第一七二〇話 ニセ子
「そうだなぁ、例えば『一〇分以内に私に触れること』が出来ればあなたの勝ち。出来なければ私の勝ち、ってのはどうかな?」
流麗な太刀筋をツインダガーで受け流しながら、提案を投げかけるのは私。そう、遊びの提案である。
私とそっくりというか、まるで同じ姿をした第三の隠しボスたる彼女、偽ミコトは依然として表情に変化のないままカタナを振るい続ける。お人形さんみたいね、とはこういう事を言うんだろうか。違うか。
しかしまぁ、もとよりリアクションへの期待というのは薄い。勝手に私がルールを定め、勝手に則り遊ぶ。最低限それさえ成れば良く、一人遊びでだって構いやしないのだ。
だから更に細かなルールを述べていく。なるべく間合いを取り、口を開く隙を確保しながら、呼吸も意識し、言葉を紡ぐっていうのはなかなか大変だ。
「時間は、あそこに掛かってる時計で計測。変に弄ったりとかしないでね? っていうかちゃんと動いてるよね……? ああ、うん。大丈夫そう。でもって、勝利条件の『触れる』っていうのは……」
「待って」
「!?」
頑張って説明を述べている途中、唐突に差し込まれた何者かの声。いや、確かな「言葉」。
待ってと述べたそれは、確かに目の前の彼女が発したものであり。
実際、攻撃の手を止めた偽ミコトは、相変わらず色のない表情でこちらを見据えており。口元だけを黒いマスクで隠したそれは、ともすれば本当に彼女が言葉を発したのか疑いたくなるような有り様ではあった。が、そんな私の訝しみを知ってか知らずか、更に偽ミコトは言葉を吐いたのである。
「そのルールじゃ、こっちが熱くなれない」
「ほぁ……」
おっと、驚いた拍子に変な声が出てしまった。
だってそうだ。喋った事自体が意外だっていうのに、それどころか「熱くなれない」ときたもんだ。言葉を発するまでなら想定の範囲内ではあったけれど、この発言は流石に予想の埒外である。そりゃ変な声も出ちゃうだろうさ。
しかし呆けている場合でもない。会話が成り立つというのならば願ったりだ。
「なんだ、喋れたんだね。よくもいきなり斬り掛かってきたなコノヤロウ!」
「…………」
「…………」
「…………」
「えぇ……急に喋ったかと思えば、急に黙るじゃん。まぁいいや、反応を見せたってことは『遊び』に付き合ってくれるってことでいいのかな?」
「いいよ」
「やったー!」
もしかしたら、特定の話題にしか反応を返してくれないようになってるのかも知れない。それこそ遊びに関してとか。或いは他にも何か、反応してくれることがあるかも知れないけれど、そこら辺は追々探っていくとして。
取り敢えず遊び相手にはなってくれる、と言質を得たので、ルールを話し合っていきたいところ。
「取り敢えず自己紹介。私はミコトっていうんだけど、あなたは?」
「…………」
「名前がない感じ? それともあなたもミコト? 偽ミコトって呼んでいい?」
「好きにすればいい」
「まじかよ」
いいのか偽ミコトで。なんだかこっちが心苦しいんですけど……もうちょっと可愛いあだ名を付けてあげようかな。
うーんと、そうだな……。
「好きにしていいなら、『ニセ子』って呼ぼうかな。それでいい?」
「好きにすればいい」
「じゃあそうしよう。んでさっそく本題なのだけど、さっきのルールじゃ熱くなれないって言ったね」
「言った」
「ならどんなルール、どんな遊びなら付き合ってくれるのさ?」
「……それはあなたが考えること」
「えー」
つまりなんだ。ニセ子はダメ出し担当で、私が発案担当ってわけ? 良いだろう、思いついた端からじゃんじゃん提案してあげよう。
そうだなぁ、ええと……。
「パンチラゲームとかどう?」
「却下」
「いやさ、ここに来る前ようやく念願のパンツを手に入れたわけさ。おあつらえ向きにスカートも穿いてるとなれば、やっぱりスカートめくりに興じるべきなんじゃないかって思って」
「変態」
食い下がってみたけど、取り付く島もなかったよ。最終的に斬り掛かってきたもんだから、慌てて別のアイデアを考えることに。
その後もアレコレと提案を投げかけてみるも、スキンシップ系は軒並み蔑むような目を向けられる結果に。ゾクゾクするね。
しかしこれじゃあ埒が明かないものだから、いよいよ真面目なアイデアへとシフト。
そうして遣り取りをする間に、幾らか情報収集も成った。
