第一六七一話 ミコト VS 技の隠しボス 二
技の試練における隠しボスとして現れた、グリーントレモちゃん。
極端なまでの防御偏重が、その見てくれからしてあからさまである彼女に対し、さてどう攻略を進めようかと思案するミコト。
普通にダメージを稼いでいっては、恐らく第二形態第三形態へ移行してしまうことが強く予想され。出来ればそれは避けて通りたいところ。
なにせ、無茶なチャレンジをしている自覚というのはしっかりと抱えているのだ。仲間たちに心配をかけてしまい、心苦しい思いもある。だからこそ、極力余計なリスクは避けるべきであると。そう分かっていて尚、通常ボスではなく隠しボスへの挑戦を選択してしまった。勿論それだって、あれこれと理由を立ててのことだったのだけど。
リスクを抱え込んでしまったのだから、敗北だなんて許されるはずもなし。可能な限り安全に勝利を掴むことこそが、今回の戦闘における主題とすら言えた。
そのためにも、出来ることなら第二形態への移行などは極力避けて勝負をつけたいところ。
(ホトケイシが奴にとって予想外の攻撃で、思いがけず大きな隙を晒すことになっていると仮定するなら、核の破壊で一気に決着がつく可能性も十分にある。けど、流石に容易すぎて怪しいって気持ちもある)
確かにグリーントレモちゃんは全身鎧で身を固め、武器の代わりに大きなシールドを二つも携えている。謂わば攻撃の役目を完全に捨てたタンクの如き装いだ。それでいてアタッカーを引き連れているわけでもないのだから、不自然極まりない話なのだけど。
これに対しミコトは、もしかすると認識できていないだけで、何処かにアタッカーが隠れ潜んでやしないかと警戒しているほどである。しかも否定材料は今のところ心許なく、気が抜けない状態ではあるけれど。
とは言え本当に存在するかも分からない敵を想定して、そちらにかまけていられる程、隠しボスという存在は甘くない。先の親分オーガ戦において、それを否というほど思い知ったミコトは、警戒しつつも注意を意識的にグリーントレモちゃんへと傾けた。
(本来であればガチガチの防御で、核への攻撃を通すようなことなんかあり得なかった。それが想定外の攻撃で、無防備を晒している。だから今なら簡単に核を破壊して倒せるかも知れない、か。一応理屈としてはそうおかしなものじゃないと思うけど、怖いのはトラップの類いだった場合だよね。本当の核はもっと安全な場所に安置してあって、アレは破壊されても大丈夫な偽物だったり、とか)
実際問題、モンスターの中には自身の核を体の外に出し、安全な場所に保管する、と言ったことをやるモンスターも居ないわけでもない。
グリーントレモちゃんがそういった類いに属さないとも限らないのだ。
であるなら、とどのつまりどうするべきか。ふむと考え、ミコトは結論を出す。
(要するに、核を破壊する以外の方法で即死させられるだけの攻撃を叩き込めれば、それで勝ちが確定するはずなんだよね。なので、そっち路線で仕掛けてみようかな)
怪しい核については敢えてノータッチ。触るにしても今ではないと。そのように方針を立てたなら、即座に行動である。
差し当たっては、またもや石を投げつけるミコト。
がしかし、流石に痛い目を十分に見ているグリーントレモちゃん。いいかげんにしろと言わんばかりに、展開したのは物理障壁だった。
体表から染み込むように侵入を果たすホトケイシは、確かに障壁で受けられると弱い。
(なるほど、的確な対処法を打ち出してきたね。学習能力は高そうだ……けど残念。今回のはホトケイシじゃないんだ)
オリジンスキル【ルーンペブル:クモガクレ】。
簡単な話それは、所謂「煙玉」だった。忍者が使いがちなアレだ。
投げつけた石は、障壁に触れた途端濃密な白煙を全方位にバッと撒き散らし、一瞬でグリーントレモちゃんの周囲は白一色に染められてしまった。
(これで私を見失うようなら、奴は視界を有し、それに頼って観測を行っていることになる)
相手が一体、どういった感覚器官や手段を用い、周辺環境や状況、それに敵対者を感知し認識しているか、というのは意外と重要な情報である。なにせ、それがハッキリしなければ目を眩ませることも出来やしないのだから。
それにグリーントレモちゃんの顔には、きちんとした目玉など付いておらず。なればこそ視覚を有しているかどうかはミコトにとって、確かめておきたいことの一つだったのだ。
果たしてこの煙が、どの程度彼女に対して有効なのか。しっかりと観察しながらも、次の手を打つべく既に動き出しているミコト。
対し、グリーントレモちゃんはというと。
(あれは……視えてる? いや視えてない……っていうか、私を気にしてる余裕がない? ああでも、一応キョロキョロしてはいるか。なら視覚はあるのかな?)
