第一六〇九話 通せんぼ
心の試練に潜みし隠しボス、親分オーガ。その心命珠より引き出した特殊能力を皆に披露してみたところ、始まったのは簡単な検証作業だった。
件の力にて拵えた粘土が如き塊を、燃やさんと試みているのはレッカであり、スキル大好きソフィアさんもまたアレコレと試している様子。
万が一周囲に被害が出ては問題であるため、念入りに張った障壁越しにその様子を眺める私たち。
幸いにして、何事もなく彼女らの実験には区切りが尽き、見守っていた皆も一安心。
して、気になるのは検証の結果である。
「ふぅむ、スキルそのものを分解しているようにも見えますね……つまりは、バニッシュメントスキルと同じような性質を有している、ということでしょうか?」
「なるほど、道理で火魔法じゃ燃えないのぜ。なら特殊能力は通じるのぜ?」
行われた実験は、力の塊を燃やさんとするもの。
ところがレッカの火力を持ってしても、それは簡単なことじゃなかったらしい。こぶし大の火球を塊へ押し付けてみると、接触した部分が削ぎ落とされたように消失するのである。なかなか面白い光景ではあった。
バニッシュメントスキル、というスキル効果を打ち消す、謂わば奇跡殺しのスキルが存在するのだが、塊にはそれと似たような性質を感じる、というのがソフィアさんの見解であり、レッカも皆もそれには納得を覚えたようだ。
耐久性が高いために燃えないのではなく、燃やそうという試み自体を打ち消しているから、結果として燃えるに至らない。手応えとしてはそんな具合であると。
しかし、試したのはあくまで魔法。即ちマジックアーツスキルだ。
それが無効化されるというのであれば、次は装備の特殊能力を試してみようじゃないかと。
火属性特化であるレッカは、文字通り火力を起こすための装備に事欠かない。なれば当然、今回の実験に際しても何ら不自由はなく。
されどここは、迷宮内に用意された試練と試練の間。休憩ポイントと思しき場所であり、屋内。彼女がボッと熱を発したなら、普通の人間なんて同じ空間に居るってだけで軽々と炭化しちゃうからね。危険極まりないとは正しくこのことだ。当然ながらお外でやりなさい案件なのだけど、やる気スイッチが入っちゃってるものだから仕方がない。
今回もまた皆で障壁を張り、様子を窺いみてみる。
レッカの愛剣は絶大な炎熱を帯びし、炎神でも宿ってるんじゃないかってレベルのヤバい剣なのだけど。それであれば「特殊能力で焼く」という目的に不足はない。
火力を抑えた愛剣を引き抜き、見えざる塊に近づけるレッカ。さぁ、燃えるのだろうか?
炎光の眩しさに目を細め、結果を観察する私たち。そんな視線の先では、刃が確かに件の塊へ接触を果たしているものの、どうやら火が移った様子などは見られず。
あわや気の済むまでレッカが火力を上げ始めるんじゃないかと肝を冷やすも、案外そんなことはなく。
これと言った事故もないままに、鞘へ戻る彼女の愛剣。解除される障壁。
改めてレッカの手が、塊を捏ね回す。
「通じていないみたいですね~」
「それはつまり、特殊能力はスキルに類するものだということでしょうか!?」
「でもでも、ミコト様のバニッシュメントスキルで特殊能力を打ち消すところは見たことがないのです」
「ってことは、コレの持つ性質はバニッシュメントとは似て非なるもの、ってこと?」
実験の結果を踏まえ、早速考察を交わす面々。
レッカの愛剣が塊に触れた際、通常であれば刃は斬った対象を燃焼させるだろうし、たとえ燃焼しない物質を斬ったとしても、何かしらの影響を及ぼすはずだった。
ところが件の塊は、それこそただの粘土をただの剣で斬ったような、炎熱……というか特殊能力の影響をまるで意にも介さないような、そういうリアクションをみせるのみ。実際燃えもしなければ焦げもしないという結果が残った。
このことから、特殊能力の効果は無視されているものと見て間違いは無さそうだ。
「興味深いのは、頑なに触れられた箇所のみ、この塊はスキルや特殊能力の効果を消し去っているという点でしょう。或いは消すと言うより、通じていないと表すほうが的確かも知れません」
「ふむ。あくまでスキルや特殊能力を『通さない』というのが本質であるわけか」
「確かに、バニッシュメントとは別物っぽいね」
バニッシュメントスキルの効果は、謂わば相殺にこそ近い特性を有している。だから相手側の力が大きすぎる場合、バニッシュしきれないこともあるわけなのだけど。
一方でこの塊、相殺ではなく『通せんぼ』みたいな性質のようにも思える。或いはスキルや特殊能力に反発している……?
