第一六三〇話 VS SHレッドドラゴン 三
ああ、そうだ。ズザザーッとド派手に地面を滑りながら方向転換を試みるレッドドラゴンの様子。なんか既視感があるなと思ったら、アレだ。いろんなアニメでオマージュされてるAK◯RAのバイクシーン!
まさか異世界でお目にかかろうとは思わなかったけれど、それっぽい動きを目の当たりに出来て、ちょっと感動している。
でも投石は止めない。
オリジンスキル【石を投げてやる】は、言ってしまえば石を生成するためのスキルだ。ちょっと変わった性質を持つ石ではあるけどね。
なので、石を投げる際には加速だの命中補正だのと、投擲を補助するパーツで組んだアーツを駆使してレッドドラゴンへ投げつけているわけだけれど。的が大きいから、飛距離さえ足りていればそんなに外す心配もなくて助かる。
とは言え、この石をぶつけられたとて、精々雪玉がヒットした程度のダメージにしかならないのだけどね。べしゃっとさ。
そんな、傍目には嫌がらせとしか思えないような投石に、ようやっと気づいたらしいレッドドラゴン。
バカにされているとでも思ったのか、ますます険しい顔で突っ込んでくるではないか。
巨大な翼を展開し、バッサバッサと羽ばたいては強烈な風を巻き起こす。奴を飛び越えるのに舞い上がったまま宙に浮かび続けている私に対抗し、奴もまた空へ上がってやろうというのだろう。もとよりレッドドラゴンは飛竜に数えられるタイプのドラゴンだもの、その考えは至極当然なものであり。
しかしなればこそ、きっと戸惑いも一入だろう。
(飛ばせはせんのだよ!)
前世でも良く言われていたことではあるのだけど。そも、ドラゴンほどの巨体を持ち上げるためには、竜の翼って小さすぎるのだとか。
だからドラゴンは、空を飛ぶために不思議な力を使う。即ち、スキルの一種なのだろう。私も浮遊だの飛行だの持ってるしね。
であるならば話は容易い。ホールドで妨害してやれば良いだけである。
頑張って翼を動かしてみても、どういうわけだか一向に浮力が生まれず、精々がちょっと高くジャンプできる程度。明らかな異常事態。
驚き、戸惑い、さりとてこう立て続けに常ならぬ不発が起これば、誰の仕業かなんて明白であり。レッドドラゴンはますますの怒りでもって私を睨みつけた。
翼を持ちながらにして、地を駆けることしか出来ないレッドドラゴン。敵を撃ち落とそうにも、ブレスすら形にならないとくれば、さぞ悔しいでしょうねぇ。
その怒りが、苛立ちが、奴の感覚を鈍らせている。
「それそれ、もっと石を投げてやる」
文字通り手も足も出ない高さにあって、ポイポイと石を生み出しては投げつける私。酷い煽りもあったものだ。
そうして少しの間、レッドドラゴンと戯れていたのだけど。ようやっと何かに気づいたのか、今しがたまで私をどうにか地面に叩き落さんと、ぴょんぴょん跳ねていた奴の動きが止まる。
正直、ドラゴンの顔色だなんて分かりっこないのだけど。それでも何だか、顔を青くしたように見えるほど奴の表情には絶望的なものが浮かび。
確認するように、己の胴体を眺めるレッドドラゴン。外見からは何ら異常など見えやしないのだけど、しかしソレは水面下で、確かに動いていたのである。
そうさ、私がさっきから投げつけているこの石には、特別な性質が設けられている。
先ず第一に、この石は命中と同時、自壊する。敵の体に張り付きつつ、自身を細かく細かく分解し、サラサラとした砂粒の群れへ変化するのだ。
砂粒たちは、一般的なそれに比すれば何百分、何千分、ともすれば何万分の一というレベルで小さな姿へと分解を続け。
そうして彼らは、皮膚から体内へと侵入を果たすのである。
身体へ入り込んだ砂粒たちは、間を置くことなく次なる行動へ打って出る。
彼らには、「手近な魔力を糧に、魔力の流れを遡る」という性質がある。
そしてモンスターたちの魔力源と言えば、言わずと知れた「核」であり。
つまるところ、砂粒たちは敵の魔力を動力源としながら、核目掛けて移動を開始するわけだ。
この際に生じる違和感、というのはそれなりに強く、大抵すぐにでも気づくものなのだけど。頭に血の上ったレッドドラゴンは、今の今まで気付けなかったらしい。まぁ身体が大きいから、という理由もあるのだろうけれどね。
でもって、無事に核まで至った砂粒たちが、最終的に何をするかというと。
謂わばそれは、「ヤスリがけ」である。
