第一六二一話 要観察
スキルを「現象」に分解して捉える。
例えば基礎的なマジックアーツスキルでお馴染み、【ファイアボール】を分解するとして。
スキルの概要で言えば、火の玉を撃ち出し攻撃する魔法なのだけど。
これを形にするためには、実に様々な現象が組み合わせてあると気づくことが出来る。
レッカが偶発的に実現してみせた、火を生み出す現象だって、ファイアボールを構成するパーツとして組み込まれている可能性は高く。
他にも、「球体への形状変化」だとか、「火力の増幅」だとか、「射出」だとか、「着弾時の爆発」だとか。
ざっと考えただけでも、複数の現象が合わさってスキルを構成していると分かるだろう。
スキルを分析し、こうしたパーツの内容を把握することを指して、「分解」と勝手に呼んでいる。「解析」と言い換えても良い。
ただ、現状においては兎にも角にも情報が不足しているため、本当に「球体への形状変化」だとか、「火力の増幅」みたいな、先程挙げたような現象を宿した魔力のカタチが存在するかは不明であり。
ゆえに、カタチの存在を確かめつつ構成パーツを分析する、っていう手間のかかる作業をこなす必要がありそうだ。
しかし一度カタチの存在を確認してしまえば、以降は使い回しの利くパーツとしてストックすることが出来るため、じゃんじゃん解析していきたいところ。
把握済みのパーツが増えれば、それだけ出来ることの幅が広がっていくからね。
ここらへんはぶっちゃけ、魔導術やコマンドと同じようなものだ。差異があるとするなら、より原始的な手法だって点かな。式を書くんじゃなく、カクテルみたいにブレンドするイメージ、とでも言おうか。或いは落ちものパズルで連鎖を組むような感じ?
「とまぁ、そんなわけで。使いこなせるパーツが増えれば、スキルの自力再現だって可能になるはずだし、ゆくゆくはオリジンに手も届くって寸法さ!」
「はぁ……ミコトさんはそれ、何処で習ってきたんです~……?」
「習ってないよ。独学……っていうか下手すると想像や妄想に近いのかも知れないけど。一応理屈立ててはいる感じ」
「おかしいな。ミコトもスタートラインは我々と同じだったはずだが……」
「あんた何かズルしてんじゃないの?」
「ミコト様に何てこと言うんだ!!」
「うごっ!」
リリのイチャモンにアグネムちゃんが(物理的な)ツッコミを入れるという、お約束的なやり取りを横目に自身の後頭部を撫でる私。
偉そうに己の考えを語りこそしたけれど、これはあくまで現時点では仮説の域を出ない、可能性のお話。
実践と並行して裏を取るのはこれからである。なので変に持ち上げられても、なんだか居た堪れずに自然と苦笑が出てしまう。
ともあれ、拙いながらも頑張って説明した甲斐はあったようで、皆が最初に得たスキルは判明した。
各々がそうしたファーストスキルの解析作業に取り組み、スキルを構成しているであろう現象をピックアップしていく。
意外と難しいのは、一口に「現象」だなんて言っても、それをどう解釈するかは一考の余地があるって点で。
例えば「火を生み出す現象」にしたって、「魔力を火に変換する現象」なのか、はたまた「魔力を可燃物に変え燃焼させる現象」なのかは、詳しく調べてみないと分からない部分と言えるだろう。
しかも、解釈を違えればカタチの割り出しに失敗する可能性もあるってんだから、頭を柔らかくし、様々な角度から解析を進める必要がある。
まぁ現状、魔力のカタチを動かすことがほぼ出来ない皆であるから、行える作業はスキルの構成パーツに当たりをつけるまでであり。実際に目星をつけたパーツが実在するかどうかも、そうしたパーツを組み合わせて本当にスキルが再現できるのかも、確かめようがないってのが悲しいところ。
なのでその点は、私が代理でパーツの実在を確認する他無いだろう。
パーツの実在が確認できれば、あとはそれを各々で再現できるよう頑張るだけだからね。
魔力のカタチを頑張って変え、パーツの再現が出来るようになれば、そのうちスキルシステムに頼らずともスキルと同じことが出来るようになるはずだ。
ってなわけで、一通り皆の解析内容を聞き、パーツの実在を確かめて回った結果、各々が目指すべき最初の目標を無事に定めることは出来た。
ここまではまぁ、順調と言っていいだろう。けれど、大変なのはここからだ。
