第一六三一話 VS SHレッドドラゴン 四
オリジンスキルの力を使い、レッドドラゴンを順調に追い詰める私。
ぽこたんのお陰で体内に残ったドリルの破片が、挙動の一つ一つに小さくない痛みを伴わせ。そして投げつけた石は、今や奴の核へまとわりつき、微細な傷を刻み続けている。
単なる嫌がらせと捨て置くには、あまりに大きな支障。誇り高いレッドドラゴンが苦痛に涙するほどの惨状。
普通のモンスターであれば、きっと戦闘続行など不可能な痛みと苦しみ、精神的負荷を負いながら、それでも抗わんとする竜の姿は立派である。称賛に値する、とは正にこのことか。
ブレスも飛行も、魔法の行使すら妨害され、封じられ。苦肉の策として足元の岩石や土砂を乱暴に引っ掴んで投げつける、だなんて原始的な抵抗を余儀なくされた奴だけれど。しかしどうしてその様を、無様だなどと言えるだろう。
腕を振り回す動作一つ取っても、鱗の下で肉に埋もれたドリルの破片が、文字通り身を裂くような痛みを与えているのだ。そうでなくたって核を傷つけられる痛みはずっと続いており。
人間で喩えるなら、強烈な頭痛や激烈な歯痛、或いは骨折やぎっくり腰など。到底まともに行動することの出来ないレベルの痛みが、奴を襲い続けているわけだ。
にも拘らず、宙に浮かぶ私へなんとかダメージを与えんと、手当たり次第に物を投げつけている。見上げた闘争心ではないか。
それほどのガッツを見せられたのならば、私も一層気合を入れねば無作法というもの。
出来ればこれ以上、余計な苦しみを与えたくはないのだけど。
されども決着をつけるためには、決定打となる一手が必要であり。
そのために私は、この戦闘において三種類目となるオリジンスキルの行使を決めたのである。
(まずは力を溜める!)
今回のスキルも、これまでに見せた他二つ同様に、幾つかの工程を備えたものとなっており。
差し当たっては、魔力をチャージするところからこのオリジンスキルは始まる。
名を【爆砕拳】。殺傷力に秀でたトドメ級の技であり、なればこそ流石にふざけたネーミングは避けた次第だ。
概要はと言えば、しこたま濃密に圧縮した魔力を、拳による殴打に乗じて対象の内側へと叩き込み、指向性を持った爆発でもって内部から破壊しようって代物となっている。
これならば分厚い鱗も筋肉も、骨すらあまり関係なく素通りすることが出来るはず。敵の体内に直接爆弾を送り込むような、シンプルかつ凶悪な一撃だ。核の位置が判明している現状、威力さえ十分なら一撃必殺も可能だろう。
ただ、レッドドラゴンの核を破壊出来るだけの火力ってなると、それなりにしっかり魔力を溜める必要がある上に、技を成立させるには直接拳を撃ち込む必要があり。オリジン以外のスキルを使用できない制限を設けている以上、それが困難であることは火を見るより明らかだ。
(ここが正念場であり、腕の見せ所ってね)
幸いにしてこの場の設定においては、オリジンスキル以外にも「アーツ」が使用可能となっている。すなわちオリジン未満の技能。パーツを組み合わせることで実現する特殊な技。
果たしてこれが本番であるボスとの戦闘においても有効かどうかは定かでないけれど、だからと言って使えるものを敢えて使わない、なんてのも馬鹿らしい。縛りを設けているのなら話は別だが、今は使っても問題ないことにしてある。
なれば、上手くアーツを駆使してレッドドラゴンの抵抗を掻い潜り、核目掛けて拳を叩き込むことが出来れば私の勝ち。
逆に死に物狂いの足掻きを前に、返り討ちを受けたなら負けを認める他無いだろう。文字通り土にまみれた酷い戦いざまだとて、生き残ったほうが勝者なのだ。だからこそ、最後の最後まで気を抜くことなど出来るはずもない。
(与えたダメージ自体は、実のところまだ大したものじゃないはず。だから第二形態とか発狂モードとか、そういったものへ移行してはいないみたいだけど。それだって時間の問題だろうからね、ここで一気に決めなくちゃ)
経過時間で言うなら、まだ序盤戦も良いところ。普通の冒険者なら、ようやっと様子見を終えるかどうかってくらいの時間帯だろう。
されども、展開の早さに定評のある私たちチームミコバトの戦闘。ガチギレモードへの移行とて、往々にして早まりがちであり。
うかうかしていたなら、あっという間に戦況がひっくり返りかねない。トドメはなる早で確実に刺すのが基本だ。
ぽこたんは確かにえげつないスキルであり、敵によっては大ダメージを狙えるだけのポテンシャルを秘めている。が、レッドドラゴンほどの巨体と再生力を前にしては、痛みを与えこそすれ、ダメージカウントだけで言えば然程大したものではないだろう。
投げつけた石の効果だってそうだ。苦痛は凄まじかろうと、HPをどれほど削れたかと言えば、実のところちっぽけな値にしかなっておらず。
だからこそ、まだレッドドラゴンを初期モードのまま留めておくことが出来ている、とも言えた。
ここを逃せば、戦闘は激化を免れず面倒なことになるだろう。傍から見れば私が圧倒的有利に見えるだろうけれど、実を言うとあまり余裕はないっていうね。
(さぁ、気張っていこうか!)
