殴り合うようなものとでも言おうか。不定形どころの騒ぎではないのだ、最早回避の必要すら無く。ビッグウィスプ戦と異なり、攻撃に当たったからと言ってどうなるものでもない。
私の攻撃は打撃だろうと斬撃だろうと刺突だろうと、霞を相手に得物を振り回すように意味を為さず。魔法もまた同様である。っていうか、魔力の扱いにも違和感を感じる有り様。この身体、色々と仕様が異なるのかも知れない。
一方でニセ子からの反撃も同様。何の痛痒も私に及ぼすことが出来ない様子。
(でもこれは、あくまで玉取りが目的の勝負! それならば互いに遣り様はあるんだよね!)
この状態になった以上、少なくとも私にはニセ子を殺す方法なんて分からない。でも玉取りっていうこの遊びで勝つことなら出来るはずだ。
そしてそれは、相手方にも言えること。というか、何なら情報面で向こうのほうが有利であると考えられる。ひょっとしたらニセ子は、私の殺し方すら知っているかも知れない。そうしたことも加味するなら、不利を被っているのは私の方。
幸いなのは、オーラ化に伴いニセ子の玉が確認できたこと。半透明のその身体、玉の位置だって丸見えである。
ニセ子の玉が、丸見え! バカバカしくてテンション上がるなぁ!
ってことで、勢い任せに玉を狙って攻勢こそ掛けているのだけど、成果は得られないまま。
さてどうしたものかと歯噛みした、その時だ。
(おぼっ!?)
鞭の如くしなり神速にて迫った彼女の尻尾が、私の太ももを強かに打ち付け。
そしてどういうわけか、凄まじい勢いでそのまま弾き飛ばしたのである。オーラ体の、この私を! なんでぇ!?