「やっぱり私、普通に戦ったらニセ子には勝てないんだ?」
「そう。そういうコンセプトで私は作られてる」
「ほーん。それはまた、負けず嫌いを刺激されるような設定じゃん」
「勝てないものは勝てない。精々勝てそうなルールを考えたらいい」
「言ったなコノヤロウ! だったら……」
「アンフェアはよくない」
「出鼻をくじくねぇ!?」
私とニセ子のスペックはおおよそ同程度。しかし唯一にして絶対の差は、疲労や消耗の有無にあり。
戦えば戦うだけ消耗を蓄積させる私に対し、ニセ子はそれらを直ちに回復してしまうようだ。つまり迷宮から無限にも等しい体力だの魔力だのを供給されているのだと。ダメージだって癒えてしまうというのだから堪ったもんじゃない。勝てないように作られてる、というのも納得の設定である。
がしかし、幸いにして今の私には「消耗しない戦い方」に心当たりがあるわけで。
やっぱりこの戦い、闘気化っていうのは必須になりそうだ。
「しかしアレだね、自分がこの格好をしてる分にはあんまり何も思わないのだけど。客観的に見ると、結構そそられるものがあるね。ナイス絶対領域!」
「いいから真面目にルールを考えて」
「なるほど。そのリアクションからして、私の人格に関してはトレースしていないみたいだね」
「……だったら何」
「趣味嗜好はもとより、矜持や咄嗟の判断も、意外と個性の出る部分だからね。ニセ子がどの程度、私を再現してるかってのは重要な情報なのさ」
「うざ」
「えー」
白い目を向けられはしたものの、案外雑談にも興じてくれるみたいじゃないか。そういう設計なのか、はたまた会話したことで親密度でも上がったのかな? だったら嬉しいね。
さておき、ニセ子と遊ぶためのルールなのだけど。
必要なのは、持久力関係なく私に勝ちの目がありそうな勝負であること。
それでいて、あまりあっさり決着がつくようなルールでは、闘気を高めることが出来ない恐れがある。だからなるべくじっくり戦えるような遊びでなくちゃならない。
そうした前提のもと、ああでもないこうでもないと話し合った結果。
「それじゃ、ゲームは『玉取り試合』ってことでいいね?」
「名前が気に入らない」
「クレーマーだなぁ君は」
「そこはかとなく下品」
「何処らへんが?」
「…………」
「何処らへんが?」
「うるさい」
ルールのおさらいだ。
・ミコトとニセ子、互いに同様のオブジェクト、即ち「玉」を保持したまま戦闘を行う
・勝利条件は「相手の玉を奪う、或いは破壊すること」。もしくは単純に「相手を殺傷する」の何れかを達成すること
・敗者は勝者の攻撃を、防御も回避もせず一撃受けること。死亡している場合は免除とする
「ニセ子はさぁ、心命珠とか落とさないの?」
「知らない。仮に落としたとしても、このダンジョンを攻略したら返却するルール」
「それなぁ。誰だそんなせこいルール考えたやつはウェブデこの野郎!」
「急にキレないで」
そう、今回ドロップアイテムのリクエストを控えた理由がそれだ。
ここが体の試練であり、ダンジョン攻略完了時に、ダンジョン内で得た品は全て返却するっていうルールが課せられている以上、このボス戦で心命珠なり良さげなアイテムを得られたとて、迷宮に取り上げられるっていう未来が確定しているわけだ。
ちなみに今回の隠しボス撃破特典については、アイテム返却後に受け渡しが行われるそうなので、そこは一安心だ。言ってしまえばそれこそがドロップアイテムのようなものなのかも知れない。
せっかく会話の成り立つ相手なのだから、心命珠に対する期待は大きいっていうのに。それが叶わないと事前に分かっていることへの悲しみよ……ウェブデ氏へのヘイトがどんどん溜まっていくね。
して、ルールの設定と同意が成ったのなら、あとは最終準備である。そう、守るべき「玉」の準備だ。
これに関してはどうやら、ニセ子側が用意してくれるらしい。
「私が用意しても良かったのに。綺麗な金の玉を用意できたのに」
「色のチョイスがキモい。だから私が用意した。色は朱と碧、好きな方を選んで」
「朱と碧!? 赤と青でも、紅と蒼でもなく、朱と碧!!」
「うるさい」
「なぁニセ子、おいらの仲間にならないか!」
「私に言われても困る」
「ウェブデぇ!!」
「うるっさい」
斯くして、私とニセ子による玉取り試合が幕を開けたのである。