分厚い煙の中、依然としてホトケイシにより苦しむ鎧人形。核に干渉されたことで、それだけ強く悶えるということは、その核が偽物である可能性というのも相応に低くなるわけだけれど。
ともあれ、苦しみながらも戦闘の意思は維持しているようで、時折顔を動かし周囲を警戒しているふうではあった。それでいてミコトを見据える様子は一切なく、視界が利いていないのは間違いないのだろう。
一方ミコトにとって煙は邪魔にならないのかと言えば、サラッと透視系のオリジンも開発しており。煙を透かして問題なくグリーントレモちゃんを捉えることが出来ているらしい。流石の芸達者である。
して、敵の姿を見失ってしまった鎧人形としては、勿論大変によろしくない状況であり。一瞬面食らいこそしたけれど、即座に対応策を打ち出し実行した。
用いたのは単純な手。即ち、風魔法で煙を吹き飛ばしてしまおうというのだ。
この行動は言わずもがな、「私は煙が邪魔で周りが見えません!」と宣言しているもほぼ同然なのだけど、かと言って強がっていられる場面でもない。
瞬間的に巻き起こった突風が、面白いほどに白煙を押し流していく。霧や普通の煙などとも比にならない、煙の形をした白色の塊。どこぞへ飛んでいくそれを見て、グリーントレモちゃんはそんな印象を得た。それほどに不自然な煙は、やはりオリジンで目隠し専用に生み出されたが故の異様だったのだろう。
また、煙が捌けるのに際し、ミコトが何処から襲いかかってきても不思議ではないのだ。苦しみを無理やり我慢しながら、何処から攻めて来たとて対応できるようにと構える鎧人形。
すると案の定である。ころり、グリーントレモちゃんの足元に転がってきた石ころが一つあり。
ホトケイシにクモガクレと、同じような石ころであってもまったく異なる効果を発揮することがある、と既に理解している人形は慌てて盾を構えんとした。が、時既に遅く。
オリジンスキル【ルーンペブル:アトノマツリ】。
一言で表すのなら、それはスロー系の状態異常を周囲の者に付与するスキルとなっており。厳密には状態異常というよりデバフに近いだろうか。
思考速度、反応速度、理解力、敏捷性から知覚速度に至るまで、あらゆるものを鈍化させてしまう効果を有している。さながら自分だけ時間の流れがゆっくりになったような、或いはむしろ、主観で言えば周囲が加速して思えるかも知れない。
アトノマツリが力を発揮するのは一瞬。されど、これを受けると一定時間は鈍化した状態を強いられてしまう仕様となっており。
グリーントレモちゃんが「しまった!」と焦燥を懐く暇すらろくに与えず、ミコトは既に次なる行動へ移っていた。
(魔法抵抗力で振り払われる、その前に決める!)
低いステータスを自己強化系のオリジンスキルで必死に底上げし、白煙からグリーントレモちゃんの死角へと飛び出すミコト。
何をしようというのか、直接人形の身体へ触れんと手を伸ばす彼女。ステータスこそ大幅に下がれども、身の熟しは流石のそれ。無駄はなく、キレはある。
そうしていよいよ彼女の思惑が成就しようとした、その直前だ。
(! まさか)
予想ではまだ、アトノマツリから脱することは出来ないはずだった。ところがどうしたことか、まるで再起動でも果たしたかのように鈍速を払拭。即座に身を翻してステップを踏み、ミコトから距離を取るグリーントレモちゃん。
ミコトもまた、警戒から急ぎバックステップで間合いを空けた。
後ろに跳びがてら、睨むように観察し、分析を行うミコト。
(アトノマツリをもう解除した? それだけ魔法抵抗力が強かった……っていうのは無い。なにせホトケイシを介して抵抗の強弱は把握できているもの。だからこそ勝算があると踏んだのだけど、だとしたら別の要因でデバフ、或いは状態異常を強制的に解除した、とか? そういう能力がある、と見るべきなのかな)
彼女の預かり知らぬことではあるけれど、他のメンバーが戦った通常試練ボス、ビッグトレモちゃんには数秒おきに状態異常やデバフをまとめて解除してしまう、リフレッシュの能力が備わっていた。
隠しボスたるグリーントレモちゃんにも、もしかするとそれと似たような力が宿っているのかも知れない。
しかしそうした情報を持ち合わせないミコトにしてみれば、驚きを禁じ得ない事態であり。
勝負は一旦の仕切り直し。とは言えどうやら、ホトケイシの効果は継続しているらしく、優勢は依然としてミコト側だろうか。