第一六一二話 本来の流れ
心の試練で得た収穫物に関する話題も、ようやっと区切りをつけるに至り。
なんだかんだ随分と話し込んだことで、時間もそれなりに経過。するとぼちぼち空腹を訴え始める者も出始めており、自然と私たちは次なる行動として、お夕飯の準備へと推移していったのである。
この待合室めいた空間に、幾つか備え付けられた扉の内の一つ。私たちの潜ってきた入口から見て左手にある一枚。
開いてみたところ、キッチンと思しき設備となっており。どうぞここでお料理でもしていってくださいと言わんばかりの不足無さ。
蛇口を捻れば水も出るのだけど、とは言え迷宮由来のものはなるべく口に入れないようにしよう、という方針は変わらず。水も食べ物も、余裕のある現状においては手持ちのものを使用しようという話に。
とは言えストレージを封じられている現状、持ち込んでいる食料は完成した料理にあらず。いつものように、パッと出してはいごはんですよー! とはならないわけで。
「料理だね。クッキングだね。当番は誰かな!」
幸いにして食材であれば充実している。なにせどのくらいの間迷宮内にとどまるかも分からないのだから、飢えて倒れることのないようにと、食べられるものはストレージにも、マジックバッグにだって十分な量を詰め込んでここに臨んでいるわけだ。
しかしなればこそ、皆が考えなしに食材をボンボコと取り出し並べたところで、キッチンが散らかるだけである。
どんなメニューに取り組むのか。どんな食材を使用するのか。それをはっきりさせる必要がある。
そのためには、料理当番の存在が不可欠であり。当番って言うより担当と表すべきか。チームミコバトメンバーの中には、料理が得意な頼もしい者もあれば、食べられさえすれば割と何でも良いっていう私みたいなやつも居る。あと、味音痴とかも。
そうした心許ないメンバーに料理を任せるくらいなら、調理班を固定してしまったほうが利口というもの。ストレージが使えない環境下だからこその気付きである。
ってなわけで、オルカや聖女さんなどの料理ができるメンバーたちが、必要な材料を手にキッチンへ籠もり。
暇を持て余したメンバーはテーブルや食器の準備など、お手伝いに類する作業をささっとこなした後、自由時間へ。
なればやることは決まっている。鍛錬鍛錬そして鍛錬……と、言いたいところではあるのだけど。さりとてこの場所にも何かしらの隠し要素が仕込まれていないとも限らない。
ってなわけで、鍛錬を行う傍ら分身体を数体生み出し、床や壁、天井などをくまなく這い回らせた。サブボディの操作が行えない現状、分身に割く意識リソースには十分に過ぎるほど余裕があるからね。
しかしただ這い回るというのも面白くないため、見た目装備を駆使して黒尽くめに。全身真っ黒な私の分身が、カサカサと素早く部屋中を這い回るのである。なかなかユニークな絵面じゃないか。
……まぁそのせいで、何度か悲鳴を聞く羽目になったのだけど。
「でも待てよ……普通に探って分かるようなことなら、とっくにオルカやクオさんが何か見つけてるはずだよね。それが無いってことは、普通の探り方じゃダメってことなのでは?」
恐らく鍵になり得るのは「この場でないと出来ないこと」だ。
思えばこれまでに見つけてきた隠し要素も、全部とまでは言わずとも、概ねがそんな感じだった。であるならば今回も、もし隠し要素が仕込まれているのだとすれば、そうしたものである可能性が疑わしい。
まぁ勿論、「休憩エリアだから、隠し要素的にもお休み。何もなし!」なんてことも十分あり得るわけだけど。とは言え調べずに居ればモヤモヤが残るってんだから仕方がない。
私は頭を捻り、思いつく限りのことを試して回った。
そのせいで周囲からは、ついに気が狂ったかと本気めの心配を受けたほどである。ついにとは失敬なもの言いじゃないか。身から出た錆とはよく言ったもんだ。
★
ワイワイとした夕飯を終え、キャッキャと入浴も終えたなら、就寝前になんとなく皆で集まり意見の交換会。
テーマとなるのは「この迷宮が掲げる目的について」だ。あと、隠し要素は結局見つからなかったよ。そのせいで周囲からは、ただ私が奇行を働いたのみ、という見方を受け。一風変わった調査が空振りした代償と言うか、調査に伴うリスクだね。忸怩たるところではあるけれど、甘んじて受け入れよう。
して本題。
「心の試練においては、『裏側』とやらを知るに足る器か否かを問うのだという話だったが。これには一体どのような意味が含まれているのだろうな」
