第一六三二話 VS SHレッドドラゴン 五
胸部、人間で言えば心臓の収まっているであろう辺り。レッドドラゴンのそれは心臓の代わりを核が務めており。
私はそこをめがけて拳を打ち付けた。と同時、衝撃に乗って奴の体内へ潜り込む濃密な魔力の塊。
本来であればドラゴンの内側だなんて、到底他者の魔力が入り込むなど出来ない、絶対的な領域であり。圧倒的な魔法抵抗力により圧し潰されるのが常。
されども、投げつけた石が今尚健在であるように、工夫次第でやり様はあるのだ。
例えば注入の仕方。ゼロ距離で叩き込んでやったなら、如何に相手の魔法抵抗力が強かろうと、多少はこちらの勝手も利くというもの。
例えば濃度、或いは密度。高圧縮した魔力なれば、そう安安とすり潰されるようなこともないだろう。
例えば時間。いつまでも滞在させておこうというわけではないのだ。ほんの、瞬く間でよかった。
そうした条件を踏んだことにより、狙い通りに私の魔力は奴の胸部へと埋没を果たし。
そして、担った役目を十全に成し遂げたのである。
(派手な花火だ! こっちからじゃ見えないけど)
私の目の前には、ゴツゴツとしたレッドドラゴンの胸部が健在であり。されども手応えは十分に過ぎるほど。
きっとこいつの背は、ごっそり消し飛んでいるに違いない。指向性を持たせた爆発とは、それほどまでに恐ろしいのだから。
当然、狙いの中心には奴の核があり。そこにまとわりついた砂粒たちの気配から、破壊が成ったことも掴んでいる。
勝利を得た手応えを裏付けるよう、派手な音を立てて地に落ちたのはレッドドラゴンの片翼。根本から千切れ飛んでしまったらしい。
何気に肝を冷やした点としては、爆発に際する奴のリアクションというか、反動に揺さぶられた身体の動きが挙げられる。
何せ直接拳を叩きつけるほど距離を詰めているわけだから、危うく胸板にぶん殴られるところだった。とっさの空中バックステップは、チューニングからパーツの組み合わせまで一瞬でやってのけてのファインプレーである。直感的にここまで出来るようになったのだから、使い熟していると胸を張ってもいいレベルだろう。これも鍛錬の成果である。やはり鍛錬、鍛錬は私を裏切らない。
(お、勝利判定も出たね)
レッドドラゴンから距離を取り、俯瞰して眺めてみれば、巨体の崩れ行く様子が目に入り。それを背景にWINの文字が決着を明言する。
それにしても、奴の派手な損傷具合を見るに、爆砕拳の威力は申し分ないみたいだ。何せ爆発の威力を盛りに盛るべくいろんなパーツを組み込んであるからね、チャージした魔力量に比して得られる結果は過大なほど。化け物コスパである。
チャージと言えば、私にはそんな名前の超スキルがあり。攻撃を控えた時間分、次の一撃に強烈なバフが乗るっていうアレ。言わずもがな、この爆砕拳と併せて使うことが出来れば、猛威を振るうこと間違いなしだろう。迷宮から出た後がますます楽しみになるね。
「ふぅ、今回も無事に勝てたけど。とは言え楽勝とは言い難い内容だったね……想像以上に苦痛への耐性があったのか、はたまたプライドが彼を支えたのか。って、ミコバトで再現されたモンスターに精神性を鑑みるってのもおかしな話だけど。何にせよ、まだまだ戦い方は突き詰めたほうが良さそうだ」
今の戦いを振り返りつつ独り言ち、ぼちぼち区切る頃合いかと見て現実への帰還を選択する私。
まぁ、二週間頑張った成果というのはそれなりに得られているんじゃないかな。
★
時刻は午前九時頃。
ミコバトに籠もっていたのが、おもちゃ作りの自主練を終えてからのことだから、七時くらい。その後朝食を摂ってからの現在だ。
そんな朝食の席にて、そろそろボス戦を見据えた話し合いをしないか、との提案があり、今朝はリビングに皆が顔を揃えている。
最近は時間さえあれば皆、何かしら訓練を行っていたからね。食事や休息の時以外で集まるのは、何気に久しぶりかも知れない。
「それで、具体的に何を話し合おうってのよ?」
皆が着席したタイミングで、口火を切ったのはリリだ。例によって進行役を務めるイクシスさんが一つ頷き、早速本題を切り出す。
「今回話し合いたい内容は、主に『如何にしてボスと戦うか』というものだ」
補足するように彼女は語る。
曰く、この試練を突破するためにはボスと戦い打ち倒す必要があり。されどもボスにはオリジンスキル以外でダメージを与えることが出来ないらしいと。
また、ボスへは複数人で挑むことも出来、しかしそうすると人数に比例してボスが強化される仕様であるとも。
そうした、これまでに判明している情報をおさらいがてら並べた上で、彼女は改めて議題を提示した。
即ち、現時点では姿も戦い方も何も分からないボスを、どのように攻略しようかと。
これを受け、早速意見が飛び交う。
「全員で突っ込んじゃダメなんぱわ?」
「挑戦する人数によって、どのくらいボスが強くなるか不明なのです。無闇に大人数で行くのは危ないかも知れません」
