第一七二二話 VS 体の隠しボス 二
(出力十分。発展型への形態移行、行きますっ!)
というわけで、ニセ子と激しい遣り取りをする最中、思ったよりスムーズに上昇した闘気出力を駆使し、発展型への移行を実行する私。
ぬるりと背中より飛び出したのは闘気人形。こうして見ると、オーラ体の私と見分けが難しい姿をしているけれど、とは言えアレは闘気を使って構築した疑似的なサブボディ、いや感覚の共有が為されていないことを思えばロボにこそ近いか。どうあれ自身を闘気化した状態とは似て非なるもの。
そんな闘気人形は、顕現と同時にニセ子へと躍りかかった。闘気で構成された彼女であれば、反撃によるダメージを気にする必要もなく立ち回ることが出来る。ノーガード戦法が有効ってわけだ。相手の玉を奪うのに、これほど適したアプローチもなかなかあるまい。
(さぁ、どう受けるニセ子!)
実体を持たない闘気人形は、理論上光の速度にだって匹敵、上回ることすら可能なはず。問題はそれをコントロールする側の私がそのスペックを十全に扱いきれない点にあり。明確な闘気化前後の能力差と言えるだろう。
とは言え、同じく肉体を持って行動するニセ子では闘気人形の動きに対応し切れないはず。まして私本体と剣戟を行い、棘をチラつかせ合っている状態では尚更だ。
しかしながら隠しボスが、この程度の手で圧倒されるとも思えない。であればどのように応対してくるのか気になる部分ではあった。
これまで、モンスターが闘気を扱う場面、というのは見た覚えがない。が、そうでもしなければ闘気人形に干渉することは難しいんじゃないだろうか。つまり、ニセ子も闘気を使う可能性がある。
が、今に至るまでそれらしいものは見せておらず、本当に闘気を扱えるのか否かというのは分からないでいる。そういった意味においても、闘気人形への対応には注目するべきなのだけど。
(!? これは……)
闘気にて拵えたカタナを得物に、いよいよニセ子へ刃を届かせんとした、私の人形。
がしかし、その間際になって斬撃を受け止めるものがあった。
ニセ子の背より伸びた、一本の腕。暗い青色のオーラにて構成されたそれは、闘気人形と同様にカタナを握っており。
かと思えば、勢いよく人形を跳ね除け、腕の持ち主もまた全容を現したのである。
暗い青色の闘気人形。
(青い闘気……いや、でも、なんか違う。闘気の気配じゃないし、それに青の特性とも違う。なら一体アレは何……?)
青の闘気と言えば、「隠密」に特化した性質を持っており。隠れることを何より得意とする、赤とはある意味真逆の闘気と言えた。
だというのに、ニセ子の人形は普通に認識できているし、青い闘気の性質を有しているとはとても思えない有り様。というかそもそも、闘気ではない気がしている。
であればひょっとして、迷宮が「闘気に似せた力」として生み出した何かを彼女に与えている、と見るべきだろうか。それこそ、私の扱う闘気への対策として。
実際、青い人形は私の闘気人形に対し、しかと干渉してみせたわけだし。剣を受け止め跳ね除けた辺り、その力も本物。十分に拮抗するものであると警戒するべきだろう。
(つまり、闘気そのものは扱えないけど、今回は特別に闘気に似た何かでお相手しますよ、ってこと? えー、もしかして今後、そういうのを操る敵とか現れたりする感じ? だったら結構困るんですけど……あ、でも待てよ……)
ふと思いつき、ニセ子との剣戟の合間に青人形を観察する。
アレってもしかすると、可能性の塊なのでは……?
(例えばさ、この場所がミコバト内のような仮想空間だっていうんなら、デタラメで根拠のない力、なんていうのも有り得るものとして受け入れられるわけだ。けれどこれがあくまで現実だって言うんなら、青人形はそれ自体が「未知の力」として計り知れない価値を有していることになる!)
迷宮のやることは、色々と奇妙なことが多い。だから「謎技術」として理解の埒外に追いやりがちなのだけど。しかし青人形をそれとして切り捨てるには惜しい気がする。だって、闘気人形と青人形、ひょっとしたらいっぺんに召喚して動かせるかも知れないじゃん。浪漫があるじゃん!
勿論人形に限った話じゃない。運用方法によっては、幾らでも戦略の幅を広げられそうだし。是非研究して私でも扱えるようにしたいところ。
けど、もしそれが出来ないのだとしたら。つまり青人形が本当に「デタラメで根拠のない力」だとしたら、それはつまり私の居るこの場所が、仮想空間、仮想現実であることの証明にも近しいってことにならないだろうか?
