第一六六八話 クラウ班 VS 技の試練ボス 二
第一にビッグトレモちゃんが疑ったのは、カウンタースキルだった。
一口にカウンタースキルだなんて言っても、その種類は多岐にわたる。が、ここでは最もスタンダードな例に容疑が掛かった。即ち、撃った攻撃がそのまま跳ね返ってくるタイプのアレ。よくあるやつ。つまりは「反射」だ。
クラウも盾で受けた雷を、オリジンスキルの力で反射したのではないか。人形はそのように考え、そして直ぐに疑問を懐いた。
反射であるならば、一瞬盾に張り付くかのように雷が静止し、一塊になったのはどういうことかと。何か、単なる反射とは異なる現象が生じているのではないか、と。
だが、考えたところでよく分からない。情報が足りていない。それよりも認めるべきは、ダメージを負わされたという事実である。
ここまでは防御に徹し、反撃など滅多に行わなかったクラウが、ここに来てとうとう火力を発揮したのだ。
ビッグトレモちゃんにとっては、とにかく堅く隙がないだけで、遠慮なく攻撃を浴びせることが出来る手合。クラウたちに対して懐いていたのはそんな認識であり。状態異常弾さえ何とか出来るのであれば、容易くマウントが取れそうだと。そんな優位性すら感じていたほどなのだけど。
だと言うのにその構図が、ここで脆くも崩れ去ることになる。下手に攻撃を加えると、強烈な反撃が飛んでくるのだ。これでは手出しがしづらくなってしまう。そも、依然として防御を抜く手段すら得られていない現状、むしろ一方的に窮地へ追いやられているのはビッグトレモちゃん側でしかなく。
だがしかし、そうは言えども攻撃しないことには、無抵抗に敗北を受け入れるも同然。それは試練ボスにあるまじき行為だ。故に攻撃を途絶えさせるようなことは出来ない。
仕方なしに手を変え品を変え攻め方をも工夫し、思いつく限りの攻撃を試すものの、しかし何れもが何らダメージを与えることが出来ないでいる。ばかりか、手痛いしっぺ返しを受ける一方だ。
ただ、手を尽くす中で見えてきたこともある。それはクラウの用いたオリジンの正体について。
例えば、地面から鋭いトゲを突き出させる地魔法、【アーススパイク】をクラウたちの足元に展開した時のこと。
何が起きたかと言えば、何も起きなかったのだ。魔法は確かに発動したが、見た目にはうんともすんとも平穏無事。まるで何事もなかったかのようであり、それこそ魔法の失敗をこそ疑うほど。
これは、純粋な跳ね返しなどではないんじゃないか。そんな疑いをビッグトレモちゃんは懐いた。無論、アーススパイクに対しては異なるオリジンで対応した、という可能性も十分にありはするのだけど。
状態異常に苦しみながらも、必死に考えるビッグトレモちゃん。
そして、そんな彼女の様子を眺めるクラウたちはというと。
「攻略しようと必死に励んでいるようだが、概念オリジンの正体にはまだ思い至らないようだな」
「DPSはそこそこ。もうちょっと追い詰めたら、私の概念オリジンで一気に決めるよ」
「ではその前に、私の出番ですね」
レッドゲージに達し、一時は回復量がダメージ量を上回りもしたが、現状ではまたじわじわとHPを減らし続けているビッグトレモちゃん。
クラウのスキルを看破することも出来ぬうちに、早くも次の手が打たれんとしていた。あまつさえ、詰めに入ろうとしている気配すらあり。
それと気づかぬ人形は、相も変わらず手を尽くす。いっそ健気なほどだ。
されども残念、相手に待ってくれるつもりは無いようで。次なる概念オリジンは、聖女クリスティアによって放たれた。
その名を【私より偉い天使様は尊い!】という。
彼女がスキルを発動した、その瞬間だ。誰より何より効果を実感したのはビッグトレモちゃんであり。一方、クラウたちにとっては然程の違和感も感じられない、効く効かないのハッキリした術と言えた。
それというのも、この概念オリジンはクリスティア当人はもとより、近距離にいる味方すら効果の対象とするスキルであり。
これによりビッグトレモちゃんの視界は、部分的に激変を遂げた、と言っても過言にはならないだろう。
概念オリジン【私より偉い天使様は尊い!】の効果は、「威光」を宿すというもの。
即ち、これの効果を得た者は、他者から「己よりも上位の存在である」と認識されるようになるわけだ。畏怖、或いは尊び敬うべき、雅なる存在だと。無条件にそう思い込んでしまう。
そう、つまるところ精神操作系スキルの一種と言えるだろう。悪用厳禁の危うい術である。
聖女曰く、「私が威光を示すことで、私よりも上位の存在であらせられます天使様がどこまでも輝き尊ばれる、という仕組みです。敬わせてやります!」とかなんとか。
加えて、この効果に拍車をかけるのが「糧」の存在だ。
他者からの「警戒心」を糧としてしまうのが、この概念スキルの最も恐るべき部分。しかもスキルの効果対象に仲間を巻き込めるとあっては、ヘイトを取るのに長けたタンクのクラウや、厄介な状態異常をひっきりなしに浴びせてくるクオへ対する警戒心さえも糧に出来てしまうことを意味しており。