ともかく、バニッシュと同じものとして扱っては、違いに戸惑うこともあるかも知れない。その点は留意しておくとしよう。
ちなみに、一体何がどうしてこんな現象が起こっているのか、なんて原理の面ではさっぱり分からないというのが正直なところ。本気で調べようと思うのなら、結構な手間暇を覚悟しなくちゃならないだろう。今やることではないね。
「これを盾や鎧として運用すれば、凄まじい防御性能を発揮するのではないか?」
「形状や大きさを操れるのだとしたら、武器としても扱えそうね」
「もしかして弾丸にもなったりする?」
ポロリ飛び出したのは、実用的な方面での意見。
確かに彼女たちの言う通り、防具にも武器にもなるっていうのは間違いないだろう。って言うか実際、親分オーガはこれを鎧のように纏い、鉄壁の守りを維持し続けていたわけだし。武器っていうか、拳圧っていう形でしこたま猛威を振るいもした。
しかし仮にこの力で剣や槍などの武器を作り出し振り回したのなら、親分オーガとはまた別のスタイルも確立できるんじゃないだろうか。しかも敵からは造形物が見えないわけだし。おもちゃ屋さんでしこたま磨いた私の造形能力とだって、きっと相性は良いはず。
あとクオさんの言うように、弾丸として発射するっていうのも一つの選択肢だよね。工夫次第で何でも出来そうじゃないか。
気になるのは、仮に武器を作って振り回したとして。その際に拵えた武器状の塊たちは、装備枠を埋めるのか否かってところ。
もしも装備枠を埋めない、ただのオブジェクトとして扱われるのであれば、戦術の幅がますます広がりそうでワクワクする。
これは、早いところ裏方組にお願いして、心命珠を何かしらの装備に加工してもらいたいところ。
「恐るべき汎用性だな……一つの能力として、あまりに完成度が高い」
「ガウー」
「念力と同じく、目に見えない力で、かつ異なる性質を持つこの能力。なるほど『神通力』って呼び名もしっくり来るね」
そう、この能力の名は『神通力』。鑑定した際に判明した情報だ。
ぶっちゃけたことを言うと、念力との明確な違いっていうのがあやふやで、最初は呼び分けることへの意味ってのがあまり感じられなかったのだけど。
しかしこうして使い道を皆と想像してみたなら、まるで別物だと気づけるから面白い。
逆説的に、念力について今更ながらではあるけれど、もっと掘り下げて考えてみるのも一興かも知れない。
長い付き合いだし、使い道だって熟知しているつもりでこそいたけれど、もっとちゃんと出来ることと出来ないこと、神通力との使い分けなんかもしっかり確認していけば、より一層戦術に幅ができそうな気がするじゃないか。
なのでどうか、ダンジョン脱出と同時に心命珠も没収! みたいなことは止めていただきたい。
迷宮では何が起きても不思議じゃないため、迷宮内で得た意思あるアイテムだなんて、特殊なものを外に持ち出せるかどうかは未だ以て不確定な部分だ。
他でもない親分オーガの意思も、その点は懸念している様子。さてどうなるものやら……。
「それにしても、ミコトちゃんはよくそんな力を扱う相手に勝てたものだな」
「そうぱわそうぱわ! 凄いぱわ! どう戦ったのか詳しく聞かせて欲しいぱわ!」
心命珠の話題も一段落といったタイミングにて、連鎖するように話題へ上がったのは件の、親分オーガ戦の模様。
確かにスキルや特殊能力効果をまともに通さない、えげつない能力を操る相手に対し、どう対処しどう勝ちをもぎ取ったのか、というのは彼女らであれば当然知りたがるだろう。
ならばと私は、戦闘の内容を思い出しつつ、皆へ振り返りを語って聞かせたのである。
すると必然、皆の関心を最も引き付けたのは、例の件であり……。