敵の魔力を糧に、己の身を保護、再生、成長させながら、延々と核の表面を這いずり回る。幾千幾万ではきかない無数の砂粒たちが、核へまとわりつき、目に見えないほどの微細な傷を入れていく。
核の耐久性と再生力に鑑みれば、命に関わるようなダメージではないだろう。だからこれは、直接的に敵を殺すための攻撃ってわけじゃない。
ただ、核に異物がまとわりつき、あまつさえ些細なれど傷を入れられ続ける感覚というのは、モンスターにとって正気を保てぬほどの苦しみとストレスを生じさせるものであり。
(お、きたきた)
思ったとおり、レッドドラゴンもまた地面の上で、その身をドタンバタンと転がし始めたのである。苦悶の声が実に心を苦しくする。酷いことしてごめんよ。
「ごめんね、ごめんね」
心からの謝罪を口にしつつ、更に石を投げつける私。核にまとわりつく石の量が増えるだけ、奴の苦しみも増すのだろう。
死にはしない。けれど、到底戦えるような状態ではなくなるはずだ。
残念なことにそれは、私にとって非常に都合が良いのである。
「降参してくれたって構わないんだよ」
本来、敵の体内に入り込んだ魔力だなんて、魔法抵抗力にすり潰されて形を維持できないはずなのだけど。
しかし「周囲の魔力を糧にする」という性質と、私の遠隔チューニングの技術が噛み合い、更には砂粒っていう確かな実体を保っていることが、チューニングを施すべきターゲットとして機能した結果、砂粒たちは形を維持し蠢き続けるわけだ。
レッドドラゴンがどうにか自己解決をしようと頭を悩ませたところで、核に直接張り付かれていては手出しなど出来ようはずもなく。
ならば濃密な魔力を使い、力ずくで異物の活動を無効化しようとしても、むしろ質の良い餌に砂粒たちは大喜び。一層元気に核の上を駆け回る結果となるわけで。それではいたずらに苦しみが増すばかり。
モンスターにとっては正しく拷問に等しい苦痛だろう。
ただ、そこは流石のレッドドラゴン。誇り高き竜である。想像を絶するような痛みや苦しみに涙さえ流しながら、それでも起き上がり私を睨みつけるのだから。
ブレスも吐けず、飛行も出来ない。なれば魔法はどうかと試みるも、やはり結果は同じこと。
ならばと、奴は最終的に足元の土砂を引っ掴んで、私目掛けて投げつけたのである。うわ、そう来たか!
(地味に一番効果的な選択かも!)
人間と異なり、竜の身体は投擲という技術にはあまり適していない。が、それでも圧倒的な膂力に物を言わせ、繰り出す土砂には火山っていうフィールドの特徴も相まって、私の身体より大きな岩石なども紛れ込む始末。勢いだって相当なものであり、まともに当たればそれなりのダメージを負うことだろう。
こりゃ堪らんと回避に出れば、有効な手だと気づきを得たのだろう。調子づいてじゃんじゃん投げつけてくるじゃないか。とんだ意趣返しもあったもんだ。石を投げて良いのは、石を投げられる覚悟のあるやつだけなんだなぁ。なれば先に投げたものとして、不満も文句も言うまい。
(とは言えこれじゃあ泥仕合だ。せめてとどめは派手に刺してやろう!)
そうさ、【石を投げてやる】はあくまで苦痛を与えるだけのオリジンスキル。核に干渉しこそするけれど、とどめを刺すためのものではない。
砂粒たちの重要な役割が一つとして、「核の位置を特定する」というものがある。砂粒たちが魔力の流れを遡り、辿り着き、まとわりついたソレこそがモンスターの核であると私に告げるわけだ。
敵の弱点を探り、かつ苦痛でもって敵の動きや集中力を阻害する。一粒で何度も美味しい、優れたオリジンスキルだと言えるだろう。
そして、狙い通り核の位置が特定できた今、一気に勝負をつけるための条件を一つ、確かにクリアしたものと見て良いはずだ。
問題となるのは他でもない、核を如何にして破壊するのか、というその一点に尽き。
(必要なのは、火力!)
今や砂粒たちがわんさかとまとわりついているレッドドラゴンの核だけれど、それは特殊な手段を用いればこそ可能だったことであり。まともに核を狙おうとすれば、ドラゴンの極めて丈夫な鱗や皮や筋肉や骨なんかをぶち抜き、その上で十分な威力を核へ届け破壊する必要があるわけだ。
まぁ、普通に考えると無茶な話なのだけど。とは言えそこはオリジンスキルクリエイター。我に秘策あり、ってやつだ。
(さぁ、やるぞ……!)
とあるオリジンスキルの発動を念じ、私は右手に魔力を漲らせた。