「ってなるとPTですか~?」
「普通ならそれでも良いだろうが、オリジン以外のスキルが使えない以上、既存のPTが最適解とも言い難いだろうな」
「皆さん、個性的なオリジンを開発されていますからね。相性を重視するのであれば、オリジンスキルの内容も重要な判断材料になるでしょう」
「ガウー」
「けど、全員で挑めば大抵の事態に対応できる」
「確かに、柔軟性を思えばそれもありね」
焦点が当たったのは「挑戦人数」だ。
ポイントはボスモンスターがどういった手合であるか不明である点と、人数に比例してボスが強くなるという仕様の二点。
どんなボスが相手だろうと、対応できるのはやはり全員で臨んだ場合だろう。致命的な相性の悪さによる敗北、というのを警戒するのであれば、個性的なオリジンを開発した皆で一斉に掛かるのが確実である、というのはその通り。
しかしそこでネックとなるのが、人数によりボスが強化されるという仕様であり。もしもこの強化幅がこちらの想定を大きく上回っていた場合、詰んでしまう事態も考えられる。
では逆に、人数を絞った場合はどうかと言うと、確かにオリジンスキルの相性を重視した編成を行いボスへ挑めば、効率的に高い火力なり安定した立ち回りなり出来るとは思う。が、ネックとなるのがボスの具体的な情報が存在しないという点であり。万が一にでも致命的なレベルの相性不利を引いてしまった場合、取り返しがつかない事態にもなりかねないわけで。
全員で当たるべきか、はたまたPTを編成するべきか。意見はきれいに二分した。どちらの言う事にも理があるものだから、なかなかの平行線である。
そんな中、おずおずと手を挙げたものが一人。
誰あろう、私である。
「お、どうしたミコトちゃん」
「えっとね……一応言うだけ言うんだけど……ソロで挑む、とかダメかな?」
「「……………………」」
おっと、全員である。全員から、「何いってんだコイツ」みたいな目を向けられてしまった。ああいや、ゼノワだけはそうでもないか。
そして当然のように飛んでくる猛反対。正に論外であると言わんばかりの強烈な圧力だ。
しかしである、そこは我らがイクシスさん。呆れた様子の皆を一度落ち着かせ、私の声にも耳を傾けてくれた。
「ミコトちゃん、どうしてソロで挑もうなどと考えたんだ? 単なる無鉄砲、というわけではないのだろう?」
そのように向けられた水に、私は確かな頷きでもって肯定する。
「勿論リスクが大きいってのは承知の上さ。けれどもし、この試練にも何か隠し要素が仕込まれているとするなら、ボスのソロ討伐くらいは必要になるんじゃないかって思って」
隠し要素。一つ前の試練では、親分オーガっていう隠しボスを出現させるために仕込まれていた、通常では気付けないギミック。
確かにボスへソロで挑むだなんて、危険な行為であることは間違いないのだけど。とは言え私が心の試練にて手に入れた成果物を知っている皆としては、唸らざるを得ない要素と言えるだろう。
「仮にもし誰かがソロで挑むとしたら、適任は私だと思うんだ。魔力の性質上オリジンスキルの自由度には、恐らく一番長けているわけだし、アーツの扱いだって熟れてきた」
「けど、ミコトは外じゃステータスが低い……」
「う。まぁ、それはそうだけども」
そこを突かれては弱い。実際ネックに思っている要素だしね。
ゲストハウスを一歩外に出たなら、完全装着の恩恵が消え、ステータスは元の貧弱なものへ成り下がる。その点に鑑みるのであれば、ソロでの挑戦が最も不向きであるのもまた、私であると言わざるを得ず。
抜きん出た有利と、図抜けた不利を併せ持つ女。なんて呑気に浸っても居られない。
私の投じた一石は、やっぱり場を混沌とさせ。結局話し合いは何時になく縺れて午前中いっぱいを食い潰すのだった。
今週も誤字報告感謝です。ありがてぇ!
さて。なんか……すごい今更なことを言うようですけど。
もしかして週6更新……を維持してこの話数まで突っ走ってきたのって、結構頭おかしい?
最近思うのは、他の作家さんたちってどうやって同時連載とかしてるんだろう、って。
日々の更新だけでも大変だろうに、そんな余裕がどこにあるんだ、って。
……で、気づいたわけです。
もしかして他の作家さんは、週6とか、或いは毎日更新みたいなことをやっていないんじゃないかって。やるにしても、ずっとではないんじゃないか。
そうしたら、腑に落ちたわけです。そっか、それで別の作品を手掛ける余裕が生まれるのか……と。
か、賢い……!
とは言え、私が同じようなことをやるとなれば、きっと設定や進行諸々盛大にド忘れとかやらかして、何だか大変なことになりそうなので……やっぱり今はこの作品を完結させるのが一番の目標ってことになるのですけどね。
こう、100話くらいを目安に上手いこと作品に区切りをつけて、コンスタントに物語をお届けするスタイル、ってのにも仄かに憧れる……そんなカノエなのでした。