第一七二一話 VS 体の隠しボス
玉取り試合と言っても、基本的には普通に得物や技を駆使しての殺し合いを行うことになる。
極端な話、敵を行動不能にした上で玉を奪うなり壊すなりすればそれで勝ちなのだ。なればダメージを狙っての行動は当たり前。
こちらとしてもいよいよツインダガーでの様子見を終え、カタナを抜いての切り合いにシフトしたわけだけど。
しかしそれはそれとして、だ。
(これって要は、マスタリー師匠に直接稽古をつけてもらってる、みたいな解釈も出来るよね。今の私は、マスタリースキルすら使用できない状況下。一方相手は使い放題。って考えると、なんだか……鍛錬欲がもりもり湧いて早くも闘気お漏らししちゃいそうなんですけど!)
キュキュっと体育館独特の靴音を響かせ、目まぐるしく交わすは斬撃の応酬。
紙一重にて刃をやり過ごし、鋭く斬り返しを放ってみれば、彼女もまた見事にそれを掻い潜る。
鍔迫り合いを基本的に嫌う私のスタイルも、ニセ子の立ち回りに影響を及ぼしているのか、互いに回避主体の曲芸めいた身のこなしが続く。実にスリリング。
私とニセ子のスペックは、基本的に同程度。がしかし、同じ仕様で成り立っているかと言えばそうでもないらしい。
例えば無尽蔵のスタミナや治癒力、枯渇知らずの魔力など、どうやら迷宮からのサポートを受けて成り立つ部分もあり。
それ以外にも戦い方だってそうだ。ニセ子がいったい何時、何処でその戦闘技術を身につけたのか、と考えると、私の技術をコピーしているか、或いはやはりマスタリーの補助を受けていると考える他にない。
話してみた感じで、「中身」に関しては私と別物っぽいので、やはりマスタリーに依存した立ち回りを行っていると推察できる。
対し、私は自前の技術と判断力で立ち向かうわけだ。ミコバト内で設定を工夫すれば、似たようなこともまぁ出来るのだろうけれど。しかしリアルだからこその緊張感というのもまたあり。先程会話できたっていうのも意義的には大きい。
私はこれを、きちんと「実戦」であると認識できている。それも、敗北すれば命を落とす真剣勝負。死ぬほど痛くて苦しいのではなく、死ぬやつ。背にも肩にも責任を乗せての闘いだ。負けられない理由がちゃんとある。
だから良い。
実戦に勝る訓練はなく、実戦の定義を「負けられない戦い」とするのなら、この場は私にとって闘争の場であると同時、学びの場であり、鍛錬の場でもあるってこと。更には遊びの場でもあるとなれば、テンションが上がらないはずもない。
(楽しい! 楽しい!!)
まだ剣を交え始めて然程の時間が経ったわけでもないのに、闘気の漲りを感じて仕方がない私。
一方、ニセ子はと言えば至極冷静。されどもこちらの変化に応じ、彼女のステータスも底上げが為されているように見える。闘気でパワーアップして一気にドーン! みたいな攻略は無理筋ってわけだ。まぁ予想はしていたけどね。
しかし落胆はなく、むしろ嬉しさすらある。だってそうだ、それならば闘気を用いようともちゃんと鍛錬が成り立つってことだから。
それこそミコバトを例に挙げるなら、闘気なんかを用いて私が力を増した場合、対戦相手に設定したCPUは追従できず、対応能わず、力負けしてそのままゲームセットとなる場合が多く。だからと言ってはじめから強い敵を用意したなら、それはそれで段階的な鍛錬ができないって問題もある。
つまり、こちらの力に応じてレベルを上げてくれるニセ子は、鍛錬相手として非常に優れてるって話だ。
(これはアガる! 遊びも確かに大事だけど、この機にニセ子の技も学ばせてもらおうじゃないのさ!)
当たり前と言えば当たり前の話なのだけど。マスタリースキルそのものをポイとお出しされただけでは、武器の扱いなど成り立たない。どんな動きをしたいか、という望みがなければマスタリーは応えてくれないのだ。
であるなら、ニセ子にも確かに思考する知能があり、判断力があり、個性があるのだと推察することが出来る。剣を交えることで対話をする、っていうのはきっと、これと似た考え方なんだろうね。
突きつけられた問題に対する応じ方。実際の動作はマスタリースキルが勝手に補完するにせよ、どう対応するかを選ぶのは彼女だ。そして、その対応からどのように次へ繋げるか。そうした彼女の選択一つ一つは紛れもない「ニセ子らしさ」であり、参考になる部分である。
(参考にしたのなら、早速真似てみよう。自分と似たような立ち回りを選ぶ相手と対峙した場合、ニセ子はどんな手に出るのかな?)
