第一六四六話 ヒント?
時刻は夕方六時を過ぎ、夕のオレンジも旬を過ぎてしまった。
ってわけで、ゲストハウスへ引き上げてきた皆。ミコバトに籠もっていた私も、ぼちぼちレポートを書く時間だってんでリビングに顔を出したのだけど。
するとそこでようやく、皆からパーツの圧縮について色々と質問を受けることとなり。重要度の高そうな事柄から一通り情報を渡したのが、今しがたの出来事である。
今日一日熱中して取り組んだだけのことはあり、彼女たちの理解度は非常に高く。さながらバッチリ予習をキメた生徒たちに授業を行う先生がごとく、スラスラーっと教えることが出来て非常に気持ちよかった。予習って大事なんだなぁ。
まぁ尤も、それ故に私がまだまだ圧縮したパーツ、即ち『概念パーツ』を十分に使い熟せていないことも伝わってしまったのだけど。ああちなみに、概念パーツって呼び方は此れ見よがしに広めておいた。然程の抵抗もなく受け入れられてよかったよ。
ただ、まだしっかり扱えもしない技術を、今回皆に披露したことに対しては、首を傾げるものがチラホラとあり。
「ミコトのやることにしては、ちょっと半端だな」
「そうですね。新しい発見ですから、もっと早い段階で皆へ共有するか、或いは十分に扱いこなせるようになった上で自慢するかのどちらかが、普段のミコトさんだと思うのですが」
「発見したタイミングが、試練ボス戦へ向けた皆の調整と被ったから遠慮したのかも」
「ガウ」
「ならば、どうして習熟を待たずにこのタイミングで発表したのです……?」
なんか、鏡花水月メンバーに見透かされてるんですけど。これがPTメンバーならではの解像度か……案外しっかり見られているものである。
して、そんな彼女らの疑問に対するアンサーは、実のところそう難しいものではなく。
「みんなの言うように、本当なら圧縮による変質を発見した時点で、直ぐに情報を共有しようと思ったのだけどね。けど内容が内容だけに、タイミングを見計らうべきだと思ったんだ」
「そのタイミングってのに、今日が相応しいと思ったわけ?」
「うん。だってみんな、明らかに石扉の件で集中力を切らしてたもん。強引にでも興味をこっちに引き戻したほうが良いって思ったからさ」
「「!」」
合いの手のように差し込まれたリリの問いに、今回お披露目を行った意図を語ることで応じる私。
すると、話を聞いていた皆は虚を突かれたように目を丸くしており。されどすぐに、痛いところを突かれたような顔にもなる。
そこへ言葉を足すよう、再度口を開いてみせた。
「この際だから、私の考えも併せて言うけどさ。今回の試練、ここまでオリジンを会得するためのお膳立てがされてるんだ。だっていうのに、今回みたいにみんなの集中を妨げるように石扉が設置されてるっていうのは、やっぱり変だと思うんだよ」
「変って、それはどうしてそう思うのぜ?」
「オリジンの会得に集中できる環境を提供する一方で、会得の妨げになるような要素を配置する。これって何だか、やってることがチグハグっていうか、何を目的に私たちの集中を乱すようなものを置いたのか、その意図がよく分からないっていうか」
「試練だから、単に妨害要素を組み込みたかった、とか?」
「うん、その可能性はあると思う。けど、それって『技の試練』でやることかな? 集中を乱すっていうんなら、むしろ心の試練の領分だと思うのだけど。妨害工作っていうんなら、もっと技量を試されるようなものであるべきなんじゃないかって。そこら辺に違和感を感じてる」
私の意見に、一定の説得力を感じたのだろう。ふむと難しい顔になる面々。
実際、本当に妨害要素を組み込もうと思うのであれば、他にやり様は幾らでもあったと思うんだ。
例えば、それこそランダムエンカウントを活かした仕掛けとかね。通常モンスターにもオリジンかアーツしか通用しない、みたいな設定にするとかして。
ところが実際見つかったのは、好奇心を煽ることで集中力を乱してくるような、とても気になる石扉と鍵。
「ふーむ……ではミコトちゃんは、石扉や石の鍵についてどう考えているんだ? アレらは一体何だと?」
