第一六〇六話 共有しましょ、そうしましょ
長椅子の並ぶ待合室めいた部屋の中、大雑把に各々が腰を下ろし、交わされるのは先程クリアした心の試練の情報や感想。
個人的には、そもそも論としてよくぞ皆「試練を受ける」という選択をしてくれたものだと。その点にまず感動を覚えたのだけど、それより何より皆にとっては相方を死なせてしまう、というショッキングな内容がどうにも腹に据えかねるものだったようで、飛び交ったのはクレームめいた不満の声。
されども、私はBさんを死なせることなく特典部屋へと導いたわけだ。
そのことを皆に告げてみたところ、当然の如く場の雰囲気が一変し。結果として根掘り葉掘りと、私の辿った攻略ルートを細かく解説する運びとなったわけである。
「────ってわけで、Bさんは無事に生き残ったし、特典も豪華なものが貰えたってわけさ」
「「…………」」
いつものように、オルカと聖女さんの用意してくれたお茶で喉を潤しつつ、皆に一通り語って聞かせ、やっとこさ迎えた区切りにホッとしていると。
話を聞き終えた皆は、誰も彼もが引きつった顔で固まっており。
オルカさえもが困ったような表情で、ふるふると小さく頭を振っている。
「ち、ちなみにミコトちゃん……豪華な特典というのは?」
「ああ、うん。これこれ、この格好」
「後ろ前ぱわな」
「そう見えるでしょ? でも、はいほらこの通り!」
「「!」」
皆の注目を集めた上で、見た目装備を解除する私。結果、後ろ前状態だった装備の見た目が元通りとなり、まるで鳩が豆鉄砲を食らったような顔がずらりと並んだ。なかなか愉快な光景である。
すると、勘の良い誰かさんが直ぐ様ぐいと詰め寄ってくるじゃないか。
「ミコトさん、新たなスキルを得ましたね? 得たんですよね!? 白状なさい! 何を手に入れたのですか!!」
「ぐわぁ~、やめ、ゆらすなぁ~」
「ええい、ミコト様から離れるのです!」
私の肩をがっしり掴み、力強く揺さぶってくるのはスキル大好きソフィアさん。
されど、そんな彼女の狼藉を許さないのが、崇拝組のココロちゃんだ。こういうときは頼もしいのだけど、しかしこういうときのソフィアさんもまた恐ろしく面倒くさい。ココロちゃんの図抜けたパワーで羽交い締めにされて尚、ドッタンバッタンと激しく暴れまわり、今にも飛び掛かってきそうなのだもの。ハイエルフ怖い。
しかしまぁ、詳しく話を聞きたそうにしているのは、何もソフィアさんだけってわけじゃないらしい。他のメンバーも瞳に興味の色を宿しているのだから、勿体ぶるのはよしておこう。
「えー、こほん。流石はソフィアさん、よくぞ一発で見破ったね……そうさ。私は今回の攻略特典として、新しいへんてこスキルを手に入れたんだ!」
「「!」」
「それも二つ!!」
「「な、なんだってー!」」
息ぴったりである。訓練されたリアクション芸だね。
「お、大人しくするのですソフィアさん! 騒ぐほどミコト様のご説明が遅れるといい加減学習するのです!」
「うぐ……せ、正論ですね……」
おや、珍しくソフィアさんを黙らせることに成功したココロちゃん。また飛び掛かってきやしないかと身構えていたのだけど、上手く制してくれたらしい。
がしかし、とっとと内容を語らねば彼女の頑張りも無駄になりかねない。というわけで、私はまず【見た目装備枠追加】について皆に語って聞かせた。
存外ややこしい仕様であるため、正直説明には苦労したのだけど。しかし他でもない、ソフィアさんの
「共有は出来ないのですか?」
という問いかけにより、状況は一変。
そう、なんとこのへんてこスキル、皆への共有が可能だったのだ。
そうであるなら、実際触りながら説明を聞いてもらうのが手っ取り早く分かりやすい。直ぐ様この場のメンバー全員に共有を実行した。
あと、一括登録の件もこの流れに乗じる形で謝っておいた。幸い、予想に反してブーイングが飛んでくるようなこともなく、何にでもすぐ噛みつくリリでさえ、今は見た目装備への興味が勝っているようで、あっさり流してくれた。謝罪のタイミングって意外と大事だよね。
「はっ! ということはまさか、天使様が私の服をお召しになる可能性も……!?」
「そこに気がつくとは、流石クリスちゃんだね!」
何やら邪な気配を感じたけれど、努めてスルーである。
しかし共有可能っていうのは、個人的にも嬉しい仕様であり。それというのも、スキル経験値を溜めやすいっていう恩恵があるからに他ならない。
最たる例を挙げるなら、やっぱりミコバトが顕著だろう。私一人じゃスキルレベルも今よりずっと低い状態だったはずだしね。皆が積極的に仮想空間を利用してくれたからこそ、新しい機能なんかも次々と解放されていったわけである。
同じように見た目装備枠も、皆が利用してくれたならそれだけ、成長も加速するはずだ。
まぁ、レベルアップに際して、見た目装備枠の何がどう変化するかなんて分からないのだけど。そこら辺はレベルを上げてみてのお楽しみってことで。
「これは、変装とか楽になりそうだね」
「うっかり服を燃やす心配もなくなるのぜぇ!」
「ということは、裸でも服を着て見えるんですか~?」
「全裸でお外にでられるってことぱわ?」
「おいバカやめろ」
ねんらじ組とサラステラさんが変なこと言ってる……クオさんを見習ってほしいものだ。