相手の癖やパターンを見切る、なんて言うと聞こえは良いだろうけど、別にそれが目的ではない。欲しているのは驚きであり、気づき。「へぇ、こういう時そういう動きで切り抜けられるんだ!」みたいな、自分の引き出しにはなかった手の運び方。そこに期待し、様々な攻め方を試す私。
また、逆にニセ子側からのアプローチだって興味深い。どういうタイミングを選ぶのか。どんなふうに隙をこじ開けるのか。どうやって相手を欺くのか。
多くが既知であり、想定を出ることはない。が、時折思いがけない動きを見せることもある。それが堪らなく面白い。
私が面白がっていることすら見て取って、それを逆手に取ることもある。私の模倣を利用して、罠にはめようと策を施したりだとか。
(きっちり玉を守り、こちらの玉を狙っているっていうのもまた面白いよね。そのせいで動きに変な偏りが出ちゃってるっていうのも事実と言えばそうだけど、それを囮に使ったり、或いは無視したような振る舞いをする、なんて駆け引きも楽しい。いやはや、これはなかなかどうして……)
客観的に見たなら、一進一退の攻防ってところだろうか。
単純な剣技で言うと、やはりマスタリーの補助を受けているニセ子が一枚上手。いくら鍛錬を積んでるって言ったって、マスタリースキルの恩恵を抜いたなら、私なんて単なるゲーマー女子だものね。
しかしその一方で、一手一手の選び方って点で言うと私のほうが上だ。ボードゲームなら圧勝してたかも知れないね。そういう意味じゃ、遊びのチョイスをミスったのかも知れない。が、必ず勝てる勝負を吹っかけても闘気なんて湧いて来ないんだから仕方がない。
私が策を弄して作り出した隙を、彼女は技による対応にて誤魔化してみせる。
時折届いた刃も、不定形ボディの特性を駆使して受け流してしまったり。或いは負った手傷も直ちに修復してしまう。困ったものだ。
不定形ボディは、変身解除状態とすることで物理攻撃に対し、無敵にも近い耐性を発揮することになる。要はスライムに斬撃が効かないって理屈と一緒だね。だからダメージを入れるのなら、魔法や属性攻撃なんかを行うか、或いは変身して形を維持しているタイミングを狙って傷を入れるかしないとダメっていう。そうまでしても回復されちゃうっていうんだから、まぁ大変なことである。
ああそれと。振り回している内に判明したのだけど、ビッグウィスプから得たこのカタナ。宿している特殊能力は、所謂「飛ぶ斬撃」ってやつで。便利だし強力ではあるけれど、属性攻撃として活かすことは出来そうになかった。残念。
それでいうとツインダガーの状態異常攻撃のほうが、まだ可能性を感じられるかも。まぁ毒も麻痺もすぐ治癒されそうな気はするけどね。
ちなみに、ニセ子も同じ性能の武器を扱っているようで。時折斬撃を飛ばしてくる辺り、少なくともカタナには同様の能力が宿っていると見ていいだろう。
(? そう言えば、ニセ子は得物も変身能力で生み出してるんだよね? 特殊能力まで宿した武器を作れるものなのかな……っていうかそれ、私も出来たりする?)
気になったため早速試してみるけれど、どうにもやり方が分からないし、上手くは行かなかった。これも隠しボスが故の特別なのか、はたまた何かやり方があるのか。
何れにせよ、今無理に固執するべきことではないだろう。仮に自由に特殊能力付きの装備を生み出せるとするなら、もっとハチャメチャなことを仕掛けて来ないとおかしいのだ。なら、向こうはあくまで私の真似っ子しか出来ない、許されていない。そういうものであると仮定しておくべきとして。
それより強く警戒するべきなのは、やはり「棘」の存在だ。愛刀月日の特殊能力を不定形ボディの特性にて再現したそれは、体の何処からでも鋭い棘を凄まじい速度で射出するという攻撃的な変身であり。これを打ち込まれては、流石に対処が難しい。ゆえに、ずっと警戒しながらの応戦を行っているのだけど。今のところはまだ出してこない、が使えないと楽観するわけには行かない。タイミングを図っていると考えるべきだ。
(こういうところも含めての駆け引きだね。やぁ、楽しいなぁ。楽しいけど、長引くほど首が絞まっていくのも確かなんだよね……棘を伸ばしてくるとしたら、私の動きに陰りが差し始めたタイミングが怪しい。と思わせておいて、何でもないところで撃ってくるかも知れないし、全く気が抜けないや)
可能性の話にはなるけれど、現時点では私の「棘」をニセ子が知らないって線も一応は考えられる。それでいて、こちらが見せた途端に向こうも棘を模倣し始める、みたいな。だから私は、なるべく効果的なタイミングで手札を切るべきだし、もしもニセ子がそれを承知した上で立ち回っているとするなら、撃たれるタイミングも予想しやすいことだろう。
逆にニセ子としては、どのタイミングで棘を撃っても構わないのだ。やぁ、アドバンテージを握られてるねぇ。
いっそ雑に棘を使って、それ有りきの戦いに持ち込むのも手だけど、ニセ子はさも「棘の存在なんて知らない」って動きを見せている。無知を装っているのか、本当に知らないのかはさて置き。棘を使えばその瞬間、彼女の動きにも変化が生じ、あからさまに棘が通りにくくなるのは間違いない。だから雑に撃ちたくはない。
玉を破壊するのに、棘による攻撃は非常に有効な手となるだろう。
懐に隠したナイフをチラつかせ合うような、何とも腹芸じみた遣り取りを行う一方で、剣戟もまた白熱し。
玉取り試合は息つく暇すら惜しむように続くのだった。




