第一七一七話 チラッ
「ひょっとしてなのだけど、基本に立ち返ることが求められてたりする?」
階段の半ばから所かわって、再び訪れたのは例の鏡前。
ぼろぼろになってしまったセーラー服の再調達が、どうやら無理っぽいと悟って途方に暮れかけた私。
けれどふと思い直し、こうして隠しスペースへ戻ってきたわけである。
して、何に思い至ったのかというと。
「つまり、セーラー服も含めて変身で再現するっていう手法。これこそが正解なんじゃないか、っていう説! なまじニーソがキーアイテムだとか、そういう重要度高めの情報を抱えていたからこそ、勝手に思い違いへ走っちゃった可能性は否めないよね。一種のミスリードと言えなくもない。けれど蓋を開けてみたら実は、すごく単純な答えだった! みたいなオチだったりして」
言いながら、せっせとボロボロの服を脱ぎ、装備の一切合財を取り外した状態へ至る私。
でもって考える。もしも思った通り、変身の一部として服装まで再現するのだとしたら、そちらにリソースを割く関係上、私自身を構築するための材料が少々不足し、スケールダウンを余儀なくされるかも知れない。
あーでも、ガワさえ取り繕えば良いのなら、体の内部をスカスカにして服や靴の分を補ってやれば足りるのか、そうか。
流石は最終課題と言うべきか、技術面でも地味に難しいことを要求してくるじゃないか。まぁ、この路線が正解ならば、という前提あっての話ではあるけどね。
「服装の再現なら簡単。なにせこうして見本があるわけだからね、今更手間取るほどのものじゃない。問題なのはやっぱり『元の私』を正確に再現できるかどうか、って部分だよね。ひょっとすると顔に限った話じゃないかも……ってなると、やっぱり難易度は高そうだけど。まぁ頑張ってみよう」
例えば手足の長さだとか太さだとか。そういうのは動きにも関係する部分だから、割と正確に把握しているし再現するのは難しくない。けど、例えば背中なんかは鏡に映したって容易く確認できるものではない。それを正確にこの不定形ボディで再現するっていうのは、流石に難しいとかいう次元からはみ出している気がしないでもない。有り体に言うと「普通は出来ない」ってレベルだ。
このギミック、何も私じゃなきゃ絶対に成功しない難易度調整、なんてのが意図的に施されているとも考えにくい。べらぼうに難しいのは間違いないけれど、それはあくまで技術の上での話。そもそもからして不可能なことは要求しないと考えるべきだろう。
だとすると、背中は割とアバウトでも良いのかも知れない。或いは服に隠れてる部分への要求は薄いのか。
他にも気になることを論えばキリがないのだけど……まぁともかく、先ずは実際に試してみてから調整を加えていこうかな。
「見よこれが! 内臓を犠牲にセーラー服を纏った私の姿だ!」
丁寧に服の材質にまでこだわった、極めて再現率の高い見本通りのセーラー服。不備はないと自信を持って言えるだけのクオリティだ。だから一旦、これはクリアしたものとして、思考から一時的に外しておく。
問題は私の姿に対し、鏡がどんな判定を下すかというところ。
ブランクこそあるけれど、私自身の姿にならゲルミコトで当たり前に変身していたからね。ぶっちゃけ手癖でだって再現できるくらい馴染んではいるんだ。けど、しばらくゲルミコトを触れていないことと、迷宮ギミックにより確信が削がれたことを加味すると、自信のほどは精々が八割くらい。帰ったらもっとちゃんと自分ってものを見つめ直さなくちゃいけないかもね。
して、鏡の前でマネキンと同じポーズまで決めてみせたわけだけど。さぁどうだ……?
「……無反応。失敗? ぐぬぅ、これは何? 服を変身で再現するっていうアプローチ自体が失敗だったのか、はたまた私の姿を上手く再現できていないのか。失敗理由の割り出し方すらわからないんですけど!」
せめて、惜しいなら惜しいと告げて欲しいところ。マルかバツだけじゃなく、三角もおくれよ! 何処がダメか言ってくれなきゃ分からないんだよ!
と、頭を抱えそうにもなるけれど。ここでヒスるような私ではない。まだその時ではないのだ。
シンプルに造形ミスをやらかしている可能性を疑い、鏡の中の自分を注意深く観察する私。
散々なんだかんだ悩みこそしたけれど、顔の造形に関しては結構自信はあるんだ。なにせ毎朝じっくり鏡を見ているし、何ならそのたびに見惚れているくらいだからね。自画自賛的な意味で。「うん、今日も顔が良い」ってのは結構高頻度で呟く独り言だもの。とんだナルシストである。
なので顔の造形は、何か失敗があるにせよ微々たるものだと思う。であれば問題は身体の方かな。自覚の薄い部分で調整を失敗してる? それこそ背中がどうとか言われると困るんだけど、そうじゃないとすれば服に隠れてる部分……あ、いや待てよ?