まぁもともと怪しいとは思っていたけれどね。何せこの不定形ボディだ。いくら試練だって言ったって、いつの間にやら身体に手を加えられてさ、こんな状態にされたとあっちゃ洒落にならない。冗談じゃ済まないよ。
(あー、って考えるとこのダンジョン内で得た物を持ち帰れないっていうのも納得か。仮想空間から物品は持ち出せない。ミコバトでは基本だものね)
見破られにくい嘘をつくには、虚偽の中に「本当」を含ませてやるのがミソだ、なんてよく聞く話だけど。この試練にだって同じようなことが言えるのかも知れない。
この試練で体験した事柄は、何もかもがリアリティに富んでいる本当のことだった。アイテムが持ち込めないっていうのも多分本当。そういうルールが仕様に組み込まれていたんだろう。
このダンジョン内で得た物品を持ち帰れない、返却の必要があるっていうのも本当。現実に仮想空間で得た品を持って帰るだなんて不可能だから。
でもって最大の嘘は、この身体。この場所。ここが現実に存在する場所である、という情報そのものだ。幾つものリアリティが、そこへ気づくことを妨げていた。
まぁでも、堂々と青人形を使ってくる辺り、何が何でも気づかせまいとしている、とも思えないのだけどね。
何より、ここが仮想空間であれ現実であれ、この戦いに負けられないっていうのは変わらない事実なのだし。
ただまぁ、そんなことより気になるのは……。
(一体何処から仮想空間に入り込んだんだろう? 一番可能性が高いのはこのダンジョンに入るときに触れたポータルだと思うんだけど。だとしたらお預かりボックスに放り込んだ貸出品はどうなるの? ジャージは? やっぱり返却……或いは……うーん? ヤバい、気になる。確かめたい!)
思い至ったその途端、一層高まる闘気の出力。これにはニセ子も若干仰け反り驚いた様子。けれど仕方がないじゃない。
確かめたいことが出来てしまった。それはつまり、負けられない理由が増えたことを意味し、それどころか、早く勝ちたい理由さえ生じたのだ。とどのつまりはやる気アップ。闘気割増だ。
しかしながら、仮想空間であるならば当然相手方も卒なく対応を見せてくる。私が闘気の出力を上げれば、向こうもそれに応じ、偽闘気を強化するわけで。
(いやこれ、どうするのさ。向こうも出力を上げられるってんなら、何処まで行っても平行線。私が闘気化して消耗を無効化したところで、ようやく拮抗するところまでしか行かないかも知れない。ってなると、もしや更にもう一歩先を相手は期待してるってこと? なにそれ面白そうなんですけど……!)
闘気化ですらついさっき身につけたような、あまりに真新しい技術だっていうのに、迷宮はさらにその上へ登れと言っているらしい。隠しボスに勝ちたいのなら、それくらいはクリアしてみせろと。とんでもない無茶振りである。
だが面白い!
ますますやる気をくすぐられ、モリッと上昇する出力。うん、これなら行けそうだ。
(不定形のこの身から、形そのものを取り去る。肉体の在り方を闘気へ置き換える……!)
ビッグウィスプ戦では、正直半ば無意識に行ったことではあった。無我夢中で、ってやつ。
しかし今回は私の意思で、確かな意図のもと実行する。
大丈夫、そういうことが実際に出来るんだってことを、私は既に知っている。視えなかったハードルは可視化され、飛び越えられる程度の高さまで降りてきた。
あとはそれを、飛び越えるだけ!
(闘気化!!)
これにもいずれ、何かかっこいい技名のようなものをつけてやりたいな、なんて。そんな事を漠然と思いながら、私は自身が変質していくのを確かに実感していた。
望むのなら五感も、ともすれば第六感や第七感すら備わった身体。しかし望まぬのなら、それらを忘れることだって能う。
万能感。無敵感。しかし慢心を嫌う私も確かに居て。
はらりと落ちたのはセーラー服。ツインダガーも鞘も、ごとりと体育館の硬い床を鳴らしていた。が、カタナは握ったまま。保持しようと思えば出来るらしい。逆に、保持しようとしなければすり抜けるようだ。
であればなるほど、玉が落ちてしまったのも納得であり。直ぐ様ニセ子が飛び込んで来たのだって道理である。
私の碧玉めがけて、繰り出されたのは棘。案の定隠し持っていた、変身能力の使い道。オメガポロックの真似事。
がしかし、如何に光線めいた速度で突き出そうとも、それこそ光速にだって対応できる今の私には然程の問題にもならない。
棘が届くよりも先にひょいと玉を拾い上げたなら、お返しにとニセ子の朱玉を奪いにかかる。
さぁ、ここからが本番だ。