実際問題、私たちにとって変装っていうのは結構重要で、装備との兼ね合いも考えると頭を捻る必要があって、なかなか大変だったりする。
転移スキルの隠蔽工作や、イクシスさんみたいな超有名人のお忍びって考えると、普通の装備を身につけて人里をうろつけるわけも無し。特に私なんかは完全装着の影響で、装備がステータスに直結してしまうしね。結構気を使う問題なのだけど。
しかし見た目装備を活用すれば、その辺りを気にすることなく全力で変装が出来るって寸法だ。
そうした点にパッと思い至る辺り、流石はクオさんである。
「武器の偽装は面白いな。聖剣が安物の剣のように見えるぞ……ああ悪い悪い、今解除するからそう怒るなって」
「武器の偽装……ってことは何? バカ仮面の尻尾なんかも別物に見せられるのかしら?」
「お、なかなか鋭いねリリ」
確かにそれに関しては私も気になっている部分であり、されどもまだ試せていないところでもある。
なにせ、最強装備はストレージの制限対策としてマジックバッグに入れている状態だからね。
換装スキルの特性上、ストレージ内に限らず、私の一定範囲内にある装備アイテムであれば換装の対象として選択できる他、私の所有しているマジックバッグ内の装備も同様に換装が可能という仕様となっている。
が、【見た目装備枠追加】を得てからBさんの前で最強装備に換装する機会も理由もなかったし、それは皆と合流してから現在までを振り返っても同じこと。
なので。
「ちょっと今から試します!」
「むむ、実験ですか。良いですね! どんどんやりましょう!」
乗り気なソフィアさんに背を押され、バッと長椅子より腰を上げる私。
最強装備はやや場所を取るからね、少しばかり開けたスペースへ移動し、パッと換装を果たしてみせたなら、次の瞬間には四つの副腕と一本の尻尾を携えしSFチックな姿へ早変わり。
だが、見慣れている皆は今更大したリアクションをくれるでもなく。彼女らの興味はもっぱら、この姿から見た目装備でどう変化するか、というその一点に尽きるようだ。
一先ず最強装備のデータを手早く登録したなら、見た目の差し替え作業を行っていく。
フルフェイスのヘルメットを仮面に変え、きついハイレグのボディスーツを普通の下着に。メカメカしい篭手や脚具なんかもグローブやアクセ、靴下や靴などに見た目を変更。この辺りは順調である。
して、問題なのは背中周りだ。
「諸々のユニットや副腕、尻尾なんかが一体どんな見た目になるのか……っていうか正常に見た目を変えられるのか。いざいざ、実験!」
尻尾は武器判定であるため、何かしら異なる武器の見た目にするべきなんだろうか?
そう思い、試しに私が選んだのは、未だストレージの肥やしとなっていた蛇腹剣だ。これなら入手経緯からして、アラカミと相性も良いと思ったのだけど。さて、どうなる?
「お、おぉ……」
「お尻から剣が生えてるわね……」
「わ、伸びた!」
「違和感がすごいです~」
自分でもスキルや鏡なんかを駆使して確認してみたのだけど、尾てい骨に蛇腹剣の柄尻がピッタリくっついてるっていう変な状態になってしまった。しかも蛇腹剣の特性を活かして、それこそ尻尾のように動かせるってんで違和感があるような無いような。少なくとも傍から見ると変らしい。
なんか、思ってたのとは違うね……。
「ガウガウ」
「え、尻尾のアクセサリー? あー、試してみようか」
ゼノワの提案で、武器ではなく尻尾を模したアクセに差し替えられないかとのこと。確かにそれが上手くいくのであれば、そっちのほうが違和感を消せるのかも知れない。
ってことで実際試してみた。用いたのは何処で手に入れたのかも覚えていないけれど、うさぎの丸っこい尻尾アクセ。さぁどうなる?
「おお、かわいいじゃないか!」
「かわいい! かわいいぞミコト!」
「え、あ、うん。ありがとう」
真っ先に食いついたのは可愛いもの好きの母娘。目をキラキラさせて私のお尻を凝視している。ちょっと変な気分になるから止めて欲しい……。
がしかし、見た目の上では確かに成功と言えるだろう。武器をアクセの見た目に差し替えられた、っていう発見も大きい。
そうすると問題は、挙動や判定がどうなっているかって点なのだけど。
「取り敢えず尻尾を動かしてみるよ。ちょっと下がっててね」
私の背後に陣取る面々へ注意を促し、ゆっくりと尻尾アラカミを動かしてみる。
「……うん、動かしている感覚としてはいつもどおりかな」
「気配は確かに感じる。見えない何かが動いてる感じ」
「丸っこいウサちゃん尻尾もちょっと動いているが、不自然に形が崩れるようなことは無さそうだな」
「触ってみるのぜぇ! 熱いのぜぇ!」
「いや熱くはないでしょ」
皆の話と動かしてみた感覚からして、どうやらウサ尻尾はアラカミの動作に応じて無理のない範囲で動作しているようだ。
で、アラカミの接触判定はどうなっているかと言うと、目には見えないけれどそこにあるものとして健在の様子。
即ち、実質的に不可視の武器が出来上がったと見なすことが出来るだろう。
「これは……すごい発見かも知れんぱわ!」
「得物のリーチを誤魔化せるというのは、近接戦闘において凄まじいアドバンテージだからな」
「ギャウンガ!」
この発見をどう活用してやろうかと、ニヤリ悪い顔をするメンバーたち。
流石はチームミコバト。強かなことである。