「どれ、ちょいと失礼するぞ……ああやっぱり!! このマネキン、下着つけてるぅ!!」
徐ろに覗き込んでみれば、案の定パンツもブラも着用しているマネキン。対して私は、どちらもお預かりボックスに放り込んできてしまったため、はじめから所持すらしていないのだ。その状態がすっかり当たり前になってしまっていたためか、今の今まで失念していた。
「くそっ、なんてことだ。マネキン相手とは言え、この私がスカートの中身を確認しそこねていただなんて……しっかりしろ! ちゃんと覗くかめくるかしなきゃ! もっと欲望に素直になるんだよぉ!!」
どうやら無自覚の内に、変な良識が芽生えていたらしい。前世なら二次元っていう欲望の捌け口があったけど、この世界ではそれも難しいからね。
例えば身の回りにはやたらビジュ良すぎる女たちがわんさか居るわけだけど、冒険者だもの。スカート装備なんて余程のことがなくっちゃ常用なんてしない。かと言って、お風呂場で身内にそんな目を向けようとも思わないし。
街を出歩けば、そりゃスカートをヒラヒラさせている娘も少なからず居るけれど、そんな彼女らにローアングルから迫るようじゃ、いよいよ不審者どころの騒ぎじゃない。だからやらない。
精々がイクシス邸のメイドさん。彼女たち相手なら、スカートめくりもお戯れの一つとして許容されるところだけど、しかし如何せんスペックが高いんだ。最初の頃はともかく、近頃はめくりにかかる私とスマートに回避するメイドさんの刹那的な攻防こそが一つのお戯れとして成り立っていた。
そうした諸々があり、人形のスカートを覗き込むだなんて基本中の基本を疎かにしてしまったようだ。一生の不覚である。
自らの不甲斐なさを心底恥じながら、直ちに修正を施す私。
今の私に足りなかったのはとどのつまり、下着の存在。それを変身の一部として再現してやれば……!
「はいキタしゃおらぁ! 流石は私、読みも変身技術も冴えまくってる!」
修正を終えるとともに、ビシッとポーズを整えたその瞬間である。突如輝き出したマネキンと鏡。
それはここまでに、幾度も目の当たりにした光景。オブジェクトが粒子へと変わり、鏡の中に吸い込まれていく様子。
その幻想的とも言える光景を一通り観察し、ようやっと異変の終わりまで見届けたなら、先ずもって一つ大きな発見をした。
「! え、マネキンの着てた衣類が全部落ちてる。鏡に吸い込まれたのはマネキン本体だけだった、ってこと? ってことはひょっとして、この服は貰っても良い? 念願の下着ゲット!?」
おっかなびっくり、床に取り残されたセーラー服や下着を拾い、質を確かめたり異変がないか警戒してもみるけれど、どうやら何も問題は無さそうで一安心。っていうか、何ならこれまで着用していた物よりもコレ、質が良い気がするんですけど! 装備のアップグレードイベント、みたいな意味合いもあったのかな? それはそれで嬉しいね。
ともかく、そういうことなら有り難く頂戴しようじゃないか。まぁ返却時に手放すことを思えば、借りるという表現が適切なのだろうけれど。
ちなみにニーハイソックスだけは、交換せず続投してもらうことに。そりゃ衛生面で言うと替えるべきなんだろうけど、如何せん特殊能力がね。身軽さに関わる話なので、流石に交換は出来なかった。まぁ清浄化系のアーツ(仮)を用いればキレイに出来るし、防御力の面ではちょっと型落ち感がなくもないけれど、大丈夫大丈夫。これでもボスドロップだもの。
ってなわけで、ようやっとちゃんとした格好になった私。これならばダンジョンボスと戦うのにも相応しい姿であると胸を張ることが出来そうだ。
が、ボス部屋へ向かう前にもう一つ調べなくちゃならないところがある。
そう、マネキンを吸い込んだこの鏡だ。
「流石になにかあるでしょう……おお、やっぱり!」
試しにと触れてみたところ、案の定鏡面へずぶりと埋没していくカタナの鞘。そりゃ勿論、いきなり手で触れたりはしないさ。何が起こるかわからないからね。
しかし調べてみた感じ、どうやら特に害らしきものは無さそうだ。新たな隠しルートが開通した、という認識で良いのだろう。
であれば是非も無し。
意を決した私は、いよいよ鏡の中へと踏み入ったのである。