「それでミコトちゃん。肝心な『魔力のカタチの動かし方』はどうしたら良いんだろうか……?」
「根性だよ。頑張って動かす。実際私もそうしてきた」
「無茶振りなのぜぇ!」
各々がファーストスキルを解析し、一番再現が簡単そうなパーツを見つけることは出来た。
パーツとはつまり、「特定の現象を引き起こす魔力のカタチ」を指したものであり。
皆にはそれぞれ、魔力のカタチを操作してパーツを再現してもらうことになる。
だがそのためには、如何にして魔力のカタチを動かすのか、という難題が立ち塞がるわけで。
これに関しては私自身、誰に教えを受けたわけでもなく、試行錯誤しているうちにモノになった技術であるため、理論立てて説明するというのは難しい。
が、説明できなければ滞るのは自明。指導者として頑張りどころである。
「んーとねぇ……とにかく、自分の魔力ってものをじっくり、細かく、正確に観察し、把握することが第一だと思う」
「それはなぜ?」
「現状のカタチを把握することが出来れば、変化した時に気づくことが出来るでしょう? そうしたら、変化を起こした理由を探ることが出来る」
「! なるほどなのです!」
「変化の理由や切っ掛けが分かれば、それを手がかり足がかりにして、少しずつカタチの動かし方が分かってくると思うんだよね」
何事においても観察は基本である。観察し、正しい情報を把握することで、正しいアプローチとその結果が得られる。それは魔力のカタチにおいてもきっと同じことだ。
譬えばアクションゲームで混乱の状態異常を受けたとする。コントローラーで行ったスティック操作と、キャラクターの移動方向が噛み合わなくなり、変な方向へキャラが動いてしまう、みたいな状況に陥った経験を、ゲーマーなら一度くらいはしたことがあるはずだ。
そういう場合でも、大事なのは冷静な観察と適応であり。状態異常を解除するアイテムやスキルが使えるならそれに越したことはないのだけど、場合によっては混乱状態でもそれに適応し、キャラを正しく操ることだって不可能ではない。
スティックをどの方向に倒せば、キャラがどう動くかを把握し、それに則る。
魔力のカタチを動かすのだって、要はそれと同じようなものだろう。
何をすればどう動くのか。それを調べ、研究し、そして使い熟す。そうすれば自然とカタチの操作にも慣れてくるはずだ。
そんな私の説明に、どうやら道理を感じてくれたらしく。早速とばかりに各々で取り組み始めるメンバーたち。
器用な彼女たちのことだから、コツさえ掴めれば一気に化けることだろう。
とまぁ、ここまで語れば後は各々勝手にどうにかしてくれるはず。質問があれば返答するけれど、暫くは様子見を決め込んで問題ないかな。
皆が一生懸命に魔力のカタチへ向き合う様子を眺めつつ、満足を覚えた私はようやっと指導モードから、自主練モードへ戻ったのである。
いや、戻ろうとした。ところがだ。
「ふふふふふ……皆と異なり、執拗に魔力のカタチを動かす修練を続けた私に死角はありません」
「!」
背後より掛かったのは、そんな自信を帯びた声。
ハッとして振り返ってみたなら、そこには案の定彼女の姿があり。
流石と言うべきか、スキル大好きの称号は伊達じゃなかったらしい。どうやら皆よりも魔力のカタチを操作する技術には長けているという自負があるようだ。努力に裏打ちされたものなれば、きっと確かなのだろう。
「さぁミコトさん、私を次のステップへ導いて下さい!」
「お、おぉ……次のステップ、次のステップねぇ……」
言いつつ、手のひらから風を生み出し私に吹きかけてくるソフィアさん。どうやら「風を生み出す魔力のカタチ」を上手く再現できているらしい。道理を説いただけで、もうモノにしているとは……流石は魔術士と言ったところか。
しかし想定以上に早い彼女の歩みに、困ったのは私の方だ。なにせ私自身、研究も不十分なら練習に取り掛かることすら出来ていない状態なのだもの。
なので。
「次のステップは、私と一緒に模索してもらう形になるけど」
「! なるほど、嫁との共同作業ですか! 素晴らしいですね! 相談しましょ、そうしましょ!」
そんなこんなでソフィアさんが生徒を辞め、指導する側に加わったのである。頼もしいような、そうでもないような……。
まぁでも、オリジンに近づくための道筋は、着実に形を得つつある。