ビッグトレモちゃんは彼女たちに対し、警戒心を懐くことが出来なくなったも同然。となれば、それを起点とする別の感情にも破綻めいた影響が出ており。
例えば敵愾心。例えば嫌悪感や憎しみ。例えば怒り。
あらゆる悪感情は、警戒心と浅からぬ結びつきを有している。ならば突然、警戒する気持ちがフッと消え失せてしまえばどうなるか。
敵と分かってはいても、どれほど憎たらしく思っていても、どうしてか危機感が伴わない。何なら「取るに足らない相手」とすら誤認してしまいそうにもなる。ここまでの戦闘で、そんな筈はないとよく理解しているにも拘らず、だ。
そんな危うい心境に、ずいと押し掛けてくるのが「威光」。
ビッグトレモちゃんの目には、クククトリオがとてつもなく偉く、恐れ多い存在であるかのように感じられ、それと敵対する己に戸惑いすら浮かぶほどだった。心中には自責の念。だが、思考では理解している。今の状況を。これが不自然なことであるはず、という道理を。
けれどビッグトレモちゃんが人形めいていればいるだけ、「上位の存在」というものに対して頭が上がらないのも道理と言えばその通りであり。
いよいよ防御や回避行動にすら、それは正しいことなのかと迷いを覚え始める試練ボス。
「避けてはなりません。防いでもなりません」
発せられたのは命令。凛として響くその声は、確かにビッグトレモちゃんにも知覚の出来るものであり。
従ってはならないと、状況を俯瞰する理知的な思考が警鐘を鳴らさんとすればするだけ、それは糧として無理矢理に取り上げられ。ますます彼女たちの威光を強かなものとする。
気づけば身動きの取れなくなってしまったビッグトレモちゃん。判断基準が不具合を起こし、行動を決定できなくなってしまったのだろう。
言葉としてハッキリと命令を受けてしまったこともマズかった。従わねばそれは「反する」ということを意味し。否応なくそこに迷いが生じてしまう。
隙と呼ぶにはあまりに大きく、そして悲惨なそれ。
けれどトリオは容赦しない。
「これでチェックメイト」
そのように宣言し、クオは静かに引き金を引いた。
そこに、彼女の概念オリジンを込めて。
クオの概念オリジン、名は【レジストアレルギー】。
何時だったか、ミコトが「アレルギー」なるものを利用して、メチャクチャなことをやってみせたことがあった。
それが強く印象に残っていたクオは、今回それをオリジンのアイデアとして取り入れることにしたのだ。
結果、出来上がったスキルは思いの外えげつない効果を有しており。
糧とするのは対象の「抵抗力」。即ち、魔法抵抗力はもとより、免疫力だの自制心だの、抗わんとする力をリソースとしてそれは一つの事象を成す。
弾丸を撃ち込まれた相手の、「最大HP」を延々と削り続けるのだ。術者であるクオが概念オリジンを解除するまで、それは継続し続ける。
加えて、これは状態異常にあらず。捻じ曲げられたとは言え、道理に則る「正常な現象」として認識されるために、リフレッシュ効果はこれを正そうとしない。その結果、数秒おきに解除されることもなく。
クラウの絶対的とも言える守り。あまつさえ攻撃が返ってくることへの警戒。それでも手を止めるわけには行かないという葛藤。
されども警戒心は吸われ、威光はあまりに大きな戸惑いをもたらし。
そして、撃ち込まれた弾丸は痛みも苦しみも感じさせず、ただただ猛烈な勢いで最大HPの引き下げを行い続けた。
気づけば、ビッグトレモちゃんのHPは0を示し、小数点以下で尚も減少を続けている。
今の彼女は、ほんの些細なことで容易く死に至ってしまうのだろう。
それと自覚していても、人形は動けない。或いは風前の灯と知ったがゆえにこそ、迂闊に動けないのかも知れない。
「終いにしようか」
言って、相棒たる聖剣を振るうのはクラウ。
彼女のオリジンスキル、【閃きの残滓】。剣閃の描いた軌跡を、光属性の魔法現象としてその場に留める設置型の攻撃スキルだ。
だが、ビッグトレモちゃんとの間合いは遠く、五〇メートル近くも開いている。設置型の魔法など仕込んだところで、当たるはずもないのだけれど。
しかし、それがどうしたことか。
彼女の描いた十字の残光は、突然に凄まじい勢いにて直進を始め。目にも止まらぬ速度にてビッグトレモちゃんへと迫ったのである。
クラウの概念オリジン【凪の境界】。
それは、受けた勢いを糧とし消費して、「推進力」を得るスキル。
彼女自身、或いは彼女の展開した防御に触れる攻撃は、忽ち勢いを失いその場に停滞。推進力を付与されることで打ち返される、という仕組みを有していた。
閃きの残滓を動かしてみせたのは、使わず残してあった推進力を活かしての応用技、というわけだ。
されども、ビッグトレモちゃんにそれと察することは、ついぞ出来なかったのだろう。
光の十字が、彼女に触れる。
一溜まりもない、とは正にこのことか。最大HPが小数点以下に落ち込んだ彼女にとっては、ほんの余波ですらも十分に致死の風であり。
斯くして、僅かの粘りすらも許されず、黒い塵へと還る試練ボス。
クククトリオもまた、技の試練の突破に成功したのであった。