「端的にいうと、隠し要素だろうね。ただ、迷宮側に試練の妨害って意図がなく、単に私たちが気にしすぎるあまり勝手に邪魔されてる気になっているのだとすると……多分、ヒントが何処かにあると思うんだ。それも必ず目につくような、分かりやすい場所に」
「分かりやすい場所、ですか」
「例えば、お手洗いとかでしょうか~?」
「あー、確かにあり得るね。ちなみに私の見立てでいうと、それこそ……試練ボスが怪しいと思ってる」
「「!」」
私の考察に、豆鉄砲でも撃ち込まれたような顔をする彼女たち。それはそうだ、何せ皆が考えていたのは恐らく、フィールドの何処かに扉を開くヒントだの、鍵穴の位置を知らせる情報だの、そういったものが仕込まれているんじゃないかという予想だろうから。
一方で、試練ボスというのはこの試練におけるゴールにも等しい存在。勝利すれば次の試練に進み、敗北すれば命を落とす。どう転んでも終わりを司る、私たちにとってのアンタッチャブル。
けれど、試練を突破するためには決して避けて通ることが出来ないという、絶対的な通過点という立ち位置をも兼任しており。
そうした側面に思い至ればこそ、皆は虚を突かれて目を丸くしたのだ。
「言われてみたら、ボスエリアのところにメッセージウィンドウがあった」
「まさか、アレになにか仕掛けがあるってわけ!?」
「ひょっとすると、ウィンドウ自体が鍵穴だったりする?」
「わわわ、こうしちゃいられんぱわ! 確かめに行くっきゃ無いぱわ!」
ボスエリアの内外を隔てる境界線。そこには、この先にはボスが出るぞーって内容の警告用メッセージウィンドウが設置してあり。十分な準備のないまま進まないようにと注意を促してくれていた。
しかし見方を変えるのであれば、アレこそが私たちにとって「必ず目にすることになるモノ」であると言えるわけだ。であるならばこそ、ヒントが仕込まれている可能性も濃厚。
そのように思いついてしまえば、居ても立ってもいられないのがチームミコバトである。我先にと駆け出し、そのまま件のウィンドウ前へダッシュでやって来た。こういう時にステータスの差って如実に現れるよね……足の遅い私のことは、ココロちゃんがおぶってくれたよ。すまないねぇ。
小さなボディに有り余るパワーを秘めた彼女の走りは、案の定力強く。おかげで皆に遅れるでもなしに合流を果たし、目の前にはメッセージウィンドウ。
「! これ、ページが追加されてないか?」
「以前は確か、一ページのみだったはずです」
「何で増えたのぜ?」
「石扉を発見したから、とかでしょうか~」
「それか石の鍵……もしくは両方かも」
「それで、何が書いてあるのよ!」
既に周囲は暗がりで、されど明るさ暗さなど知ったことかと一定の視認性を発揮するウィンドウは、不思議と光を放っているわけでもなく。ある種の不気味さを伴い存在を主張していた。
そんなウィンドウに書かれたメッセージには、以前存在しなかった続きが、いつの間にやら追加されているようで。
先程述べた私の予想も相まって、期待はほとんど確信となり、石扉を開くためのヒントに違いないと。そんな思いを持って皆でよくよくそこへ目を走らせた。
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ボスに勝利すると、即座に次のエリアへ転送が行われます
忘れ物にお気をつけ下さい
──────
「……? これ、だけ?」
「新情報と言えば新情報、だけど」
「ヒントぱわ? これ、ヒントぱわ?」
「ガウー」
「ひょっとして、私たちが一通りオリジンを得たから、それで追加の注意文が現れたとか。そういうんじゃないでしょうね?」
「むぅ、実際有り得る話だな」
場に漂う空気が物語るのは、期待外れのそれ。肩透かしともいう。
それでももしかしたら、という思いを捨てきれず、皆で頭を捻ってみるも、考えれば考えるほどリリの言うことが正しいように思えてならなかった。即ち、私たちがボス戦へ挑む準備を整えつつあることを察し、ウィンドウの内容に変化があったのだと。
皆ががっくりと肩を落とし、この場に居ても仕方がないと踵を返す中。
ポツリ佇む私はふと考える。
「忘れ物……ああ、なるほど。もしかしたら……」