イクシスさんの提起した疑問。対し、差し出された問題用紙に取り組む学生よろしく、各々が各々の反応を見せる。
積極的に考えを口にするものもあれば、ふーむと考え込むものもあり。
差し当たっては、パッと思いつくような意見が大まかに上がってきた。
即ち、迷宮側は私たちの知らない何かを知っているのだろう。それを知るに足る資格の有無を問うているのだと。
無難な考え。故にこそ恐らく、大きな見当外れということもあり得ないのだろう。
となると問題は、一体全体迷宮側は何を知っているというのか。
私たちはそれが知りたくてこんな場所まで足を運んだわけではないのだけれど、その「何か」っていうのは私たちにとって価値あるものなのか。有益だとしたら、それはどんな情報なのか。
「ミコトに関する情報なら、たとえ間接的なものでも知る価値はある」
「ですです! 棚ぼた的発見なのです!」
「てっきりそういった情報は、塔で得られるものだと思ってたのぜぇ」
「塔で……あー、なるほど?」
「なんですか~、何やら気づきましたか~?」
レッカの言葉に引っかかりを覚えた私。対し、目ざとくこちらの変化を察したらしいスイレンさんが水を向けてくる。
他に発言する者もないとあっては、思いついたままを口にするのも吝かでなし。
「図らずも、って形にはなるのだろうけれどさ。ひょっとすると今回の迷宮で課される試練って、『塔の上限階層を解放する』ためのものなんじゃないかって思って」
「「!」」
「あくまで予想だけどね。例えば五階層辺りで、これ以上先に進むためには資格を示しなさい、みたいなことを言われるんじゃないかって」
「本来はそこで、この迷宮を探し足を運ぶ流れだったと?」
「なるほど……あり得ない話じゃない」
私たちが現在この迷宮を訪れているのは、魔王城跡地にて発見した隠しダンジョンへ調査に赴いた折、迂闊にもアンロックしてしまった実績により出現せし、逆さまのケルベロス。
奴が今後、世界の何処かにランダムリポップするようになるんじゃないか、という懸念を解消するためであり。
リポップするというのであれば、何かしらの対策を打つ必要があるし。そうでないというのなら胸を撫で下ろせるというもの。
そこら辺、実際のところどうなんだい! と問いかけるべくウェブデ氏へ話を聞きにやって来たという、謂わばイレギュラー的な用向きでの訪問となったのだけど。
しかしそうした事情が無いのであれば、一体どうして再び迷宮を訪れる流れになったのか、と。
そもそもで言うと、ウェブデさんっていうのは私が隠し部屋にて見つけた、本来であれば出会うこともなかったシークレットな存在であり。
そんな相手に質問をするべくここを訪れるってシチュエーションが、通常ではあり得ない路線なわけだ。
しかしそんなあり得ない路線に、これだけ本腰の入った迷宮が準備されているというのも、考えてみるとおかしな話ではある。
つまり本来は、何かしら別の真っ当な目的があり、再び迷宮を訪れる「正規ルート」のような流れが存在したんじゃないか、と。
私が思い至ったのは、そんな思いつきだった。
「ミコトの考えが正しいとすると、塔に隠された秘密を知るためには、どの道この迷宮を攻略する必要があったってことだね」
「面倒くさい遠回りを用意してくれたものね、まったく」
「でも、上手くすれば大幅パワーアップできそうぱわ!」
「確かに、ミコトちゃんが心の試練で発見し獲得したものは、今後の塔攻略において大きな力となるだろうな」
「そうすると、この後に待ち受ける技、及び体の試練が司るのは『塔を更に登るだけの資格があるか』を問うものであるということですか」
「だとすると、改めて気を引き締める必要がありそうだな。なにせ我々は塔において、第五階層に未だ挑みすらしていないのだから」
「ガウラ……!」
確かにそうだ。私たちは現状、虚ろなる塔の第四階層で足踏みをしている状態にある。
それに考えてみたなら、ステータスキューブなどでの成長も頭打ちを迎え、区切りを肌身に感じていたところでもあった。
であれば第五階層で何かしらの壁に隔たれ、進行が一旦ストップする可能性というのも十分に考え得ることではあったんじゃなかろうか。
そんな状態にあって、唐突に横道へと逸れた私たち。
第五階層っていう関門を潜りもせず、ある意味スキップするような形でこの試練へと臨んでしまった。
そう考えると、想定を上回るような困難が、この先に待ち受けている可能性にまで察しが及ぼうというもの。
なるほど、気を引き締め直す必要というのは、確かにありそうじゃないか。