チャージの具合もぼちぼち良さそうってんで、いよいよ意を決し、空中からレッドドラゴン目掛けて落下を開始する私。
ようやっと手や尾の届く射程まで迫った私が、さぞ憎たらしいことだろう。どう甚振ってやろうかと目をギラつかせる奴へ、ポイと石を投げつけてみる。流石にそれの脅威を理解してか、巨体に見合わぬ機敏さで避けるレッドドラゴン。ぶつかるのが余程嫌らしい。
これを上手く利用すれば、立ち回りを有利に出来るだろう。が、いざとなれば苦しみ覚悟で突っ込んでこないとも限らず、過信は許されない。
向こうとて私がヤバいことをしようとしている、というのは既に気づいているだろう。右手に溜め込んだ力は、多少でも魔力感知の出来るものなら容易く察せられるほどに顕著だもの。であれば、むしろコレこそが奴にとって手を出しづらい一番の要因となり得るか。
気分はさながら、松明片手に熊と向き合うようなもの。火を恐れる相手に、燃え盛る棒を掲げてどう立ち回るかってね。
(流石にちょっとやりづらいけど、虎穴に入らずんば虎子を得ず!)
こちらの爆砕拳を警戒し、カウンターをもらわぬようにと必然、コンパクトかつ素早い動きへ切り替え、ボクサーを思わせる身のこなしを器用に熟してみせるレッドドラゴン。
お陰で私も、迂闊に踏み込むことが出来ずに居るわけだけれど。どうしたって奴の頑張りぶりに感心は大きい。
何せ今尚、核を直接ヤスリで削られているような、凄まじい苦痛と嫌悪感を味わっているはずだ。ただ辛いだけでなく、全身に立った鳥肌が一向に引かぬような、背筋を伝う悪寒がまるで止まぬような、そんな不快感をも感じているはずなのに。
更には、コンパクトな動きとなれば節々の稼動機会も多く、それだけドリルの破片がもたらす痛みも大きいはず。
にも拘らず奴は、歯を食いしばって私を近づけまいと、見事な闘いぶりを見せているのだ。どうしてこれに感心を懐かず居られようか。流石はドラゴン、敵ながらあっぱれな根性である。
されど、だからこそこれ以上戦いを長引かせたくないという思いもあり。
危険を承知で私は、更に奴との間合いを潰しにかかったのだ。
(万能マスタリーの動作補助もなければ、自動回避による転移って保険もない。ハチャメチャにスリリングだけど、だからこそ磨かれる感覚もある!)
優れた鍛錬の条件にだって、色々ある。純粋な反復練習に、頭を使って考えること、改善点を見つけ出すこともそう。そして、「限界へ挑む」ってのも勿論代表的な例だ。
一発もらえば、状況がひっくり返ったっておかしくないような挑戦。必要に駆られてそこへ挑みかかるというのだから、これはある意味私にとって、限界への挑戦と言えるだろう。
冷静にレッドドラゴンの動きを見極め、次なる動作、選択を読み、的確な身のこなしでもって着実に距離を詰めていく。
同時、行われるチューニングは目まぐるしく、状況に応じて組まれるアーツは多種多様。
激しく頭を使っているな、という感覚が小気味よく、仮面の下では否応なしに口角がつり上がった。ギリギリの戦いも、私は存外好きらしい。或いは親分オーガ戦で変な扉が開いちゃった可能性もワンチャン。
音を置き去りに横合いより迫った尻尾が、地面を巻き上げ行く手を阻む。単なる殴打ではなく、土砂や岩石による副次的な脅威を選びけしかけたようだ。
轟く音に耳朶を打たれながら、彼我を遮る地の波を前に、されども私は怯まない。
しかし敢えてのディレイ。向こうは私が、この程度でどうこうなるとも思っては居まい。なればこそ高確率で、次なる手が用意されているはずだ。土砂を跳ね除け飛び出してきた私を撃つための、詰めの手が。
私はそいつを空振らせたいのだ。
(それ来た!)
思いがけず土砂のベールを突き破りもせず、姿を見せない私。攻防は息をもつかせぬ刹那の忙しなさであり、ならば相応に奴の気も短くなって当然だ。
そう、待ち切れなくなったレッドドラゴンは、私を撃つべく巻き上がった土砂へ鋭く拳を突き込んだのだ。それでいて、引きの動きも速い。ジャブに近いそれ。
そんな拳をひらりと避け、引きにこそ乗じて空中を蹴り、一気に懐へと潜り込む。
力のこもった拳を構え。
「爆」
奴の反応を待たずして、繰り出したそれは分厚い胸部を叩き。
「砕!」
魔力の塊は、拳の生み出す衝撃に乗じてレッドドラゴンの内部へと叩き込まれた。
謂うなればそれは、実体を持たず、目にも見えない凶暴な爆弾だ。
イメージ内にのみ存在する起爆スイッチに指を掛け、私は叫ぶ。
「拳!!」
斯くして、奴の核は高出力の爆発を間近に受け、破損。
レッドドラゴン戦は決着と相成った。